12-3 嗚呼すれ違い。
やっぱり倒せないですね。
――無理ですわね。
今度はぐりちゃんも同意してくれました。
というのも戦い初めてそろそろ一時間です。攻撃できるチャンスはずっと攻撃していますが、体力はイエローにもなりません。
魔法付与を使えばもしかしたら、と考えなくもありませんが、でもこの調子では体力が無くなる前に槍が壊れます。
多分ですが、一人どころか一つのパーティで戦う魔物ではないんじゃないでしょうか。
クラン用のクエストをやったのでわかります。あのときもボスはかなり強かったですし。
なのでこの魔物もそういう類いではないでしょうか。レイドパーティでないと倒せないとか。
最初からレイド前提のクエストやイベントは、フルレイドでもボスの強化はされないそうなので。
――その考えは正しいと思いますわ。でも今はどうするですの?
どうしようもありませんし、逃げましょうか。
――それしかありませんわね……。
この戦いはイベント戦闘です。
イベント範囲外に出たらペナルティがあるはずですが、でもこの状況では仕方ありません。むしろこれ以上戦い続けるくらいならペナルティくらい構いません。
なので……あれ?
魔物が大きく海面に潜ったと思ったら、そのまま影が薄くなっていきます。
どんどん深く潜っているようですが……。
《イベント目標の達成に失敗しました。イベントを終了します》
失敗?
もしかして時間切れとかでしょうか。相手が逃げる前に倒す必要がある、とか。
なんでもいいですね。ひとまず戦闘は終わったんですし……。
――お姉様、あそこを見てくださいですの。
どうしました? ……人?
戻ろうかな、と考えたところに突然のぐりちゃんの言葉。
またしても海面を指すその方向を見てみれば、なんと海面に人が居ます。
いえ、よく見ると人とも何か違うようですが……しかもおりてこいと言うように手を振ってますね。
よく見ると海面に何やら透明な板のような物が見えますが……。
――あの方も精霊ですわ。害意はありませんの。
精霊さん。
だからぐりちゃんはすぐに気付いたんですか。
そういうことならすぐに向かいましょう。
高度を下げて精霊さんのもとへ。
透明な板は地面代わりの床のようです。
飛んでいる私に用意してくださったんでしょう。
ありがたく、そこに着地します。
「呼び立ててすまんな」
「いえ、床を用意して頂いてありがとうございます。私はイオンと言います」
「契約精霊のグリーンと申します」
「海の精霊だ」
海の精霊と一言で名乗ったその方は、森の精霊さんと同じく女性の姿をしていました。
海を思わせる深い青の髪に、水着なのか面積の小さい服なのか、判断に迷う服。
森の精霊さんと同じく、一見普通の人と変わりません。
ただしその身に纏う雰囲気は、森の精霊さんとどこか似通ったもの。
人のものとは全く違う、とても清んだ印象があります。
無表情なので、少々堅い感じもしますけど。
「あの、すみませんこんなところで戦ったりして……」
まさか誰か居るとは思いませんでした……きっと迷惑だったですよね……。
「何故謝る。お前はアレを倒そうとしていたではないか。まさか倒せなかったことを詫びているのか?」
「いえ、とてもではありませんが私に倒せるものではありませんので、そこまで自惚れたことは言いません。ただこんなところで暴れて、何か迷惑になっていたのではと」
もう少しで倒せそうだった、とかであれば倒せなかったことにお詫びしようもあるんですが、全然でしたからね……。
「そうか。ならばその気遣いは不要だ。あの程度の戦いなど、嵐の海に比べれば可愛いものだからな」
自然現象と比べられてはどうしようもありません……。
「しかしそれなら何故戦いにきた。まだアレはお前たちに危害を加えたりはしていないだろう」
「えっと……戦うつもりはなかったんですが……」
「そうなのか?」
「気持ちよく空を飛んでいたら突然現れて、仕方なくというか……」
「……おぬしはただ気持ちよく空を飛んでいただけで、こんな遠くまで来ていたのか?」
「はい……」
言われてから改めて今居る場所を確認しますが……。
三百六十度、見渡す限り海しか見えません。
何も考えず飛んでましたが、いつの間にかものすごく遠くまで来てしまってたようです……。
メニューのマップ機能があるから帰ることが出来ますが、何も無ければ絶対に遭難でした……。
「よほど空を飛ぶのが好きと見える。面白い娘だな」
頬が緩み、小さな笑みを浮かべる海の精霊さん。
小さいですけど優しそうなところは森の精霊さんと変わりません。もっと見ていたくなります。
「次は気を付けることだ。アレは普段海の底に居るが、海面に何か居るとそれを食おうと顔を出す。食われたくなければ、もう少し高く飛ぶといい」
「はい、気を付けます」
海面を飛んでいたのが原因だったんですか。
次からは高く飛ぶことにしましょう。
「あの、いくつか聞いてもいいでしょうか?」
「なんだ」
言葉の調子はぶっきらぼうですが、嫌そうな感じはしないので遠慮なく聞いてみます。
「海の精霊さんはいつもこの辺りにいるんですか?」
「いや、普段は陸が見える辺りにいる」
「結構移動できるんですね。森の精霊さんは、森から出られないと聞いていたので」
他の精霊さんもてっきり似たようなものかなと思ってたんですが、違うんですね。
「※※※※※※※※にも会っていたか。あれは森を礎としているため森から離れられないはずだが、私は海を礎としているのでな。海の中ならどこへでもというわけではないが、ある程度は動けるのだ」
森はその場から動きませんが、海は繋がってますし流れがありますからね。そういった違いなんでしょう。
「※※※※※※※※は壮健か?」
「はい。いつも一緒にコーヒーを飲んでます」
「そうか」
あ、少しだけですが嬉しそうな顔になりました。
どうも仲が良いようです。
ですが……。
「あの、余計なお世話かもしれませんが……」
「なんだ?」
「その呼び方は秘密だと聞いてるので……」
「ああ、そうだったな。悪いが聞かなかったことにしてくれ」
「はい」
触れたらマズそうなので、言われた通り聞かなかったことにします。
と言っても聞き取れたわけではありませんけど。
「それと他にも聞きたいんですが」
「なんだ?」
「……その前に、海の精霊さんもコーヒー飲みますか? 森の精霊さんには、カフェオレとドーナツを気に入ってもらえたんですが」
言いながらストレージから出します。
お話しをするなら、やっぱりゆっくりしながらのほうが良いですし。
「嗜好品か?」
「一応そうです。ただのお菓子と飲み物ですけど」
まずはプレーンを渡してみます。
「もらおう。森のが気に入っているのなら、私も興味がある」
無造作に受け取り、躊躇なく食べる海の精霊さん。
私とぐりちゃんも食べ始めます。
「口に合わないようでしたら無理しないでくださいね。違う味もありますし」
「いや、悪くない」
特に表情を変えずに食べる海の精霊さん。
すぐに食べ終わってしまったので、次はチョコを。……あ、表情が少し緩みました。
さっきより速く食べ終わったので、今度はシュガー。……今度は眉が寄りましたね。
それじゃハニーは……あ、また眉が寄りました。
もしかしてと思い、カフェオレを渡すつもりでしたがブラックコーヒーを渡してみると……。
「……ふむ」
ものすごく嬉しそうです。
どうも甘さよりも適度な苦みが好みのようです。
「お代わりもどうぞ」
「もらおう」
カフェオレも試してもらいましたが、やっぱり眉を寄せる結果に。
ドーナツはチョコ、プレーンが好み。コーヒーはブラック一択のようです。
甘さ優先の森の精霊さんとは、かなり違う結果となりました。
そして気が付けば……。
「……すまない、ついお前たちの分まで食べてしまったようだ」
「いえ、そのつもりで差し上げたので」
「海の精霊様になら構いませんですの」
なかなかの数を食べてもらえました。
さすがリンジーさんのドーナツです。
「そう言ってもらえるのは助かる。だがお前たちに分まで食べたのは事実だ。何か返せることはないか」
「それならお騒がせしたご迷惑の分と、質問に答えて頂いた分ということで」
私たちが好きで渡したんですからね。それに返したいと言われても、大きなお返しなんていりません。
「ならば存分に聞くといい。先ほども何か聞こうとしていたようだしな」
そういえばそうでした。つい食べてばかりに。
それでは次は……。
「さっき戦った魔物、エンシェントシーサーペントのことなんですが」
何とか鑑定が成功してわかった巨大ウミヘビの名前は、エンシェントシーサーペント。
なんとも強そうな名前でした。
「あの魔物は“まだ”人間に危害加えていないと言われましたけど、もしかして陸までやってくるんですか?」
「わからん。アレは食うことしか考えておらんからな」
真っ直ぐ陸に向かってるわけではないんですね。
「だがアレは大食らいだからな。食い物を求めて住処を変えていけば、そのうち陸までたどり着くかもしれん」
運が悪ければそのうち来るかも、ですか。
「もし来るとして、いつ頃になるとか予想できますか?」
「さあな。今の調子ならどんなに早くとも半年はかかるだろうが、結局は向かう方向次第だ。正確なところはわからん」
ほとんど当てにならないと考えたほうが良さそうです。
「あの魔物は、倒したほうが良いですか?」
「無論だ」
それなら、準備はしておいたほうが良いかもしれないですね。
「何か特別な倒し方とか弱点とか、そういうのは知りませんか?」
「特に無いな。戦ってわかっただろうが、体力だけが自慢のような魔物だ。ひたすら攻撃していればそのうち倒れる」
エレメントゴーレムのような弱点はありませんか……。
「でもしばらく戦うと逃げてしまいますよね」
「そうだな。だが腹が減れば戦ったことなど忘れてまた向かってくる。アホだからな」
ア、アホですか。
「でも逃げる前に倒すのは大変ですね……」
たった今、体力が自慢と聞いたばかりですし。
「いや、アレには自身を癒やす能力が無い。時間のかかる自然治癒しか怪我を治す手段をもたないのだ」
怪我を治すには時間がかかるということでしょうか?
となると……。
「……何度逃げられてもその度にダメージを与えて、それを蓄積していけばそのうち倒せる、ということですか?」
「そうだ」
何度も何度も戦って、それで倒す魔物。
時間制限はそのためでしたか。
いつか襲ってくる恐ろしく強い魔物を、大勢の人の力で撃退する。
きっとそういうイベントなんでしょう。
大変そうな未来しか思い浮かびませんね……。
何故海の精霊さんが出てきたのかは次で。
と言っても大した理由ではありませんが。