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12-19 嗚呼すれ違い。

三人称です。

若干時系列が戻ります。


 ルフォートの北、山脈付近。


「……ホントにあんのかなぁ」


 四人組のパーティ。そのうちの一人が、思い出したように口にした。


「何だよお前。ランドルフ隊長のこと疑ってるのか?」


 言った本人はただ無言の状況を終わらせたいだけのつもりだったが、他の者には聞き流せない内容だったらしい。

 咎めるような反論をした者以外も、言葉の主に少々キツい視線を向けていた。


「いや疑うってワケじゃないけどさ、でも気になるだろ。今までどこのクランが探しても見つからなかった山脈越えのルートの情報を入手したって、いきなり言われても」


「それは今に始まった話じゃないだろ。隊長はいつだって俺たちの先を行っている。他のクランには出来なかったからといって、隊長にも不可能だとは限らない」


 その言葉を裏付けるかのように、男はランドルフの功績を語り始めた。

 森の精霊をゲーム開始一番に見つけたことから始まり、あそこを見つけたのも一番だった、あのボスを初めて倒したのも隊長だったと話が続き、そしてつい先日は、見つかったばかりのダンジョン、ブレイズロードの攻略隊に参加し、見事その一翼を担っていたことにまで話は及んだ。


「今まで数々の偉業を成し遂げてきた隊長が掴んだ情報だ。間違いなどないに決まってる」


「その通りだ。隊長の凄さはそこらのプレイヤーとは違う」


 もちろんその出来事は全て事実である。

 だがもし他の当事者がその場に居たのなら、いくらか指摘をしていたかもしれない。

 例えば、森の精霊を最初に見つけたのは十人のパーティ。ランドルフはその中の一名に過ぎず、しかも後方警戒担当だったため戦闘には積極的に参加していなかったなどの、些細な指摘を。


 僅かに言葉が抜けてしまった(・・・・・・・)だけでも、場合によっては英雄譚となり得る。

 何故か(・・・)出来上がってしまった都合の良い誤解を解いて回るほど、ランドルフ本人は暇ではないようであった。


「それは俺だってわかってる。その隊長が言うんだから、今回だって間違いないと思ってる。……でもさすがに曖昧すぎる気がしてなぁ」


 その言葉は、他の三人も強くは否定できなかったらしい。言おうとした言葉は形にならず、息だけが漏れた。

 今回四人に与えられた任務は、山脈を越えるルートの捜索。

 ランドルフが手に入れた新情報があるため捜索範囲はかなり狭められているが、入念に捜索を行えば数日はかかる範囲。

 目印になるような物もなければ、明確な根拠もない。


 山脈周辺は、空を飛ぶ魔物が多数出現する。

 四人は全員が斥候系。気配遮断等の潜伏系スキルは全員が所持しているが、それでも捜索には気を使う必要があり、時間がかかってしまう。

 『この周辺に必ずある』という言葉だけでは、いくら信頼するランドルフが口にしたことでも、永久に信じ続けられるはずはない。

 現に、捜索は四日目に入っていたのだから。

 誰かが疑問に思い始めるのは仕方のないこと。見つからないことに苛立ちを覚えた他の三人がついキツく反応してしまったのも、仕方のないことだった。


「悪かった。あんまり見つからないから変なこと言っちまった」


「俺のほうこそ突っかかってすまん。仲間の事を考えて、つい焦ってしまった」


 仲間というのは、ナイツオブラウンドの一部隊、ランドルフを隊長とする部隊に所属する者たちのことである。

 何故それを気にしているかと言えば、本来彼らはここではなく、クランから指示された地域でレベリング兼素材収集を行っているはずだからだ。


 クランからは目標レベルや素材の目標数、それに対する取り組み期間といったものが、隊ごとに指示されている。

 ノルマではないから達成できなかったからといって罰則など無いし、真面目に取り組めば余裕をもって達成出来る程度のもの。余った時間はダンジョンに行くなりクエストをこなすなり、それぞれ自由に行動できる。


 だが、四人はクランからの指示よりもランドルフの指示を優先している。

 すると当然の流れとして、四人が集めるはずだった素材は集まらなくなってしまう。

 罰則はないが、敬愛する隊長の評価を下げるわけにはいかない。

 抜けた四人の分をフォローしている仲間のことを思い、気が急いていたのだった。


「なぁ、気分転換に山脈側に行かないか。少し気合いを入れ直したい」


 現在彼らは山脈付近にある林を調査していた。

 山脈を越えるルートを探すのだから山脈付近を探すべきだと思うかもしれないが、そちらは昨日までで調査済み。今日は林に場所を移し、地下へ潜る洞窟といったものがないか探していたのだ。

 そのため、彼らが山脈側を再調査する理由は無いはずなのだが……。


「隊長の資料には『短期間に複数回調査することで解放される可能性がある』と書いてあったしな。俺は賛成だ」


 ランドルフは調査範囲に加え、考えられるであろうルートの解放方法も資料として纏めていた。

 先ほど彼が口にした期間及び回数による解放の他にも、訪れた人数、時間帯、曜日、装備、指定ポイントに規定の種族で到達する等々。ありとあらゆる方法が記されていたのだ。

 詳細に記された資料を受け取った彼らは、その数の多さから『忙しいはずの隊長に影で苦労させてしまった』と自らの無力を嘆くと同時に、やる気を滾らせた。

 そんな彼らのすべきことは、資料に従って一つ一つ条件を試すことのみ。

 全員の同意の下、彼らは山脈に移動を始めた。


 そして、丁度麓の辺りに差し掛かったとき。


「……今、何か聞こえなかったか?」


 四人の中でも特に耳の良い男が、何かの音に気付いた。


「いや、俺は何も」


 他の二人も同じらしく、口に出さず首を振っている。


「爆発したような音が聞こえた気がしたんだが……」


 そう呟いた男の耳は、かなり信頼されているらしい。

 無言で顔を見合わせた彼らは一度だけ頷き、音源らしい方向へ歩き始めた。


 魔物に注意しながら歩き続け、指示された捜索範囲を外れそうになった辺り。

 誰かが、そろそろ引き返そうと口にしかけたときだった。


「……おい、前に来たときあんなのあったか?」


 緩やかな傾斜になっていたはずのその場所が、乱雑に掘り返したかのように土砂が散っているではないか。

 そのことに気付き、誰ともなく否定の言葉を発した次の瞬間、全員がその場に向かって急いだ。


「おいっ、あそこ!」


 先頭を走っていた男はあっけなくトンネルの入り口を発見。

 その報せは、すぐさまランドルフに届けられた。




 メールを開いたランドルフは文面を見た瞬間に口の端を吊り上げ、次いでスクリーンショットを開くと声を上げて笑い始めた。


(くはーっはっは! まさか本当に見つかるとはなっ、天は我に味方したということか!)


 ひとしきり笑い続け、ようやく落ち着いたところでまずはメールの返信。

 トンネルの調査をせず入り口で待機。他のクランに横取りされないよう、見張りを指示した。

 もちろん労いの言葉を乗せるのを忘れない。いつにない上機嫌な表情で、返事を返した。

 普段なら人心掌握のためと自らに言い聞かし嫌々行うその苦行も、今このときにに限れば違うようだった。


(くくっ、あんな怪しい情報が真実とは世の中わからんものだ。あの女も役に立つではないか)


 未だ漏れる笑いを止めようともせず、続いてメールを作成し始める。


(ルートが見つかれば新しいクランの幹部として登用して欲しい、か。成果を出した以上、約束は守らねばならんな)


 メールを作りながら、ある日突然、ルートの所在が記されたデータを持ち込まれた日のことを思い出いていた。

 能天気な顔をした挨拶に始まり、癇に障る軽薄な声で語られた山脈の越え方。

 とても真実には思えない、ほとんど想像で語られているような方法。

 しかも『この中のどれか』などという、ふざけているとしか思えない注釈。

 普通なら、信用するはずがない。


 だがこの世界が現実ならば、話は違ってくる。


 例え『特定の岩を一万回殴る』『崖の上から一度も立ち止まらず駆け下りて、そのままの勢いで木を蹴りつける』『出現する全ての魔物の魔法を食らって耐えきる』といった馬鹿馬鹿しい手段だろうと、完璧なフラグ管理をされたゲームの世界ではなく、フラグを無視できる現実の世界なら“もしかしたら”があり得るからだ。

 どんなに怪しい情報であろうと、成功した場合に限り報酬を渡すとしておけば、特に不利益にもならない。

 いかに怪しかろうが実際には真実だった。そんな情報を持ってくる能力があるのなら、約束通り幹部に取り立てることも問題ないのだから。


(だがまぁ、他の者との摺り合わせもある。すぐに幹部になれるわけではないことくらい、向こうも理解しているだろう)


 いつ幹部として登用するかは約束していなかったからな、と愉悦の表情で口にした。

 その表情は女の反応を想像したからか。それとも本当にルートが見つかったからか。

 もちろん両方なのだが、最もウェイトを占めているのはそのどちらでもない。

 ついに自分のクランを立ち上げられること。そして誰かの下につかねばならないという、苦痛の日々から解放されることに歓喜しているからだった。


(クランを立ち上げるだけならいつでもできた。だが普通に立ち上げるだけではナイツと変わらない。私のクランは違う。ナイツより強く、ナイツより早く攻略を成し遂げるクラン。覇道を歩む、唯一無二の存在。その第一歩は誰の記憶にも残る、素晴らしい伝説となる必要がある)


 人員は揃っている。資金もある。

 にも関わらずクランを立ち上げていなかったのは、伝説を作るための要素。

 とどのつまり、話題性が必要だったからだ。


 ナイツ卒業生の作るクランは、多くはないがそれなりの数がある。

 ナイツオブラウンドは脱退について特に制限など設けていないため、マスグレイブも他のメンバーも、残念な声は出すが無理に引き止めたりはしない。

 むしろマスグレイブに本人は独立を推奨している節すらある。『一点集中は停滞を招く』とは彼の言い分だった。


 そういったわけで、ナイツオブラウンドから脱退するには特に苦労はしない。

 苦労はしないが揉める事もないため、話題にもならない。

 悪い意味での注目もされないため、卒業生の作るクランは本当に“普通”になってしまうのだ。


 だがランドルフにとっては、“普通”のクランなど無益な馴れ合い集団も同然。

 卒業生と呼ばれる事は当然のように忌み嫌い、一歩進んで“ナイツと同格”でも満足しない。

 彼にとってナイツオブラウンドは、いつか叩き潰すだけの存在としか、見ていないのだから。


(ただ規模が大きいだけのボンクラ共が。私の力を見抜けなかったことがその証拠だ。私がクランを作り上げたからには貴様たちの隆盛もこれまでだ。精々、いい踏み台になってもらおうではないか)


 ランドルフの望むように力を見抜かれ除名されていたら、それはそれで困るはずなのだが、何も無いのも癪に障るようであった。


 とにかくランドルフの望むように事は進み、新クラン立ち上げの準備は整った。

 これ以上、ランドルフがナイツにいる意味は無かった。


(見つかったのは北へのルート。海の精霊か北か。どちらか一方でも見つかればと思っていたが、北へのルートが先に見つかったのは幸いだった。話題性が強いのは当然こちら。しかも新エリアの捜索権まで手に入る。くくっ、ますます運が向いてきたな)


 海の精霊と北へのルート。

 クランに必要な伝説作りのために、それらの情報を探していた。

 海の精霊は新しいイベントボスが期待されていたし、北へのルートは言わずもがな。

 今までどこのクランが探しても見つけられなかったものを探し出したとなれば、それだけで話題性は十分。

 クランの立ち上げを、これ以上ないほど飾り立てるだろう。


 新エリアの捜索権というのは、新しいダンジョンやボスは最初に見つけたクランやパーティが優先的に挑戦できる権利のことだ。

 権利とは言うが、ゲーム上のシステムやルールとして定められたものではない。

 折角新しい攻略対象を見つけたというのに、違うクランが横取りするのはマナー違反。

 要は暗黙のルールである。


 明確に定められたルールではない以上、いつまでも捜索権を主張できるわけではないし、全員が守るわけでもない。

 そのため本来なら情報を秘匿したまま攻略に挑戦。ある程度情報が集まってから公開するのが一般的だ。

 誰も知らなければ、とやかく言われることもないのだから。


 とはいえ今回はそういうわけにもいかない。

 クランの立ち上げと同時に情報を公開する必要があるのだから、隠しようがない。

 ある程度調査してからクランを立ち上げるという手もあるが……、


(腐ってもナイツオブラウンドだ。あまり時間をかけると感付かれる恐れがある。それに北方の調査をクランの初仕事とするならば、他のクランもしばらくは黙っているだろう。新参者は温かく迎えるのがマナーだからな。ならば……)


 そして、新クランの立ち上げが決まった。


 メンバー全員に、ルフォートへ集合するよう指示したメールを送信。

 ルフォートへ集めたのは、クランの立ち上げ式を行うためだ。


 もちろん、通常は立ち上げ式を行う必要はない。

 クラン・暁の不死鳥など、一部ロールプレイ色の強いクランがお遊び程度に行っただけだ。

 普通は何もしないか、掲示板に一言書き記す程度。大々的にメンバーを集めるにしても、式まで行うところは少ない。

 だが今回は北への第一歩も兼ねるのだから、大々的に知らしめる必要がある。

 何よりインパクトが大事なのだと、ランドルフは考えた。


 その決行は、トンネルが見つかった翌日。

 ルフォート結界石の広場正面を舞台に、立ち上げ式は行われた。


 あるいは、『行われてしまった』と言うべきかもしれない。


 集まったメンバーの多くは、当然のことながらナイツオブラウンドに在籍していた者たち。

 その他にも、有名なソロプレイヤーや、ナイツオブラウンドとは違うクランに在籍していた者も居た。

 全員が、前々から誘いを受けていた者たちだ。


 当然、彼らを引き止める声があっただろう。

 だが彼らの心はようやく立ち上げられる新クランにしか存在せず、引き止める声など届かない者がほとんどだった。

 強制的に引き止めたくても、クランの脱退はプレイヤーの一存で実行可能。

 彼らの多くが引き止める声を無視して脱退。あるいは何も告げないままシステム処理を終わらせ、立ち上げ式に集まった。


 そして行われた、クラン立ち上げ式。

 ランドルフの心情になぞらえて言うなら、決起や蜂起とでも言うべきほど気合いの入ったものだった。


『我々は決して立ち止まらない! 我々は前に進み続ける! 今やどのクランも及び腰になっている攻略の道、我々はその道こそ突き進みたいのだ!! 大手だからと前に立ちふさがり、道を塞ぐ愚か者共を突き破りたいのだ!! だからこそ我々は立ち上がった!! この停滞した世界を打ち砕くために!! この世界に光をもたらすために!! 故に我らの名はアライズ(立ち上がる者)!! 前に進む者たちの一番槍となるべく、我々はたちが上がったのだ!!』


 新クラン、アライズの立ち上げ宣言。

 北方への進軍開始。そしてクランリーダーによる決意表明。

 最もログインの重なる時間を狙って行われた立ち上げ式は、それを見た者たちに大きな驚きをもたらした。


 それは、何に対する驚きだったのか。

 大手クランに対する、宣戦布告ともとれる宣言か。

 それとも北へのルートを見つけたというビッグニュースか。

 はたまた、突然脱退した元・仲間の姿を見つけたからか。

 兎にも角にも、立ち上げ式はプレイヤーたちの記憶に植え付けられることになった。


 それがランドルフの意図した記憶となったのかどうか、誰にもわからなかったが。




 立ち上げ式が行われた一時間後。

 その時間は、イオンがホーレックについての報告をする約束の時間だった。


 見つけたルートを十分に調査していればどうなっただろうか。

 調査隊を待機させず、トンネルの向こうに進ませていればどうなっただろうか。

 メンバーの集合を急がせなければどうなっていただろうか。

 そして、もしあと一日、いや一時間でも立ち上げ式を遅らせていれば、どうなっていただろうか。


 今となっては、誰にもわからなかった。




6/20誤字修正しました。


クラン名がまともすぎる気がしますが気にしない方向で……。





Q:全く関係ないが、今日(2016/06/19)ってル・マン24時間だったんじゃね?

A:そんなものは無かった。いいね?

と言いたくなるような最後だった……。


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