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オチるセカイのファンタジア ~Fantasia of the Falling Flowers~  作者: 裏山おもて
ダンジョン・イン・ダンジョン
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Download【10】 坑道内での出会い

 

 滞空時間は短かった。


 ズィ=エラ=ロロ=アッサーは転がるように着地した。

 ダンジョン〝モグラ穴〟は、鉱山地帯の地下を這うように作られた人工坑道だ。前もってダンジョンの知識は得ていたから、これからどうするかは頭に入っている。


「ちょっとズィ、いきなり行かないでよ」


 すぐ横に着地したのは、勇者の少女――レナ。


「あんたならついてこれると思ったんだ。これくらいの高さ、どうとでもなるだろう?」

「そうだったけど……そういうことじゃないっての」


 閉鎖された国ラッツォーネで生まれ育ったズィにとって、正直な話、異世界からきた勇者にはあまり興味はなかった。我らが王――ウィ様が国を守るために必要だと言うから、迎えにいったまでのことだ。ともに過ごすようになって少し経ったいまもその気持ちは変わらない。

 でも、仲間になったのなら、その力を信頼する。

 ただそれだけだ。


「……で、どうすんの?」


 レナが腰に手をあてて、上を仰いだ。

 飛び込んできた穴から差し込む光は、ここまで届かない。ここから幾重にも枝分かれして横に伸びていく坑道には、まったく光源がない状態になる。


「〝転ばぬ先の杖(フルバリアランプ)〟」


 ズィは緑のMACを投げる。

 進もうとした一本の坑道に光が灯る。これは使用者が向いた方向を常に照らし続ける魔法だ。

 じつはこのMAC、ここに住んでいたという職人の爺さんが作ったかなり珍しいものらしい。世間では貴重で高価な魔法らしいが、すこしの敬意をこめてここで使っておいた。


「……迷ったら出られねえからな。ここはふつうの迷路とは違って行き止まりがない。壁に手をついて歩いてもここに戻っては来れねえ。はぐれるなよ」

「あんたが勝手にいなくならなかったら、はぐれないわよ」


 レナが鼻をフンと鳴らした。


「安心しろ。妹のおかげで子守りは慣れてる」

「ガキ扱いするんじゃないっての」

「言っとくが、俺はあんたの二倍生きてるからな」


 いくら異世界からきた勇者といえど、たかが十五歳そこそこ。

 ズィにとってはカードゲームに夢中になるガキどもと大差ないのだ。

 とまあ、こんなところで揉めていても仕方がない。ぐるりとまわりを見回すと、ズィの視線を追うように魔法の光がその先を照らしていく。ほんのわずかに体のなかから力が減っていくような感覚。この光魔法は、使用者の魔力をけっこう使う。

 四方には横穴がそれぞれ通っていた。その一方に視線を向けて奥まで照らしてみる。一匹、蜘蛛のような魔獣がいるくらいで、とくに危険そうな道ではない。こっちにするか。


「〝閻魔の拳(バルバロ)〟」


 とりあえず、愛用の武具を装備しておく。赤装の手甲をつけ、奥に向かって歩いていく。

 この〝モグラ穴〟の難易度は低い。掘りつくされた廃坑なので栄養になるものがなく、魔獣もそれほど大きくは育たないらしい。


「ふん」


 飛びかかってきた蜘蛛の魔獣を、拳一閃で殴り飛ばす。

 坑道の壁にあたって潰れた蜘蛛の魔獣。やはり弱い。


「リンちゃんが見たら怒るよ~」

「……正当防衛だ」


 それでももうひとりの勇者は、優しく殴れとか言いそうだが。

 ズィは苦笑して、痙攣する魔獣を乗り越えダンジョンに入っていった。






 目的のMACがあるのは、〝モグラ穴〟の下部らしい。

 ウィ様の千里眼は、好きな座標を指定して視覚を飛ばすことができる。もちろんこの地下の座標も細かく知っているし聞いたのだが、地下にもぐっているズィ本人にとっては座標なんてわかるはずもない。結局、入口のところから東側のかなり下にある、としかわからない。

 坑道は魔法で照らされている。進む方向はつねに明るく、周囲を観察するには十分な時間があった。

 壁に照明器具が取り付けられていたが、ただしアナログ形式で油を入れなければならないタイプのやつだ。MACが発達したいまの時代、油はあまり採掘されなくなっていて貴重品だ。もちろん中に残ってるわけもなく、使うことはできない。

 なるべく下に向かえる道を探して歩いていると、奥の方から話し声が聞こえてきた。

 ズィとレナは顔を見合わせる。

 こんなところに訪れる者が自分たち以外にいるとは思ってなかった。


「……一応、MACは使えるようにしておけ」

「わかったわ」


 ズィの経験上、ダンジョンで出会った相手は基本的に敵だ。

 冒険、宝探し、調査……目的は数あれど、やっていることは同じだ。自分たちの求める何かのためにダンジョンを訪れる。

 人工ダンジョン〝時の神殿〟にいったとき、ズィとクォが最初に出会ったのも宝探しをしていた男だった。彼はリッケルレンスの冒険家で、どうやらダンジョン入口の転移用MACをズィたちと同じように奪ってきたらしい。うっかりズィもそのことを漏らすと、男は目の色を変えてズィたちのMACを奪いにきた。


 もちろん、利己欲のための戦いには慈悲などかけない。

 襲ってきた男を容赦なく返り討ちにして、逆にMACを奪いとったのだ。


 対立しないほうが稀。警戒はしておいたほうがいい。

 ズィは拳を握りながら曲がり角にさしかかる。魔法の光でこっちの位置はバレているはずだ。勢いよく飛び出すと、そこにいたのは三人組の姿だった。


 ひとりは、ずんぐり太った中年の男。

 ひとりは、やる気のなさそうな青年。

 そしてひとりは、小柄な獣人の少女だった。

 むこうもこちらを警戒しているのか、すこし距離をあけて構えていた。


 しかしズィは太った男に見覚えがあった。たしか中央協会で会ったことがある……そう、ウィ様に何度か研究の協力を要請していた男だ。

 たしか名前はトレモロとかいったか。


「おや! これはこれは、ズィ様ではないですか」


 むこうも覚えていたらしく、警戒をパッと解いてにこやかな表情で笑んだ。


「こんなところで奇遇ですね。貴方もダンジョン攻略ですかな?」


 ハンカチで額を拭く動作が似合う男だ。

 脂ぎった体格……さぞいいものを食べてるのだろう。


「まあ、そんなところだ。あんたは?」

「我々も左様でございます。しかしこのダンジョンが思ったよりも複雑でして困っているところです。……ところでズィ様のお連れの女性は、もしかして噂の〝勇者様〟ですかな?」

「だったらどうする? 奪い取るか?」


 胡散臭い笑顔と、探るような言葉はあまり好きではない。

 睨むと、トレモロは慌てて首を振った。


「滅相もございません! ただの興味本位でございます」

「そうは見えないがな」


 まあ、いい。

 ズィはトレモロの背後にいる男女に視線を投げる。青年のほうはとくに特徴のない男だ。無精ひげを生やし、平平凡凡を地でいくような男。

 それよりも少女のほうが気になった。獣人族は『森の民ディーヴ連合国』くらいでしか見ることができない種族だ。忌避するはずの人間族と――ましてや中央協会のトレモロと一緒にいるのは珍しい。


「それにしてもズィ様、なぜこのようなダンジョンに? ここにはとくにめぼしいものも残ってなかったはずですが」

「そうだな……だが、それはこっちの台詞だと思うが? わざわざ中央協会のあんたが、護衛まがいの獣人をつけてこんなところまででしゃばるなんて不自然じゃねえのか」

「お互い様ですね。まあ隠すほどのことでもないのでお教えしますよ。このままでは余計な火種を生みかねませんし、対立でもした場合、貴方の王に睨まれたら(・・・・・・・・・・)ここからでは勝ちようがありませんから」


 トレモロは軽く身震いして、周囲をキョロキョロ見まわした。

 たしかに千里眼と他の魔眼を組み合わせたらウィ様は無敵だ。ラッツォーネにいながらどんな相手でも攻撃することができる。魔眼の監視に気付くことは並大抵の魔法使いではできないし、気付いたとしてもアポカリプを発動でもしたら、防ぎようがないだろう。防げるとすればそれは本物の天才だ。

 もっともウィ様の千里眼とて万能ではないし、そもそもズィを監視しているわけでもない。いまごろは趣味の異世界覗きでもしてるだろう。

 それをわざわざトレモロに教える気はないが。


「我々は、この〝モグラ穴〟には用は御座いません。じつはこのダンジョンには、もうひとつ別のダンジョンの入口が隠されているのですよ。数日前まではゲド先生がここに居を構えておられたので協会員の立ち入りは禁じられておりましたが、彼がご逝去なされたので、ダンジョン調査が解禁になったのですよ。〝モグラ穴〟は低難易度ですが、その先にあるダンジョンは超高難易度と聞きましてね……すこし探ってみようかと」

「ほう。それで、あいつらか」

「いかにもで御座います」


 ダンジョンのなかにもうひとつダンジョンが隠されていたのか。

 そんなことはウィ様も知らなかっただろう。


「……でもその入口がわからずに迷ってる、と?」

「ええ。お恥ずかしながら、ゲド先生が隠していたMACを偶然見つけたのですが、その際にマップを破ってしまいまして」

「すみません。僕が持ってたばっかりに。ビックリ箱みたいなの苦手なんですよ」


 と、トレモロの後ろの青年が、申し訳なさそうに苦笑した。

 どうにも頼りなさそうな青年だったが、そんなことよりもだ。


「……隠しMACを、か?」

「ええ。もしかして、ズィ様がここにいらしたご用向きは、そのMACでしたかな?」

「ああ、そうだ」


 なんてことだ。紙一重の差で見つけられていたとは。


「先にとられちゃったわけ? なにそれ」


 レナがつまらなさそうにぼやいた。

 まったくだ。

 さすがに敵対してるわけでもない相手から、MACを奪い取る気は起こらない。前回の〝鏡の海〟のこともあるし、ウィ様にも無理はするなと言われてる。

 そうなるとこんなところにもう用はない。


「残念だが……帰るか」

「そうね。さっさと帰りましょう。ああ、無駄骨だった~」

「待ってください!」


 ラッツォーネまで転移しようとしたズィとレナを止めたのは、トレモロだった。


「よろしければ、ダンジョン探索を手伝っていただけないでしょうか? もし我々に協力してくれるというのなら、見つけたMACは差し上げます」

「……ほんとか?」


 転移用のMACを取り出そうとした手を止めて振り返る。

 トレモロはうなずいた。


「だが俺たちもここは初見だぞ。協力できるとは思わんが」

「構いません。必要なのは、そちらの勇者様のお力なのです。じつは〝探索(ダウジング)〟のMACを持っているのですが、使用可能属性が〝探偵〟か〝間者〟のランク5以上なのです。私は〝研究家〟ですし、そこにいるメイツ様は〝薬師〟で使うことができません。よろしければ勇者様のお力添えをお願いしたいのですが」

「……だ、そうだがどうする?」

「やるわ」


 レナは即答だった。

 その目は好奇心で満ちている。

 魔法のない世界からやってきたのだ。魔法が使えるのが楽しみで仕方がないのだろう。


「恐れ入ります。では、こちらを」


 そうなれば話は決まった。

 ダンジョンの入口を見つけることができたら、MACを頂く。

 トレモロはすぐにMACを取り出してレナに渡した。


「発動すれば、使用者が望む場所に近づくほどMACが輝きます。まずは発動を」

「わかった……〝探索(ダウジング)〟」


 レナが小さく唱えると、MACは薄く輝いた。

 ぼんやりと光ったMACを掲げて、レナは左右をキョロキョロと見回す。


「これで、光が強くなる方向に行けばいいのね?」

「はい。よろしくお願いします」

「まかせて」


 レナがMACの光を頼りに歩きだすと、トレモロとメイツ、そして獣人の少女がついていく。

 まあ、これだけでMACが手に入るなら安いもんか。


 あまり深くは考えず、ズィは最後尾を歩いていった。






〝モグラ穴〟には階段や扉はない。モグラの巣のように開けられた穴が縦横無尽に走っているだけだ。もちろん坑道として機能するように作られた、荷物運搬用のレールの跡がところどころに残っているけど、あとはむき出しのままの土があるだけだ。

 縦穴に梯子がないところもザラにあり、いくつか穴を飛び降りた。ズィには転移用のMACがあるのでいつでもラッツォーネに帰ることができるが、トレモロたちが地上に出るのは苦労するだろう。

 まあ、知ったことではないけど。


「もうすぐね」


 そうしているうちに、レナの持つMACの発光がかなり強くなっていた。

 岩の陰に、すこし狭い横穴が空いていた。なんの変哲もない坑道のひとつで、朽ち果てたレールが途中まで敷かれてある。その途中で足を止めたレナは、壁を触りながらうなずいた。


「ここよ。たぶんだけど」

「ではすこし下がっていてもらえますか?」


 トレモロが壁に手を触れた。そこに緑色のMACを貼りつける。

 自分もすこし後ろに下がり、


「〝破裂(パンク)〟」


 唱えると、MACが小さく爆発した。

 規模は小さいが、土が飛び散るとそこに穴があいていた。腕一本くらいが通りそうな穴だ。トレモロが覗きこんで、壁の向こうに道があることを確認した。


「ここですね。勇者様、ありがとうござ――」


『崩れろ』


 突如、坑道内に響いたのは女の声だった。やけに低い、女の声。

 身構える暇もない。

 いきなり天井が崩れた。

 ズィとレナの間を分断するように落ちてきた土砂に、とっさにズィは後ろに飛びのいた。

 ぐらり、と足元が揺らいだのもそれと同時。

 さっきまであったはずの地面が崩れて、落ちた。


「――あああ!?」


 つかまる物はなにもない。

 いつのまにか大きく空いていた穴。落下するしか術はない。

 同じく天井の崩落から身を守った青年――メイツも、ズィのすぐ横で叫びながら落ちている。ほかの三人は土砂の向こう側に残ったのだろう。姿は無い。


 ズィは穴の下を見る。光が照らす――が、底が見えない。

 どんどん落ちていくズィとメイツ。


 こりゃあやべえな。

 着地のことを考えながら、ズィは落下し続けるのだった。


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