Download【5】 神眼アポカリプ
魔法に、奮えた。
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「――〝勇者〟の保有権については散々論議してきたでしょう? 無駄な争いを避けるためにも、国家間での人身譲渡を禁ずる条約を締結したことをお忘れかしら?」
「しかし独り占めするというのも許されてよいものか。ただでさえラッツォーネは『集団王族国家』ではないか。そのうえ勇者など……不必要な軍備増強制限に違反するのではないか?」
「だからといって勇者様に人権がないわけではないですよ。みさなん、落ち着いて」
「そういうリッケルレンス王こそ、経済危機脱却のために勇者を欲してるという噂ではないですかな? 目の前の利益を放っておくわけにもいかんのではないかね」
「どうせなら順番に使っていけばいいんじゃないのか? 平等にな」
「私も賛成だ。勇者は共有財産であるべきだ」
「同じく」
……よくもまあ、本人を目の前にしてそんなことが言えるものだ。
鳶羽レナは退屈まぎれに、壁にもたれかかってカードホルダーを触る。なかに入ってるMACをはやく使いたい衝動に駆られるけど、我慢。
ため息が漏れる。
マシなのは隣の『リッケルレンス』の王と、反対側にいる『森の民ディーヴ連合』の姫君くらいか。あとは利益がどうのとか、勇者の使い方がどうのとか、自分勝手なことばっかりだ。
やがて議論は激しさを増し、勇者をどこの国が一番に使うかと各国が我先にと主張しだしたときだった。
「――お忘れのようだが、」
もっとも幼き王、ウィ=メア=ロロ=シュバインが、重たい口を開いた。
ぴたりと議論を止める王たち。
「〝勇者レナ〟はいま、わらわの国の民よ。その民の意思をないがしろにして物のように扱うと言うのなら、わらわも黙ってはおれぬ。この大陸のなかでも五指に入るわらわの実力をお忘れか? いまここでわらわの〝眼〟がおぬしらを敵と定めれば、生き残れるのはフルスロットルが守るリッケルレンス王だけであろうよ? そんな惨事は誰も望むまい?」
あまりに尊大な物言いだ。
けど、その言葉がけっして傲慢じゃないことは、すぐさま口を閉ざした王たちの様子を見れば一目瞭然だった。冷や汗を流しながらかすかに身じろぐ彼ら。半数以上の王が怯えと敵意の表情を見せていた。彼らの後ろにいる護衛ですらも、王を守ろうとする姿勢のなかに恐怖が混じっているのが見てわかる。王たちが集まるこんな場で威嚇するような発言、ふつうは敵対行為なんだろうけど。
そのなかで余裕の笑みを浮かべたのは、フルスロットルとミュートシスの老王だけだった。
……そうか。
魔法の強さと、こんな場でも躊躇わない強さ。これが、この幼さでたった三十数人の国家を持続させることができている理由のひとつなのかもしれない。
ミュートシスの老王が声を上げて笑った。
「ほっほっほ。じつに威勢が良いのう……じゃが、北の王が言うことに間違いはあるまいて。〝勇者〟は北の王のもとにはせ参じたのじゃ。世界はそちらを選んだ……これが運命じゃ。その運命をどうするかは北の王次第じゃよ」
老王のうなずきがトドメだった。
舌打ちと、あきらめと、それと安堵のような息が漏れてくる。
「後援感謝するよ、ミュートシス爺」
「民を守るのが王のつとめじゃからのう。おまえさんにこの国で暴れられてはわしが困るだけじゃ。それに〝勇者〟はまだまだうら若き乙女……乙女の未来を老いぼれどもが決めてよいものではないわ。ほっほっほ」
冗談なのか本気なのか、老王は白くなった髭を撫でて笑っていた。
そのまま会議は解散となった。
結局この『大陸会議』ではなにも決められていない。集まった意味があるのかと思ったけど、ウィが「集まるということ自体に意味があるのだよ」と教えてくれた。王という最大の施政者にしかわからないことだろう。
ぞろぞろと王たちが護衛を伴って会議室から出ていく。
狐面の護衛を連れたスキンヘッドの王は、出ていく時あからさまにウィに向けて舌打ちをした。ウィはとくに気にすることはなかったけど、レナにはかなり腹が立つ態度だ。
頼まれても、あいつの国には行ってやるんもんか。
ウィはそのまま帰らずに、隣にいるリッケルレンスの王に手を差し出した。
「リッケルレンス王よ。器深き言葉、感謝するよ」
「いえいえ。私がああいったのも、あなたの国なら信頼できると思っただけですよ」
リッケルレンスの王――特徴もない無精ひげの王――は、へらへらと笑った。王のなかでもダントツでぱっとしない恰好で、どこかの街にいそうな旅人のような地味なものだった。
「ほう。わらわの国と最も遠く関わりもない貴国が、信頼と申すか?」
「深い意味じゃないんですけどね。ただ貴方様はフルスロットルくんの義理の姉君であらせられますので」
「リト……それはボクも聞き過ごせないね。こんなワガママ娘、姉なんて認めない」
「うるさい。弟のくせに生意気なやつよの」
リッケルレンス王に、不満そうな態度を見せるフルスロットル。
王の名前はリトか。恰好は地味で優男のような立ち振る舞いだけど、妙に鋭い視線をときどき見せる人だ。たぶん相当なやり手だろう。
ウィとリッケルレンス王が政治の話をしていると、ズィがフルスロットルのそばに近づいた。
「……あんたがフルスロットルか。会議に出席したのは初めてだな」
「そうだよ。キミはズィだね?」
「ああ。先日は助けてもらったみたいだな……感謝する」
ぺこりと頭を下げたズィ。
「どうってことないさ。それにキミたちを助けようとしたのはボクじゃなくて、ボクの弟子だ。礼なら彼に言っておいて」
「トビラ=トハネだったか? 俺が倒せなかった黒曜石の巨兵を倒したの、あいつだったらしいな。クォが随分惚れこんでたぞ……俺の妹は素直じゃないが優しいやつだ。トビラとやらに結婚相手はいないのか?」
「はははっ。ボクは彼の親でもなければ保護者でもないよ。それこそ直接聞いてみたらどうだい?」
「ふっ、冗談だ。それにトビラを必要とする者は、クォのほかにもいるようだしな」
ズィはちらりとレナを見た。
フルスロットルも同じように一瞥してくる。
たぶんだけど、フルスロットルはレナが何者なのか、ちゃんとわかってるんだろう。
「――ズィ!」
ふたりが雑談していると、いきなりウィが振り向いた。
弾けるように動き、ズィに寄り添う。
何事だ。
「ズィ! すぐに転移の準備を! 帰還する!」
「でもウィ様、まだ建物の中――」
「いいからすぐにしろ!」
「お、おう」
いきなりどうしたんだ。
剣幕に押され、慌ててMACを取り出すズィ。
「レナもはようしろ! 事は一刻を争う!」
ウィとレナは、その腕につかまる。会議室に残っていたフルスロットルとリッケルレンス王は、とくに動じることもなく離れた位置に退避した。
「〝転移〟!」
しゅるん、と空間を転移する。
もう三度目は慣れた。違和感を感じることもなく、肌を冷たく刺す空気のなかに降り立つ。
ほんの数時間前にここから出発したばかりなのに、もう戻ってきた。
「……え?」
つい声が漏れた。
村の入口に再び転移してきたレナたちは、足元を揺らす地響きを感じて、振り返った。
――雪崩だ。
村を囲む鋭い山のひとつから、雪崩が猛烈に迫ってきていた。
森を破壊し、木々を巻きこみながら破竹の勢いで迫りくる雪の塊。
家々から村人たちが顔をのぞかせる。
すぐ手前の家のドアをあけて、リンとクォも顔を出した。
「いますぐ村の者を集め、中央に固まらせろ!」
「おう!」
ズィが急いで各家の者たちを集める。彼らは服を羽織り、集まってくる。
なにが起こってるのかは見てわかるだろう。山の上からどんどん迫ってくる雪崩だ。谷間の底に位置するこの村に、雪崩から隠れるような場所はない。
「レナちゃん!」
「リンちゃん!」
リンが腕のなかに飛び込んで、青い顔をして雪崩を見つめた。さっきまでティータイムにしていたのだろう。髪からはほんのりと紅茶の香りがした。
なにがあってこうなってるのか、まったく理解できてない。
……でも最悪、リンだけでも守らないと。
レナが腰のカードホルダーに手をかけようとすると、ウィが首を振った。
「動くでない。わらわの魔法に巻きこまれたくなければな。しかしわらわがいない間に山を崩すとは……どこの阿呆か知らぬが、勇者を手に入れられない腹いせにしてはいささか度が過ぎておるわ!」
地鳴りがだんだん近づいてくる。
森を砕き、迫ってくる雪の質量は果てしない。
まるで大津波のような高さまでせりあがり襲いくる純白の雪の猛威に、村人たちは息を飲んでウィの背中を見つめる。
「だが安心するがよいレナ、リン。わらわがこの村にいる限り、誰ひとりとして死なせはせぬよ」
ちらりと振り返ったウィ。
その後ろに村人が全員そろっていることを確認して、
「蠢け――〝傀眼イストトルルク〟」
目が輝いた。
昨夜に見せたのを同じ光だった。白く輝く瞳。
すると森の雪が――いや、地面ごとみるみる盛り上がり、土と木と雪の壁ができあがる。鉄筋ビルのような太さと高さの壁が一瞬で完成する。
巨大な防波堤だ。
……だが。
村に迫った雪崩が壁に激突すると、轟音をたてて崩れ去る壁。
勢いはすこし失ったが、それでも雪は止まらない。
「焼き尽くせ――〝焔眼ディーノヴーベ〟」
こんどはウィの瞳が深紅に輝く。
つぎの瞬間、視界が赤く燃えた。
ウィの見ている範囲がすべて炎に満ちる。
雪は一瞬で蒸発する。水蒸気が村の前に立ちこめた。
――それでも、まだ雪の勢いは止まらない。
「潰せ――〝星眼ワームアンク〟」
こんどは黒く輝く瞳。
雪が上空からの視えない力に圧縮されていく。
地面を陥没させるほどの重力だ。
それでも、遥か山の上から押し寄せてきた雪崩は後から後から迫り、止まらない。
鋭く見上げるほどだった山の斜面を覆い尽くしていた雪は、木々を巻きこんでそれくらいじゃ止まらなくなっていた。これはヤバい。
「安心しろ」
だが、村人たちは誰も慌てなかった。
誰も焦らなかった。
ズィは笑みすら浮かべている。
「これくらいのこと、なんでもねえ」
「なんでもって、あんた――」
「大丈夫だ。ウィ様の〝眼〟は、こんなもんじゃねえんだ。あんたも信じろ」
簡単に言ってくれる。
けど、レナにはまだわからない。
このわずか十数歳の少女をそこまで信じられる理由がない。
たしかに、その眼は凄まじいのだろう。
だけどそれでも雪の災害は止められていないじゃないか。
その自信の根拠はどこだ。
その信頼の根拠はなんだ。
「こんなもんじゃねえんだよ。ウィ様がいままで屈服させ、支配してきた〝魔眼〟たちはこんなもんじゃねえんだ。なあウィ様」
「ふん……随分と買い被りおって。だが大陸一の魔眼使いを名乗るわらわにもそれ相応のプライドがあるのでな。出し惜しみなどしてやらぬわっ!」
ウィの目がぴたりと閉じ――開く。
すぅっと。
銀の光が、漏れてくる。
さっきとはまるで気配が違う。
そこから怖ろしい怪物が出てくるような気さえした。
「喰らえ……〝神眼アポカリプ〟」
瞳のなかに浮かんだのは複雑な魔方陣。
おおよそ人間が理解することのできない複雑で幾重にも重なった魔方陣が、そこに描かれていた。
刹那、世界から音がぴたりと消えた。
……そう勘違いするほど、一瞬だった。
雪崩が消えた。
勢いも、質量も、轟音も、地鳴りも、すべてなにもかもが消えた
。
ウィの視界に映っていた雪崩というモノそのものが、世界から消えたのだ。
まるで見えない巨大な怪物が、雪崩を呑みこんでしまったかのようだった。
ポタリ、と静寂のなかで音がしたのは、ウィの足元。
「……ふふふ、さすが神の名を持つ魔眼……なかなかの暴れん坊よ」
ウィは片目を抑えて膝をついていた。
抑えた目から血が滴り落ちる。
「ウィ様! なにもアポカリプまで使役するこたぁ……っ! す、すまねえ」
「そう青い顔をするなズィ。こやつを使ったのはおぬしに言われたからではない、わらわの大事な民を守るためよ……手加減する気など毛頭なかった」
「……ウィ様……」
ズィだけでなく、村人たちが一斉にウィに駆け寄る。
……脅威は去った。
安堵するまもなく村人たちに担がれて家のなかへと運ばれていくウィ。
その力はあまりにも強大で、畏怖すら覚えた。
たしかに信頼できる。
災害すら捻じ伏せる力。
――だけど。
「……レナちゃん?」
これが魔法か。
レナはぞくぞくする何かを、背筋に感じた。




