下
「ところで、旦那様、本当にどうやって金貨を7枚も手に入れたのですか?」
「ははは。それは秘密だぜ!」
宿屋を飛び出した俺は、そこらをほっつき歩いていたカップルを手当たり次第追剥ぎしたのだ。あまりのチートステータスでどんな屈強な男もちぎっては投げちぎっては投げ金目のものを大量に手に入れたのだカップルは金持ちだからな! 怒りに震えるカップルどもに「愛さえあれば十分だろ! 金くらいよこせこの幸せモンが!」と血涙を流しながら逆ギレして怒鳴り散らすと、俺はまた他のカップルを襲うのだった。
その結果が金貨7枚だ。
「そんなことよりキャミル。俺は勇者なんだ」
「わかります!」
「ぬ? ホントか」
「空から舞い降りて来ましたし、何より私を救ってくださいました! 私にとっては勇者よりも大切な人、そう、英雄です!」
「そうかそうか! そりゃそうだとも! はっはっは!」
キャミルのキラキラした目に、俺は舞い上がる。嗚呼なんていいところなんだ異世界。街を歩きながら、俺はキャミルに質問をした。
「ところで、この世界は魔王かなんかに困らされていないのか? 俺はここじゃない別世界から来たんだ。だからこの世界の事をもっと知りたい」
「ええ。魔王はいます。我々人間は数千年ものあいだ、彼の者によって苦しめられてきました」
「なに。一体どういう奴なんだ」
「普段は膨大な魔力の暴走を防ぐため、ツボの中に自らを封印しているのです」
「なるほど。魔王自身の力を持っても制御できないほどの魔力なのか」
「そして困ったことに、ハンバーグが大好物なのです。供物として毎日何十トンものハンバーグが捧げられています」
「なるほどなるほど」
「そしてそしてなんと、
「ちょっと待て」
「はい?」
俺はキャミルを止めた。眉間に指を当てて、記憶を探る。
「そいつ、もしかして、近くでクシャミとかしたら壺から出てきたりしないか?」
「! そうです! よく御存じですね! 流石は勇者様です!」
「それハク●ョン大魔王や」
「? いえ、かの魔王の正式名は『ハ●ション大魔王』ではありませんよ?」
「じゃあなんてんだ?」
「タチション大魔王です」
「きたねぇ!」
「壺も便所壺ですし……」
「余計きたねぇ!」
頭に『?』を思い浮かべるキャミル。なんだよ便所壺に封印されてる魔王って……
「しかし気を付けて下さいませ旦那様」
そっと俺に耳打ちするキャミル。甘い吐息が耳にかかってぁあ^~~いやされるんじゃあ^~
「な、なにをだ? もっと耳に口近づけてくれよ、よく聞こえねえや」
「え? こうですか? えっと、実はですね、自ら動けない魔王の為に、各地にエージェントが配置されているらしいのです」
「エージェント?」
とろけそうな脳みそで俺は話を聞いている。
「そう。エージェントです。なんでも魔王様に楯突く者を始末するために身をひそめているとか……」
「へっ」
俺は笑い飛ばした。
「返り討ちにして逆に便所壺の在処を聞き出してやる!」
「で、でも、身をひそめているんですよ? どう探し出すんですか?」
「むう。確かに。どうにかならないものか」
しばらく沈黙する俺とキャミル。
「……私にいい考えがあります」
「なに? なんだ?」
「奴隷だった頃のツテで、情報屋に知り合いが何人かいるのです」
「おお! でかしたぞキャミル! 早速行こう!」
しばらく歩いて、俺達は、かなり深い路地に辿り着いた。浮浪者たちがたむろしている。
「どれがその情報屋なんだ?」
「大丈夫です、旦那様。私が訊いてきます。旦那様はこちらで待っていてください」
「そりゃあ悪いだろ」
しかしキャミルはぎゅうっと俺の胸を両手で押してくる。
「いえ! 旦那様を煩わせる訳には! しかも情報を得るにも、流儀のようなものがあるのです。ここは私にお任せを! この町の最有力の情報屋に、私は詳しいのです!」
必死な様子のキャミルに、俺はついに折れた。あまりに健気だ。奴隷の身分から解放してやって本当によかったと、俺は心からそう思った。
なんと驚くべきことに、そのエージェントの情報は20件めの情報屋で、かなり有力な物が得られたのだ。
「名前は『ゼルヴァン』。金髪で翡眼の女性で、年齢は20代前半とのことです。どうも、エージェント固有の魔法を使用しているのを目撃されたようです。」
うれしそうに、キャミルは耳をピコピコと動かした。
「間抜けな奴もいたもんだ! 探し出してやる!」
まさにそのときである。
「貴様! ついに見つけたぞ! この場で抹殺してやる!」
人気のない路地に入ったとたん、金髪で翡眼の女が現れた。ゼルヴァンだ。
「自分からノコノコ出てきやがったな!」
なぐりかかろうとして押し留まる。
「どうかなされたのですか? 旦那様!? 相手は武器を持っていますよ! このままではやられてしまいます!」
「俺は女を殴れない……!」
「騙されてはいけません! エージェントに女性はいません! あれの中身は変身魔術を使ったおっさんです!」
「撲殺!!!」
俺はなんのためらいもなくゼルヴァンに殴り掛かった!
「やる気かッ!」
ゼルヴァンも剣を握りこちらに向かって駆ける。
しかしこちらはチートステータス、一介のエージェントに過ぎないゼルヴァンが俺にかなう道理はない。俺は右こぶしの一撃で相手の意識を刈り取った。
「ぐっ……!」
膝をつき、その場に倒れるゼルヴァン。美しい金髪が地面に垂れる。
「はははははは! しかし中身がおっさんなら(良心が)痛くもかゆくもないぜ! はははは! はははははははっ!?……ぐぁっ!?!?!?!?」
ゲボォッと、俺は口から血を吐き出した。
「!? なっ……! なんだ!?」
視線を下に向けると、自分の腹から鈍く光る刃物が生えているのが確認できた。ゆっくりと振り向くと、そこには、短剣を握った、
キャミルが。
「キ、キャミル……! お前……!」
三日月形に口が裂けたキャミルがケタケタと嗤う。
「ええ、そうですよ。私がエージェントです。まんまと騙されましたね。勇者様(笑)」
「そんな……馬鹿な……」
「ゼルヴァンは正真正銘、この国の英雄級の勇者です。魔王討伐の最有力者なのです。ふふふ、今となっては最有力者『だった』ですが」
ズボォッと俺の腹から短刀が抜かれる。ドサリと俺は地面に崩れ落ちた。
「異世界からの勇者でなければゼルヴァンの討伐は不可能でした。それをまあこんなに簡単に……! 気付かなかったんですか? 情報集収を私が一人でしていた理由」
「まさか……」
「そう、情報操作です。馬鹿な貴方はすぐ騙されましたよ! 女性が傷つくのは嫌でしたよね? 今から貴方の目の前でこの女の四肢をゆっくりと切断して差し上げましょう! ふふふ、あははは、きゃあぁああああはあはああああははっははははっ!?……ギャアッ!?!?!?」
キャミルが悲鳴を上げた。
驚愕に見開いたその眼は、まるで先程の俺の焼き直しのようだ。
そう、
キャミルの腹部からも、長剣が生えていたのだ。剣先から血がしたたり落ちる。
「詰めが甘いな、エージェントキャミル」
「なっ……! 貴様は!?」
キャミルから剣を抜き、シャッと剣から血をはらったその女の髪は、燦然と輝く金色だった。
「私がゼルヴァンだ」
俺の体の上に倒れ伏せたキャミルが唸る。
「そ、そんなはずは……確かにゼルヴァンは倒されたはず……」
「へっへへ」
俺は笑った。
「俺と戦っていたゼルヴァンは、俺のスキルで生み出したフェイクだ」
「なに!?」
「お前が情報収集している時に、俺はたまたま本物のゼルヴァンと出会ったんだ。お前は情報操作に忙しかったから気付かなかったがな。策士策にはまるとはこのことだぜ。それに、お前は魔王の事を一回だけ『魔王様』といった。これはお前が魔王に忠実である証拠だ。尻尾を出したな!」
「スキル……?」
「そう、俺のスキル『恋愛模倣』は、一度『あ、いいな』と思った女性を、少しバスト大きめで完全に作り出すことが出来るんだ!」
「そんなピンポイントなスキルが!?」
「助かったぞ、捨吾郎とやら。こやつはかなり手ごわいエージェントでな。お前に協力してもらわねば倒せなかった」
「くっ……」
悔しそうにうめくキャミル。しかし俺は微笑んだ。
「キャミル、エージェントが全員男ってのは嘘なんだろ? 俺は女が傷つくのが嫌なんだ。だから、
「ああ、わかってる」
ゼルヴァンがそっと手のひらをキャミルと俺の腹部に手を当てると、高度な治癒魔法で傷はすぐに治った。
俺は立ち上がる。
「だからキャミル! 俺達の案内をしろ!」
キャミルの瞳が、再び見開かれた。
「私を許してくれるのですか?」
「ああ、無論だ!」
「私も賛成だ。仲間は多い方がいい」
「だ、旦那さま! 一生ついて行きます!」
かくして、俺達はゼルヴァンとキャミルとともに便所壺を探す旅路に着いたのだった。
完