12-17 嗚呼すれ違い。
聞いたのは、“誰か”という言葉だけ。
ですが、どうしても一つの考えが頭から離れませんでした。
それに引きずられるように湧き出る、沢山の可能性。
今日ここに来なければ。
街に寄っていれば。
きちんと話をしていれば。
先ほどのキイさんとのやり取りが、そっくりそのまま逆になったかのように。
私の頭は、仮定の言葉で埋め尽くされました。
だからでしょうか。こんなにも遅く感じるのは。
それとも世界が遅くなってしまったんでしょうか。
何度も翼を動かしているのにゆっくりとしか縮まらない、出口までの距離。
頭でいくら急げと考えていても、翼がどれだけ全力で羽ばたこうとも。
出口に至るまでの時間は、苛立つほどに長く感じられました。
そんな焦燥にまみれた時間が過ぎ去った頃、私の体はようやくトンネルの外へ。
そして目に映る、エレノアさんの姿と多数の魔物。
その光景は、頭に浮かんだ“もしも”を、正しく再現していました。
予想が的中した喜びなどはあるはずもなく、むしろ予想してしまったがためにこの未来を呼び寄せたのではないかとさえ考えてしまう、その光景。
空にはワイバーンとマンティコア。鳥の魔物も多数。
地上には鹿や熊の魔物の姿。
それらに囲まれて飛んでいるエレノアさんは、鳥籠の中で弄ばれているかのようでした。
攻撃魔法を受けたのか、服は大きく裂けて焦げ跡も見られます。
右腕は力が入らないのかだらんと垂れ下がり。
翼に力強さはなく、どちらへ飛べばいいのかわからないといったようにフラフラと動き、それでも何とかしようと視線を彷徨わせる、エレノアさんの横顔。
焦るような、悔やむような。それと、諦めの滲むその表情。
それが目に入ると同時に、エレノアさんの背後に迫るマンティコアの姿も見ることになりました。
マンティコアの吊り上がるように開いた口と、嘲るように歪められた目。
今まで魔物が嗤う姿なんて見たことがありません。多分、角度が悪くて偶然そう見えただけだと思います。
ですが、それを目にした瞬間。
私の中の何かがガチンと切り替わり。
私は、魔物の群れに突っ込みました。
世界は、相変わらずの遅いまま。
どう見ても間に合わないのに、私は羽ばたくのをやめず。
ようやくマンティコアに気付いたエレノアさんは、逃げることも出来ず。
そんな焦りしか生まないはずの、もどかしい状況のはずなのに。
私の頭は、ひどく落ち着いていきました。
頭の中が凍ったように冷静に。
けれど体は鈍ることなく、軽く意識しただけで正確にメニューを操作。
ショートカット設定もしてないのに一瞬で冷凍槍を取り出し、構えると同時に流星槍を発動。
槍を、投げました。
噛みつく寸前だったはずのマンティコアに、それより先に槍が命中。
槍が刺さったまま弾き飛ばされたマンティコアは、奥に居たワイバーンに激突。
槍の効果で二匹纏めて凍らせ、地面へ落ちていきました。
私の存在は、それまで気付かれていなかったようです。
エレノアさんも、魔物も、一斉に私に顔を向けましたが……。
それを見て、内心嘆息しました。
なんて、無駄な時間。
そんな事をしてるから遅いんです。
顔なんて向けなくたって空に居るんだから風で相手を感じればいいんです。
魔物だけじゃありませんよ。エレノアさんもですよ。
さっきから何のんびりしてるんですか。
ワイバーンに食べられたいんですか?
そんなこと私が許しませんからこっちに来て下さい。
今すぐに。
でも待ってるほうが面倒なので、肩で体当たりするようにエレノアさんの腰に左腕を回し、そのまま担ぐように連れ去ります。
のろまなワイバーンの横を通り過ぎ、別のワイバーンにウィンドカッターを当てて囲みを広げ、魔物の群れから離脱。
周辺の魔物のほとんどが集まっていたので、もう目の前に魔物の姿はありません。
魔物の囲みは抜けましたが、エレノアさんはダメージが大きいのか、私に抱えられたまま飛ぼうとしません。
先ほどまで飛んでたので飛べないわけではないはずですが……とりあえずはいいです。
飛べても怪我をしてるのでスピードは出せないですし。
なのでワイバーンから逃げつつホーレックまで辿り着くのは、まず不可能。
ホーレックまで逃げ切れないなら反対方向です。
トンネルまで行けば、マンティコアはともかくワイバーンは入れません。
魔物は全て、倒せばいいだけです。
魔物はワイバーンが七、マンティコアが十、鳥が十八。地上にも居ますがそれは無視。
数は多いですがそれだけですね。
それより戦うならエレノアさんが邪魔ですね。先に行ってもらいましょう。
「エレノアさん、今から反転するのでトンネルに向かって飛んで下さい。よそ見しないで真っ直ぐ飛んで下さい」
返事も聞かずに反転を開始。
エレノアさんが何か言ってます。文句を言ってるようなので無視です。
でもこのままだと言うこと聞かなそうですね。無理矢理言いくるめましょう。
というか、グダグダうるさいですし。
「黙って下さい。この程度の魔物に負ける腕で私に意見するなんて百年早いです。百年じゃ足りませんけど。そういえばスピードが速くて空でも戦える私は敬われるんですよね。だったら無駄口叩いてないで言うこと聞いてください。聞けないんだったら後ろから槍で刺しますよ。速く飛ばないとずーっと刺しますよ。エレノアさん程度のスピードならお昼寝しながら追いつけますけし。イヤなら全力で飛んで下さい」
静かになったので、これで大丈夫です。
反転が終わり改めて視界に入った魔物の群れは、スピードの速いワイバーンを先頭に円錐形に広がっています。
縦にも横にも広がってるので、そっちに避けるのは面倒ですね。
だったら正面です。これが一番近いので。
メニューを操作しストレージから槍を一本、今度は炸裂槍を取り出します。
構えると同時に加速を強め、本日十回目が見えてきたスキルを発動。
「流星槍!」
放たれた槍は先頭のワイバーンに当たると同時に大爆発を起こし、周囲の魔物を巻き込んで吹き飛ばしました。
さすが炸裂槍です。職人さんが『やっぱコレっすよ! 爆発は最高ですよ!』と言ってただけあります。素晴らしい爆発でした。
槍のおかげで、ぽっかり空いた魔物の居ない空間。
エレノアさんを引き連れてその空間に突っ込み、魔物の群れとすれ違いました。
それを見た魔物は慌てて反転。
こっちは十分にスピードを乗せてるので、今のうちに距離を稼ぎます。
トンネルが近づいてきた辺りでメニューを操作。
今度はいつもの槍を取り出して、エレノアさんを掴んでいた手を放します。
「真っ直ぐ飛ばなかったら槍を投げますよ。寄り道したら二本投げますよ。さっきの槍はあと四本ありますので。投げられたくないなら絶対振り返らないでくださいね」
今度は素直に頷いたエレノアさんを押し出すように解放して、私は魔物に向かって反転。
今はバラバラに飛んでいる魔物たちの、適当に近い魔物に接近。
まずはワイバーンに魔法付与して一撃。続けて鳥の魔物、マウンテンコンドルを二匹まとめて切り捨てます。
マンティコアにウィンドカッターを撃ち、噛みつこうと迫ってきたワイバーンを踏んづけて上に飛び、高度を稼いだところで真下に向かって炸裂槍。
集まってきた魔物を纏めて吹き飛ばしつつ、直下で起きた爆風を翼で受けてさらに上へ。
……いつもより動きやすいですね。
相変わらず世界は遅いままです。
なのに、トンネルを出るまでとは全く違います。
動きが遅いのにもどかしい感じはありません。むしろ自由に動けている気さえします。
一ミリの誤差もなく、寸分違わぬ正確さで、私の意識した通りに体が動きます。
それにどういうわけか、魔物の動きも正確にわかります。周辺一帯の魔物、その動きの全てが。
手に取るようにわかるというのはこういう感じなんでしょうね、きっと。
おかげで先手を取り放題です。
口を開けたワイバーンには炸裂槍をプレゼント。数が少ないですから先着順です。早い者勝ちですよ。
翼を広げようとするマンティコアにはウィンドカッター。翼が無いほうが可愛いです。
暇ができたらウィンドアロー。マウンテンコンドルが大好きみたいなんですよ。適当に撃ってるのに避けもしません。
世界は遅い。でも頭はいつも通り。
これじゃ私の頭だけ速くなってるみたいじゃないですか。
でも都合がいいので放っときましょう。
魔物の数が多いので、このままのほうが早く終わります。
ワイバーンが多いのは面倒ですが、数が多いだけの魔物なんてどうとでもなります。エス全員で行くクエストはもっと大変です。
エレノアさんはちゃんとトンネルに向かってますし、もう気にしなくていいですね。
トンネルまでにはワイバーンが一匹居るだけです。最初に凍らせたワイバーンが動きだそうとしています。
でも、
「瞬速矢!」
足の速さではエスで一番のキイさんがトンネルから飛び出し、即座にワイバーンを攻撃。
エレノアさんに噛みつこうとしていたワイバーンを、再び地上に落とします。
続いて出てきたプルストさんも攻撃を開始。他の皆さんも現れ始めました。
数だけ見れば魔物が有利ですが、形勢は完全に逆転。
あとはただ、魔物を倒すだけの軽作業です。
皆さんに取られる前に、倒してしまいましょう。
6/18誤字修正しました。
少々(?)怒ってもらいました。
イメージを損なってしまった方、申し訳ございません……。
こういうときに説明を入れるのは野暮なことだと思いますが、
自分の表現力が全く足りてないので、非常にわかりにくい事になっていると思います。
なので今回のイオンさんについて少し説明を書いておきます。
今回のこれについて細かく触れる予定は全くないので、下手すると『で、アレって何だったの?』になると思ったので……。
『そういうの読みたくない!』とか『本文から読み取るからいらない』という方はご注意下さい。
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(ここから)
今回のは、何かのスキルだったり、魔力操作のような使いにくいシステム(?)的なものではなく、
ムカッぱらMAXというか完全にキレて極度の集中状態に入った結果、ということにしてます。
切り替わったと言ってますが、二重人格とかそういうのではないです。
いわゆるゾーンとかフローとかゼ○の領域みたいなものを想像してもらえれば。
またはTASさんが1フレーム単位で動けるような。(違
世界が遅くなった、と言ってるのは、周りがスローモーション的に見えてる感じ。
思考速度は変わらないので、本人は自由に、正確に動けている、ということにしてます。
ただし前半は慌ててるだけなので、遅くなったというよりただじれったいだけ。
ブチギレた中盤からが本番です。
わかりにくくて申し訳ございません……。




