Epilogue7 ―騎士と盗賊―
「伝令! リッケルレンス城内の居住区画にて爆発! 何者かの攻撃の恐れがあります!」
「なんだと!?」
収集がつかなくなってきた。
空の門からはまだ魔獣が湧き出てくる。
最初ほど数は多くないので王宮騎士たちの攻撃魔法で順次撃ち落としているが、その隙にトビラとエヌ、そして魔人二コラフランは斬首台から消えてしまった。
死刑囚を見失ったことで、各国の要人たちはこの責任を父――リト=リッケルレンスに問いただしていたときだ。
兵士のひとりが走ってきて、父にそう告げた。
「みなさん、責任問題はあとでいくらでも議論できます! それよりも――『鷹』! すぐに城へ戻ってくれ! 城のみなの安全確保を最優先だ! 状況判断は任せる!」
「りょうかいっと」
すぐに風の魔法を纏い、空に舞い上がる『鷹』。あっというまに城のほうへと消えてしまった。
フィアも走り出そうとして、父に止められる。
「おまえはここから動くな!」
「嫌です! 城には私の大事な友達やトビラの妹がいます! 心配して待ってるだけなんてできません!」
「フィオラっ!」
トビラはどんどん遠くに行ってしまう。
なにもできずに見ているのはイヤだ。
父の制止を振りほどき、フィアは城に向かって駆け出した。
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なにが起こってるんだ。
レシオン=スラグホンはわけのわからない状況に歯噛みしながら、落ちてくる瓦礫を『武雷の槍』の電撃で破壊した。
王城の中庭は、王族の居住区画と住み込みで働く給仕たちの居住区画のあいだにある。爆発が起こったのは王族の居住区画だった。最上階の角の部屋が大きく爆発し、壁や屋根が崩れて瓦礫となって落ちてくる。
誰の部屋かわからない。
もし誰かいたのなら、無事ではすまないだろう。
「勇者のおふたりさん、離れないでくれよ~」
緊急事態にも間延びした声を出すのは王宮騎士『蛇』。彼は自分の腕を鞭のように変形させて、落ちてくる瓦礫を弾いていた。
「レシオンはここにいろ! 私は姫様方の様子を見てくる!」
王宮騎士『狼』は、居住区画のなかへと入っていく。
言うとおりにするしかない。王族の居住区画は上級学校と同じく結界が張られている。通行証がないと入れない仕組みになっているのだ。
国王陛下とフィア様は、魔女の処刑の立ち会いに行っているからここにはいない。
ただ王妃様と残る姫君おふたりの場所は把握していない。『狼』がああ言っていた以上、この建物内にはいるのだろうけど。
むかしから、レシオンにとって王族は近い存在だった。
大貴族スラグホン家は、長年王宮騎士の一番槍をつとめてきた。ときには父のように殉死することもあったが、それでも王家に仕え続ける忠誠も含めて王族からは信頼されていた。
レシオンも幼いころから何度か王族の姫君たちと会っていた。
フィア様はいまでこそ親しくなったが、むかしは大人しくて話したことなんてほとんどなかった。姉ふたりは変わらずむかしもいまもやんちゃで、レシオンのことをからかってくる。正直うっとうしいと思ったこともあるけど、いまでは大切なひとたちだと思えることができている。
だから、ひとりとして失いたくはない。
レシオンが焦る思いで待っていると――
「なんですか、あなた――きゃあ!?」
金切り声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
フィア様の専属メイド、セーナの声。聞こえてきたのは後ろの建物――給仕たちの居住区の上のあたりからだった。
悲鳴交じりのその声に、レシオンは顔を上にあげる。ここからじゃなかの様子は見えない。
姫様たちが心配だ。王宮騎士を目指す者として一番に守らなければならないのは王族。
この緊急時にメイドを優先している場合じゃない。
でも。
「〝電光石火〟!」
レシオンは靴の裏に仕込んだMACを発動して、居住区画の壁を駆け上がった。
声が聞こえてきた部屋の窓に飛び込む。
部屋のなかにいたのは、セーナと――黒服の男。
黒服の男はセーナの首を絞めて、壁に押しつけていた。
表情を歪めて苦しそうにするセーナの顔を見た瞬間、レシオンの血が沸騰した。
「てめえええっ!」
床板が割れるほど、強く踏みしめた。
レシオンの『武雷の槍』が男の身体を横から貫いた。自分でも制御できないあまりの速度に槍を持つ手を放してしまい、そのまま槍は飛んでいき男の身体ごと壁に突き刺さる。一瞬で絶命した黒服の男だったが、レシオンの視界にはもう入っていなかった。
男の手が離れた瞬間、セーナの身体がずるりと落ちる。
その体を抱きとめるレシオン。
「おい! だいじょうぶか!?」
「――ゲホッ」
咳き込むセーナ。
なんとか無事だったようだ。
とはいえただ安堵している場合でもない。
「……あ、ありがとうですわ」
「気にすんな。それよりなにがあった? あの爆発はなんだ?」
セーナが呼吸を整えると上体を起こしてやる。
「わかりません。爆発に驚いて窓から顔を出したとき、いきなり背後からあの男が襲ってきました」
「なにか言われたか?」
「ええ。金庫の中に入る方法を聞かれました。もちろん答えませんでしたけれども……それよりフィア様は?」
「まだ戻ってきてない」
金庫か。
ここはリッケルレンス王が住まう城。ただの押し入り強盗とは考えにくい。魔女の処刑というタイミングで王城が手薄になるのは誰もがわかることだが、それにしてもこの状況でここを狙うってことは、もっと大きな目的があるはずだ。
レシオンは『武雷の槍』を壁から引き抜いて黒服の男のからだを調べる。こいつが誰かわかればよかったが、手掛かりになるものは持ってなさそうだ。
正直、初めて自分の手で誰かを殺した。しかも迷わずに。これも騎士の仕事だと言われたような気がしてあまり良い感覚はしなかったが、罪悪感とかそんなもんは後回しだ。セーナを救えたのならそれでいい。
手がかりになりそうなものはなにも見つからなかった。
レシオンは槍を携えたまま、セーナの手を取って立ち上がらせる。
「セーナ、おまえ動けるか?」
「もちろんですわ。これくらいどうってことありません」
「ならほかのメイドたちの無事を確認するぞ。王族方は王宮騎士に任せよう。建物内の案内を頼む」
「……レシオンも一緒に行っていただけるのですか?」
「あたりまえだ」
レシオンは槍を持つ腕に力を込める。
「オレはリッケルレンスの騎士。守りたいのはおまえら全員だ」
「あら……随分、良い顔をするようになりましたわね」
セーナはきょとんとした顔つきになってから、微笑んだ。
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自分がなにをしていいのか、わからない。
フィアはむかしから自由にさせてもらっていた。父にはひとりだけ兄がいたけど彼はすでに亡くなっていて、いまやこの国の王族は直系のみだ。そのなかでも末女のフィアだけは、いろんな我が儘をきいてもらっていた。
姉ふたりは、国のために政略結婚をするだろう。次の王は女系になることは間違いなく、この国のあとを継ぐものを産むための準備をしている。姉たちはそれで満足しているようだけど、ハッキリいってフィアがその立場なら逃げだしていた。
フィアが経済学を学び始めたのは、王位継承権を捨てるためだった。
王としてではなく臣下として国の役に立つ。むかしから我が儘に育ってしまった自分が誰かの上に立つなんて向いていない。それに、やりたいこともやれなくなるのがイヤだった。だから興味のある経済学を学び、国のために尽くすと約束した。
でもそれが頭でっかちだったってことを思い知る。
魔女が逃亡し、王城が誰かに襲われたと知り、居ても立っても居られなくなったフィアはつい城へと足を向けた。
でも、気持ちばかりが優先して、なにをしていいのかわからない。
こうして城に向かって走っているあいだに考えてるけれど、自分が城まで行ってなにかをできるなんて思えない。
無力だ。
本当なら父のように、みんなに指示を出して事態の収拾につとめるべき立場だ。自分で走って自分でどうにかしようなんて、傲慢もいいところだ。
でもフィアは止まらない。
足を止めるわけにはいかなかった。
「――エヌさん!」
はるか上空。
そこから、金色が王城のほうへと落ちていったのを見た。トビラとエヌは空に一度逃げていたのだろう。
でも、なにをしに王城へ向かったのだろうか。フィアにはわからない。
それにトビラはこれからどうするのだろう。エヌを助けた以上、いままでの生活を送れるわけがない。おそらくトビラは魔女を助けた犯罪者として世界中から追われる立場になる。それだけならいいけれど死刑になる恐れだって十分にある。
……トビラが手の届かないところに行ってしまう。
もう一度トビラとエヌに会わなければならない。
会いたい。
なにができるかわからないけど会って話がしたかった。
自分の気持ちを、素直に伝えたかった。
「――フィオラ様」
後ろから中性的な声が聞こえてきた。
とっさに振り返っても誰もいない。複雑な街道には一般市民たちが日常を送っているだけで、走っていくフィアを驚いて見つめているだけだ。
でもフィアは足を止めない。相手は決して姿を見せない王宮騎士だから。
「『隼』くんですか!? なんです!?」
「陛下よりご指示がありました。王城につき次第、すぐに王宮騎士『狼』と合流し護衛についてもらうようにとのことです。申し訳ありません、僕にはフィオラ様をお守りするような力はございませんのでこれくらいしかできませんが……それでは失礼します」
声は消える。
また父のところに戻ったのだろう。
王族にいつも護衛がつくのは当然だ。だけど、守られるのが当然だとは思っていない。
こういうときくらいは自分の身は自分で守りたい。守れなければ、それまでの人間だったってことだ。
フィアが水の都を抜け、王城についたときには、王城から異様な気配が漏れていた。
爆発音がひっきりなしに鳴り響き、煙が立ち込めている。
門兵が入口のそばに倒れていた。異常を知らせるためのMACが破られているけど、ほかには誰もいない。
何かに襲撃されているのは間違いないだろう。すぐに駆けつけられる王宮騎士も、いまはみな手が塞がっているようだ。
荒れた息を整えて、フィアは門の扉からなかに入ろうとしたときだ。
「フィア様!」
門から飛び出してきたのは、城に勤めるメイドたちだった。
先頭にいたセーナがフィアの姿を見つけると、抱き着いてくる。
「ご無事でなによりですわフィア様!」
「セーナ! いったいなにがあったの?」
「わかりませんわ。でも、どこかの騎士が攻め入ってきたようでして……現在、王宮騎士の方々が応戦しております。わたくしたちはレシオンに守っていただきました」
「お母様とお姉様とたちは?」
「ご安心ください。すでに『狼』が裏口から逃がしておりますわ。城の敷地内には『蛇』と『狼』、『鷹』それとレシオンと勇者の双子が残っております。それと、なぜか例の魔女とトビラもさきほど空から――っフィア様!?」
「あなた方はここにいてください! 私は父の命令で『狼』と合流します!」
とっさに口をついて出たのは半分嘘。
父の名前を出せば、いくらセーナといえど勝手についてくることはないだろう。危ない目にあわせたくはない。
フィアは門から中にはいる。
敷地内はなかなかに荒んでいた。
城のあらゆるところが爆発したのか、多くの瓦礫が地面に落ちている。前庭の花壇もほとんどが潰れてしまっていて綺麗に彩られていた跡形もなくなっている。崩れた壁のむこうには炎がちらほらと見えて、家具や家財は焼けてしまっているだろう。
奥のほう――王族の居住区画からは、大きな音が聞こえてくる。
フィアはすぐに走り出した。正面を迂回して、城内には入らず中庭に回り込もうとしたとき、建物の最上階がまたもや爆発した。
「きゃっ!」
大きな揺れが襲い、フィアはバランスを崩して尻もちをつく。
ふと、影が落ちた。
自分がいるところが暗くなる。
とっさに上を見上げ、目を見開いた。
崩れた屋根が落ちてきた。
さすがに危ない――そう思って腰からMACを取り出そうとして、気づいた。
カードホルダーがない!?
「――〝盗〟――」
迫ってくる瓦礫に目を閉じかけたとき、いきなり瓦礫が消えた。
まるでなにかに飲み込まれるかのように、瓦礫はフィアの後ろに吸い込まれて消えた。
……知らない魔法だった。
「おい、馬鹿じゃないのか?」
「――っ!?」
フィアの背後に立っていたのは坊主頭のハゲ男だった。その手のなかには瓦礫の絵が描かれたMACが握られていた。
はっきりと覚えている。
カムイ領主と手を組み、フィアを誘拐した盗賊の男のひとり。子分たちから『アニキ』と呼ばれていた盗賊の男だった。
「こんな状況に飛び入るなんて、おめえさん、どういうつもりだ?」
「あなた……なぜここに!?」
「あ? まあ、火事場泥棒ってやつだな」
盗賊の男がちらりと掲げたMACには、見覚えのある宝石や家財がいくつも描かれていた。こんど換金しようとしていたデトク皇国の鉱石や、ダンジョンで手に入れた珍しい物、フィアが大事にしていた手鏡など。
どれもフィアの部屋にあった物だ。
「なぜあなたが!? 居住区画には侵入防止の結界が張られているはず――」
「そいつが破られてたからこうなってんだ。誰かは知らんが俺にとっちゃありがたいことだ」
「そんな……いったい、なにが目的で……」
「俺が知るかよ。それじゃあなお姫様。せっかく拾った命、くれぐれも気をつけな」
「ま、待ってください!」
去っていこうとする盗賊の男を、フィアは呼び止めた。
「……なんだ? 俺を捕まえようってのか? それともむかしの恨みごとか?」
「いえ、助けてくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、盗賊の男は目を丸くした。
「この恩は、いずれ返します」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。俺は盗賊、怨まれこそすれど感謝されるようなことした覚えはねえ」
「では私はこの国の王族として、いくら犯罪者相手とはいえ礼儀は欠かしません」
「……ハッ、そういうところは変わってねえな。まあおめえさんがどうしてもっていうなら、このMAC一枚分くらいはいつか弁償してくれや」
「はい。弁償してから、ちゃんと捕まえますから」
盗賊の男は瓦礫の絵が描かれたMACを軽く振ると、その大きな図体に似合わない身軽さで外壁を軽々と蹴り上がって登り、あっさりと壁の向こうへ姿を消した。
……いくつか大事なものを盗られたけど、そんなこといまはどうでもいい。
フィアはすぐに前を向いて、敷地の奥へと進んでいった。




