Falling【3】 騎馬戦
「リュードくん! 抜けたら隠れられる場所を探して!」
『ヒィイン!』
すぐに森の道を抜け、草原に戻った。
リュードの背中に乗った俺とフィアは、視線を左右に巡らせる。
見渡す限りの大草原。空は広く、対岸の森までは急いでも一時間はかかるだろう。
「――っ!」
予想はできていた。というか、さっき見たばかりだったのだ。
なだらかな丘があるだけだ。俺はもちろん、フィアだって隠れる場所があるなんて希望を本気で抱いていたわけじゃないだろう。リュードもそれはわかっていたらしく、そのままわき目もふらずにまっすぐ加速する。
「逃がすなよ!」
「「へい兄貴っ!」」
後ろから声が聞こえて、ちらりと振り返った。
帯剣した男たちが三人、馬に乗って森から飛び出してきた。
盗賊の男たち。ひとりは屈強な体格をしていて、髪を剃っている。その兄貴と呼ばれた男の前には少し小柄なふたりの男。細身の男と、太った男。体形は違うがどことなく似ている。
盗賊たちの馬はみるみる距離をつめてくる。フィアが言っていたとおり、リュードは足がそれほど速くないらしい。くわえて二人騎乗しているからもあるのだろう。相手の馬のほうが圧倒的に速かった。
草原を駆けるリュード。
すぐにその斜め後ろについたのは、先頭にいた細身の盗賊。
そいつは懐から、緑色のカードのようなものを取り出した。
またカードか。
さっきの〝スキャナMAC〟とは違うようだが……なにか嫌な予感がする。
俺が眉をひそめると、盗賊の男はそのカードをこちらに向けて、叫んだ。
「――〝業火の槍〟!」
カードが光る。
その瞬間、カードから膨れ上がったのは赤い炎熱。
鋭く尖った火の塊が生まれる。薄いカードから吐き出された炎の槍は、猛烈な速度で俺たちに迫ってくる。
「リュードくんっ!」
リュードがすばやく身を横にかわした。すぐそばを火のうねりが前方にむかって飛んでいく。
俺の腕をわずかにかすめて、熱かった。
――なんだいまのは?
驚いて振り返る。
魔法……といったか?
カードゲームのカードが実際に使えるような。
そんな現象だった。
すると男がまた、同じ動作をして、
「〝業火の槍〟!」
「〝清めの衝波〟!」
フィアが後ろにむかって、こちらも緑のカードをかざした。
輝くふたつの緑のカード。
またもや迫ってきた火は、リュードに当たる直前、見えないなにかにぶつかったように消えた。四散した炎たちが地面に落ち、草をじりじりと焼く。その上をすぐ盗賊たちが乗った馬が踏みしめ、蹄の跡を残して草原を駆けていく。
「キャンセルカードか。レアなもんを……兄貴っ!」
「ああ――〝魔弓雨〟!」
いつのまにか、兄貴と呼ばれている男の馬が、先頭の男の逆側でリュードと並走していた。
男は緑のカードを前方にかざして光らせる。
が、今度はなにも起こらない……不発か?
「ちがうっ! リュードくん、上です!」
空を見上げると、光が降ってきた。
青空から降り注いでくる輝く矢の雨を、リュードはギュンと速度を上げて体を左右に振り、隙間をすりぬけるようにして避ける。
避ける。避ける。すべて避ける。
「……っ!」
最後の一筋だけは俺の足をかすめて落ちた。
焼けるような感覚。だが、見た目はなんともない。神経だけが傷つけられたような鋭い痛みだった。足が痺れてくるようだ。つい足を押さえる。
盗賊の男は口笛を鳴らした。
「ハッ、すげえなその馬!」
「こんどはこちらから行きますよ! 〝妖守唄〟!」
フィアが取り出したカードが輝いたかと思うと、こんどは盗賊たちの馬が減速し始めた。馬たちのまぶたが閉じかかっている。
「眠り効果か? 馬鹿らしい……〝覚醒の雄叫び〟!」
男が返すようにカードを使うと、馬の速度が戻った。
いや、むしろさっきよりも速くなっている。
「おいまえら、あれをやれ!」
「「へい兄貴!」」
ふたりの男は馬をまっすぐに走らせた。
リュードを追い越し、そのすこし斜め前で左右にわかれ、ちらりとこっちを見る。なにかしてくるのかと思いきや、しかしこっちの様子をうかがって馬の速度を保った。
挟まれている。
だが、方向を変える余裕はない。
〝兄貴〟はそのままカードをかざして、
「〝翡翠の飛礫〟!」
尖った石が、散弾銃の弾丸のようにいくつも発射させられた。
「避けてリュードくん!」
『バルッ!』
「痛てっ!」
俺の腕や足に数本の石がいくつか刺さるが、なんとか避けきる。リュードは速度こそ遅いものの、瞬発力が素晴らしい。なかなか当たらない攻撃に〝兄貴〟は舌うちする。
「ふぅ、なんとか避けれてますね、いいですよリュードくん!」
「俺に当たってるのはノーカンなのかっ!?」
叫びは無視された。
しばらく牽制しあうように距離を取って並走するリュードと、〝兄貴〟の馬。
そのとき、前方で走っていた子分ふたりの男が懐からカードを取りだしたのを、俺は視界の端で捉えた。さっきからチラチラとこちらを振り返っていたが、なにもする気配がなかったので忘れかけていた。
フィアは〝兄貴〟のことを警戒して、気付いていない。
ヤな予感。
「「〝業火の幻海〟」」
『ヒイィイイイイイイン!』
前方が炎の海と化した。
とっさに急停止するリュード。
「惑わされないでリュードくん! 〝清めの衝波〟!」
フィアが慌てて前方に向けてカードをかざす。火の海は煙のように消えて、リュードはすぐに走りだした。
……だが。
「捕らえたぜ」
「っ!」
ときすでに遅かった。
「止まれ」
いつのまにか接近していた〝兄貴〟は腰の剣を抜き、フィアの喉元に突き付けた。
〝兄貴〟はリュードを睨みつける。言葉のない威圧に、リュードは背中の主人のことをチラリとうかがったが、フィアは悔しそうに下唇を噛みながら手綱をゆるめた。
リュードはゆっくりと減速していき、足を止める。
盗賊たちにうながされるがまま、俺とフィアは大人しく草原に降りるしかなかった。
盗賊たちは三人で、俺とフィアを囲んだ。
草原のど真ん中だ。逃げるところも隠れるところもない。
見事につかまってしまった。なにがなにかよくわからない。カードが魔法で魔法がカードで、それを使って攻防をくりひろげたのはわかった。
とりあえずおとなしくしているべきだろう。俺は両手をあげておく。
盗賊たちはなにかを警戒しているのか、まだこっちに触れようとする気配はない。
そのうちのひとり――体が大きく兄貴と呼ばれるボウズ頭の男――が、フィアを見下ろした。
「動くなよ」
「金目のものは渡しますので、どうかわたしたちの命だけはご勘弁を――」
「動くなってんだろ!」
リュードの鞍に提げた麻布袋に手を入れようとしたフィア。
その瞬間、兄貴が恫喝した。フィアの手はぴたり止まる。
「その手は喰わねえ! おおかた召喚獣MACでも使おうとしてるんだろうが、そんな真似はさせねえ。おい、おまえら」
「「へい、兄貴」」
子分ふたりが馬から降りて、リュードの鞍を外して抱えた。
ひとりが袋に手を入れる。
「っひょお。兄貴、すげえッスよ。〝光帝〟の召喚獣だぜ! こりゃあ高く売れる!」
「っ……卑怯ものっ! MACが欲しいのなら、正々堂々と決闘しなさい!」
フィアは、子分が手に取った赤いカードを見て、金切り声をあげる。
さっきから使ってるカード……どうやらMACと呼ぶらしい。
ようやく兄貴は馬を降りてきて、鼻で笑った。
「バカかおまえ。こちとら奪い取るのが仕事なんだよ。ガキの遊びに付き合うひまはねえ」
盗賊のいうことはもっともだ。
だからこそ盗賊と呼ぶ。
「それより、だ。おいボウズ」
兄貴はなぜか、俺に向き合った。
こちとらなにも話してないし、用はない。おとなしく空気のように気配を消していたつもりだったが、どうやらバレてしまったようだ。
しかし、ボウズか。
「……なあフィア、これって返事した方がいいのか? ボウズ頭ってこのオッサンのことだろ? あれ? オッサンだよなボウズ? あ、ボウズは俺だったか。ボウズ頭はオッサンで、俺はボウズで…………なあオッサン、ややこしいからハゲでいい?」
「ぷっ」
フィアが吹き出した。
「……おまえ、緊張感ねえな」
「あ、あなたに言われたくありません!」
「黙れてめえら」
唸るような低い声に、押し黙る俺とフィア。
「冗談はほどほどにしとけ。それよりおまえ、情報になかったやつだな。なにもんだ?」
「……さあ。俺にもさっぱりわからん」
俺は即答する。
じっさい流されるままいまの状況になってるのだ。
だが男はその答えを挑発と受け取ったのか、剣を俺の首元につきつけた。
「……ふざけてんのか?」
「ほんとうです! 彼は記憶喪失で迷っていたんです! だから金目のものもなにも持ってません、手は出さないで!」
「そうか? ……スキャン」
男は懐からスキャナMACを取り出して使うと、「ああ」と納得したようだった。
「にしても没落貴族かボウズ……かわいそうなことだな」
「ん? そんなにヤバいのか、それ?」
まさか盗賊に哀れまれると思わなくて、訊き返す。
男は息をついた。
「ほんとうに記憶無くしてんのか。……没落貴族ってのは、権利すべてを剥奪された貴族だ。つまり平民以下……奴隷ってことだな」
「奴隷は国が禁じてます!」
「なら、そこいらの野良犬と同じってことだろ。ようは役立たずってことだ」
「……そうなのか」
なるほど。それはたしかにかわいそうだ。
だがまあ、そこまで属性とやらが大事なのだろうか。
「とまあ、そんな話はどうでもいいんだ。ボウズもボウズだが……てめえもかわいそうになお嬢様。同情するよ」
「……どういうことですか?」
「そのまんまの意味だ」
鼻で笑う男に、フィアは眉根をひそめた。
「……さっきからなんですか? あなたたち、盗賊でしょう?」
「ああそうだが、ただの盗賊じゃねえんだよ。旅人風なお嬢さん」
「わ、わたしだってただの旅人じゃありません! 油断してると噛みつきますよ!」
「おお怖い怖い」
男がおどけたように方をすくめると、子分たちが笑った。
ぐ、と歯噛みするフィア。
「たしかに油断すりゃ隙をつかれるかもしれんのは道理だな」
「……そうですよ」
「じゃあまずは逃げられないよう……馬を殺しておいてやろうか?」
「リュードくん!」
フィアが即座に叫んだ。
リュードはフィアと目を合わせると、わずかにうなずいて、すぐに走りだした。
「「兄貴っ!」」
「まあまておまえら。馬なんざ放っておけばいい」
子分ふたりが馬にまたがって追おうとすると、兄貴がそれを止めた。
リュードは颯爽と草原を駆けて森のなかへと逃げ込んでいった。
消えたリュードの姿を見送って、フィアがほっと息をつく。ほんとうにリュードの身を案じていたのがわかる。
兄貴はフィアの髪の毛をガシッと掴んで、持ち上げた。
「うっ」
「……逃亡の可能性を捨てて愛馬を逃がすなんて、泣かせてくれるじゃねえか。まあ、こっちにしても手間が省けたのは助かるがな。だが、それとこれとは別だ。これ以上なにかしようもんなら……あのガキを殺すぞ」
剣先をまたもや俺に向けた。
フィアは沈黙する。
俺はなにもできないまま、ふたりのやりとりを眺めているしかなかった。
おとなしくなったフィアを見下ろして、懐からもう一枚、黄土色のカードを取り出した兄貴。
黄土色……またスキャナMACだろうか?
「〝チェーンロープ〟」
つぶやいた瞬間、MACは長い鎖に変化した。
動くに動けない俺とフィアは、ひとつの鎖で背中合わせに拘束される。フィアが悔しそうにしていたけど、どうしようもなかった。
兄貴はもう一枚黄土色のMACをとりだして、地面に投げつけた。こんどは手押し車のような荷台が現れる。
もうなにも驚くまい。カードが魔法になっているのなら、そういうものなんだろう。
それを馬の一匹にくくりつけて、荷台に俺たちを投げ込んだ。
「ふべっ」
フィアの下敷きになる。ついつい、うめいてしまった。
俺の上にのったまま、フィアが男を睨んだ。
「わたしたちをどうする気ですか? 金目のものはそれだけです」
「はっ。誰が金目的だと言った? そろそろ気付いても良い頃だぜ」
「……どういうことです?」
フィアが怪訝に問うと、男はニヤリと笑って吐き捨てた。
いやみったらしい、丁寧な口調で。
「まんまと騙されてこんなところまで足をお運びになられたあなたには、深く同情申し上げます。ただ、国の経済危機のためかどうかは存じませんが、指示された通りにひとりでこんな辺鄙なところまで赴くなんて、いささかご自分の立場をわきまえてらっしゃらないようですね? そうでしょう…………フィオラ=リッケルレンス王女殿下?」
フィアが息をのんだ。
馬がゆっくりと進みだして、俺たちは縛られたまま、草原を運ばれていく。