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Epilogue10 ―師匠― ★

 

「キミはボクを楽しませてくれるのかい? 二番弟子」



挿絵(By みてみん)



 フルスロットル=〝マジコ〟=テルー。


 類まれなる天才的な魔法センスを持ち、誰にも理解できない力を使いこなす。

 魔法学だけでなく歴史解釈の知識も豊富に持ち、誰よりもはやく上級学校を卒業。

 教師を務める傍ら、国王陛下の護衛や政治にもかかわりを持つ十三歳。

 それが俺の師匠だ。

 

 その師匠がなぜ強さの素質が高いレシオンではなく、ただの転移魔法がひとつ使えるくらいの俺を弟子にしたのか。

 なぜ魔女を弟子にしていたのか。

 俺はようやくわかった。


「……ったく、師匠のくせにガキくせえな」


 まあ、まだ子どもだけどさ。

 なあそうだろう?


 おまえは俺と遊べると思ったんだろう。

 エヌと遊べると思ったんだろう。

 ただほんのすこしだけ遊ぶために、俺とエヌを育ててたんだろ?


「〝X-Search〟」


 そのために俺は知らなければならない。

 師匠の魔法の正体を、その素質を。

 感知魔法は弾かれる。

 やはり師匠には、魔法が効かない。

 でも、それはなぜだ(・・・・・・)


 考えろ。

 師匠の魔法が俺の魔法を防ぐ理由。

 いまの俺の魔法は座標を支配できる。捉えた座標上にあるものを支配下に置くことのできる、まさにチート魔法。

 それなのに師匠には及ばない理由は何だ。


 答えは……ひとつ。


「師匠のほうが、より支配度が深い」

「正解だよ弟子」


 すでに支配されているものを、上から支配しようとしても精度が低ければ話にならない。

 支配してるのに負ける。

 それはなぜか。


「俺の座標は、まだまだ浅い」

「正解だ」


 座標とはなにか。

 物質の存在する空間を数値化したもの。

 それが浅いということはつまり、荒いということ。


「すなわち師匠が魔法で支配しているものは、俺が支配している座標よりも細かい(・・・)

「正解」


 つまりどういうことか。

 これ以上はここだけじゃ答えが見つからない。

 だから俺は思い出す必要がある。


 いままで師匠が使った魔法を。

 いままで師匠が見せた素質を。


 ああ、そうか。

 その答えが導き出す属性は――



「もしかして……〝物理学者〟か?」

「大正解だよ二番弟子」


 師匠は満面の笑みを浮かべていた。


「この世界は魔法が支配している。本来は魔界にしか存在しなかった魔力がこの世界にあふれ、ボクたち人間はその恩恵に甘んじてきた。魔法の技術は進歩し、歴史は魔法により大きく動かされた。でも、この世界にもともとあった力はそれだけじゃないんだよ。魔法という作用以外にも、この世界の根幹となっているのは物理という作用があった。その名の通り、物質がほんらいもつ理の力だ。この世界で魔法学を極めるということは、すなわち物理学をも極めなければならない。この表裏一体の作用法則こそがすべての根幹なんだ」


 師匠が魔法で動かしていたのは、いままでなんだったのか。

 時間そのものを止めたりはできない。さかのぼったりはできない。

 ただ師匠が支配していたのは、物質の核の部分。

 もといた世界では、誰もが習う簡単な物理学で知ることができるもの。


 分子。

 原子。

 陽子。

 電子。

 そういった目に見えない細かな部分まで、師匠は魔力で支配していた。


 俺は魔法の世界だからと、そんなことまで知ってるやつがいないと思ってたんだ。物理学に目を向けるやつなんていないと、思い込んでいた。

 ……そりゃあ俺の座標指定じゃ支配できないわけだ。


「でもなあ、ふつうそこまで細かく魔力使えるか?」

「だからこそ、ボクは天才なんだよ」


 なるほど。

 それですべての魔法が理解できたわけじゃないけど、おおよそはわかった。

 ただそうなると俺がどうやって師匠を超えるか。

 師匠と遊べるか――だ。


「……エヌ」

「ええ」


 呼ぶと、どこからか聞こえてくるいつもの声。

 俺一人では師匠と遊べないだろう。

 けど、俺には最強の兄弟弟子がいる。

 これ以上のない相棒がいるんだ。


「――〝流星連華(ソニック・ドライヴ)〟――」


 一瞬、エヌの姿が師匠の目の前に現れる。

 ほんのわずかな停止。

 沈黙はなかった。


「せあああっ!」


 あのエヌが、叫びをあげる。

 エヌの体は回転を加えながら師匠の体に超速の連撃を加える。一撃必殺の威力の蹴りが猛烈な勢いで師匠の体をぶちぬこうとする。コンマ一秒以下の速度で蹴り込むエヌの最大の技。

 ――が、もちろん、魔法壁に止められている。

 だから俺がその防護を崩さなきゃならない。


「〝X-Search〟」


 俺は師匠へと感知魔法をかけていた。

 あっさり弾かれる。


「〝X-Search〟」


 また弾かれる。

 深く。

 もっと深くだ。


「〝X-Search〟」


 細胞のひとつひとつより、もっと細やかな単位で座標情報を読み取れ。

 その奥の奥にまで、師匠の魔力が支配してるから。


「〝X-Search〟」


 当然、俺の脳内にはそのぶん膨大な量の座標データが流れ込んでくる。

 パンクしそうな脳。

 鼻から血が垂れる。

 でも、もっと深く。

 深くだ。


「〝X-Search〟!」


 深く潜れ。

 師匠が理解しているよりも深い地点まで。

 すべての細胞の奥深くまで。


 俺の魔力が届くように。

 俺の支配が、届くように―――――


「〝X……Searh〟」


 ――見えた。

 師匠の魔力が届いていない、まだ未開の地。

 俺の意識が飲み込まれそうなほどに細かな物理のすきま。

 データ上でしか見ることができないような粒子の海が見えた。

 そのなかにひとつだけ、師匠の銀色の魔力に染まっていない物質があった。


 ……触れる。

 俺の魔力が伝染する。


 たったひとつの粒子。

 ほんのかすかな座標。


 だけど、支配した。


 ――いけ。


 弾き飛べ。

 わずかな粒子の一粒を弾き飛ばせ。それが完璧な壁の綻びとなり、突破できるように。



「〝X…………Move〟ッ!」



 バギッ!

 と、亀裂が走る音がした。

 師匠が目を見開いて俺を見る。

 ……そんな暇はないぞ。

 あとはそいつが、蹴り破るから!


「るあああああああああああああっ!」


 エヌの蹴りが師匠の魔法壁を叩く。

 魔力を制御した彼女の、純度の高い攻撃。

 それが何十何百と、師匠の体を守る盾に叩き込まれる。


 これが師匠の求めてたものだ。

 これが俺たちの力だ。


「いっけえええええええええええええええ!」

「あああああああああああああああああっ!」

「――ッ!?」


 師匠の体が宙に浮いた。

 光の防壁が砕けて舞い散る。


 エヌの蹴りだした足は、師匠の顔をかすめていた。


 驚きに満ちた師匠の頬から、血が一筋流れ落ちる。

 破った。

 あの師匠の魔法を、破った!


「やっ――」

「これが興奮というものか」


 ぴたり、とエヌの動きがとまった。


 蹴り上げた足を師匠の手ががっしりと掴んでいた。

 鍛えてもいないような細い腕に掴まれて、エヌはぴくりとも動けない。


「ゾクゾクしたよ弟子たち。生まれて初めて味わった感覚だった。素晴らしい」


 その目はギラリと輝いていた。

 恐ろしいほど強烈に輝いていた。


「でも、ここまでだ――――〝保縛(アレスト)〟――――」

「っ!」

「うおっ!?」


 見えない力に引っ張られる俺と、見えない力に押し返されるエヌ。

 俺とエヌはお互いに引きつけられるようにぶつかって、地面に倒れる。


 ……空気が変わった。

 身を起そうとした俺は、いつのまにか王城の中庭にいることに気づいた。

 フィールド魔法を解いたらしい。

 城の瓦礫と血で荒れる中庭の真ん中で、俺とエヌは倒れていた。


「お兄ちゃん!?」

「兄貴!」

「トビラ!」


 中庭の隅にレナとリンがいる。『蛇』と『鷹』と『狼』、それとフィアもいた。その後ろにズィも。

 どうやら侵入者たちはすべて撃退したようだ。怪我もなさそうでよかった。

 俺はそばにいるエヌを抱き起こす。


「おい、大丈夫か」

「ええ。でも一撃は――」

「一撃は当てられたよ。キミたちの成果としては申し分ないだろうしボクも楽しむことができた。キミたちを弟子にした甲斐があるというものだね……でも、ここで遊びは終わり。お別れだ」


 いつのまにか師匠の顔には、冷たい表情しかなかった。

 さっきまでの楽しげな様子もない。

 ただ平静に俺たちを見下ろし、杖を向けてくる。


 そこから異様な魔力が漏れる。

 ぶるりと背筋が震えた。


「〝魔壁門〟!」


 とっさに魔人が壁を召喚する。

 が。

 師匠は魔人をちらりと一瞥し、


「――――〝反殿(リバース)〟――――」

「ごあっ!?」


 魔人がいきなり血を吐いた。

 体内のなにかを魔法で操作されたのだろう。倒れ込む魔人。


「キミたちも動かないほうがいい。いままでは守っていただけだったけど、邪魔するとなるとボクのほうから攻めることになるからね。死にたくなければ動かないことだ」

「お兄ちゃん!」


 まるっきり師匠の言葉を無視して、こっちに駆けてきたのはリン。

 それにレナも。


「……ああ、キミたちは勇者だったね。ボクの言葉なんて恐れない、じつに貴重な存在だ」

「お兄ちゃん大丈夫!? 鼻血でてる!」


 リンがハンカチを出して拭いてくれる。この雰囲気のなかよく師匠を無視できるな。

 我が妹ながら苦笑が漏れる。


「……あんた、兄貴の師匠でしょ? 兄貴になにしようとしてるの?」

「消えてもらうんだよ」

「兄貴が魔女を助けたから?」

「そうだね」


 師匠がうなずくと、レナはMACを掲げて俺と師匠のあいだに立ちふさがった。


「おいレナ、やめ――」

「そんなことさせない」

「キミはなにも知らないだろう? そこをどきな、危ないよ」

「知らないよ。でも、たとえ兄貴の判断が間違ってようがなんだろうが、あたしは兄貴の妹なの。兄貴のために命を懸けてここまで来たんだ。ここで尻込みするようなら最初から来てない」

「わたしもだよ!」


 リンまで。

 俺とエヌの前に、腕を広げて立つふたり。

 師匠は大きくため息をつく。


「まったく……兄が兄なら、妹も妹だね。キミたち兄妹には苦労させられるよ」


 静寂が落ちた。

 まだ王城はいたるところから煙があがっている。王宮騎士たちが武器を構えて戦況を見守っている。レシオンも合流したようで、渋い顔をしてこちらを見つめていた。魔眼王ウィは自分の力が及ばないことを知っているのか、悔しそうに眼を伏せている。

 誰も師匠を止めることはできない。

 レナとリンはこうして俺たちの間に立ちふさがっているけど、師匠がどうにかしようと思えば無傷で退かすこともできるのだ。


 命運、尽きたか。


「トビラ」

「……なんだ」


 エヌが俺の手首を握ってくる。

 染みついた相棒感ってやつか、手を通してエヌの魔力が鼓動のように脈打つのがわかる。


「あんた、いまならまだ助かるわよ」

「は?」

「あたしを見捨てさえすれば、あんたは助かる。あそこにいるお姫様がどうにかするでしょうからね」

「そんなこと――」

「妹たちを守らなくていいの?」


 エヌは俺の目を見つめていた。

 じっと、瞳の奥の奥まで見透かすように。


「あんたのために命を懸けるっていう妹たちはどうなるの? あたしひとりのために妹ふたりを巻き添えにしていいの? それほどあんたは薄情だったの?」

「んなわけあるか。あいつらは見捨てねえ」

「なら答えはひとつよ。あたしのことは見捨てて生きなさい。それがあんたにとって最善な選択だから」

「それこそふざけんな」


 俺はエヌの額を指で弾く。


「べつに最初(ハナ)っからどっちかを捨てるつもりはねえよ。それにようやく条件が揃ったんだ(・・・・・・・・・)……あとちょっとなんだよ」

「条件?」

「ああ」


 俺はうなずいて立ち上がった。

 あと少し。

 あと少しだけでいい。


「師匠。頼みがある」


 俺はリンとレナ、ふたりの肩に手をかけて前に出る。


「兄貴」

「お兄ちゃん」

「……なんだい、弟子」

「時間をくれないか。五分でいい……時間をくれ。あと少しなんだよ。師匠に迷惑はかけない。誰にも迷惑はかけないから」

「ダメだね」


 師匠はばっさりと切り捨て、ぐるりと周りを見渡した。

 王宮騎士や兵士たちが隙間なく囲んでいる。俺たちの言動はすべて見られているだろう。

 俺たちにはもう、逃げる場所も隠れる場所もない。

 師匠は杖を掲げる。


「キミたちはボクが消さなければならないんだよ」


 杖の先から光が放たれる。

 誰もが目を背けるほど眩い光だった。


キミたちは僕の魔法で(・・・・・・・・・・)、跡形もなく綺麗さっぱりにこの世界から消えなければならない。ここまで言えばキミにはわかるはずだよ。愛すべき二番弟子」


 ニヤリ、と師匠は笑った。


 ――ああ。

 俺はハッとする。


 こいつは最初から最後まで、わかってやがった。

 俺がなにをしようとしていたのか。

 俺がなにをすべきなのか。


 やっぱすげえな、このガキは。


「――――〝光燐(メルト)〟――――」


 俺が体の力を抜いたその瞬間。

 銀色の光が、俺たちを包んだ。


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