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Download【27】 援護


 自分が義理堅いとは思ったことはない。



 見知らぬ誰かのために命を懸けたくなんてないし、何があっても恩を返すとかそんなキャラでもない。

 でも、仲間が戦ってる以上は手伝わないわけにはいかないだろう。


「斬り刻めぇ〝無天刀(アラクネ)〟!」


 遠くでひっきりなしに爆発音のようなものが響き、建物が壊れるような音がする。

 街の人々もこのあたりからは逃げたのか、中央通りにはレナたちしかいない。


「ハッ! やるじゃねえか!」


 ズィが余裕ぶって鼻を鳴らす。

 刺青男が剣が空中に浮いて、勝手にズィを襲っている。しかもズィが拳で剣劇を防ぐたびに分裂して増殖し、いまでは数十本の剣が空中に漂っている。

 そのひとつをまた拳で叩き落とすズィ。その腕や体には、いくつもの浅い裂傷が刻まれていた。


 ふたりの子どもを抱きかかえて座り込む銀髪の少女と、少女のそばに立ってズィの戦いを見つめるリン。こっちに標的が向かないのは僥倖だろう。少なくとも、このふたりにまともな戦いができるとは思わない。


「おいおいどうしたデカイの! そんな動きじゃ俺様の〝無天刀〟は防ぎきれねえぞぉ!」

「そっちこそ油断してっと……オラァ!」


 ズィが剣を避けると同時に、懐からMACを取り出して拳で殴る。MACは一直線に刺青男に飛んでいき、爆発する。

 しかし体をひょいとかわして爆発を逃れた刺青男。

 相手は間違いなく強い。空中に浮かび増え続ける魔法剣もたいしたもんだが、それを操る男も只者ではない。身のこなしには無駄がなく、反応速度もかな高い。

 レナの魔法で援護しようと思えばいつでもできる。だが、その瞬間こちらに攻撃が集中してしまったらすべて防げるとは限らない。

 身を守る術を持たないリンを危険にさらすわけにはいかない。


「どうしたデカイのぉ! もう限界かぁ!?」

「――ぐっ!」


 さすがに数十本の剣をさばき切るのは難しいだろう。ズィの表情にも余裕がなくなっていた。それでもすさまじいスピードで襲いかかってくる剣をまともに食らってないのはたいしたものだ。


「レナちゃん……」

「わかってるよ」


 不安そうなリンの声。

 一応、さっきから、援護する機会をうかがってるんだ。しかし刺青男もこちらを警戒してる様子でまったくつけ入る隙はない。享楽的な戦闘狂をうかがわせる発言とは裏腹に、戦闘には冷静なんだろう。

 なにかきっかけがあれば動けるのに。

 なにかきっかけが……。


 そうレナがMACを握りしめたとき、フッと街の明かりが消えた。

 街灯も、建物も、すべてが消灯する。

 残るは月明かりだけになり、いきなり視界が暗くなる。

 レナはとっさに身構える。

 ただそれだけじゃなく、空中に浮かんでいた剣がすべて消えた。レナのMACすらも息をしなくなったようにその気配を失ってしまった。魔法を発動できる気がしない。

 ……なんだこれは。


「ミカヅキの旦那の魔法だとぉ……? そこまでの相手だったのかあいつら……ちっ」


 男は二本に戻った剣をくるくると手元で回して、ズィに向けた。


「悪いが時間はかけてらんねぇ……さっさと用事済ませて帰らせてもらうぜ!」


 なっ!?

 刺青男は、地面を蹴った。

 標的はズィではなく、こっち。

 予想よりもかなり早い速度。あっというまに距離を詰められる。

 狙いは子どもたちと、子どもを抱える銀髪少女だ。


 正直、守る義理はない。

 知りもしない相手だ。ここでレナが守ろうとしなくても、責める者は誰もいないだろう。

 まったく知らない他人のために無条件に命を懸けられるやつなんていないはずだ。

 ……だけど。


「っ! 邪魔だ女ぁ! 斬り殺すぞぉ!」


 レナは立ち塞がる。

 なぜそうしたのかわからない。リンがそばにいたからか、それとも銀髪の少女に、なにか感じるものがあったのか。

 とっさに構えをとって間に割り込んだレナに、刺青男は切っ先を向けて警告してくる。

 走りながらでも無駄のない動き。剣の間合いに入った瞬間、迷いなく振り下ろすだろう。

 相手の実力と自分の実力を量るのは得意だ。足の筋力は相手のほうが上だろう、膂力がそれを物語っている。ズィが後ろから追いかけるがまったく追いつく気配はない。

 レナのMACはうんともすんともいわない。街中の明かりが消え、刺青男の魔法剣すらただの剣に戻ったところをみるに、魔法を止める魔法がどこかで使われたのだろう。それくらいは考えればわかる。

 身を守るための武器はなにもない。

 とっさに立ち塞がったはいいけれど、この状況でどうやって後ろの四人を守れば――


「これを!」


 銀髪の少女が短剣を渡してきた。

 双剣に比べたらなんと心もとない武器か。

 でも、ないよりはましだろう。

 レナはすぐに受け取って振り返る。


「どけぇ!」


 振り下ろされる剣。

 その軌跡がレナの肩にめがけてくるのを視界でとらえ、逆手に持った短剣を盾にして受け止めようとする。

 しかし、その直前に気づいた。

 刺青男の軸足が、振りかざした剣と同じ側。

 人体構造は把握している。力が入るのは逆の手だ。


 ってことはこの一撃は牽制――囮!

 レナは横に飛んで、剣をぎりぎりで避ける。それと同時に逆の剣が横薙ぎに襲い掛かってくる。これは予想通り。それを短剣で受け止める。

 勢いに任せたようでじつに冷静な攻撃だ。

 やはりこの刺青男、ただの剣士じゃない。


「やるじゃねえか女ぁ!」


 見切られるとは思わなかったのだろう。なぜか嬉しそうだ。

 もちろん見切るだけじゃない。

 レナは剣を受け止めた瞬間、その勢いを殺さずに体重をさらにずらして軸足をひねり、くるりと体を回転させる。

 間合いが縮まり、こっちの射程内に刺青男を入れる。

 短剣を盾にしたまま裏拳を叩き込む。


「おっと!」


 不意打ちのタイミング。

 のはずなのに、避けられた。

 舌打ちする。

 反応速度はレナと同じくらいか、それ以上だ。

 獲物のリーチでも負けているうえにそこも負けているとなると、いよいよ戦力差が出る。

 しかもそれだけじゃなかった。


「うらぁっ!」


 ぶつかった剣を思い切り剣を振られ、レナが盾にした短剣を弾き飛ばされた。かなり強く握っていたはずなのに無理やり引きはがされるようになった。少し手首が痛い。

 くそっ!

 パワーでも負けている。速度でも負けている。

 戦闘技術では勝つ自信がある。柔軟な筋肉と思考回路こそレナの得意分野だ。

 だが武器を落とされてしまえばそこで圧倒的な差が生まれてしまう。これはいくら技術があろうが防ぎようがない事態。


 丸腰になったレナ、その後ろで顔を青くする四人。

 刺青男は勝ち誇ったように笑みをうかべ、剣を振りかざす。

 自分だけなら避けることも逃げることもできるかもしれない。でも、一度背中に背負ったものがある以上、それを投げ出すような腰抜けに育った覚えは……ない!


「いい眼だぜ女ぁ! ここで斬るのが残念だぁ!」

「逃げろレナっ!」


 剣が振り下ろされる。

 斬られる覚悟はあった。

 肉を切らせても骨を断つため、レナの指は刺青男の急所を突くために準備していた。人間で一番大きな隙は、攻撃が決まった瞬間に生まれるものだ。カウンターの一突きを叩き込んでやろうと待ち構えたレナに、しかしいつまでたっても剣は落ちてこなかった。


「なんだこれぇ……なんなんだこれはぁああ!?」


 巨大な赤い手だった。

 レンガ造りの建物から生えたレンガの手。

 それが男の持つ剣をがっしりと掴み、離さない。刺青男がいくら力を込めても動かない。


 ――ウィだ。


 無機物を操り、自在に動かすことのできる〝傀眼イストトルルク〟の力。千里眼でこちらのことを見ていたのだろう。そういえば、リンを守るために最後どうしようもなくなったときにだけ、援護してくれる……そう約束していたっけ。

 ウィが視てる。

 それだけで、これほど心強いことはない。


「……悪いわね」


 動転して動きに隙が生まれた刺青男。

 この局面で冷静さを失えば、戦いはもう決まったも同然だ。

 体重を乗せたレナの拳が男の鳩尾をとらえ、後ろから駆けてきたズィの拳が男の頭をとらえたのは、ほとんど同時だった。


「――――っ!」


 刺青男はなすすべもなく、昏倒した。






「……で、あんたたちは結局、なんなわけ?」


 気が付けば街の混乱はかなり収まっていた。

 相変わらず街は暗いが、騒ぎのもとだった爆発音のようなものはすでに止んでいた。街の中心側はざわざわとしていたが、おそらく避難した人たちで公園が溢れかえっているだけだろう。


 レナたちは宿屋に戻っていた。宿の前の寂れた狭い路地にも、繁華街から逃げてきたひとがたくさんいる。こちらに宿を変えようとしている観光客が大勢押し寄せているようだ。

 あのままあそこにいる必要もなく、厄介事だと確信しながらも幼い兄妹と銀髪の少女を連れて戻ってきた。

 窓の外を眺めて落ち着きがなくなっている少女に、レナが話しかけた。


「さっきの話ぶりだと、この子たち奴隷よね。勝手に連れてきちゃったわけ?」

「あ、そうなんです。逃げてきたところに偶然出くわして」


 そうなんです、じゃないだろう。

 こちとらいい迷惑だ。

 とはいえそのままにしておかなかった少女を責める気にはなれない。


「……それで、街がこんな様子になってる原因、あんたのせいなの?」

「そうですね……おそらく私の護衛がほかの追手と戦ってるせいです。すみません」

「べつに謝らなくていいわよ」


 しかし、戻ってくる途中でもわかったが、街の入口あたりはすでに壊滅状態のはずだ。ひっきりなしに鳴っていたすさまじい音とレンガが崩れる音、そして土煙。あれが戦いの音だとすれば被害は尋常じゃない。

 いまは音が鳴りやんでいるので戦いは終わったのだろう。どうなっているのか気になって仕方がない様子だが、子どもたちを匿っている以上はここから出られない。


「あの、さきほどはありがとうございました。それと、すみません」


 頭を下げる少女。

 ズィが「いいってことよ」と気楽に答える。レナも乗りかかった船なのでいまさらだ。


「私はフィアといいます。あなたはズィさん、でしたよね?」

「ああ。こっちこそ前のときは済まなかったな」

「いえ大丈夫です。それで、あなたたちは……?」

「レナよ。こっちは妹のリン」

「レナさんとリンさんですか。綺麗ないい名前ですね」


 にっこりと笑ったフィア。

 すこし余裕が出てきたのだろう。佇まいが気品にあふれていた。もしかしたらどこかの貴族とかかもしれないと思ったが、それを聞くまえに言ったズィの言葉に、レナは気を取られた。


「で、フィアさんよ。護衛ってのは……トビラか?」

「はい。トビラとエヌさん……前にお会いしたときと同じふたりです」


 ――――え?

 つい、目が点になる。

 まったく予想してなかった名前が出てきた。

 まさか……トビラって……?

 こっちをちらりと見たズィが、レナの心を読んだようにうなずく。

 え、じゃあ、いま向こうで戦ってたのは――


「お兄ちゃん!?」


 反応が速かったのはリンだった。


「ねえお兄ちゃんがいるの!? どこにいるの!? 会わせて! お兄ちゃんに会わせて!」

「えっ? え?」


 リンにいきなり肩を掴まれて揺さぶられるフィア。

 困惑した表情になっていた。


「お兄ちゃんって……?」

「こいつらの名前はリン=トハネ、レナ=トハネ。おまえさんを護衛してるトビラ=トハネの実の妹たちだそうだ」

「……妹? トビラの妹?」


 こっちも戸惑ってたけど、フィアも驚いているようだった。

 兄貴から聞いてなかったのだろう。双子の妹がいると、知らなかったに違いない。


「お兄ちゃんに会いたい! わたし、お兄ちゃんに会いにここまで来たの! ねえどこにいるの!? お兄ちゃんはどこに――」

「えっと、あのっ」

「ちょっと落ち着きなさいリン」


 興奮してフィアに掴みかかるリンの首根っこを摑まえて引きはがすレナ。

 そりゃあリンがこうなる理由はわかる。近くに兄貴がいるんだから、しかたないかもしれない。

 でも感情に身を任せてしまうと、相手が戸惑う。

 少しだけ高揚しながらも、レナは冷静だった。


「フィアさん……さっきあっちで戦ってたの、兄貴?」

「え、はい……トビラです」


 迷いなくうなずくフィア。

 やはりそうだ。

 それを聞いた途端に飛び出そうとするリンを片手で抑えて考える。

 近くに兄貴がいる……けど、焦ってはならない。

 護衛をしてるってことは、兄貴もそこそこ強い。ただ護衛をやめてまで逃がすようなことになるってことは、兄貴と戦っていた刺青男の仲間はそれなりに強いってことだ。

 ならばここでとるべき策は――


「ズィ、窓を閉めてカーテンをかけて。フィアさんと子どもたちは窓と入口の死角に隠れてなさい。リンはじっとしてて」

「どうして!? お兄ちゃんがすぐそこにいるのに! ねえ、レナちゃん! お兄ちゃんに会いたくないの!?」

「だからこそ、よ。兄貴が身を挺して逃がそうとした人たちをあたしたちが連れだしてどうするの。さっきの刺青男が目を覚ましたら、あたしたちも同じように狙われるかもしれないんだからね。それにどっちにしろ戦いが収まったら兄貴はこのひとを探すでしょ。なら、兄貴の無事を信じてじっと待ってるべきなのよ。兄貴に会うのはそのときよ」


 どっしりとベッドに座るレナ。

 動くことばかりが最善ではない。

 ズィが感心したように笑った。


「……さすが、冷静だなおめえは」

「べつに、ふつうよ」

「あとはそのそわそわした動きを隠せたら、言うことなしだけどな」

「うっさい」


 いつの間にか動いていた膝を抑えて、レナはズィを睨みつけた。

 あわてなくても兄貴に会える。それはもう間違いないだろう。


 ただ、気になることがあった。

 まさかあの兄貴が殺されるようなことにはならないだろう。根拠はないけど、それは確信できる。

でも、なぜかレナの胸のなかにモヤモヤとした塊が生まれていた。

 ……なぜ、こんなところに同じタイミングでいるのか。


 それが単なる偶然だとは思えなかった。


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