Download【3】 王の仕事
芋を蒸かしてチーズをかけたものと、キノコと野菜のスープ。それに塩味の焼き魚が昼食のメニューだった。
初めて食べたラッツォーネの食事は、体の芯からあたたまって美味しかった。ズィのでかい図体からは考えられない繊細な味にすこし食べすぎて、食後はソファで横にならなければならなかった。
「だらしないわね。それくらい軽く食べないと雪国じゃ生きてけないわよ」
自分とほとんど変わらない体型のクォは、ぺロリと食事を平らげていた。
……べつに、この村でずっと生きてくわけじゃない。
そう言い返してやろうかと思ったけど、かといってすぐに出ていくわけでもないだろう。すくなくともこの家に泊まることになった以上は、余計な火種は生むべきじゃない。
大人しく黙っておく。
「じゃ、あたし仕事してくるから」
クォは足元まで隠れるマントのようなコートを着て、分厚い手袋と帽子をかぶって外に出ていった。クォの仕事は、雪下大根という甘い大根を作ることらしい。
ひとりひとりがそれぞれ違った役割を担う。そうやって共存し、村を存続させている。お金というものがない村国。それがラッツォーネだ。
ちなみにズィの仕事は木こりらしい。
似合いすぎてつい笑ってしまう。巨大な体で木々を倒していく姿が目に浮かんだ。
「そう単純なことではないのだレナ。この村は自然に守られている。生きている木を薙ぎ倒すような無粋な真似、ズィがするはずもない。この村の木こりとは、雪山の猛獣どもから身を守りながら自然に倒れ朽ちて乾いた木々を拾い集めたり、周囲の木々の邪魔をする木を見極めて刈り取ってくる、村で最も危険な仕事よ」
「ふうん……で、ウィの仕事はなに? みんなが協力して生きてるんなら、王なんていらなくない?」
「これはなかなか手厳しいの。わらわは無用と申すか」
「さあ。それはあんたの仕事次第でしょ? あたしが決めることじゃないし、ちょっと気になっただけ」
「ふうむ……そう問われてみれば、遠からず近からずよの。王は民を守ることが務め……とはいえこの国は平和でのう。仕事をすることがほとんどないゆえ、わらわはいつも〝サーフィン〟しているのだ。この家に引き籠っての」
つまり自宅警備員か。
この国の王は随分ひまそうだ。
それからレナは、暖炉の前でソファに寝そべりながらウィにいろいろと話を聞いた。
この世界の歴史のこと。魔法の歴史のこと。
そしてこのラッツォーネの歴史のこと。
ラッツォーネが国を名乗り始めたのは、そう昔のことではないらしい。ウィの祖父が隣国の侵略者集団から村を守り、自己防衛のため、隣国と不可侵条約を結ぶために国として独立したらしい。その際には血なまぐさい戦いがあったようだが、わずか数十名のラッツォーネの村人は戦いに耐えしのび、見事独立を勝ち取った。
それからこの村でもっとも力のある者が王となり、村を守ってきたという。
「わらわが王となったのは四年前のことよ。わらわはこの里で生まれたが、幼少のころは自分の魔眼を制御できんでの……村の者を傷つけぬためにもわらわが生き延びるためにも、魔力制御の術が必要だったのよ。そんなころ、この国にふらりと現れた〝変人〟がわらわを育てるといってくれてのぅ……幼少期から九歳までのあいだ、わらわはその男に育てられた」
「変人って……あんたのその話し方もじゅうぶん変じゃない」
「それはいうてくれるな。わらわも自覚しておるのだが……治らんのよ」
にっこりと笑ったウィ。
なんだか面白くて、レナも笑みを浮かべる。
「それでのう、わらわはひとつ年下のチビと共に過ごしたのだが、それがまた生意気なガキでのう。天才的な魔法の才能を持っておったやつだが、四年前、その変人が死におうて……わらわとそのチビガキはもとの国へと戻ったのよ。わらわは魔眼を制御できるようになり、チビガキは大陸屈指の天才魔法使いとして、の」
「……それ、さっき言ってた、兄貴を弟子にしてるってやつ?」
「いかにも。フルスロットル=テルーといういけすかないガキでの……とかく唯我独尊な性格でわらわもいささか手を焼いたわ。あやつめは、いまは南端の国で教師なぞやっとる……いまは授業中かのう。ぺらぺら歴史の解釈について論じておる。いつ視ても偉そうなやつよ」
〝千里眼〟を使ってるのだろう。片目を閉じているウィは唇をとがらせながらも楽しそうだった。
……そうか。ってことは、いまウィが視てる映像の近くに兄貴がいるってことだ。
「お兄ちゃん視えるの!?」
食いついてきたのは、やっぱりリン。
「わらわは視ようと思えばいつでも視える。そのような眼があるゆえにな」
「ほんと!? お兄ちゃんに会わせてウィちゃん!」
「慌てるでない……おぬしらの都合があるように、トビラとやらの都合もあるようなのでな。それに会ったところでおぬしらになにができる? もとの世界に戻ることもできずに会おうが、身を守る術もこの世界の情勢も知らぬおぬしらでは、ただの足かせになるだけであろう」
「ううう……でも……」
キツイ言い方に、リンが不満そうに頬をふくらませた。
確かにその通りだ。
「リン、あきらめなさい。あたしたちじゃいまの兄貴の力にはなれない。まずはもとの世界に戻る方法を見つけてからよ。もしそれが見つからなくても、会うのはあたしたちで兄貴を守れるようになってから。……それに、兄貴のお荷物なんて、死んでもイヤ」
連れ戻しにきたくせに、この世界で生きてる兄貴の足をひっぱることになったら元も子もない。せめてこの〝勇者〟としての立場を上手に使い、生きる力を得てからだ。
しばらくリンはむくれていたけど、ちゃんと納得してくれたようだ。
ウィがまた話を戻して、ラッツォーネとウィの過去を続ける。育ての親が死んで王になった日のこと。大陸中を三体の召喚獣が襲い、ラッツォーネだけがその災いを免れた日のこと。
いろんな話を聞いていたら、いつのまにか夜になっていた。
それほど夕食の量は多くなかった。固いパンと、肉の入ったクリームスープ。肉はすこし臭かったけど、脂身がやわらかくて溶けるようだった。
陽が完全に落ち空が曇りだしたころ、この村は眠りについた。
リンとふたりで寝室を与えられ、ベッドに入る。リンはいつもよりいろいろはしゃいだので疲れたのか、すぐに寝息を立て始めた。あまり考えすぎるのはよくないと思うけど、リンみたいに不用心なのもどうかと思う。
レナは毛布にくるまって、この魔法世界の一日目を終えた――
――カタリ。
物音が聞こえたのは、すべてが寝静まった夜中だった。
窓の外から聞こえてくるのは、山から吹き下ろしてくる風の音だけだ。薄い雲が月を隠し、外は闇に沈んでいる。村のところどころにある木の台に炎が灯っているから真っ暗ではないとはいえ、明るいとは思わない。
気配に気づいたのは、寝ながらも無意識に警戒してたからだろう。
もちろんウィやズィ、クォのことを信用してないってわけじゃない。見知らぬ世界に落ちてきて安心して眠れるほど、レナの神経が太くなかっただけだ。
「……リン?」
はじめは双子の妹かと思った。
でも隣のベッドで寝るリンは、布団にくるまれてすやすやと寝息を立てていた。隣の部屋からはズィの豪快ないびきが聞こえてくる。
誰だろう。
そっとベッドから降りて、靴を履く。
音を立てないように部屋の扉をそっと開けると、小さな影がリビングから外へ出ていくところが見えた。
……ウィだ。こんな夜中に、どこにいくのか。
レナは息をすこしずつ浅くし、体温を下げて全身のよけいな力を抜いた。
気配を殺すと、もらったコートを着て部屋をでる。ラッツォーネの村で作られたコートは薄くて軽く、そして防寒性が高い。さすが雪国だ。
そっと家を出ると、村の入口――森のすぐそばで立っているウィの後ろ姿が見えた。
なにしてるんだろ。
つい近くの家の陰に隠れた。雪で足音が立たないように、ゆっくりと体重を移動させて家を回りこんで近づいていく。
「――月の居ぬ闇夜に紛れて散歩とは、ちと風情に欠けるのう。おぬし、何者よ?」
ぴたり、と足を止める。
物陰からそっと覗いてみると、ウィの横顔がちらりと見えた。
ウィが話しかけたのはレナに対してじゃなかった。
「おやおや……バレていましたか」
森からそっと姿を現したのは、ひょろりと背の高い男だった。
狐の仮面をつけている。厚いコートのいたるところに雪が付着していた。まるでこの夜中に山を越えてきたとでもいうように、雪にまみれていた。
「その狐面……見覚えがあるのう。どこぞの国の祭りで売られていたものよ」
「ええ。その祭りに国外旅行にいったとき、買ったんですよ」
「埒外なことを申すな。おぬしらの国が、祭りに他国の者を招待するような場所であるわけがなかろうに。わらわの眼は誤魔化せぬぞ?」
「……まるで見てきたような態度ですね……仰るとおり我が国の祭りは、こんな田舎の者を呼ぶほどに落ちぶれてないはずなのですが」
「言うたな?」
ざわり、と肌が何かを感じとった。
「もう一度問う……おぬし、何者よ?」
「ただの通りすがりですよ。そういうあなたこそ こんな夜半に雪遊びですか? 王ともあろう者が」
「わらわの村へ慮外者を招いた覚えはないんでのう。むろん、遊びではなく……王の仕事じゃ」
問答はすぐに終わった。
そこからは、なにが起こったのかわからなかった。
狐面の男が懐に手をいれて赤いMACを取り出したその瞬間、ウィの両眼が赤く輝いた。
男の手にあったMACが音を立てて蒸発するのと同時、こんどはウィの目が白く輝く。周囲の雪が触手のように動き、男に巻きついていく。ぐるぐると雪の触手が男の全身を包み込むと、メキメキとなにかが砕けるような異音が夜の山に響いた。男がなにか叫び声を上げようとしたが、雪に埋もれてかすかな呻きにしかならない。
そのまま雪が男を絞めあげ、完全に封殺すると、雪の表面にはすこしずつ赤い染みが広がっていく。
最後にミシリ、と音をたててできあがったのは、真っ赤な雪柱。
それがなにを意味するかは……説明されなくてもわかる。
狼が啼くような風の音が、山に吹き荒れる。
あっと言う間だった。
戦いといえるほどではない。
圧倒的な力による、異物の排除。
「……して、わらわから隠れるなどという行為は無意味だと理解したでおろう……レナよ」
やはり、視られていたか。
レナはおとなしく家の陰から身を出した。
ウィはこちらを向いていた。その眼は光っていない。
でも、いつでも逃げれるよう、注意だけは怠らない。
「そう警戒するでない。おぬしらはわらわが招いた客人……さきの者は、不埒な目的で侵入を試みた他国のうつけ者よ。そやつに恨みはなかったが……民を守るためゆえ、手加減はせなんだ」
「……そう。それならいいけど」
王を名乗るのは伊達じゃなかったってことか。
王の仕事は民を守ること……ってことはつまり、ウィはこの村で一番強いのだ。さっきの一瞬だけでわかった。
「されどもおぬし、よほど肝が座っておるではないか。いまのわらわの所業を見て動じることなく逃げ道を探るなど……並大抵の少女にできることではないぞ? 千里眼といえど、人の心だけは視えんでな……おぬしのなかに、なにが眠っておるのやら」
「べつに、なにもないし」
まるで人を化物みたいに。
レナはただ心を殺すのがうまいだけだ。感情を殺し、自分を制御する術を身につけてるだけだ。武術を学んでいたころに、それを身につけた。でないとキツイ鍛錬に耐えられなかっただけ。
怖くても、怖がらないだけだ。
「あたしはただ、自分の感情を御せるだけ」
「それが最も難しいのだが……さすが勇者ということか」
どう言われようが構わないけど、褒められるようなことだとは思わない。感情を殺せるということは、感情を無視できるってことだから。
ウィが感心したようにうなずくと、ちょうど空の雲が流れて月が出た。
銀色の光が雪を反射して周囲がぱあっと明るくなった。
月光を浴びて長い髪を煌めかせて歩いてくるウィ。うっすらと浮かべた笑みは可憐で美しく、背後の赤い雪柱はウィの絶対的な力を物語っていた。
……なるほど。まさしく王だ。
レナはようやく実感した。
「さてと。せっかくの静かな夜よ……もうひと眠りするとするか。のうレナよ」
「そうね……こんどこそ安心して眠れそう」
「任せておけ。おぬしらの今宵の身の安全は、わらわが保障してやるぞ」
家に戻りながら、胸をドンと叩くウィ。
……どうやら皮肉は、通じなかったらしい。




