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Download【4】 大陸会議

  

 寝覚めはいつも以上に悪かった。



『レナの寝起きは最悪だ』

 そう兄貴に言われるほど、朝は苦手だ。

 眼が冴えるまでしばらくはぼうっとしてるし、そのあいだに話かけられたらとりあえず殴ってしまう。低血圧だからしかたないでしょ、と言い訳してるけど、自分でも身勝手なのはわかってる。レナを怒らせずにちゃんと起こすことができるのは、むかしから妹のリンだけだ。

 だから、たぶん、リンがいないと大変だっただろう。


 起こしにきてくれたのはクォだった。小柄で、いつもなにかを敵視してるみたいにツンツンしてる子。そのクォですらレナの寝起きの顔を見た瞬間、顔をひきつらせて部屋から逃げていった。「ズ、ズィ! 鬼がいる!」と焦った声がリビングから聞こえてきたのでとりあえずベッド横の椅子を扉に投げつけておいた。そしたらもっと怯えられた。


「もうレナちゃんったら、また甘えんぼさんになってるよ?」


 リンはそう言って、レナを抱きしめて頭を撫でてくる。甘えてる気はないけど、リンが言うならそうなんだろう。肩に顔をうずめるとリンの匂いがして、「うう……」と唸っているとすこしずつ目が覚めてきた。


「ね、ねえ……あんた病気? 大丈夫なの?」


 リビングから顔をのぞかせるクォ。

 まさか寝起きの悪さで心配されるとは思わなかった。


「大丈夫だよ~。レナちゃんいつもこうだから」

「え? い、いつも……?」

「うん。いつも」


 恐ろしいことを聞いたように、クォが目を見開いて頭を抱える。

 これからしばらく毎日この顔を見ないとダメなのか、と言いたげな表情だった。






「あ~! 〝ゆーしゃ〟のねえちゃんたちだ~!」


 朝食をとり、着替えをすませて外に出る。

 小さな雪国ラッツォーネの服は軽くて薄い。それなのに、レナたちが着てきた服の上からマントのように羽織るだけで、羽毛に包まれているような暖かさになる。素材に使われている動物の毛皮が防寒性に優れているらしい。外に出ているラッツォーネの人たちは、みな同じその服を着ていた。


 ズィに連れられて村の奥――といっても数十メートル――まで来たレナたちを、近くの広場で遊んでいた村の子どもたちが見つけて、駆け寄ってくる。


 いつのまに知られてたんだろう。「ゆーしゃ! ゆーしゃ!」と邪気のない子どもたちは、レナとリンの前に立ち塞がって意味もなく勇者を連呼し始めた。それを近くで見ていた大人の村人が苦笑しながら「すみません勇者様……ほら、邪魔しちゃだめでしょ」と子どもたちを引っ張っていく。


「ズィのおっちゃん! けっこんできねーからって、ゆーしゃのねえちゃんにへんなことすんなよ!」

「そーだそーだ!」

「うっせえチビども! ガキは鼻たらして遊んどけ!」

「「べーだっ!」」

「……こどもかわいいなぁ」


 リンが笑みを浮かべながら、ズィにむかって『べーっ』とする子どもたちを見つめていた。


 わからない。

 子どもは苦手だ。どう接していいかわからない。


 広場を通り過ぎると小さな建物があった。その中に入っていくズィ。

 そういえばこの村の建物には鍵がついてないな。閉鎖された村だから、そういうのは必要ないのかな。

 スコップやらバケツやら、木と鉄の匂いがする小屋だった。棚がたくさんあって物が詰め込まれてある。


「よいしょ」


 ズィが取り出してきたのは、ひとつの箱。

 それを近くにあったテーブルの上にドンと置き、中身をバラ撒く。入っていたのはいくつものカード……MACだった。


「この村じゃ、MACはほとんど熱用と光用しか使ってねえ。それ以外のMACは手に入れたらこの箱に入れることになってんだ。他の国でどんだけ価値があるMACでも、うちでは生活に使えなけりゃなんの役にも立たねえからな」

「へえ」


 ここの事情とか、ぶっちゃけどうでもいい。

 それよりもMACだ。

 MACとは魔法。この世界で魔法を使うためのデバイス。

 そしてレナたちは魔法を無条件にすべて使える勇者だ。

 ってことはこの箱に入ってる大量のMACが、ぜんぶ自分が使える魔法ってことになる……。


「興味湧いたか? いまの俺たちにゃ必要ないもんだ。気に入ったのがありゃ好きなもん持ってっていい、とウィ様からことづかってる」

「わ~。ありがと~」


 リンが手を合わせて、ズィの手を握った。

 ズィがガラにもなく赤面してるのは無視して、レナも食い入るようにMACを手にとって眺めた。

 緑、青、赤、黄……四色のカードが入り混じっている。抜群に多いのは緑のMACだ。ぱっと見た限りじゃ攻撃用の魔術が多い。護身用の道具すら持つ必要がない村だと、やはり不要なものか。

 それにしても数が多いな。


「ここにあるMACは、だいたい俺とクォが持って帰ってきたもんだ。俺とクォはときどき村を出てMACを集めて帰ってくる仕事もしてるんだぜ。MACを手に入れて、それを他国で金に変えてそのまま生活用のを買ってくる。それだけじゃねえぞ。ウィ様の千里眼があればダンジョンのなかの貴重なMACも見つけることができるからな。手に入れて、なにかあったときのために保存してるんだ。たとえば他国との外交に使うとかな」

「……外交とか、してるんだね」


 ちょっと意外だ。


「そりゃあラッツォーネは小さいとはいえ国と認められてるからな。大陸のなかの王たちが集まる『大陸会議』っつうのにウィ様は出席しねえとなんねえ。ちなみに、今日の午後から会議だぞ」

「へえ。王ってのは大変ね」

「あんたも来るんだ」

「え? あたし?」


 さすがに驚く。

 めんどくさい……とは言わないけど、いきなりそんな大層なものに出席するなんて、思ってもみなかった。


「なにかしろってわけじゃねえ。〝勇者〟がこの世界に来たことは、おそらくどこの国も知ってるだろうぜ。『知るための魔法』を使えるのはなにもウィ様だけじゃねえんだ。そういうMACもあるしな。あとはどの国が勇者を引きいれたか……それをハッキリさせておかねえとならねえからな。つっても、あんたはただ立ってるだけでいいんだ」


 ようはお披露目会ってわけか。

 実際に勇者を見せて、他の国にアドバンテージがあることをアピールする。それだけでも他国との力関係が変わってくるのだろう。

 ……つまらなさそうな会議だな。


「わたし、これにするよ」


 レナとズィの会話なんてまったく聞いてなかったリンは、一枚のMACを手にしていた。

 ……まあ、ウィのおかげでこの国で安全に生きれるのなら、『大陸会議』くらいは出てやる。

 そんなことよりMACだ。気持ちを切り替える。


「ほう……嬢ちゃん、ほんとにそれでいいのか? せっかく勇者なのに勿体ねえ」

「うん。わたし、これがいいの」

「そうか」


 緑色のMACを大事そうに胸に押し当てたリンだった。

 あとでリンのを見せてもらうことにして、レナも黙って探した。


 炎の剣、隕石を呼ぶ魔術、天気を操る禁術、竜を呼ぶ召喚術……いろんなMACがあるけど、じっさいに使うってなると、なにが必要なのかよくわからない。そもそも勇者っていったってこれから自分たちがなにをするかもわかってないんだ。どんなMACを選べばいいか、まったく見当もつかない。

 レナが迷っているのを見て、ズィが横から手を伸ばした。


「俺が思うに……あんたは妹さんとは違う」


 手に取ったのは、唯一そのなかにあった〝白いMAC〟だった。


「あんたは腕が立つ。勇者だから魔王を倒せ、なんておとぎ話のようなことは今の世界じゃありえねえし、やれ戦争しろとかやれ誰かを殺せとか、そんなことウィ様は命じないだろう。あんたらは兄貴を連れて帰るためだけに、この世界に来ただけだ。なら戦うための魔法は必要ねえはず……だが、あんたは戦うだろう。俺の勘がそう言ってるんだ。あんたは誰かを守るために戦うだろうし、そのときは迷わないだろうぜ。だから必要なのは……」


 手に押し付けられたMACに描かれていたのは、鉄の鎧を着た戦士だった。


【☆☆☆☆☆☆☆ 属性:大戦士 《完全武装(パーフェクトアーマー)》】


 ぞわり。

 と震えが奔った。

 体の奥底から、熱がせりあがってくる。


「…………。」


 初めて触ったはずなのに、そのカードはなぜか手に馴染んでいた。

 腹の底からこみあげてきたのは、これが自分のために作られたような錯覚だった。このカードを手にするために、自分は生まれてきたような高揚だった。


 ……なんだろう、これ。

 楽しい。

 このMACを持っているだけで、触れているだけで……楽しい。


「あ。レナちゃんが笑ってる」


 そんなリンの声ですらも、レナの耳には届かなかった。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



 転移魔法とは。


 任意の場所に移動することができる瞬間移動の魔法。

 この世界のなかでもかなり稀な魔法のひとつらしい。『どこでも好きな座標に転移する』を最上位とし、『特定の座標軸を支配する』『数か所を繋ぐ』『設定した座標情報を召喚する』の順に、下位になっていくんだとか。


 その最上位の転移魔法こそ、レナたちが元の世界へと戻るために必要な魔法だ。あるいは二番目の上位魔法で〝花座標〟――この世界では〝世界座標〟と呼ぶらしい――を転移させても、戻ることができる。

 ズィが持っていたのは『数か所を繋ぐ』転移魔法だった。どこかの金持ちが作った人工ダンジョンに仕掛けられていたのを勝手に持ってきたらしい。四枚手に入れて、ひとつはどこからでも村に帰れるようにズィが持っている。

 村の入口には、そのひとつが埋められているみたいだった。リンクしたMACのもとへと移動する魔法。ウィが『大陸会議』に出席するためにはそれが必要になる。


「……ごめん、MAC選んでて遅くなった。これ、くれてありがとね」


 ベルトで腰に提げた革製のカードホルダーに手をあてる。レナはまだ魔力とかそんなのはわからないけど、そこに〝完全武装〟が入ってることは感じとれた。


「よいよい。主役は遅れてゆくものよ。では頼むぞ、ズィ」

「おう」

「いってらっしゃい」


 レナが手を振る。彼女はクォとともに留守番だ。

 国のトップたちが会する場所だ。万が一……ということもありえる。喧嘩作法や武術を嗜んでるレナならまだしも、リンはさすがに危険だろう。


「〝転移〟」


 ふわりと浮くような感覚。視界が暗転する。

 真っ暗闇を経由して降り立ったのは、どこかの岩場だった。気温はすこし涼しい程度。

 大きな岩がゴロゴロと転がっている。その岩の陰に、レナとウィとズィは隠れるようにして立っていた。こんなところに残りの転移MACのうちのひとつを埋めて隠しているのか。

 なにがここにあるんだろう。

 と周囲を見回わそうとして――


「……わお」


 すぐ目の前にそびえ建っていたのは、巨大な塔だった。


 どこまでも伸びる塔。てっぺんは雲に隠れて見えない。塔の根元は岩場を抜けた先の砂地にあった。建物は太く、一周回るだけで小一時間かかるだろう。

 とっさに岩の上に登って周りを見てみる。岩場の外は森だ。訪れるものに警告を与えるような岩石の壁に囲まれた、砂漠のような場所だった。


「世界最大のダンジョン〝巨塔〟――『中央協会』の本拠地。大陸の中心と呼ばれる場所で、王たちが集う大陸会議もここで行われる」


 あまりに高い塔。はたして何階くらいあるんだろう。こんなもの誰がどうやって造ったのか気になるところだったけど、いつまでも呆けてるわけにはいかない。

 ウィが慣れた足取りで岩の隙間を抜けて歩いていく。ほかの国の人たちは転移魔法を使っていないらしいから、ここまで毎回馬車に揺られてきているらしい。

 しばらく歩いて岩場を抜けてしまうと、もう塔に近すぎて上を見上げても遠近感がわからない。直径数キロはあるんじゃないかってほどの塔だ。なんの素材でできてるのかもわからない……大理石のように光沢があるから、安い石ってわけじゃなさそうだ。


 ダンジョンの入口には、衛兵のような男たちが六人ほど立っていた。

 そのうちのひとりがこちらに歩いてきて、頭を下げる。


「ウィ=メア=ロロ=シュバイン様ですね。お待ちしておりました。お連れの皆様もどうぞ」


 顔パスだ。さすが王。

 扉を開けてもらい、衛兵のひとりが先導して歩く。

 塔のなかもまた広い。まず入口に天井の高いロビーがあり、受付のようなものまである。ダンジョンが会社みたいになってるのには失笑したけど、そこからは道が四つに分かれていた。そのひとつひとつにまた衛兵が立っており、一番右に進む。


「このダンジョンはまだ未攻略らしくてのう。地上307階で攻略をひとまずやめておるらしい。とびきり強い魔獣がそこに棲みついているようでな……どうだレナ、挑戦してみるか? 成功報酬で街が買えるぞ?」

「イヤよ」


 即答しておく。ほんとはダンジョンって響きに魅力を感じてるんだけど、秘密にしておいたほうがいいような気がする。でないと面倒なことになりそうだ。

 衛兵に案内されてついたのはひとつの部屋のまえだった。


「すでに皆様おそろいです。それではよい議会を」


 扉を開けようとした衛兵に、


「――待て。わらわが開ける。チビガキが悪戯しよってからに」


 ウィが先んじて扉を押すと、開いた瞬間に上から大きなバケツが落ちてきた。ウィがひょいと身をかわすと、足元に水が撒き散った。


「……ふざけるのは時と場所を選べと何度言えばわかるのだ、バカ弟」

「年上なだけで姉面するなって何回言えばわかるんだい、真面目っ子」


 部屋のなかには大きなテーブルがあった。

 そこに腰かけていたのは七人。

 老人が一番奥で、入口まで順に七人が並んでいる。

 幼い声が聞こえてきたのはすぐそば――空席のとなりだった。そこには痩せ身の冴えない無精ひげの男が苦笑して座っていて、声の主はその近くの壁にもたれかかっている黒帽子の小さな子どもだった。

 その子どもに呆れの視線を送るウィ。


「真面目もなにも、礼節を欠く場ではないだろう」

「そうやって先人がつくった形骸に縛られてるから、キミはいつまでたってもボクに勝てないんだよ」

「そうやっていつまでも自分勝手なことばかり申すな。ゆえに背が伸びないのだ」

「男の成長期はこれからだよ。まあ、ボクよりすこし背が高いからって大人ぶるウィちゃんは、いつまでたっても可愛いけどね」

「からかうな! それに公の場で、ちゃん付けで呼ぶんじゃない!」


 かすかに顔を赤くして叫ぶウィ。たぶん、素が出てる。

 あれがたぶん、ウィの幼馴染というフルスロットルだろう。王たちが集まる厳格な場で遠慮する気配がまったくない。たしかに偉そうな態度だ。

 ……ってことはあの子どもが兄貴の師匠ってやつか。

 つまり大陸屈指の魔法使い。そうは見えないけど、とりあえず帽子は似合っている。


 じっと観察していると、目が合った。

 にやり、と意味深に笑みを浮かべたフルスロットル。

 レナのことを知ってるのか……気になったけど、会話はできなかった。


「仲がよいのは理解したんですけどねえ、そろそろ席についていただいても構いませんかねえ。あなたのせいで会議が始められないのですよ」


 と、やけにトゲのある口調で発言したのは、奥から三番目の男。

 スキンヘッドの頭に、王冠がちょこんと乗っている王だ。服装は真っ黒だ。珍妙な格好と、皮肉を隠そうともしないその態度は、正直いうと生理的にムリなタイプだ。


「遅れてきたことはお詫びする。なにぶん、事情が事情でな」


 ……しかし。

 レナの視線を引いたのは、そいつじゃなくてその後ろに立っていた護衛だった。

 狐面をつけた、ひょろっとした男。


 見覚えがあるどころではない。きのうの夜中、ウィに殺されたはずの男だ……。


 生きていたのか。それとも別人か。

 わからないけど……それも聞けるような空気じゃない。

 静かになった会議室で、奥の老人がゆっくりと口を開いた。


「それでは『大陸会議』を始めようではないか。とはいっても今回の議題はすでに決まっておる……のう、北国の幼き鎖国王や?」

「そう遠まわしに言われんでも、もったいぶりはせんよミュートシス爺。ご覧のとおり、〝勇者〟を手に入れたのは……わらわがラッツォーネよ」


 全員の視線が、レナに集まった。

 興味、好奇、嫉妬、侮蔑、羨望……いろんな感情がこっちを向いた。あるいは殺意のようなものまで飛び交わされる。


 会議は始まった。


 でも、レナはこの世界の情勢になんて微塵も興味はない。

 退屈な時間になるのは、目に見えていた。


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