雪の降るクリスマス(内気でロバ顔版)
「ぶち」=「凄く」
こごえて指先の感覚がマヒしていた。
スマートフォンを片手に携帯小説を執筆する。
「うぅ、ぶち寒い」
ここは片田舎の駅のホーム。この私、青春 のどかは古めかしいベンチに腰をおろし指を必死に動かしていた。
今日は12月25日。クリスマスの日だった。別に私にとって重要な日ではない。
このベンチは長椅子で、他に人が座っている。
「帰ったらクリスマスパーティじゃね! プレゼント用意しちょるんじゃけー楽しみにしとってよ」
「本当に⁉ 嬉しい‼」
カップルが談話していた。手を繋いで、楽しそうな笑顔。
私はベンチから立ち上がった。立ち上がってカップルからだいぶ距離のあるところまで歩いた。
近くにいたら、胸が苦しくなる。だから、必然的な行為だった。
スマートフォンの液晶パネルに文章を打ち込み続ける。先ほどのことは忘れ、空想する。そして、文字の媒体にうつしこむ。一連の動作はとてもスムーズにおこなわれる。
「私には小説しかないんだ」
ポツリと口にだした。つぶやきは「ヒュー」と冷風にかき消された。
人目のつかないホームの隅にいる私は空を見上げた。空は灰色に雲っていた。現実の色だった。
三十路は空想にふけった。現実は嫌いだ。彼氏なんていなくても生きていける。なのに、このイベントの日になると、胸が苦しくなる。彼氏がいない私をみんなが見下し哀れんでいるように感じてしまう。
だからさっきみたいに、逃げたくなっちゃうんだ。
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶーー
電車到着のベルが鳴る。
はあ、とため息をつき、空想にふける。
私には文才も無ければ、勇気も無い。愛想も無い。やる気も無い。自信もない。夢もない。女子力も無い。妄想しか無い。
ブッブー。
スマートフォンから着信があった。迷惑メールだった。
絵文字がたくさん装飾された文面だ。どうやら女性のようだ。この迷惑メールの送信主の友人が私に気があるらしいと書いてある。
画像がはられていた。胸元を開けた露出度の高い服を着た可愛らしい女性が、右手をピースの形にしている。それだけで私を誘っているのがわかった。私が男だったら誘惑にはまり金を貢いでいただろう。
迷惑メールだとわかりながらも、返信の内容を考えた。どうしよう。
考えたあげく『その友人は男ですか?』にしようと思った。送信主がBL好きの可能性を考慮したのである。もしそうなら、この人は勘違いをしている。どう頑張ってもBLにはならないのだ。かわいそうに。
実際に返信はしない。ただ、妄想に浸り灰色の現実から逃げるだけ。
プッシューーー。
ふと、気づくと電車が止まっていた。
搭乗口が開いていた。
二人程、下車したのを確認して自分も乗り込もうとした時、
「のどかちゃん‼ のどかちゃんだよね⁉」
私の名前を呼ぶ声がした。
誰だ?
首を左にひねる。声がしたのは、どうやらホームの方からだったらしい。
「あーっ‼ やっぱりのどかちゃんじゃー‼ 十年ぶりくらいだよね。久しぶりー♡」
抱きついてきた。やめてくれ、周りに人がいるんだぞ。
「ぉ…おっす」
とりあえず返事をした。なかなかに男らしい返事だと自己評価していたが、
「相変わらずダウナーだね。ほら元気出していくよ♡」
ダウナーだと言われた。
十年ぶりくらいの再会。高校生の時に仲の良かったヤツだ。名前は天未 曖一。
彼は私の頭の上を手のひらでさすった。急な行為だったのでおどろいた。
「おい。なにすんだ。お前なんかと馴れ初めになった気は…
「頭に白いのが、のっかっていたから」
彼は優しい微笑みでそういった。白いのってなんだろう? フケの可能性がある。最近お風呂入ってないし…。
お風呂に入ってないとバレたら、不潔だと思われるかもしれない…怖い。
ふとスマートフォンの液晶画面を見つめる。現実から目を背けたい。精神的ダメージで殺しにかかる現実さんから逃げるために、頭を空想の世界に…
「なに下むいているんだよ。元気出していこーぜ♡ ほら、空を見上げてみ?」
プッシューー。搭乗口の扉が閉まり、私は電車に乗りそこねた。
空を見上げてみる。すると、暗く濁った視界が浄化されたかのような錯覚におちいった。
白い。白い。白い。柔らかそうな羽毛に似たそれらが、灰色を白色に染めている。
雪の欠片達はゆっくりと地上に降り落ち、頬に冷たい感触を受けた。
「この地域は雪が降るの珍しいから、びっくりだよね」
「うわあ。綺麗…ほんとびっくり」
この町を白銀の世界にしようと、たえまなく降り続ける雪。それを二人でジッと見つめて過ごした。
私は泣きそうになるのをこらえる。胸が心地よい痛みでふるえた。カチコチに固まった口角は、自然にほころび柔らかな表情をつくれた。
色彩の失われた灰色の世界は消え去り、祝福のように降雪が包み込む煌びやかなクリスマスの日にさま変わりした。
現実は怖い。
だけど、希望もたしかにあったんだ。