12-6 嗚呼すれ違い。
ドーナツを買って、精霊さんとお話しして、今は北へ向かって飛んでいます。
海の精霊さんの事を話すと、森の精霊さんも嬉しそうでした。
『心配はしていませんでしたが、やはり言葉で聞くと安心しますので』
やっぱり、仲が良いみたいです。
『ところで“海”もドーナツを食べたのですか?』
『はい。チョコとプレーンがお好きなようですよ。コーヒーもブラックでした』
森の精霊さんが好きなのは甘さ優先でシュガーとハニーです。都合よく分かれましたね。
『チョコも、ですか……そうですか……』
そういえばリンジーさんのスペシャルチョコレートパフェを食べてから、チョコも好きになり始めたんでした……。
『海と争うことは避けたかったのですが……仕方ありませんね』
お願いですからドーナツで争わないでください……。
おやつタイムを終えて、北の山脈へと向かっていることろです。
山脈まで来るのは初めてですね。ほとんど話題に出なかったこともあって、興味を引かれませんでしたので。
でも山脈周辺はワイバーンとか空の魔物が多いそうなので、戦いたくなったらここに来るのも良いかもしれないですね。割と楽しめる場所かもしれません。
ですが今は戦うことよりも街を探すことが目的です。
高度を思いっきり上げて、ワイバーンに見つからないようにしましょう。
――それはいいですけど高過ぎではないですの? 山脈よりずっと高いですわ。
昨日は海面スレスレを飛んだので、今日は高高度を飛んでみたいなぁと。
――やっぱりそれなんですのね……。止めはしませんけど、街を探すことは忘れないで下さいですの。
意識を飛ばしてたら呼び戻して下さいね。
――最初っからそのつもりで飛ばないで下さいですの!
不安を煽るようなことを言いましたが、今日はスピードを出しません。そんなことしたら街に気付かずに通り過ぎてしまいそうですし。
なので山脈を越えたらすぐに高度を下げます。
視界のスキルレベルが上がったおかげか以前より遠くまで見えるようになりましたが、それでもこの高度だと航空写真でも見てる気分なので。
それはそれで面白いですけど。
……Go○gle Ea○thを見始めると止まらなくなってしまうのって、私だけじゃないですよね?
東西に広がる山脈は、一番高い部分でも山頂付近が雲にかかる程度。標高が高くて越えられないというわけではないようです。
ですがどこを見ても勾配がきつく、山脈というより壁と表現したほうがいいほどに険しいため、歩いて越えるのは間違いなく大変です。
そのうえパッと見ただけも確認できる、多数のワイバーン。
あんな足場で戦えと言われたら、エスだって間違いなく苦戦します。
本当にこんな山脈を越えるルートがあるのかと思ってしまいますね……。
そもそもどういう道なんでしょう?
日本だったらトンネルを探しますね。秘密の抜け道、とか言って。
でもこの世界でトンネルと言われると、クエストで行った坑道の、手作業で掘り進めるようなイメージしかありません。
とてもじゃありませんけど、山を貫通できるかと言われると……。
……できそうな気がしますね。
こっちの世界には魔法や魔道具だってありますし、力の強い獣人だって居ます。
状況によっては、建設機械より融通が利くんじゃないでしょうか。
現実でも大勢の人を動員して作った大昔の巨大建造物とかありますし、こっちの世界で同じようなことがあっても不思議じゃありません。
ルートが見つからないのも、トンネルの入り口が崩れてしまった、とか。
探してみるのも面白いかもしれないですね。山や海を越える道が実はダンジョンだった、というのはTVゲームでもありましたし。
それに新しい街を見つけたとして、その話をしたら誰だって行きたくなるはずです。
新しい街で新しいダンジョンや強い魔物が見つかったら、エスで行ったりマリーシャたちとも行きたいですし。
一人で楽しむなんてもったいないですからね。
街を探した次は、そっちを探してみましょうか。
そんなことを考えているうちに山脈を越えましたので、高度を下げます。
雲が邪魔で景色も見えづらかったので。
でも、魔物を見たかったわけじゃありません……。
雲を避けながら高度を下げて、ようやく地面が見えやすくなったと思ったらワイバーンが二匹。
雲に隠れて見えなかったのは、景色だけではなく魔物もでした……。
「グルアアアアアア!!」
――睨まれてますわね。どうしますの?
逃げましょう。
二匹程度なら特に問題なく倒せますが、この辺りで戦うと山脈から追加が飛んできそうなので。
――それがいいですの。
折角下げた高度をもう一度上げて、ワイバーンを引き離しにかかります。
あちらのほうが翼は大きいですが、重量も大きいためか私の上昇スピードには付いてこられません。
そのまま左右に振りつつ雲に隠れて距離を離し、私を見失ってくれたところで急降下。一気に引き離しました。
振り返って確認しますが付いてきてないので、ひとまず逃げ切れたようです。
案外すぐに逃げられましたね。最初に戦ったワイバーンは、もっと速かった印象があるんですけど……。
――そのワイバーンのことは知りませんけど、私と契約した当初に比べて随分スピードが上がってますの。
少しは速くなってるかな? とは思ってましたけど、そんなに変わってますか?
――最高速度はもちろん、より複雑な軌道で飛んでもスピードが落ちませんわ。速さだけでなく、飛行技術も向上してますの。
ぐりちゃんに褒められましたっ。
――それ以上に無茶なこともしてますの。もう少し安全飛行するですの。
前向きに善処します。
――便利な言葉ですわね……では具体的にどうするかもお願いしますの。
状況に応じて、最適な対応を心がけます。
――結局無茶するつもりですのね……。
だってぐりちゃんが手伝ってくれますから。
――当てにされたことを喜んだらいいのやら、姉を止められない自分の不甲斐なさを嘆いたらいいのやら……。
頑張って悩んでくださいね。
――誰のせいだと思ってるんですの! まったくもう……。
それはそうと真面目に街を探し始めます。
でもこの辺りには全く見当たらないですね。山脈を越えてからは大きな平原が広がっていますが、街らしきものは見当たりませんし、街道もありません。
今は北に向けて飛んでいますが、平原の先に森があるだけです。
訂正します。巨大な森です。
とにかく大きすぎます。平原の向こうは見渡す限り全部森です。
とりあえず森の入り口まで行ってみましょうか。他に行くところもないですし。
――それが良いですの。
近づいてきた森は、範囲だけでなく一本一本の木そのものも大きい森でした。
一本の木を囲むのに何十人もの人が必要になりそうな、そんな巨木ばかりの巨大な森。
当然全高も高く、大きいものだとマンションサイズ。森に入ると自分が縮んでしまったような感覚になるんじゃないかと思います。
一本ずつが大きいおかげか木と木の間隔は広いので、木が邪魔で戦えない、といったことはなさそうです。
でもあの辺は低いですね。場所によって違うんでしょうか。
……いえあれは……柵、でしょうか?
森の入り口辺りに、木で出来た柵のような物が見えます。
――もしかして街の城壁、ではないですの?
そのまま柵に向けて近づいていくと、やはりどう見ても人工的な柵でした。ぐりちゃんの言うように城壁みたいですね。門のような物まで見えますし。
――北に進むだけでは見つかりませんでしたし、高度が高いままでは見落としましたわ。ワイバーンのおかげですの。
街はルフォートから真北の方向ではなく、北北東の方向の辺りにありました。
ルフォートから真北に飛んでいては気付きませんでしたが、ワイバーンから逃げようと進路を変えたことが幸いでした。
最後に高度を下げなければ森が邪魔で発見できませんでしたので、本当にワイバーンのおかげです。
平原にはちらほら魔物が居ましたが、全部無視して真っ直ぐ街へ。
街に到着し門の近くに降り立つと、他の街でも居た門番らしき方が二人。
いえ三人になりました。
しかも三人目の方は鳥族の方ですよっ。
私よりも濃い、空よりも海を連想するようなブルーの髪と瞳に、白い翼の女性。
背筋の伸びた立ち姿にキリッとした顔に、とても真っ直ぐな印象を受けます。そういうところは昨日会った海の精霊さんと近いかもしれないですね。
その鳥族の女性は門の上から飛んでおりてきましたので、やっぱりNPCの鳥族は飛べるんですね。
街に着いてすぐ鳥族の方に会えるとは、本当に運がいいで……、
「他の街から鳥族が来るとは珍しいな。随分と災難だったようだが」
鳥族の女性から、少しだけからかうような調子で声をかけられましたけど……運がいいどころか、災難ですか?
「あの、災難というのは?」
「アレから逃げてきたのだろう。山越えではよくあることだ」
アレ、と言いながら私の後ろに視線を向けているので、私も振り向いてその方向を見てみると……。
「ルァァァァ……」
遠くでうなり声を上げる、先ほど逃げ切ったと思った二匹のワイバーンが居ました……。
あんなの連れていれば、災難と言われるのも無理ないです……。
ああいえ、そんな事より早く倒してしまいましょう。
私だけならともかく街の人にまで迷惑かけるわけにはいきません。
多分この街にも結界石があると思いますが、だからって近くに魔物が居ていいわけないです。
それどころか、もし外出してる人なんて居たら……。
「ごめんなさいっ、すぐに倒してきますので!」
「全く、次からは……っておいっ!」
何か声が聞こえましたが既に地面を蹴っていたので、そのまま飛び立ちます。
すいませんあとでお聞きしますので……。
今更ですけど、私がやったことってモンスタートレインですよね……。
こないだ行ったダンジョンで、別のパーティのトレインに巻き込まれた(こっちから狩りに行く手間が省けたとエスの皆さんは喜んでましたが)ので注意されてたのに……。
反省です。次からはしっかり倒しましょう……。
さっき逃げたのは山脈に近かったからで、この辺でなら他のワイバーンが寄ってくることもないはずです。
とにかく急いで倒しましょう。街の人に何かあってからでは遅いです。
槍を構え、真っ正面からワイバーンへ突っ込みます。
ワイバーンが近づいてきたところでウィンドアーマーを発動。それから、
「魔法付与・ウィンドカッター!」
二匹だけなので消耗については考えません。
最初から全力で行きますよ!
「大薙ぎ!」
槍にウィンドカッターを付与し、そのまま手前のワイバーンが噛みついてくるのを避けつつ背中に一撃。
続いて二匹目のワイバーンの攻撃を避けて、まずは首元に一撃。刃が抜けると同時に、体をひねりながら去り際にもう一撃。
「ガアアアアアアアア!!」
首と尻尾の付け根を切られ、大きく悲鳴を上げるワイバーン。
自然と二回連続で切り付けましたが、以前は一度の交差で一回しか攻撃できませんでしたっけ。
ぐりちゃんが褒めてくれた通り、少しは腕が上がってるんでしょうか……?
いえ、今はそんなこと考えてる場合ではありません。
――その通りですの。さっさと倒すですの。
わかりましたっ。
最初に大薙ぎで切りつけたワイバーンが再び向かってきますが、一度しか攻撃してないのに体力はイエローです。
やっぱり魔法付与は強いですね、消耗が激しいだけあります。
ですが今はスピード優先です。修復不可でなければ修理できますし、一気に決めます!
「大薙ぎっ、ウィンドカッター!」
もう一度ウィンドカッターを付与し、大薙ぎで攻撃。去り際に通常のウィンドカッターで止めを刺して、まず一匹。
一匹やられたのに、変わらず向かってくるもう一匹のワイバーン。
今に限れば好都合です。逃がして何かあってはいけないので、私だって逃がしませんよっ。
「ウィンドアロー!」
噛みつこうと大きく口を開いたところに魔法を撃ち込み、怯んだところで近づいて切りつけ、すれ違い後すぐに反転して、
「大薙ぎっ!」
反転中に魔法付与をした一撃を背中に見舞います。
これで体力もレッドゾーンに入りました。
レッドゾーンに入ったワイバーンは魔法を撃って来ますが、以前と同様に隙だらけです。
飛んでくる炎の魔法を避けて、今度はお腹に魔法付与して一撃。
それが止めとなり、無事ワイバーンは倒せました。何かある前に倒せて本当に良かったです……。
ですが……。
――ずーっと、見られてるですの。
当然と言えば当然なんですが、門番の方たちにずっと見られてます。
――しかも表情が硬いですの。
鳥族の女性も門番のお二人も、どちらも真面目な表情というか、見据えてくるというか……。
ここからだとよくわかりませんけど、やっぱり怒ってるでしょうか……?
――街の近くで魔物と大暴れ。怒られて当然ですの。
ですよね……。
とはいえ過ぎたことはどうしようもありませんし……。
まず謝罪させてもらって、今日は諦めて出直すとしましょう……。
――それがいいですの。
折角ここまで来たのに街に入れないのは残念ですが、かといって無理に入る理由もありません。急ぎの用事があるわけでもないですし。
日を空けて、落ち着いてから出直しましょう……。
門の前に居る三人の前に、少し距離を空けて着地。
着地してすぐ、二歩ほど近づいて頭を下げ、そして謝罪の言葉を口にしました。
「さきほどは大変失礼した!」
私ではなく、門の前に立っていた鳥族の女性が。
…………えっと?
6/4 誤字修正しました。
森のイメージは進撃なアレの巨大樹の森とかそんな感じでお願いします。
高高度という言葉は7、8千メートルから1万メートル前後の高さを言うそうですが、ここでは単純に高度が高いという意味で使ってます。調べるまで知らなかった……。
ところで明日(2016/06/04)からエアレース千葉大会ですね。見に行けない人はBSで放送しますよ!(宣伝)
私? 放送見ながら更新する予定ですが、何か?