Falling【X】 謎の美少女と肝試し・前篇 ★
二章のまえに閑話です。
前後篇の二話です。
寮の前に、珍しい花が咲いていた。
「……なんだこれ?」
俺――鳶羽トビラがその白い花に気付いたのは、夏季休暇に入るすこし前のことだった。
学年末テストもすべて終わり、あとは休暇まで成績が出るのを待つだけだ。学生は長い夏季休暇をどうすごそうかと頭を悩ませ、教師は成績処理に頭を悩ませる。
とはいっても俺は悩むようなこともない。レシオンが実家に帰るあいだ師匠の世話をしなきゃならねえし、他にすることもないからだ。
その師匠も悩むようなこともなく一日ですべての生徒の成績を処理し終えて、いつものように部屋に籠っていた。
授業が短くなったからヒマな時間が増えた。同じくヒマそうだったリコリスを連れて、学校の敷地のなかを散歩していたとき、帰ってきたら寮のすぐそばに小さな花が咲いてることに気付いた。
指先ほどに小さな白い花。
たんぽぽのような大きさで、ミクロの細かい花弁が数百枚重なっている。
綺麗だ。
「リコ、見たことあるか?」
「ううん。初めて見た」
俺の肩のうえで、リコリスは首を振る。
森に住んでたリコリスでも見たことないのか。
そこまで花に詳しくないけど、なまじ無知ってわけでもない。有名な花言葉や季節の花くらいならけっこう知ってるし、家族旅行にいったとき、豪邸の憐美なガーデニングに心動かされたこともある。花はいい。心を癒してくれる。
この世界独特の花なんだろうか。
そう思いながら、すこし茎を触ってみた。
「うおっ」
ポロリと茎の根元から折れてしまった。なんて脆い茎だ。
わざとじゃないけど、罪悪感。
こうなってしまえばすぐに萎れてしまうだろうけど、手折ってしまった責任はある。
俺はその白い花を胸ポケットにいれた。
「トビラ、すっごく似合うよ!」
「そうか? ありがとな」
リコリスの頭を指先で撫でる。はにかんで笑うリコは天使。
そのまま寮に入り、リビングで休む。
しばらく本を読んだり寝転んだりして過ごしていると、「先に外行ってるぜ」とレシオンが声をかけて出て行った。そろそろ日課の格闘訓練だから、俺も服を着替えないと。
白い花はリコリスにあげて、俺はレシオンと組み手を始める。
最近はほとんど負けなくなってきた。もともと筋は良かったらしい。そういえば妹の片割れ――レナは格闘技がかなり得意だったっけ。同じ血が流れてる俺も、へたくそじゃないようだ。
いつものように訓練を終えると、俺は風呂に直行した。
そのときにはもう花のことは忘れていた。
↓↓
↓↓↓↓
「……肝試し?」
「そうです、肝試しです」
夏季休暇を翌日に控えた終業式の日の朝、俺はフィアに呼び止められていた。
なぜかフィアに呼ばれるのは決まって中庭だ。
この中庭にはなにかある……いや、まあふつうによく通るだけなんだけどさ。
朝、寮を出て教室に向かっていた俺を、フィアがここで待っていた。
いつみても制服をキッチリと着こなし、淡い青を帯びた銀髪のツインテールを背中側に流している。いつ見ても真面目な王女様だ。
「聞いてませんか? トビラがくるずいぶん前から、フルスロットル先生と計画してたんですよ。せっかく夏の最後の学校なんですからみんなを集めて楽しく肝試しでもしませんか? って」
「いや、聞いてねえ……」
師匠が忘れてるのか、わざと言ってないのか。
たぶんわざとだな。
「じゃあいま言いますね。本日の午後三時、時間に余裕がある生徒は敷地内の林を抜けた先――学生寮のまえに集合してください。もちろんトビラは来ますよね?」
「……え? なんで?」
そのあいだどこで時間潰そうかと考えてたら、フィアに首をかしげられた。
「なんでって、もしかして来ないんですか?」
「ああそうしようかなぁと」
「なるほど。トビラはチキン……と」
メモとりやがった。
「あのな、べつに逃げてるわけじゃないから」
「この肝試し、死者が出ますよ?」
「前言撤回します!」
「もちろん嘘ですってば。だから逃げないでください」
後ろ向いたら襟首をがっしり掴まれた。
首が苦しい。
「それで、来ますよね?」
「……来なさい、だろ?」
「まあ、そうともいいますね」
おおかた、あまり人数が集まってないんだろう。
いくらフィアの計画だとはいえ夏季休暇の前の日だ。他のやつらもわざわざ学校に残るよりも、街に出たりして遊びたいはず。
寮のまえでぽつんと寂しくみんなを待つフィアを想像して……いたたまれなくなった。
「わかったよ」
「ありがとうございます!」
ぎゅっと両手を握られる。大袈裟なやつだ。
通りすがりの女子生徒ふたりがこっちをみてヒソヒソと話をしてた。なんだ。
それより肝試しなのに寮に集まるのはなんでだ。しかも真昼とは。
「フルスロットル先生が、寮を肝試し会場につくりかえてくれるらしいんです! 先生の大がかりな魔法が見れるのも、今回の目玉ですよ!」
「ふうん」
あの生意気な子どもが進んでなにかを披露するなんて、ちょっと怪しいけど。
そう思ったけど言わないでおく。ああ見えても、師匠はフィアのいうことには素直に従うようで、俺が弟子入りしたのだってフィアが頼んだからだ。意外とこの王女様には弱いのかもしれない。
そういえば肝試しなんていつぶりだろう……思い返そうとして、やめておいた。なんか十年は記憶を遡らないとダメな気がする。小学生の後半には、親がそういうとこに連れてってくれなくなったのだ。三歳離れた妹たちはさぞかし寂しかっただろうな。ゲーム機も買ってくれない家だし。
……ああ、家が懐かしい。
「……あれ?」
俺が軽いホームシックにかかっていると、フィアが俺の背後を眺めて目をぱちくりとさせた。
「どうした? 絶世の美少女でもい――」
「トビラっ!」
ドゴッ!
振り返ろうとしたら、背中から追突される。
猛烈な勢いだったらしく、俺はフィアにぶつかってそのまま地面をごろごろと転がる。後ろからとびついてきたやつも混じって三人で転がった。
「いってえな……だれだ?」
勢いが止まると、俺はうつぶせになったまま背中を振り返る。背中に誰かがしがみついているけど、顔が見えない。ていうか重い。
「トトトトトトビラッ!?」
「ん?」
裏返った声がすぐ耳元から聞こえて、前を向いた。
……目の前には、フィアの顔。
至近距離だ。鼻と鼻が触れ合うほどの近さだった。唇はギリギリ触れていないけど、良い匂いがする。
顔を真っ赤にしたフィアを、俺が押し倒しているような格好になっていた。
もちろんそんなつもりはない。背中のやつが邪魔でどけないだけだ。
「こっ、こっ、ここここんなところでファーストキスはダダダダメです! するならもっと雰囲気のあるところじゃないとせっかくの想い出が!?」
「意味わかんねえぞ落ちつけ……おい後ろのやつ、誰だか知らんがどいてくれ。フィアが茹であがっちまう」
「はーい」
と。後ろのやつが離れて、ようやく俺は起き上がる。
服についた砂を払いながら、そいつを見てみる。
一瞬、誰かわからなかった。
緑色のショートカットの髪がよく似合う美少女だった。
年齢は十五ほどだろう。俺の妹たちと変わらない年齢だ。リボンをつけたシャツにカーデガンを羽織っていて、可憐な花が咲いたような笑顔を浮かべていた。
初めてみた。
転校生だろうか……と疑問に思ってから、ふと気付く。
「まさか――」
「トビラっ!」
なんの迷いもなく、抱きついてきやがった。
ぽかんとしたのはフィア。
見知らぬ美少女に驚きながらも、すこしだけ不快そうな顔をしかめた。
「……あなた、誰ですか? この学校の生徒ですか……?」
「えへへ」
少女は照れたように笑いながら、俺の胸に顔をこすりつけてくる。
フィアは無視されたのに腹が立ったのか、頬をふくらませた。
「ちょっと、ここは部外者は立ち入り禁止ですよ! とりあえず職員室にいきますから、トビラから離れてください!」
「やだ!」
「離れてくださいっ!」
フィアが少女の腕を掴んで、引きはがそうとする。
少女はがっちりと俺の体に腕をまわしたまま抵抗する。
ぐいぐいと込められるふたりぶんの女子パワー……ふつうに痛いんだけど。
「トビラも抱きつかれて鼻のばしてないで、手伝ってください!」
「鼻はのびねえよ」
いや、まあフィアが心配するのはわかる。この学校は基本的に部外者が立ち入れないようになってるから、見覚えのない少女がうろうろしてたら不安になるのだろう。
でも。
「……いいんだよ、フィア。そりゃあ部外者っちゃあ部外者だけどさ」
「なんでですか!?」
俺はキッと睨んでくるフィアにすこし気圧されながら、緑色の少女の頭をぽんと撫でた。
いつものように。
「フィアだって知らないやつじゃない……そうだろ、リコリス?」
「うん! リコはリコだよ!」
うなずく少女は、やっぱりいつもの妖精の笑顔だった。
<後篇へ続く>




