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Epilogue1 ―エピローグ―

 

「国際特措法に基づき、被告囚人番号01502番の死罪を認定する」




 静寂の法廷に響き渡ったのは厳格な声だった。


「処刑においては法の定めるとおり三日後の朝に執行とする。被告人は身辺を清め、静かに時を待つように。……では、これにて閉廷」


 裁判は粛々と終わりをつげた。

 傍聴席の最前列から安堵するような息が漏れてきた。そこに座るのは各国の王族たちだ。


 圧倒的多数の賛成による、例外的措置の承認。

 その思惑の根底にあるのは恐怖と憎悪だろう。判決が下されてもなお、被告席を睨む者も多かった。

 最前列のなかでもリッケルレンス国王がただひとり、その顔に渋い色を浮かべている。その表情の理由までは読み取れないが、すくなくともただ単なる感情的なものではなさそうだった。


 証人席に座る俺――鳶羽トビラからはすべて見渡せる。

 傍聴席のうしろのあたりにフィアが見えた。

 フィアは顔を青ざめさせ、悔しそうに唇を噛んでいる。

 裁判の途中、何度か手を挙げて異議を唱えてはいたものの、彼女の声が裁判長に届くことはなかった。

 そして被告席。


 そこには金髪の少女――囚人番号01502番が静かな顔で立っていた。

 自分の死が他人によって決められたこの瞬間でも、ただ黙するのみ。


「……エヌ」


 誰にも聞こえないように、俺はつぶやいた。

 エヌの両端に屈強そうな兵士が立ち、エヌを法廷から連れ出していく。処刑までの三日間、あいつはまた地下の監獄へと戻されるのだろう。

 声はかけられなかった。

 言いたいことはたくさんある。俺はフィアほど頭もよくないし、この世界の法律なんていまいちわからない。だから裁判には口は挟めなかったけど、俺が伝えたいことはそんなことじゃなかった。

 でも言えない。

 結局、最後まで言葉はかけられなかった。


 法廷から退出するとき、エヌがちらりと振り返った。

 魔女が公の場に姿を見せるのは、あとは三日後のみ。

 法廷内の誰もが口をつぐんで彼女の顔を見た。


 人形のように美しい顔。

 金色の髪に、瞳。

 表情は氷のように冷たい。


 そんな彼女は視線を走らせ、ぴたりと俺のところで焦点を止めた。

 じっと目があう。


「…………。」


 なにが言いたいのかその視線からは読み取れない。

 すぐに兵士に促され、エヌは扉の向こう側へ消えた。


 魔女が姿を消すと、止まっていた時が動き始めたかのようにみんな口々に話し始めた。裁判の内容だったり、エヌのことだったり、まったく関係のないことだったり。

 そのまま各国の要人たちが法廷から退出するとざわめきが大きくなった。傍聴席から人が減り始め、すぐに法廷内のひとが少なくなる。

 そんな俺の隣にいつの間にか立っていたのは背の低いガキ。


「さもありなん、だね」


 証人席のそばに師匠が立っていた。

 深い帽子をかぶり、いつものローブを羽織っている。

 俺は嘆息した。


「予定通り、ってのか?」

「そう怒らないでくれよ二番弟子。ボクの意志とは関係のない感想だよ。むしろ、彼女がよくいままで死刑にならなくて済んだといいたいね。どう考えても遅かれ早かれこういう結果にはなっていただろうさ。少なくとも特措法案はすでにリト――リッケルレンス国王以外は承諾済みだったからこそ、これほどの速度で一番弟子の死刑が決まったわけだしね」

「…………。」


 そりゃあそうかもしれないが。

 フィアほどでもないにしろ、俺もかなり罪悪感はあった。

 俺が旅行に誘わなければ、少なくともいまエヌが死刑になることはなかっただろう。

 だからその物言いは胸に突き刺さる。


「さて、ボクは仕事が忙しくなってくるだろうから、いまのうちにゆっくり休ませてもらおう。キミも魔法の修練を怠るんじゃないよ」


 師匠はあっさりと法廷から消えた。

 自分の一番弟子に対して、あまりに冷たいその態度にはさすがに俺も腹が立ったけど、そうなるようにしてしまったのは俺だ。怒る権利なんてありはしない。


 レグレナードの街への被害がこの結果を生んだのだから。

 エヌを戦わせたせいでこうなってしまったのだ。

 俺がひとりで戦えるほど強ければよかったのに。

 戦わなくて済むように、ただ逃げればよかったのに。


「……はぁ」


 俺もようやく、腰を浮かす。

 全員退廷したのか、法廷内にはもう人はいない。

 誰もいなくなった静かな法廷でポケットからMACをとりだした。


 白いカード。

 俺の唯一の魔法。

 座標支配の転移魔法。


「……エヌ……」


 さっきエヌが法廷から去っていくとき、最後に小さく口を動かしていたのが見えた。

 声に出していたわけじゃなかったから、誰もわからなかっただろう。

 でも、俺には伝わっていた。

 あのかすかな唇の動きは何度も見たから。

 ただ三文字の動きだったけど、俺がそれを見逃すことはなかった。


「……〝X-Move〟」


 まだまだ、あいつと話さなきゃらならない。

 俺は、はるか上空に飛んだ。


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