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13-5 母のいる日常。

本日一本目。

長いので分割してます。


 疲れた。


 そう感じたときどうするか。

 休憩したり、いっそ寝てしまったり。自分に合った方法で疲れを取ろうとするだろう。

 その中でも“食べる”という方法は、割とメジャーな部類だと思われる。


 しかし何を食べるのかは人によって様々。

 甘い物だ、いやひたすら肉を寄越せ。とりあえずカレー等々。

 疲れたときはコレ、と決めている人も多いだろうが、ふと迷ってしまったらどうするか。

 ひたすら悩んでから動くか、とりあえず見てから決めるか。

 この人物の場合は、後者を選んだらしかった。


「めずらしいねー。マスグレイブがうちの買ってくのは」


「まぁ、たまにはな」


 クラン・ナイツオブラウンドのリーダー。マスグレイブ。

 酒飲みで甘い物も食べる彼だが、ゲームの中では基本的に飲み優先。常時ストックするほど甘い物を買ったりはしなかった。


「店見たらなんか食いたくなってなぁ」


「イオンさん効果?」


「それは否定できん」


 ダンジョンの休憩中に何となくつまんでいるだけの姿だったが、口に入れる度に表情が緩む姿は見ていて和む。

 リンジーの屋台を見て、何となく思い出してしまったのだった。


「じゃこれね」


「さんきゅ。……多くないか?」


 プレーン二個しか注文してないはずが、袋の中は何故か四倍の八個。プレーン以外の三種も二個ずつ入っていた。


「いやーつい間違えちゃったー疲れてんのかなー。返してもらうのも面倒だからあげるよー。いらないならクラメンに配ればー?」


「……そんなに疲れて見えるか?」


 わざとらしすぎる間違え方だが、そんな言い方をされれば、気遣われたことくらい誰でも気付く。


「さー? 疲れてるからわからないなー」


 『疲れすぎててそんな事もわからなかったのか』と言われた気分のマスグレイブ。

 リンジー自身はそこまで考えた発言ではなかったが、そう捉えたのは間違いではない。

 見る者が見れば勢いがないことくらいには気付くだろうし、親しい者が見れば心配されるくらいには疲れて見える。

 今のマスグレイブは、そういう状態だった。


「……悪いな。また買いに来る」


「もっと大量にお願いしまーっす。ありがとうございましたー」


 リンジーの気遣いを笑って受け取り、とりあえず街をぶらつくことにした。

 あんなことを言われては、真っ直ぐ拠点に戻って事務処理を続ける気にはなれない。

 特に今は、ランドルフがやらかしたことの残務処理が溜まっているのだ。

 早く戻って処理すべきだとわかってはいるのだが、気が滅入る作業に変わりはない。

 このまま戻ってクランでも心配されるより、長めの休憩をしてから取り戻そうとの結論に至った。


(しかしアレはないだろ……)


 だから本当はその件については考えない、今だけは違うことを考えたほうがいいのだが、思考はついそちらの方向に向いてしまった。


(いきなりうちを抜けるだけならまだしも、他のクランに在籍してるメンバーにまでそれをさせるか? しかもあんな大量に。そんなに大勢を引き抜く、それ自体は凄い求心力だと見ることも出来るが、引き抜かれた側から抗議されるとか考えないのか……。まぁ考えたらこんなことになってないか。クラン戦仕掛けそうなとこが最低三カ所あるってヤバすぎだろ……。しかもこのままトンネル封鎖してれば間違いなく実行される。それなりに資金も貯めてから立ち上げたんだろうが、古参のクランには敵うはずもない。潰されるまで仕掛けられるぞ……)


 クラン戦は勝ったほうが一方的に資金を奪い取れるシステムとなっている。

 資金が無くなれば装備の修理もできなくなる。いかに高レベルプレイヤーばかり揃っていようと、丸裸ではどうしようもない。

 奪える資金が無くなってもクラン戦を仕掛け続ければ、負けた側はまともにゲームを遊ぶこともできなくなってしまうのだ。

 負けた側にも若干経験値が入るとはいえ、本当に微々たるもの。そのうえ拠点も使用できなくなってしまう。

 いくらバラバラのプレイヤーを集めて作り上げたクランだからと言って、クランが出来上がってからもバラバラでいいはずがない。

 一つの集団を作れば一つに纏まろうとする。纏まり方はそれぞれだろうが、纏まることが出来なければ、またバラバラになるだけ。

 クランが立ち上がったばかりで不安定のはずなのに、拠点が使用できなければ意思の統一だって難しい。あっけなく崩壊する恐れすらあった。


 そうなった場合、アライズに在籍したプレイヤーはどうなってしまうのか。

 以前のクランやパーティに戻れる者は少数派だろう。大半が一方的に抜けてきたのだから、戻りたいと言ったところで簡単に受け入れてもらえるはずがない。

 では戻れない者はどうなるのか。戻れない者だけでまたクランを作るのか。

 それは無理だろう。ランドルフ目当てで集まった者たちなのだから、ランドルフが居ないのであれば一緒に居る理由も無くなってしまう。

 しかもランドルフが居ても解散になったのなら、当事者同士の結びつきなどその程度のもの。

 クランを立ち上げたところで、明るい未来が待っているとは考えにくい。


 そんな、実力はあるのに元の場所に戻ることは出来ず、設立早々問題を起こしたクランのプレイヤーを受け入れるところが、一体どれほどあるのか。

 どこにも行けなくなったプレイヤーは、一体どうなるのか。


 アライズが騒ぎの中心なのは間違いないが、アライズが居なくなるだけで全てが丸く収まるわけではない。

 むしろ、今この状況でアライズが無くなってしまうことこそ、問題が大きくなるかもしれない。


(考えれば考えるほど頭痛い……)


 掛け値無しの、マスグレイブの本音だった。


(今までのランドルフは、あくまで一人のプレイヤー。引き抜きにしろなんにしろ、クランを通さず個人同士でのやり取りだったからなんとかなっただろうが、組織同士のやり取りはまったく違う。戦略シミュレーションをやっているわけじゃないんだ。外交コマンドを実行するだけで余所のクランと仲良く出来るわけでもないし、気に入らないからって簡単に相手を潰せるわけでもない。自分一人が動くこととクランを動かすことは全くの別物だ。多数のクランは渡り歩いただろうが、どこも長くは居なかったはず。クランの運営に関わっていないことは予想出来たが……まさか、組織ってものを一度も動かしたことがないんじゃないだろうな……)


 マスグレイブはランドルフに対して、BLFOに限らず他のゲームでも、あるいは現実社会でも組織運営の経験が無いのではという疑念を抱いていた。

 他のクランからメンバーを引き抜くにしても、穏便に済ませる方法はもちろんある。

 ランドルフが自信家だということは把握していたが、ああも荒っぽい方法を取るとは、さすがに予想していなかった。

 それこそ、何も考えてないゆえの行動だと考えたほうがしっくりくる。


(アライズという組織ができてから、どうにもゲーム内の雰囲気が暗い。というか危ない方向に進んでる気がする。このまま殺伐としたゲームになることだけは勘弁して欲しいが…………はぁ)


 知らずのうちにため息まで吐いて、ようやく気分転換どころか鬱モードに入っていたことに気付いたらしい。

 買ったばかりのドーナツを食べて、無理矢理考えを変えようとするマスグレイブだった。


(マジか……こんなときにまで面倒ごとは勘弁してくれ……)


 しかし半分ほど食べたところで、ちょっとした人だかりが見えてしまった。

 人が邪魔で状況はわからないが、人だかりの中心から怒ったような声が聞こえてくるのだから、揉め事である可能性は非常に高い。


 それを見てまたしても溜め息を吐きそうになるマスグレイブだが、ドーナツを押し込んで押さえ込む。

 そして食べ終わると騒ぎの中心に近づいていった。


(まさかとは思うが、こんなところで対立が始まってたらヤバイからなぁ)


 封鎖中のトンネル前で睨み合うだけならまだしも、街中で言い合いまでしてたら早くも末期。衝突が始まる未来しか思い浮かばない。

 気は重いが、確認しないわけにもいかない。

 嫌な予想は外れてくれよと祈りながら渦中の人物を視界に入れてみれば……どうやら、祈りは届いてくれたようだった。


「誰かと思えばセレックか。久しぶりだな。どうした、こんなところで騒いで」


「……マスグレイブさん?」


 声を荒げていたのは、獣人雑伎団のセレック。

 アライズの立ち上げ式にも参加していなかったので、今でも獣人雑伎団に所属しているはずだった。

 だが真面目なはずの彼が声を荒げている理由はわからなかった。

 なにせその相手が、


「イオンさんも、久しぶり」


 セレックたち鳥族に、重要情報を提供したばかりのイオンだったのだから。


「ごめんなさい、人違いです」


 が、あっさり否定されたおかげでなんとなく事情を察するマスグレイブ。

 姿形は間違いなくイオン。しかしよく見ればいつもの装備ではなく初期装備の【冒険者の旅服】に変更しているし、わかりやすくメガネまでかけている。

 人違いだと言ったその言葉と合わせてみれば、変装している今はイオンではありませんよ、と言いたいことはすぐに察せられた。

 セレックが声を荒げたのは、真面目な彼がのらりくらりと躱されているという状況に、ついカッとしたのではないかと考えた。


「失礼、イオンさんじゃなかったか」


「はい、違います」


 確認のために聞いてみれば、意図を汲んでもらえたことに安心したのか、イオン(仮)は小さく微笑んだ。

 その姿はどこからどう見てもイオン本人なのだが、否定していることに突っ込むのは野暮というものである。


「それで、セレックはどうしてこの人に対して声をあげてたんだ?」


 ただ単に『自分はイオンではない』という言葉に怒っているだけなら、本人の意思を無視するセレックを下がらせる。マスグレイブはそのつもりで質問した。


「どうしてって、イオンさんが可哀相だからですよ!」


「可哀相? 一体何がだ?」


 だが予想外の返答が返ってきたので、そのまま聞き返してしまうマスグレイブ。

 可哀相だと思ってる相手に、何故声を荒げていたのか。


「アライズの横暴な言い分ですよ。マスグレイブさんも知ってるでしょう、イオンさんが開通してくれた北へのトンネルなのに、自分たちが先に発表したからって優先権を主張してトンネルを封鎖して。本当はイオンさんが開通してくれたトンネルなのに! あいつら一体何様ですか!」


 この騒ぎも、結局はアライズ絡みだった。

 内心嘆息しつつも、こういう話ならまだマシかとマスグレイブは思い直した。


「つまりセレックは、イオンさんの功績を横取りしたアライズを許せない、と」


「そうです! あんな酷い真似許せませんよ!」


 鳥族にとって重要な情報をもたらしたイオンを大事にしようとするのはわからないでもない。鳥族にとってはそれほどのことだったと、マスグレイブにも理解できる。


(そこは理解できるが……)


「イオンさんのとこに来たのは、アライズに抗議しましょうとか、そういうことを言いに来たのか?」


「はい! 今は来てませんけど他の鳥族だって同じ気持ちですよ。俺たち鳥族にあんな重要な情報を用意してくれて、しかもNPCに教官までお願いしてくれたイオンさんがこんなひどい目に遭うなんて、絶対間違ってますよ!」


(他の連中まで巻き込むな。ランドルフとは違った意味で怖いなコイツも……)


 マスグレイブの確認に予想通りの返事をするセレック。

 無意識に人を扇動してる分、ある意味余計にタチが悪いと思うマスグレイブだった。


「なるほどな。セレックの言いたいことはわかった。ところでイオンさんに似てる人は、さっきの話について何か言いたいことはないか?」


 イロイロ突っ込みたい。突っ込みたいが、暴走列車を正面から止めるのは、止める側も止められた側も無事では済まない可能性がある。

 そう考えたマスグレイブは、一旦話の方向を変えることにした。


「いえ、特に何も。本人ではないですし」


 本当に自分のことではないように、全く気にした様子もなく答えるイオン(仮)。

 清々しいほどに他人事扱いだった。


「特にはって、それじゃっ」「まーまー落ち着け」


 しかしセレックにはそう見えなかったらしい。おちょくられているとでも感じたのか、声を荒げそうになるセレックをマスグレイブが押しとどめた。

 誰に対して何に対して怒っているのか、忘れているようなセレック。

 あまり適当な対応はマズいことになりそうだが、かといってここまで頑なに本人であることを否定しているのに、今更『本人に戻ってくれ』と頼んでも聞いてもらえるとは思えない。

 なんとか良い方向に向かわせようと、無理矢理言葉を続けた。


「そうだよな、本人じゃないのにいきなり聞かれても特に言いたいことなんてないよな。でも全く何も無しってこともないんじゃないか? プレイヤーならトンネルは気になるだろうし鳥族だったらNPCの教官が気になっても変じゃないだろ。アライズのことはクランに所属してるしてない関わらず影響してるしな。第三者の無責任な立場としてでもなんでもいい、何か感想というか、思ったことはないか?」


「そうですねぇ……」


 少しでも会話のとっかかりになればと思いつつ質問を並べてみたが、どこか困ったように顎に指を当てて考える姿からは、正直期待した言葉は出てきそうになかった。


「本人じゃないので、本当にわからないんですが……」


「本当になんでもいいから」


「……では、トンネルについてですけど……」


(なんとか繋がってくれたか……)


 会話が繋がったことに安堵するマスグレイブだが、安堵するにはまだ早かったらしい。

 何故かふんわり微笑んだかと思ったら、完全に予想外の言葉が飛び出してきた。


「功績とか、そんなのイオンさんにはどうでもいいんじゃないですか? だってなんの報酬も利益も無いんですし」


(…………。ん? 利益?)


 てっきりあやふやな返答でもされるのかと思いきや、出てきた言葉は『報酬』と『利益』という、全力で現実的な理由。

 確かに利益は無い。トンネルを発見・開通したからといって、運営からなんらかの報酬が配布されるといったことはない。せいぜい、トンネルに居た魔物から得られる素材や経験値程度である。

 それ自体は当たり前のことなのだが、ふんわりした微笑みを浮かべた、どこか世俗から切り離されたような雰囲気で『利益』と言われると、どうしても違和感ばかりが先に立ってしまう。

 しかも利益が無いから『どうでもいい』。

 あまりの切り捨てようにマスグレイブもセレックも絶句するしかないが、そんなことなど知らんと言わんばかりにイオン(仮)の言葉は続いた。


「優先権だって必要ないですよね。本人は空を飛べるんですから、トンネルを封鎖されようがなんの影響もありません。むしろ代わりに調査してもらったほうが手間が省けるというものです」


 トンネルを封鎖されようが、本人は今までと変わらず山脈を越えることができる。

 空を飛べるのだから、誰にも止められない。優先権とかそんなもの以前の話である。

 そのうえ『手間が省ける』のだから、むしろ優先権など無いほうがいい。

 利益という言葉に続いて、こちらも現実的な理由だった。


「クランメンバーのことも考えれば優先権は必要だったかもしれませんけど、既にその方たちもホーレックに到達しているんですからやっぱり必要ありません。結界石で行けますしね。トンネルからダンジョンへの入り口が見つかった、とでもなれば話は別かもしれませんが、今までの活動から見てもエスは一番かどうかにはこだわっていないようですから、やっぱり必要ないでしょう」


 本人にとってどころか、クランとしても必要ない。


「というわけで本人にもクランにも直接的なメリットはありません。他に得られるとすれば……そうですね、自己顕示欲や承認欲求を満たせる程度でしょうか。一番に見つけたことを褒めてもらったりとか、トンネルを開通したことを尊敬してもらったりとか。ですがそういった欲求を満たしたければ、自分から率先して鳥族の皆さんにホーレックの情報を見せびらかしていたでしょう。鳥族の方は、間違いなくその情報に飛びつくでしょうし」


「……ッ」


 飛びついた一人であるセレック。

 そのセレックだからわかるが、イオンはホーレックの情報を提供したことを決して誇ろうとはしなかった。

 しかも、


「そもそもイオンさんが情報を公開したのは、鳥族の方にお願いされたから、というが理由のようですからね。自分の意思で公開したというよりは、他人からの要求で開示したとみるべきです。しかも大勢に囲まれながら“お願い”されるという、半ば強制に近い形で。待っていればいずれは公開したかもしれませんが、その時期が早められたのは間違いないでしょう」


「それっ……は……」


 鳥族に情報を提供したのは、イオンの自発的な行動というよりも、そうせざるを得なかった状況だったからこそ。自分から行ったことではないのは明らかである。

 その件についてはキイたちエスのメンバーはもちろん、クランのリーダーや周囲の仲間から注意され、既に本人に謝っている。

 イオン本人は気にしていないと言っていたことではあるが、このような形で聞くとダメージが大きい。

 謝罪しようとしたのか、反論しようとしたのか。

 どちらにせよ、言葉を続けられないセレックだった。


「と、ここまでがトンネルについて、イオンさんを見た場合の感想ですね。次はアライズを見た場合ですが、アライズの主張、自分たちが一番にトンネルを見つけたというのは当然のものではないですか? イオンさんが一番だったという、確たる証拠なんて無いんですし」


「……状況的には、イオンさんが先だったようにも見えるが?」


 イオン(仮)が丁寧に話を切り替えてくれたおかげで、なんとか再起動できたマスグレイブ。

 話の流れ的に、なんとなく答えを予想しつつも問いかけた。


「状況証拠だけ、ですね。アライズはトンネルを見つけたという情報しか公開しなかった。対してイオンさんはホーレックまで含めた情報を公開した。公開された情報量はイオンさんが上回っていたため、イオンさんが先だったと認識している方がほとんどでしょう。ですがイオンさんの提供した資料にはトンネル開通に至った経緯は書いてあっても、“いつ”それらを行ったったのかという記載はありませんでした。アライズも同様です。『度重なる調査とたゆまぬ努力により発見した』という発言をしたと記憶していますが、“いつ”調査したのかは明言されませんでした。イオンさんがアライズより遅かった可能性も、十分にあります」


 もちろん逆も言えるんですが、とイオン(仮)は笑みを少しだけ深めながら言った。


(やはり、そういう方向で返してきたか)


 イオン(仮)の狙いはわからないが、話の流れは読めてきた。

 そしてそれは、マスグレイブにとっても都合のいい流れだった。

 アライズとの対立を煽るようなものではなく、かといってアライズになびいているわけでもない、完全中立の考え方。

 それを、イオン本人が口にする。

 勝手にイオン派を気取ってアライズを叩いていた者たちは、その事実だけで大人しくなる。

 アライズを叩けばそれだけで正義のような今の空気。それを、少しでも抑える効果があるはず。

 現時点ではアライズに潰れて欲しくないマスグレイブにとっては、本当に助かる流れだった。


 ただしそこには確信も何も無い。実は間違っている可能性も十分にある。

 なのにマスグレイブは、自然といい表情になり始めていた。


「だが開通はどうなんだ? 最後はバトルデイズの新製品を使ったそうじゃないか。バトルデイズがいつイオンさんに渡したのかを聞けば、それで日時を特定できるんじゃないか?」


「開通に関してだけを見ればそうでしょう。ですがその時点でアライズがなんらかのフラグを立てていた可能性は否定できません。あとは土砂を除去するだけだった、それを偶然イオンさんがやってしまっただけ。フラグが立っていなければ、開通できなかった可能性も考えられます」


「確かに、明確なフラグ管理をできるゲームじゃないからな。イオンさんもアライズも気付いてなかった可能性はあるか。じゃあイオンさんが一番だったと証明する方法は無いとして、アライズが一番だったと証明する方法はあるのか?」


「それは不可能でしょう。もし実績システムでもあれば証明できたかもしれませんが、このゲームにはそんなものはありません。ゲームのシステムとして証明する方法が無いのですから、プレイヤーが何を言おうと全員を納得させる証拠にはなりません。古い日付のスクリーンショットを出したところで、ねつ造を疑われるだけですしね」


「それならアライズの主張が当然というのはどういうことなんだ?」


「証拠が無いんですから言った者勝ちです。言わなきゃ損です」


「それもそうか」


 散々証拠だなんだと言っておいて、最後は言った者勝ち。

 随分適当な結論にも聞こえるが、その理由が『損』なのだから、『利益』から始まった話としては正しい結論だろう。


「いや、損ならあるんじゃないか。俺の口から言うのは正直マズいかもしれないが、今の状況、アライズにとって良い状況とは言えないだろう」


 マスグレイブの言う通り、アライズにとって良いとは言えない状況ができあがっている。

 急な引き抜きで多数のクランが抱いていた不満を、クラン設立式での挑発的な言動で煽り立てたアライズ。

 そんなところにイオンの情報が投下。

 イオン(仮)の言葉の通り、イオンとアライズ双方の公開した情報量を比較した結果、アライズはあらゆる意味で疑われることになってしまった。

 そして当然のように不満が大爆発。アライズは袋叩きとも言えるほどに叩かれることになった。


 そんな状況になってもトンネルを一番に見つけたのは自分たちだ、優先権は自分たちにあると主張し続けるのは、それだけで損な状況が続いているということではないのか。


「“今”を見ればそうかもしれませんが、“これから”を見ればそうとは限りません」


「というと?」


「新しいものが叩かれるのは、どんな世界でもよくあることです。ですがそれを乗り越えて実績を積み上げていけば、いつかは『あれも本当だったんだろうな』ということになるでしょう。個人的に恨みを持つ人以外は、今回の騒ぎなんてすぐに忘れちゃいますしね。炎上商法みたいなものです。北へ新規開拓するためのトンネルの発見は、炎上を乗り越えるだけの価値がある、大きな実績だと思いますし」


「今後入ってくる今の状況を知らない新規プレイヤーは、その実績を知ってアライズを凄いクランだと思うわけだ。そこまで見据えてるとしたら相当なもんだな」


 未来のことを考えれば、悪い行動ではないかもしれない。

 あまり信じていないようにも聞こえるマスグレイブの言葉だが、内心では素直に感心していた。

 ゲーム内の状況を引っかき回すだけではなく、今後のことも見据えた行動だったとしたら。

 そこまで考えていたわけではなかったとしても、確かにアライズにとって利益となる行動かもしれなかった。


「叩かれても揺るがない、強固なクランだというアピールもできます。逆にここで状況に流されたら『その程度のクランだったのか』という風に見られてしまうでしょうし」


「設立直後からキツイ道を行くなぁ」


「設立直後だからこそ、メンバーの結びつきを強めるために必要なこととも言えます。『その程度なのか』というのは、クラン内でも言われてるかもしれませんよ?」


「ストイックすぎるぞ……」


 こんな状況に負けてしまうのか、お前の気持ちはその程度なのか。という言葉を、メンバー同士で交わされるているかもしれない。

 もしそうなら、メンバーからランドルフにも向けられる言葉となるだろう。

 この程度の状況に負けてしまうリーダーなのか。立ち上げ式の言葉は、所詮あの場限りだったのか、と。

 今の状況は狙って招いたのか、はたまた偶然なのか。

 どちらにせよ、これからもアライズを存続させるためには、今の姿勢を崩すことはできないのだ。


「少し話が逸れましたね。とにかく私としては、トンネルを見つけたのがイオンさんだったとしても、メリットが無いのでそれを主張する理由は無い。アライズにはデメリットしか無いように見えても、もしかしたらあるかもあるかもしれない。そう思うわけです」


「なるほどな。いや随分参考になる話だった」


 騒ぎに気付いたときのげんなりした表情はどこへやら。

 イオン(仮)と話しているうちに、随分とすっきりした顔になっているマスグレイブだった。



9/13誤字修せしました。

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