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Download【6】 ゆずれないもの

  

「ウィ様、お体のほうは?」

「そう心配せんでも死にはせんよ」



 ベッドに横になっているウィのまわりには、村の人々が心配そうに集まっていた。

 国民すべてがひとつの家のなかに収まるってのも変な話だ。

 ウィは乾いた声でなんともないぞと笑う。


「それよりおぬしら、わらわはそこの勇者と話がしたい。すこし席をはずしてくれぬかの?」


 もちろんウィの意に従わない者はいなかった。

 村人たちは口々にウィに激励と感謝の言葉をかけ、家から出ていった。ズィとクォも気を利かせたのか部屋から出ていく。


 いくら強くても、まだ十三歳の少女だ。どんな強力な魔法を手にしていたも体力はそうあるわけじゃないだろう。片目を眼帯で覆っているその姿は痛々しい。


「ウィちゃん、手貸して」


 リンがウィのそばに近寄り、手を握った。にぎにぎとその手を握って、甲に軽く唇をつけた。


「……リンよ。これは?」

「怪我がよくなるおまじない。むかし、お兄ちゃんがしてくれたの。そしたらよくなったから……ダメかな?」


 そういえば、あの兄貴もそんなことをしてくれる時期があったっけ。

 だとしても随分むかしの話だ。幼稚園とか、そんな頃の些細な話。まだレナがトビラと仲がよかった幼いころの淡い記憶が、かすかに蘇ってくる。

 懐かしいという気すら覚えないほど、薄い想い出。


「いや……心地よいぞ。感謝する」

「えへへ」


 笑い合うウィとリン。

 和やかな空気が流れる。さっきの雪崩で高まった緊張が、雪解けのようにほろほろと崩れていく。


「……で、話があるんじゃないの?」

「ああ、嘘も方便よ。あのままではゆっくりと休めぬのでな。悪いが利用させてもらった」

「あっそ」


 嘘は、ウィの優しさだろう。

 疲れていたとしても、心配してくる村人たちの心を跳ねのけるわけにはいかないのか。

 大変だな、王ってのは。


「じゃああたしたちも部屋出てるから、ゆっくり休みなさいよ」

「まてまて、そう急ぐな」


 リンを連れて部屋を出ようとしたレナに、ウィが語りかける。

 話はないんじゃなかったのか。


「わらわから質問はない。しかしおぬしからの質問を受けぬとはいっておらん。なにか聞きたそうな顔をしていたのでな、答えられることは答えておこう」


 さすが千里眼、よく観察している。

 気になることはひとつだった。


「さっきの雪崩、誰がやったの?」

「それはわからん。わらわの眼が捉えたのは、仕掛けられていた魔法が発動した瞬間よ。かなり古くから仕掛けられていたらしくてな……誰がやったのかわからぬし、なにを狙ったのかもじつはよくわからぬ。単なる腹いせにしてはリスクが大きすぎるしのう」

「……そう」


 ウィの言葉が本当なのかはわからない。

 でも、言う気はなさそうだ。

 王族会議に出席した直後のタイミング。ウィがいないタイミングを狙ったのは間違いない。ウィが千里眼で気付かなければ、いまごろは村は壊滅していただろう。

 つまり国を滅ぼそうとしたってことだ。

 どこかの国の仕業だとすれば、戦争になってもおかしくない。

 いや、戦争にしようとしてるのか。

 それとも違う目的があるのか。


「……これで終わりだといいけどね」

「無論、警戒は怠らぬさ」


 ウィは眼帯をぽんと叩いた。






 ラッツォーネ村を訪れるのは至難の業だという。

 鋭く凍てついた山に囲まれ、雪が進路を阻み、風が方位を狂わせる。

 無事にたどり着けるのは腕の立つ冒険家かくらいのもんだ、とズィが言っていた。

 ここまで転移でやってきたレナには実感は湧かないけど、この村への抜け道を通らなければ、少なくとも並大抵の体力じゃ辿りつけないらしい。


 ……でも。

 昨夜の狐面の侵入者は、実際にやってきた。ウィが誰にも気づかれないようにこっそりと撃退していたけど、つまり侵入できないことはないってことだ。


「ってことは……」


 レナはひとつ思い当って、ベッドから抜け出た。

 すでに深夜……村は寝静まっている。

 何者かが昔から雪の下に仕掛ていた魔法を発動し、この村を襲ったという。なぜいまのこの時期を狙ったのか……そのタイミングはあまりにもわかりやすい。

 レナはこっそりとベッドを抜け出た。コートをマントのように体に巻きつけて、ウィの部屋を覗く。


 やはりウィはいなかった。

 そのまま玄関を抜けて外に出る。

 村の入口の柵のむこう側――雪崩に呑みこまれて森が消え、凍った地面がむき出しになった雪山の傷跡のうえに立ち、ウィがぽつりと立っていた。


「……感慨深いものよ」


 月に照らされたその背中は、寂しそうだった。


「自然に守られるがゆえに、自然を利用される。われらが大事にしておったこの山の自然が、こうも簡単に削り取られるとはな……まあ、削り取ったのはわらわだが」

「あんたは、守ろうとしただけでしょ」


 レナもウィの横に並んで、雪崩が飲みこんで破壊した森を見つめる。山のはるか上のほうから、その傷跡は村に向かって続いていた。まだ上のほうでは、小規模な雪崩がすこしずつ起こっているようだ。ときどき細かい雪が風に乗って舞い落ちてくる。


「人間は業の深い生き物ゆえに力を欲する。昼間はああ言ったが、おぬしはこの雪崩の真相に気付いておろう?」

「ええ」


 簡単だ。

 レナとリンがこの国に来たばかりのタイミングだ。理由はレナとリンにあるってことくらい、容易に想像できる。

 あとはすこし考えればすぐわかる。

 勇者を利用しようとするのなら、勇者が力をつける前に手に入れるのが一番だ。ライオンを捕らえるなら子どもを狙うように、抵抗できないタイミングを狙う。それを逃したら、牙と爪で返り討ちにあうかもしれない。

 ってことは、


「……やっぱ、あたしのせいね。あたしがこの世界に来たせいで」

「否定はせぬ。だがおぬしをここに連れてきたのは、わらわの意思ゆえ、わらわの所為でもあるよ。いわば連帯責任と言うところかの」

「そうかもね」


 連帯責任か。

 レナは苦笑する。

 下手な慰めより、よっぽど肩の力が抜ける言葉だ。

 ただ大事なのはここから。

 誰が、なぜ、こんなことまでして勇者を求めたのか。


「それは、すぐに解かる……ほれ、来たぞ」


 山の上を指差すウィ。

 その上から、なにかが雪を滑り降りてくる。山の上から削れた森の間を疾走するいくつもの影。

 ぐんぐん近づいてきて、その影がなにかわかった。


 巨大な蛇だった。

 青い蛇。それが大群となって押し寄せてくる。

 ……なんだ、あれ。


(ネジ)れ――〝狂眼マッドセクト〟」


 ウィの判断は早い。片目が銅色に輝いた。

 次の瞬間、斜面を滑り降りてきていた巨大な蛇たちが、つぎつぎと破裂していく。断末魔の叫びをあげ、視えない手に引きちぎられているかのように血を撒き散らし、雪のなかに沈む。

 しかし、すべてではない。半数ほどは残っている。


「ふん。片目の弊害か。なれば――縛れ、〝鎖眼ジギラガン〟」


 こんどは鈍色に輝いた。

 生き残っていた蛇たちは、ぴたりと動きを止める。慣性の法則なんて無視して固まる大蛇の集団に、ウィが冷たい声を投げかける。


「して、一体何用かのう?」

「やはり魔眼使いの王……雪崩くらいではその力、破れませんか」


 にゅるり、と。

 一番後ろの蛇の口の中から出てきたのは、狐面をつけた男だった。

 昨夜殺されたはずの、どこかの国の王の護衛。

 気味が悪い。


「しかし半分も力を出せないご様子……先代の王が仕込んだ爆雷も、なかなか役に立ったようですね」

「このようなかすり傷、さして痛くもないわ」

「強がりは毒ですよ」


 男は動きを止められた蛇の頭の上を渡ってくる。ぴょんと跳ねるように、まるで生きる蛇たちをただの足場にしか思ってないような、躊躇いのなさ。

 ウィはじっとその男を睨んでいる。


「瞳ひとつでは、同時にふたつの魔眼を発動できないご様子。違いますかな?」

「……ふん」


 仮面のむこうで男がニヤリと笑みを浮かべたのがわかる。


「しかしまあ、念には念を入れるとしましょうか。――〝雷針狼〟召喚」


 男が懐から赤いMACを取り出すと、それを地面に投げつけた。

 土のうえに青い雷が奔る。

 召喚されたのは電流を纏った狼だった。体毛が針のように尖り、その先端から電気が放電し続けている。


「随分と珍しいのを連れておるのう」

「私、召喚獣集めが趣味でしてね。所持している召喚獣はざっと千体にのぼりますよ。この氷蛇なんかは飽きるほど持っております」

「赤収集家め……反吐が出るわ」

「あなたも部下を使ってMACを集めているのではないですか?」

「わらわは生き物を趣味で集めるような腐った心根は……ないわ!」


 ウィが叫ぶと同時、蛇たちの動きがもとにもどる。

 ふたたび勢いよくすべりだした蛇たちにバランスを崩した狐面。

 好機だ。


「潰せ〝ワーム――」

「遅いですよ。雷針狼」


 パリッ……とかすかな紫電の音をたて、小さな狼がすばやく横に移動した。

 まずい。

 ウィの死角だ。眼帯をしてるいま、ウィには戦いづらい角度。

 なんとなく相手はわかってるのだろう。ウィの魔眼は、見ている範囲においてはほとんど無敵だが、見ていない範囲には意味をなさないことを。

 ギュンと、ウィとレナの横で角度を変えて突進してくる狼。その体毛は針のように鋭い。突き刺されでもしたら、絶命は必至だ――


「甘いわ。潰せ、〝星眼ワームアンク〟」

『ピギャッ』


 悲鳴は短い。

 どうやら杞憂だったらしい。

 狼は上からの圧力で潰れて、その姿を赤いMACに戻した。


「わらわに死角など存在せぬよ」


 それもそうか。

 千里眼……閉じた眼で使う魔眼は、つねに自由に視覚を設定できる。


「さすがというところでしょうか。しかし私もこんなものじゃありませんよ。今日は本気でいかせてもらいます……〝雪女(シガマ)〟〝白猿王(イエティ)〟〝結晶蔓(デビルボウ)〟〝漆狐(リリム)〟〝腐乱花(ラフレシム)〟」


 狐面の男は、つぎつぎと獣たちを召喚する。

 顔と足のない浮いた女、巨大な猿、宝石のように輝く植物、真っ黒な狐、強烈な匂いの花。それぞれが左右に分かれ、こちらにむかってくる。

 滑り降りてくる蛇もまた、その口から何かを吐こうと息を吸い込んでいた。


 ウィが魔眼を発動させる。赤い魔眼で蛇を焼き、黒い魔眼で猿を潰し、銅の魔眼で植物をねじ切る。

 

 でも、さすがに数が多い。

 ウィの魔法は一対一ではまず負けないだろう。だけど一度に発動できるものがひとつである以上、接近した複数の相手とは相性が悪い。どれだけ強くても相性が悪ければ……押し負けることもある。

 ウィは少し思案していたが、レナに向けて薄く笑った。


「せんなきことか……すまぬがレナ、わらわがアポカリプの反動で倒れたあとは、家まで連れて行っ――」

「イヤよ」


 言わせなかった。レナは拒絶する。

 ウィが怪訝な表情を見せた。


 たしかに雪崩を消し去ったあの魔眼なら、一瞬で片を付けることができるだろう。それくらいの奥の手をウィは持っている。

 だけど。


「冗談じゃない。あいつがここに来たのは誰のせい? あんたと、あたしのせいでしょ? 連帯責任ってのはこういうときに効果があるもんよ」


 べつに、ウィが片目を傷つけたことを気に病んでるわけじゃない。

 自分のせいで誰かが傷つくのだけはイヤだ。ただそれだけ。

 誰かの足手まといになるのは、イヤだ。


「だからウィ。ここはあたしがやるべきところよ。〝勇者〟のあたしが、ね」


 勇者なんて大層な身分、ほんとは身に合わないと思ってる。

 自分なんてただ乱暴でガサツで可愛げのない女だ。悪を許さないとか、そんな陳腐な考えもない。勇ましいことなんてあまりない。怖かったら逃げることもある。


 いまも、すこし怖い。

 ……だけど、迷ってられないんだ。

 迷ってたら道を見失う。右も左もわからないこの世界で、迷うことは死ぬことだと――なんとなく感じていた。


 だから、これはゆずれない。

 この選択は、ゆずれない。


 レナは腰のカードケースから、白いMACを取り出した。

 ぴたりと手にくっつく感覚。自分の一部になっているような順応感。

 初めての魔法は、なにをどうするか、そんなことくらい最初からわかっていた。



「〝完全武装(パーフェクトアーマー)〟……顕現(けんげん)



 レナの手に、武器が召喚される。

 むかし誰かが言った。

 知識は力だと。

 想像は力だと。


「……なんだ、それは……?」


 狐面の男が戸惑いの声をあげた。

 こんな単純なものでも、彼らにはわからないだろう。

 想像した武器を創造する高位魔法。


 レナが手にしていたのは――二丁の銃だった。


 この世界では、飛び道具はまだこの段階に至ってない。もしかすると至らないのかもしれない。火薬が必要のない世界では、銃という概念は生まれないかもしれない。


 だから――


「動くな」


 ドン。

 低い破裂音は、獣たちを止めるのに十分だった。

 本能で察したのだろう。あまりに危険な、手のひらサイズの武器に。


「あたしがいた世界ほど、誰かを殺すための武器が進歩してる世界はないでしょうね……残念だけどさ」


 レナが手にした銃は、また形を変える。

 こんどは小型の機関銃(ガトリングガン)

 動こうとしていた花の形の魔獣を撃ち抜く。もちろん弾丸の速度に反応できるわけもない。体にいくつも風穴をあけて、MACに戻った。


 狐面が深く息を吸って、声を震わせる。


「勇者様。それほどの力があるのなら、私とともにこの腐りきった世界を――」

「黙れ」


 青白い閃光弾が狐面の顔のすぐそばを通り抜け、山の斜面に突き刺さる。

 音は遅れて響いた。


 レナの手の中には、電磁銃(レールガン)。超音速を生む武器だ。レナが望んだ武器を生み出すこの魔法……すこしだけ、どこまで出来るのか試したくなった。


「……その面をとりなさい。ずっと思ってたんだけどね、人と対話したいのなら、まずは顔を見せるのが礼儀じゃないの?」

「しかたありませんね」


 男は狐面を外した。

 どんな顔がでてくるのかと思いきや、そこにあったのは平凡な顔だちだった。特徴のない目、特徴のない鼻、特徴のない口。目を逸らしたらすぐに忘れてしまいそうな顔の男だった。


 男は両手を上げて降参のポーズをとる。狐面を放り投げると、面は凍った土に当たってぱっくりと割れた。


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