Download【12】 竜たちのすみか
「……退いて」
魔獣の巣窟、とはこのことか。
レナはMAC〝完全武装〟を発動できるようにしながら、あたりを見渡した。
ぐるぐると回って降りた先には、広大な地下空間があった。
大きなドーム型の地下空洞で、ところどころから熱気が噴き出している。岩の裂け目がいくつもあり、そこから魔獣が顔を覗かせている。
どこを見ても不安定な危険が満ちている。
奥には主だと思われる魔獣がいた。
鎮座するその魔獣は、全身が燃えたトカゲ。
ただしトカゲと呼ぶには巨大すぎる。指一本ですらレナと同じほどの大きさもあった。
並大抵の魔法じゃ太刀打ちできないだろう。
大炎竜と呼ぶ、とトレモロが教えてくれた。地上でも珍しい火竜の親玉のようなものだとか。ちなみにこの〝眠りの淵〟には同じような空洞がいくつもあり、それぞれに主となる竜が住んでいるらしい。一匹でも街を滅ぼせるレベルの竜たちが、すくなくとも七匹はこの地下に住んでいる。
さすが超高難易度のダンジョンだ。
とはいえ、その竜ですらこちらを襲ってはこない。
先頭に立った獣人族の子――エヴァルルと目を合わせると、まるで臣下のように大人しく頭を下げるのだ。
それは服従の図。
「……そう。いい子ね」
獣たちの頂点に立つ種族であるエヴァルルに、従わない魔獣はほとんどいない。
エヴァルルが道をひらくと、そのあとをレナとトレモロが歩いていく。
歯ごたえがない。
そりゃあ危険でないことに越したことはないけど、こうも強い味方がいると拍子抜けしてしまう。
燃え盛る大炎竜の空洞のあとには、吐きだす呼吸ですら空気を凍らせる大氷竜。そのあとには全身が刃物のような剣翼竜、さらには数千匹の小竜を纏った竜――神喰竜が支配する空洞があった。
それぞれ戦えば、レナの魔法でも簡単にはいかないだろう。
でもエヴァルルにとっては格下の相手らしく、すべてが大人しく従った。
ここは竜たちのすみかのはず……が、つまらない。
そろそろズィも近づいてきた。手のなかの〝探索〟がかなり強く輝いていた。
神喰竜の洞窟を抜けた先には、水蒸気がたちこめる地底湖の空洞があった。
人工的な灯りが奥から漏れてくる。ってことは――
「メイツ!」
エヴァルルが光源の先を見つけると、すぐに走りだした。
地底湖のほとりに、ズィとメイツが座っていた。なぜか全身を真っ赤な塗料のようなもので染めている。
魔獣に襲われていた様子もほとんどない。
無事にほっと息をついてレナも走りだそうとしたとき、エヴァルルの真下がボコリと盛り上がった。
出てきたのは、巨大な口だった。
口だ。体のほとんどが口。ひとつ眼の筒のような形の竜が地面からいきなり出てきて、エヴァルルをバクリと飲み込んでしまった。
「なにあいつ!?」
竜というより、ミミズのような形にもみえる。
ちょっと触りたくない見た目だ。
すこし様子を見ても、エヴァルルはでてくる気配がない。さすがに頂点に立つという種族だし、内側から破ってでてくるくらいのことはするだろうと思ったが……。
「あれはおそらく独眼竜……神眼獣の亜種ですね」
トレモロが眉をひそめた。
「アポカリプとは違って不可視ではないのですが、イザナギはアポカリプ以上に獰猛で生命力が一段と高いのが特徴です。そして一度口にしたものは、内部で抵抗できないように協力な麻痺毒で動きを止めてからゆっくりと溶かしていきます。もしやエヴァルル様が天獅だとしても、食べられてしまえば抵抗ができないのかもしれません……」
その声はかすかに震えていた。
なるほど麻痺毒か。
こうなればさすがに、レナの出番だ。
「〝完全武装〟」
イメージするのは、巨大な敵を破壊するための武器だ。
重さは気にしない。ここにはしっかりとした地面がある。あとは強敵を貫く破壊力を持ったものがあれば、それでよし。
「顕現……カノン砲」
地面に現れたのは、鉄の要塞でも沈めることができる500ミリサイズの超大型大砲。
レナの意思によって方向も、装弾も自由自在な兵器。
これを直撃させれば、いくら巨大な獣だとしてもひとたまりもないはずだ。中にいるエヴァルルも五体満足じゃいられないかもしれないが、この際仕方がないだろう。溶かされるよりはマシ――
「エヴァ!」
撃とうとしたレナの耳に聞こえてきたのは、メイツの叫びだった。
巨大な独眼竜の正面に飛び出してきたメイツ。
なにしてるんだ、あいつ。
見た限り運動が得意なタイプではない。反射神経もふつうそうだ。この場では誰よりも弱いであろう青年は、なぜか草を握りしめていて――
「僕を喰え!」
耳を疑った。
その言葉が終わらないうちに、独眼竜は巨大な口をあけてメイツをぱくりと飲み込んでしまった。
「あいつ、なにを……っ!」
自殺行為だ。
レナは舌打ちする。
あの平凡そうな男が竜のなかに呑まれてしまったら、簡単に攻撃できない。レナが召喚したのは竜の腹をぶち破るための武器だ。エヴァルルならかなりの強度があるに違いないが、青年のほうはただの人間だ。無事で済むと思えない――
レナが逡巡していると、ぶるり、と独眼竜が震えた。
『――キュオオォ!』
ねじれた悲鳴のようなものをあげて、独眼竜が嘔吐いた。
苦しそうに体をうねらせる竜の口のから吐き出されのは、メイツとエヴァルルだ。胃液に濡れてかすかに服が溶けたふたりは、地面に転がるように落ちてきた。
フラフラと立ち上がったメイツは、すぐにエヴァルルを抱きかかえる。エヴァルルは強烈な麻痺のせいか、全身を痙攣させていた。メイツは急いで懐から取り出した草を自分の口で噛みちぎって咀嚼すると、そのままエヴァルルに口移しで草を飲み込ませる。
「――ケホッ!」
小さく咳をして、エヴァルルが身を起こした。目を開けると、メイツに抱きついたまま息を整える。
メイツが彼女の背中をさすっていた。
『キュオオオオ!』
独眼竜が吠え、メイツに襲いかかってくる。かなり怒っているのか、食べるのでもなくただ物量で押し潰そうとしてきた。あまりに巨大な獣が空から降ってくるような形になると、さすがに逃げ場はない。
しかしエヴァルルがその鳴き声に反応するように跳び起きて、
「――消えて!」
拳を振り抜いた。
一瞬、彼女の小さな拳が竜の胴体にめり込む。
まるで紙風船のように軽々と、独眼竜の巨体はエヴァルルの拳に飛ばされた。
そのまま地底湖へと勢いよく飛んでいき、湖のなかほどで着水する。
ジュウウウ……となにかが溶けるような音が響き、地底湖で暴れる竜。
ただの水ではなく強酸性の水だったのか、あっというまに竜はその骨までも溶けてしまった。
「エヴァ、だいじょうぶかい?」
「うん……メイツのおかげで、だいじょうぶ」
「それはよかった」
ほっと息をつくメイツに、エヴァルルはかすかに頬を赤らめて寄り添っていた。
……たしかに助かったのはよかったけど、なんというか、恥ずかしくて見ていられない。
とりあえず目を逸らす。
逸らした先に、ズィがいた。
「メイツの言ったとおりだったな……ちゃんと迎えにきた。無事でなによりだレナ」
ロマンの欠片もない無骨な男。
視線の逃げ場には、こういう男がいい。
「あんたもね、ズィ。尻尾巻いて逃げてなくてよかったわ」
「うるせえ。それよりその物騒なもんさっさと仕舞ってくれ。見てるだけで禍々しい武器だな」
ああ、忘れてた。
レナは〝完全武装〟を解除してカノン砲を消した。この世界には存在し得ない兵器だ。ズィが顔をしかめるのもわからなくもない。
「あんた、あの竜になにしたの?」
蒸気が立ち込める洞窟には、蝙蝠のような虫のような魔獣がたくさん溢れかえっていた。高速で飛びまわるそいつらをエヴァルルが静かにさせているあいだに、レナはメイツに近寄った。
メイツは体についた独眼竜の胃液を拭きながら、腰のカードホルダーからMACをひとつ取り出した。
「僕は薬師だからね、毒にも薬にもなるものを、いつも持ち運んでるのさ。いくら竜といえど生物である以上、劇薬を飲み込めば反射的に吐きだそうとするのは当然だ。だから、ちゃんと丸呑みにしてくれて助かったよ」
「そう。意外とやるのね、あんた」
「ありがとう」
にっこりと笑ったメイツ。温和な表情が似合っている。
兄貴とは違って、優しい兄のような雰囲気だった。なんというか、わがままを聞いてくれそうなひとだ。
こういう兄貴が欲しかったなぁとぼんやり思っていると、エヴァルルが戻ってきてメイツの腕をぎゅっと抱きしめる。
「……メイツを誘惑しちゃだめ」
「べつにとりはしないわよ、天獅さん」
たしかにちょっといい男かもしれないと思ったけど。
ただそんな少女のような台詞を真っ正面から言われると、すこし冷めた。それよりこの子、心はただの女の子のようだった。
いくら強くてもあまりに不安定な子……そんなイメージだった。
「いやはや、お若いですな」
「まったくだ」
こっちのやりとりを後ろで聞いていたトレモロとズィがうなずく。
「それにしてもズィ様、よく独眼竜に襲われずにいましたね。やはりメイツ様の草の結界ですか?」
「ああ。あの男、なかなか骨があるやつじゃねえか。気に入ったぞ」
レナたちを待ってるあいだなにがあったのかは知らないが、ズィがそこまで言うなんて珍しいだろう。
弱そうに見えるが、侮れないのはエヴァルルじゃなくてむしろメイツのほうか。ほんとに不思議な魅力がある男だと思う。
「それでトレモロ、俺たちとの約束はどうした?」
「ええ。案内していただけたので、すでにMACは勇者様にお渡し済みですよ」
「ほんとうかレナ?」
「うん。もらってる。いつでも帰れるよ」
レナは腰のケースをぽんと叩いた。
ただ、そのまま帰るのはすこしもったいない気がした。せっかくここまで来たんだ。エヴァルルに加え、メイツとズィまで合流したのだ。この面子で攻略できないダンジョンはないに違いない。
「ねえズィ。せっかくだから、最後まで付き合っていかない?」
「……そういうと思ったぞ」
やれやれと肩をすくめるズィ。
冒険家にはなりたいとは思わない。けど、ゲームみたいにダンジョンを進んでいくのは楽しい。
「それでは、奥に進みましょうか」
トレモロが手を叩いて、全員をうながした。
つぎの空洞にいたのは、鬼雷竜という電気を身にまとった竜だった。洞窟のなかだというのに雷が落ち、あやうく感電しそうになったが、メイツが〝雷切草〟という絶縁体の特性をもっている巨大な長い草を出してくれたので、それぞれが傘のように持ってなんとか抜ける。
最後の空洞は行き止まりだった。
小さな魔獣がひとつもいない空洞だった。ほかの場所と違い、ほんとうになにもない。竜どころかただの壁しかない空洞だった。
「……おかしいですね。リヒトリフの日記にはここに貴重な鉱石があると書かれている、という話を聞いたのですが……」
トレモロが首をひねった。
それが彼らの目的だとようやく知ったのはともかく、なにもない空間にしては、やけに異質な雰囲気だった。なにかに見られているような、そんな感じ。
「――上だ!」
直感が鋭いのか。
最初に気付いたのはズィだった。
ズィは赤い装甲をつけた拳を握りしめ、懐から一枚のMACを取り出すと、それを殴り飛ばして上に弾いた。
MACは落下してきていた物体に直撃すると爆発し、その岩を四散させた。
バラバラと飛び散った石つぶて。いつのまに落ちてきていたのだろう。気付かなかったら潰されていた。
気を引き締めろ――とズィがつぶやいた瞬間、四方から同時に巨大な壁が迫ってきた。土壁が切り抜かれたように飛んでくる。
「メイツ、後ろに隠れてて」
「オラアアアア!」
「〝完全武装〟――顕現、固定盾!」
エヴァルルが拳で砕き、ズィが爆破し、レナが巨大な盾で防ぐ。
背後からきた岩は、知らぬ間にトレモロが防いでいたのか、彼の足元には小さく砕かれた土くれがちらばっていた。
「罠かな?」
メイツがまゆをひそめる。
いや、罠というよりも攻撃だ。
そう断言できるのは悪意を感じとれるからだ。レナたちをここから確実に排除しようとする意思が感じられる。
その予想通り、つぎは地面がもりあがり、同時に天井が迫ってくる。
「なんだこりゃ!?」
空洞がその形を変え押しつぶそうとしてくる。ズィが偏狂な声をあげたのもむりはない。
典型的なパターンだが、たしかに対処法が難しい。召喚すべきはどちらも防げる、箱のような防具か――
動こうとするレナを手で制して、エヴァルルが大きく息を吸い込んだ。
「――ァァッ!」
吐きだしたのは息吹。
音のない音。超音波のようなものが天井に跳び、迫ってくる天井を粉々に砕いた。同時に地面を強烈に踏みぬき、せりあがっていた土にヒビを入れて動きをぴたりと止める。
さすがに、ぐらぐらと鳴動する地下空間。
レナたちは坂になった地面をすべりおり、さらに奥へと進んだ。
振り返ってみると、ぐにゃりと歪んだその光景が目に入る。
あまりの異様さを物語っていた。
「なんだろ。なんか、この部屋を支配してるやつがいるような気がするんだけど」
「土の支配ですか」
なんとなくつぶやいたら、トレモロに心当たりがあるらしく、
「それでしたらおそらく、地王竜ですね。古来では、母なる大地を司り生命の象徴とも崇められていた地母神ですね。地を支配すると畏れられてきた核竜です」
『ご明察』
トレモロのつぶやきに答えたのは、女の声だった。
この〝眠りの淵〟の入口で、天井が崩れたときに聞こえたのと同じ声。
聞こえてきたのは奥の奥。土の壁からだった。
そこにいたのは、人間の女だった。
四十歳すぎだろうか。初老ともみてとれる白髪交じりの女が、壁から胸元から顔までを生やしてこっちを見据えていた。
その口から、冷たい声が漏れる。
『すこしは智に長けた者もいるようね。力に長けた者も、優しさに長けた者も、直感に長けた者も、魔法に長けたものもいる……なるほど人の集まりとしては優秀な部類に値するようね。感心するわ』
感心する、というわりには敵意がむき出しだ。
でもこうやってせっかく出てきたんだからいまのうちに攻撃すればいい。姿こそ人間の女だが、さっきまでの竜と同じ度合いならエヴァルルより単純に強いってことはないだろう。
そう考えたのはエヴァルルも同じだったらしい。
予備動作もいっさいなく、地面を踏みぬいて加速したエヴァルルは、一直線に地王竜のもとへと駆けてその拳で彼女を貫いた。
砕けるなんてものじゃない。土でできていたらしく、殴った部分が砂になるほどの破壊力だった。
――だが。
『力が足りても智が足りぬ。智が足りても優しさが足りぬ。優しさが足りても直感が足りぬ。直感が足りても魔法が足りぬ。魔法が足りても力が足りぬ』
さっきの姿はただの土のまま。
にょろり、と今度は地面から生えた。
拳を振り抜いたエヴァルルを哀れむような目で見つめて、彼女はつぶやく。
『所詮生物ひとつの限界よ。我が父の墓標を踏みにじるその愚行、私が止めてあげる』
「父!? ……ま、まさか貴方は――モーラ様か!?」
声を裏返したのはトレモロだった。
モーラと呼ばれた地王竜の女は、とくに感慨もなく首肯した。
『いかにも。私はゲドの娘モーラよ。然れどもいまは地王竜でもある。その事実に気付きし智の者よ、褒めてつかわそう』
どういうことだろう。
ゲドはこの上のダンジョンに住んでいた職人だ。竜との子どもがいたわけでもあるまいに。
レナが首をひねると、トレモロは震えた声でぽつりとつぶやきを落とした。
「いやはや。聞いてませんよ」
その首筋に、ひとすじの冷や汗を流しながら。
「……まさかゲド先生が、合成獣の魔法まで作りだしていたなんて……」
狸オヤジのトレモロは、ようやくニコニコ顔をやめた。
恐怖におののいたわけではない。
彼はなぜか、地王竜の女を見てニヤリと笑ったのだ。




