勇者の聖剣による一撃は防御不可能
俺が先代勇者の残した聖剣を王と宰相に寵姫、おまけに魔王の頭へと次々に思い切り降り下ろしたのは仕方がないことだった。
たぶん俺はそのために日本からこの異世界へ呼ばれたのだから――
きっと先代の勇者もそれを良しとしてくれるはずだ。
「ちょ、待て! お前、ワシは王だぞ!」
「私は無関係だ!」
「いやーん、父さんにも叩かれたことないのにぃ」
「これがずっと怯えていた聖剣による魔王の妾の受けるべき罰か……」
防御できなくなる呪文を大声で唱え、力一杯聖剣を振り下ろした。その伝わる手応えと彼らの頭が奏でた音は僅かな間に荒んでいた俺にとって心地よいモノだった。
◇ ◇ ◇
玄関のドアを開けると、そこは雪国――ではなく、とてつもなく豪華な広間だった。
「え? あれ? ここはどこだ?」
いつの間にか自分が足を踏み入れていた一室は、写真でしか見たことのないベルサイユ宮殿のように、彫刻と絵画で過剰なまでに装飾されていた。
スニーカーが踏んでいるのは磨き抜かれた大理石で、ステンドグラスから射し込む光を反射している。
その中心にある豪奢な椅子にふんぞり返った髭男を中心として、髪を高く結い上げた金髪の美女と初老の眼鏡の切れ者らしき男が控えていた。もちろん彼らの出で立ちもまた部屋に似合った中世風の衣装で世界史の中に肖像画として出てきそうな格好だ。
ここは完全にどこかの王宮、しかも謁見の間のようだ。
しかしこの荘厳な部屋で場違いなのは俺だけではなかった。
なぜか贅を尽くした部屋の片隅に、堂々と大きな岩が安置してあったのだ。しかもその岩へ剣を深く突き刺したのか柄だけが見えているのが不自然さ、あるいはファンタジーっぽさを醸し出している。
そんな突然現れてしまった部屋に対する考察はともかく、さっさとこの場を去らねば。
「あ、ごめんなさい。間違えました」
脊髄反射で謝罪の言葉を口にしながら「失礼します」と振り返っても、そこに俺が今出てきたはずのドアはない。
――え? どこ行ったんだようちのドア? というか玄関から一歩踏み出しただけでは、どう道を間違ってもこんな場所にはたどり着かないよな?
そんな俺の疑問は次の瞬間氷解した。
「ふはははは、よくぞ100年ぶりの召喚に応じてくれたな、勇者よ。お前が来てくれたおかげで召喚の失敗が99連敗で止まったぞ、おかげで今夜は連敗脱出パーティーができる!」
「いえーい! 流石は王様ですぅ。これまで99回連続で失敗して国庫を空にしても、ギャンブルを続ける勇気なんて他の誰にもないわよ!」
「ふはは! そうであろ!? ワシって凄いであろ?」
うむ、途中にある勇者だの王様だのといった電波な単語を無視すれば、単なるギャンブル中毒者達の戯言だな。
「むむむ、今回までも失敗したなら、増税に怒った民に革命を起こされかねない所まで追いつめられてからの成功という引きの強さ。そして断頭台への道筋が見えていてなお召喚のギャンブルに興じるふてぶてしさ、これが王家の強運血統なのか……」
「とにかくこれで後の責任はワシらではなく、全部勇者に放り投げれば問題ないな!」
横に控えていた眼鏡の老人は忌々しそうだった。
だが、正面の豪華な椅子――これが玉座という物だろう――に座っている髭男は「問題は全て解決じゃ」と厳つい顔をすがすがしい笑顔に変えている。
いや、どういう事情かはまだ分からないが、今の彼らの会話には問題しかないだろう。
やけに説明的なセリフのおかげで、ファンタジーの定番よろしく自分が勇者としてここへ召喚されたのは理解できたが、それ以外はさっぱりだ。
満面の笑みでハイタッチを交わす髭面の王冠を被った男――会話から推し量るに、おそらくはこのギャンブル中毒者が王様なのだろう――と傍らにいるけばけばしい美女。それを横目にどこか複雑そうな表情で舌打ちしている眼鏡の男。
今三人が口にした事柄だけで、俺がここにいることがかなり大事になってしまっているのは分かる。体の中にある死亡フラグを察知するセンサーがけたたましく警告を発しているからな。
「えーと、なんか大変そうですけど、俺ってその連敗脱出パーティーに招待する為に呼ばれたのでしょうか?」
何も分からない風に表情をにこやかに取り繕い、「勇者ってのはきっと聞き間違えだよね?」とおどけてみせる。
「まさか! わざわざ手間と金のかかる召喚魔法を使ってパーティーの主賓にするだけのはずがなかろう! お主を勇者として召喚したのには、ちゃんとした理由が……あったはずなんじゃが。最近は呼べないのにムキになっておったからなぁ。その、ほれ、なんだったっけ? 最初はどんな用件で呼び出そうとしたんじゃったか、お前知らん?」
「いやーん、王様が知らないのに私が知ってるはずないじゃない」
「ああ、お前はいいんじゃよ」
くねくね身をよじらせて「だったら聞かないでよ、王様の意地悪ぅ」と泣き真似する美女。王は大慌てで「よしよし」と彼女の精緻な彫刻付きの髪飾りがさしてある金髪を撫でる。
「全くあれだけ寵姫を甘やかすとは、王にも困ったものだ」
「そこの爺さんも、困ってるだけじゃなくて何とかしろよ!」
「私は仮にも宰相だ。爺さん呼ばわりはよせ」
国王と寵姫の二人が主演のラブドラマのあまりのぐだぐださとそれを止めない爺さんに、びしっと指を突きつけてツッコミを入れる。
俺の言葉に反発する宰相は無礼な口のききかたより、年寄り扱いされた方が気に障ったようだ。外見からすれば初老らしいが、外人は年が上に見えるからな。本人はまだまだ若いつもりなのだろう。
俺達の会話に「あ、二人きりじゃなく勇者と宰相というお邪魔虫がこの場にはいたんじゃった」とこっちを振り返る王様と寵姫。
「と、とにかく俺はいきなり呼び出されたんだから、呼び出された理由なんて知ってるはずないだろう」
身分差があるのは理解したが、相手のいい加減さとツッコミするために完全にタメ口になっている。
「かー、なんじゃ最近の若者は! 何も聞かず召喚に応じるとは今度の勇者はあっさり詐欺にでもだまされそうじゃの」
「その通りです、これだから異世界人は役に立たない。前回から100年も間があったのですから、そのぐらい予習しておいてほしいものです」
「いやーん、勇者ってお馬鹿さーん」
「俺のせいじゃねー!」
魂を込めた叫びに目の前の3人の動きが止まる。そして王がポンと手を叩いた。しかし、それは俺の叫びに心を動かされたわけではない。
「あ、そうじゃった! 勇者には世界の破滅をするかもしれんという魔王を捜し出してから倒してほしかったんじゃ。何しろ魔王に対して最も効果がある聖剣は勇者にしか扱えんからのう」
「今やっと魔王のことを思い出したの!? それ絶対に忘れたらダメな案件じゃね?」
「いや、前回の勇者が魔王を倒したのが99年前。それからずっと次代の魔王が出現してないんでの。うちの部隊でも探してるんじゃが、これまでの99年全てが空振り。だから搜索も半ば惰性でのぅ。ほとんどツチノコやネッシー探すのと同じぐらいの真剣さじゃ」
「それって、素人が趣味で散歩中にきょろきょろ見回すのと同じぐらいの労力しか使ってないよね!? というかここにもツチノコやネッシーっているの!? それに99年探していないならもう魔王はいないって確定してよくない? もし魔王いなかったら勇者を呼ぶ意味ないよね?」
ツチノコやネッシーがいるのか!? しかも、こっちの世界でも未確認生物なのかよ。
それに99年間も魔王の痕跡がないなら、せめて魔王が出現してからそれを倒すための勇者を呼べ。
「まあ、ツチノコやネッシーはともかく、うちでは魔王捜索隊に回されるってのは左遷ですからな。
それに他から予算を引っ張ろうにも、魔王に対抗できるのは聖剣を扱える勇者だけ。その勇者だけが引き抜けるという聖剣にしても権威付けにこの通り玉座のすぐそばにありますから、魔王捜索隊は魔王の捜索以外には一切関与できる権限も予算も与えませんしね。あの部署は今や昼行灯の溜まり場と化しております」
「そんな部署いっそ潰した方が良くね?」
「そんな事ないわよ! あそこに行くと、いつだって都で一番はやってるお茶とお菓子で私のことを歓迎してくれるんだから有能で良い人達ばかりに間違いないわよ!」
「寵姫の機嫌を損ねたらまずいからそりゃ歓迎するに決まってるだろ! 諜報技術が持ち腐れて、魔王捜索から流行とグルメの追跡へとマスコミ方面へネジ曲がってるぞ! それに勇者はそんな肩叩きされそうな部署の代わりでしかないのかよ!」
宥めるような宰相とお菓子をねだりに行く寵姫へツッコミ続ける俺に対し、王は「いやぁ」と頬をかく。
「別に勇者呼ばなくてもいいじゃね? とか言う奴もいるが、三代前の王――ワシの曽祖父じゃな――が隣国の王と召喚の儀式で勇者を呼べるか賭けをしてのう。国家予算の一割を呼べる方へずっと賭けてたんじゃ。それが負け続けておったから意地になったのか、毎年必ず勇者召喚の儀式をするよう遺言してな。それで燐国の王へ賭けのリベンジを挑むのじゃが、毎回失敗続きでのぅ」
「しかも賭金の支払いだけでなく召喚一回ごとにお金は小規模戦争一回分のコストがかかるから、毎年廃止案が出るのに代々の王様が握りつぶして……」
「わあ、王様って人の意見に左右されないんだぁ。そういう所も・ス・テ・キ」
「ほっほっほ、そう褒めるな、だって異世界からの勇者を呼び出すってロマンじゃね?」
「賭けとロマンで国庫を傾けるなよ……」
理由のくだらなさに脱力して、膝から崩れ落ちそうになる。
「まあ呼んじゃったんだから、これまでの召喚99回分にかかった費用をまとめてあなたで回収しますけどね」
「へ?」
「隣国から支払われるのは賭け一回の勝利分でしかありませんからね。勇者に残りを払ってもらわなきゃ、これまでに王家が召還にかけたコストに合わないですし」
「いや、それ俺には関係ないよね?」
「お前が最初の召喚でくれば問題なかったんだから、お前の責任じゃろ」
「一回目の召喚は百年前だろ、俺はまだ生まれてもいねーよ!」
そんな昔からの負債をこっちに押し付けんなよ。
「それはあなたのミスで、こちらが関与する問題ではありません。勇者は召喚にかかったコストを負担する義務があるのです。そう決まりました。ここにそう書いてあります。まだインクが乾いてませんがほら、昨日の日付で勇者が召喚にかかった費用を負担すること、と」
「それついさっき書いたよね!? だって右手が動いてたもん」
「まあ、あの借金を全部一人で引き受けるの? 勇者さまったら太っ腹ね」
「むむっ、勇者よ気前がいい振りをして気風の良さを見せつけるとは。そんなことをしてワシの可愛い小鳥を誘惑するのは許さんぞ」
「今の借金を押しつけられてただけだよ? どこを見たら誘惑と間違えるんだ? それにどさくさまぎれにすでに借金を引き受けたことにしてないか?」
この世界の人間は皆人の話を聞かないのだろうか。
「ちくしょう、誰か話の分かる人が来てくれねーかな」
「勇者が求める者はここじゃ! とう!」
俺が愚痴をこぼした直後に部屋の上部にあったステンドグラスが割れ、そこから小さな人影が落下してきた。
分厚いガラスが割れる意外と低い破壊音と「ふぎゃ!」という甲高い悲鳴が重なる。
雷に撃たれたようにびくっと腰を引く王様達。
「むむっ、曲者じゃ。衛兵に勇者も早速の出番じゃぞ、ワシを守れ!」
「あらぁ、私は守ってくれないのぉ?」
「訂正じゃ、ワシら二人を守れ!」
「私のことは見殺しにしてもいいと。ええ、嫌われ役ですから期待はしてませんよ」
よほど人望がないのか彼らの言葉に応えて出てくる衛兵などは一人もいない。……ここは本当に王宮なのだろうか?
高貴な身分のはずの三人組が揉めている間に、俺はじっと不審人物を観察していた。
戦うにせよ、逃げるにせよ、まずはいきなり侵入してきたこいつがどんな相手か見極めるのが重要だ。
その警戒対象は、いきなり高所から飛び降りてきたのだから綺麗に着地するだろうという予想に反し、小さなハイヒールを滑らせての豪快な尻からの着地を披露する。
盛大な落下音の後、静まり返った室内に甲高いすすり泣きが響いた。
「うう、痛いのじゃ。目が回るのじゃ。お尻が二つに割れてしまったのじゃ……」
「まあ、大変! ほら落ち着いて、まずこのお水を飲みなさい。それにお尻以外にも怪我がないかちょっと見させてね」
落下した侵入者はまだ幼女と言うべき姿で、ゴスロリと言うのかやたらふわふわした黒いドレスを身につけていた。
そんな幼女がべそをかいているのに、寵姫が真っ先に反応する。見かけによらず子供と怪我人の扱いになれているのかテキパキとぐずる幼女を宥めすかしながら手当をして落ちつかせる。
「ああ、これなら大丈夫ね。でも、もうあんな危ないマネしちゃダメよ? はい、これお食べなさい。魔王捜索隊からもらった美味しい飴よ」
「う、うむ。助かったのじゃ。……むう、確かに美味しいの」
お尻を抑えながらもう痛みから回復したのか、もらった飴を舐めながら輝くような笑顔で寵姫に礼を言う幼女。こうしてみるとまだ幼いながらキツめの顔立ちはなかなか整っていて、将来の美人が約束されている可愛らしい容姿だ。
「で、誰だよお前は?」
子供の笑顔でほんわかしそうになった空気をあえて読まず、俺は侵入者の身元を確認する。
「あ、そうじゃった。自己紹介がまだじゃったな」
幼女は寵姫の傍らから離れて「よし、テイク・ツーなのじゃ」と呟くと、身につけていたマントを翻して俺へ向かって見得を切る。
「ふははは、勇者よお前の探している者はここにいるぞ!」
可愛い侵入者にすっかり空気が弛緩していた俺たちは、吹き付けてきた覇気で一斉にびくっと身を縮める。
「勇者が召喚されてから話は全部聞かせてもらっていたのじゃ!」
「おお、ならばあんたは俺が求めていた話の分かる人か? なんでドアからではなくステンドグラスを割ってまで侵入したんだとか、最初からいたのならストーカーみたいだとか、まだ幼女じゃねーかとか襟首を引っつかんで問い質したくなる疑問をスルーできるぐらい嬉しいぜ!」
俺は直前の幼女らしからぬ風格に腰が引けていた。だがこれまでがあまりに話の分からない人間ばかりだったので、救世主が来たかと駆け寄って幼女の手を握る。
「なら押し付けられそうな借金問題とか、話が通じないこいつらの相手とか全部お前がしてくれるんだよな?」
面倒そうな事を俺がまとめて彼女に押し付ける気満々になっているのに気が付いたのか、幼女はぶんぶんと首を振って俺の手を振り払う。
「ち、違うのじゃ! 妾は話が分かる人間ではなく、勇者が探している魔王なのじゃ!」
「もうラスボス来ちゃったー! というか俺が探してるのは話の分かる人間で、魔王じゃねー!」
いきなりの魔王出現に、俺は犬を追い払うように「しっっしっ」こちくんなという身振りをする。
「え、そうなのか? 勇者なのに魔王たる妾を探していないのか?」
俺から「お前なんか探していない」と拒否されると、遠ざけられた魔王の見開いた瞳にみるみる涙がたまってしゅんとうなだれていく。
周りの大人から幼女に何をしている、大人げないぞという視線を受けても俺の冷たい態度は変わらない。
「これまで100年も魔王の害がなかったなら、もうそいつほっといてもいいな」
俺からすれば「魔王討伐はしなくてもいいだろ」という意図を含んだ言葉で、これはおそらく邪悪ではなっそうな魔王に情けをかけたつもりだった。
それが決定的な引き金を引いてしまった。
「ダメなのじゃー! 妾を無視して一人ぼっちにするのはダメなのじゃー! 魔王だからって仲間ハズレにしてほっとかれるのは嫌なのじゃー! かくれんぼで魔王しか入れない部屋に隠れたからって見つけるのを諦めておいてけぼりにするのは酷いのじゃー!」
何か彼女の持つトラウマでも刺激してしまったのか、登場シーンで尻を打った時以上に激しく泣きじゃくる魔王。その姿はどこから見ても理由もなく苛められて涙に暮れる美幼女だ。
「せっかく幼女が格好をつけて窓から飛び込んでまで来たのに、魔王だからって無視するなんて人のやる所業ではないぞ!」
「女性が涙を流して頼むのを拒むなんて、あなたはそれでも勇者、いえ男ですか!」
なぜかこっちを非難してくる王と寵姫。
「ま、魔王は高いところから登場せねばならぬと教育されたから、目をつぶってあのステンドグラスの場所までわざわざ登ったんじゃぞ。無視されたらもう一回あそこダイビングをやり直さねばならないのじゃ。
ステンドグラスまでは高かったのじゃ、飛び降りるのは怖かったのじゃ、グラスは思ったより固くて破る時悲鳴を上げてしまったのじゃ。
そんな一生分の勇気を使って魔神様に「これから好き嫌いはせず、どんな料理でも文句を言わず食べますから無事に着地させてください」と誓ってから飛び降りたのじゃぞ。それなのに勇者、お主は妾にもう一度あんな危険な登場シーンやれと言うのか!」
「勇者よ、お前幼女を怖がらせる趣味でも……」
「こんな可愛くてイタイケな子供相手に……」
「ついでに今回のステンドグラスの弁償も、魔王を止められなかった責任として勇者から回収するつもりでしたが、まさかそれを恨んで‥…」
恐ろしげにこちらを見つめる三人組。それよりも、おいさりげなく借金をふやそうとしている宰相、魔王より俺はお前が怖いぞ。
それにしても――
「お前らその幼女が魔王だって忘れてないか?」
びくっ体を硬直させる三人組。
あ、これは完全に魔王ではなくいたいけな幼女と思って、それを泣かせた俺を勢いとノリだけで責めていたな。
いきなり慰める手を止めた王や寵姫を見上げる不安そうな魔王の目にも、涙だけでなく疑問の色があった。
「わ、忘れられてはおらんよな? もし妾が魔王なのを忘れたり無視するならば……泣いてやるぞ」
「そ、それはいかん。年端もいかぬ幼女に涙を流させるなど王国の名折れじゃ!」
「きゃー王様格好いい」
「王は寵姫一人を甘やかすだけでなくロリコンの気もあったのか、困ったものだ」
「お、お前ら、妾のことを無視するなと言っておるだろうが! お前らみんな、妾が魔王だと忘れてないって魔神様に誓うのじゃー!」
無意味に格好を付ける王とそれをはやし立てる寵姫。やれやれと首を振るだけの宰相。
魔王は涙目で手を振り回し癇癪をおこしている。
そんな周りの喧噪を無視し、俺はずっと気になっていた片隅の岩へと近付いた。
おそらく王と宰相の言っていた聖剣とはこの岩に突き刺さっているこれのことだろう。もしこの聖剣が抜けなければ俺が勇者でないと証明できて借金の件はチャラになるはずだ。
どうか抜けないでくれと願いながら、岩に柄まで埋まったそれを手に取る。
すると希望に反してまるで刺さっているどころか水に浸かっていただけのように抵抗なく、するりと抜けた。
俺が聖剣を手にしたのを見て、周りからは「さすがじゃ、ワシが呼んだだけのことはある」「あ、あれは凄く痛そうじゃと魔王の本能が訴えているのじゃ」
とか騒がしい。
だが、その手に取ったモノ――断じてこれは剣ではない――の形状に、おそらく前代の勇者がした苦労と役割がイヤでも分かりすぎてしまった。
しかもその刀身というか岩に隠されていた部分には、防御を不可能とする日本の一部に伝わる呪文が書かれていた。
そうか先代勇者よ、あんたも俺と同じようにこの国で理不尽な目にあったのか。
「これは聖剣ではなく、ハリセンという」
ポツリと呟いた単語に二人の王が目を見開いた。
「おお、その通り。最初の勇者が己の手で作ったと言われる、針を1000本集めて材料にしたという謂れのあるあの伝説の名剣じゃ!」
「うう、教育係りから聞いていた嘘ついたら勇者に飲まされるというハリセンボンというのがあれか……。無理じゃ! 妾にはそんな大きなのものなんて飲み込めないのじゃ! 今まで嫌いな野菜を捨てたのにちゃんと食べたと嘘ついたことは謝るから、勇者よその剣をしまってくれ!」
初めて刀身――折りたたまれた紙ではあるが――を目にして感動している王と、びえーんと火が付いたように泣き出す魔王。
今こそ託されたこの剣を振るうべき場面だろう。
そうして俺は手に入れたばかりの聖剣を三人の頭へ思い切り振り下ろした。
ああ、なるほど。この国にはツッコミ役が必要だったのか。
俺は思い切り刀身に書かれていた呪文を叫びハリセンを振り回す。この呪文を唱えられた者はおとなしくハリセンによる一撃を受けるしかない。
「なんでやねん!」
――彼が百年に一人のツッコミの天才と呼ばれるようになるのは、この国で鍛えられた後に日本に帰ってからの話である。