Falling【33】 花座標
息絶えた狒々典の体は湖に流しておいた。
いくら魔獣といえど、彼は彼なりに守りたいものがあったのだろう。強欲でその身を焦がさなければ、エヴァに返り討ちになることはなかったはずだ。
メイツ=トッテナンは狒々典の亡骸が浄化され消えていく湖に、黙祷を捧げた。
エヴァがその隣で静かに湖を眺めている。
「――さすが天獅エヴァルル、といったところでしょうか」
後ろの湖を囲む森からガサリと音がして、振り返った。
そこから草をかき分けて出てきたのは古めかしいマントを丸い体に巻きつけた男。
中年太りして、頭のてっぺんが禿げている。柔和そうな表情でニコニコ笑う表情は、どこにでもいるただの旅商人のオジサンみたいだった。
「……だれ?」
いきなり現れた闖入者をエヴァが睨むと、その男は慌てて手を振った。
「ああ、そう警戒しないでください。私は〝中央協会〟に勤めているトレモロ=トリメロと申します。ええ、ただの協会員ですよ」
中央協会といえば、さすがのメイツも覚えている。
このミュートシス王国の東にある〝巨塔のダンジョン〟に居を構える、大陸最大の組織だ。魔法研究のための非営利組織で、各国の研究者があつまって日々魔法の進歩に力を注ぎこんでいるらしい。大陸内に流通しているMACの99%がこの中央協会でつくられているものらしいんだけど……。
「その中央協会が、僕たちになんの用ですか?」
「いえいえ。あなたたちに用向きがあったのではなく、〝鏡の海〟に潜られたフルスロットル大先生にお話を、と思って足を運んだのですが……偶然目撃して、つい驚いてしまったわけです」
「あ、そうでしたか」
それなら気にすることもない。
ニコニコ顔のトレモロという男は、ハンカチで額を拭いて「いやーいまのはすごかったです」と感心していた。
たしかにすごかったけれど、エヴァの表情が曇っていくのがわかったので、メイツはエヴァの手を引いてその場を離れようとした。
なんとなく、そうしたほうがいいような気がしたのだ。
「ああ、ちょっと待っていただけますかな?」
トレモロが呼びとめる。
メイツとエヴァは足を止めた。
「天獅エヴァルルさん、すこしだけお尋ねしたいことがありまして、よろしいでしょうか」
「……なに?」
「我々〝中央協会〟が憎いですか?」
「……なぜ?」
やぶからぼうになんだ。
いきなりの質問にいぶかしむエヴァとメイツ。
するとトレモロは
「失礼ながらお話は聞かせて頂きました。さきほどあなたは、人間が憎いのか、という質問に〝わかってない〟と答えていましたね? では我々中央協会のことは、お嫌いではないということでよろしいでしょうか」
「興味もないよ。人間のつくった集まりなんて」
「それはよかった」
トレモロはまたハンカチで額をぬぐう。
エヴァが中央協会になんて興味がないのは、たぶん本当だ。魔法が使えない天獅にとってMACなんて不要でしかない。
でも、それでトレモロが喜ぶ理由がわからない。
エヴァも疑問に思って、首をかしげた。
「……なにが言いたいの?」
「我々中央協会と手を組みませんか?」
トレモロが、手を広げた。
「我々の研究には様々なものが必要になってきます。たとえば資金、たとえば人手、たとえば知識……そういったものをそろえるために、一日の大半が削られる。外から見ると、我々研究者がただ研究だけすればいいと思っているかもしれませんが、じつのところは違う。一日ほとんどは外回りの仕事――営業です。資金を集め、有望な人材をスカウトし、そして勉強する。研究開発にろくに手が回らない月もある」
「……ぼくには関係ない」
「まあ聞いてください天獅さん。……我々にとって即物的に魔法を進歩させるものがあれば一番いいのですが、そうはいきません。地道な作業です。ここ数年はフルスロットル大先生につきっきりですが、ほとんど彼の魔法理論を参考にすることはできていません。……しかしです。しかし、即物的と言わないまでも、いろいろなダンジョンにはそこ特有の魔法や罠が掛けられています。中央協会が管理してる隠しダンジョンにも、まだ見たことのない魔法技術が眠っているときがあります」
それはたしかにそうだ。
ダンジョンは誰かしらが造りだしたものだ。古いものだと、そこに強い魔獣が住みいたり、ときには狒々典のような独自の魔法を使えるやつも生まれてくる。そういった場所を研究すれば、なにかしらのプラスにはなるだろう。
「……それで、ぼくにどうしろと?」
「ダンジョン攻略を依頼したいのです」
トレモロは拳をぐっと握り締めた。
「我々は研究者。ダンジョン攻略は不得手なのです。しかし〝天獅〟のあなたがいれば百人力です。あらゆるダンジョン攻略が可能になるでしょう。だからどうか、そのお力を貸していただきたい」
「……ぼくにメリットがないよ」
呆れたようにいうエヴァだった。
しかしトレモロは笑みを浮かべたままだった。
「……私が思うに、あなたは数年前、不本意ながらこの国に召喚され、そこにいた者から敵だとみなされて攻撃されたために、その者を返り討ちにしてしまった。……違いますか? それからは話にも伝わっているとおり、あなたは〝人間の敵〟とみなされ、あなたに向かって攻撃を仕掛けたこの国の兵士たちを皆殺しにしていった。あなたが逃げた先々でもその騒ぎは伝わっていたため殺しにかかってくる人間たち。ただあなたは自分の身を守るために殺戮をして歩いていただけ……向かってくる虫を払う人間と同じように」
「…………。」
エヴァはうつむいた。
トレモロは静かに語りかける。
「さきほど、あなたは〝人間に恨みはない〟と言いましたね? 人間に恨みはないけど殺してしまった。言動から察するに、あなたはそのことを悔いている。その悔いは、決してぬぐえるものではない。自分を攻撃してきた人間もまた身を守るためだった。その悔いは決して溶かすことはできない」
そうだったのか。
メイツがエヴァの表情を見てみると、エヴァはさっきよりも悲しそうだった。
瞳の奥が、揺らいでいた。
「――もし、同じことが再び起こるとすればどうしますか?」
ハッと顔を上げたエヴァ。
トレモロは笑みを消していた。
「再び、罪もない命が大勢死ぬとすれば、どうしますか」
「……そんなこと……起こるの?」
「あなたは魔法が使えないので、感じなかったでしょう。しかし先日、あなたの召喚主がわずかながら封印を解かれました。それと時を同じくし、魔人ニコラフランも姿を現しています」
「……なぜ?」
「理由はわかりませんが、目撃証言が多数出ています。わかりますか? 南の牢獄に閉じ込められているはずの魔女が、また活動を始めたのです。いつ暴走するかわからない危険な魔女が、です。彼女はフルスロットル大先生の弟子であるため、我々中央協会では手出しはできない。……しかし」
トレモロは手を差し出してきた。
「我々の目的は魔法の発展。そしてそれを妨げるような危険は、できるだけ排除したい。じつは、我々はあの〝魔女〟を完全に封じる手段を手にしつつある。そのとき、あなたの協力があれば成功に導けると、さきほど確信しました。無駄な血を流させないためにも、だからそれまで……手を組みませんか?」
「…………。」
エヴァはその手を見てから、なぜか、メイツを振り返った。
迷ってる。
彼の言うとおりなら、つまりエヴァは逃げて逃げて、いろんなところを回ってここに辿りついたのだろう。それからずっとここで隠れて過ごしてきた。
もともと住んでいた場所を離れさせられて、身を隠す日々。
楽しかったはずがない。
「メイツ……」
「君の好きなようにしなよ。君の人生だ。どうなろうとも、僕は君のそばにいるし」
「……わかった」
エヴァは小さくうなずいて、トレモロの手を握った。
「協力するよ。またあの悲劇が繰り返されるというのなら……ぼくは、あなたたちに従う。その代わり、メイツのことは邪魔しないで。メイツに危害を加えないで。それだけは約束してくれないと……容赦しないから」
「もちろんです。それでは、いきましょう」
話はまとまったようだ。歩きだしたトレモロとエヴァ。
その向かう先は中央協会――〝巨塔のダンジョン〟だ。ひょんなことからいきなり行き先が変更したけど、メイツはもう、この少女についていくと決めてしまった。後戻りをする気はない。
「ああ、ちょっと待ってください」
メイツは落ちていた石を拾って、地面になにやら文字を書いてから、エヴァとトレモロに並んだ。
「……いまのは、誰に?」
「妹に、です」
少し旅してくる。
彼女が心配しないよう、そう書いておいた。
こうして薬師見習いメイツ=トッテナンは、生まれ育った森を出ることになった。
まだ自分の重要性にも気付かずに、歩いていく。
……ただ名前を書き忘れたことに気付いたのは、それから数日後だった。
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ダンジョン〝鏡の海〟は、地下十階にまで及ぶ。ダンジョンそのものの出入り口は地下一階にあるから、わざわざ下に降りて攻略する必要はない。
狒々典の部屋にあった魔術系MACの〝狂戦士〟は、奥の宝箱に大事そうにしまわれていた。理性の弱った周囲の者を凶暴化させる恐ろしいMACだ。すぐに師匠の魔法で粉々に砕いておいた。
俺たちはそのまま来た道を戻った。クォとズィはとっくに帰ったらしい。そもそもあいつらは転移魔法のMACを手に入れていたはずだから、いつでも帰ることはできたに違いない。北国にそのまま帰ったのか、ダンジョンの外に脱出したのかはわからなかったが、俺たちがダンジョンから出て湖の岸にたどり着いたときには、すでに日は暮れていて誰もいなかった。
師匠はそのまま休みもせずに、「中央協会に用事があるから」と去っていった。ダンジョン攻略したその足で夜の道を進むとは、さすが恐れ入る。
疲れていた俺と生徒会長は、朝まで湖畔で休むことにした。
なにやらメイツが旅に出たらしく、生徒会長はすこし心配しているようで、ぼんやりとした表情で巫女服を脱ぎだした。
「……脱ぎっ!?」
慌てて目を逸らす。一瞬、焚火に照らされた会長の半裸体が網膜に焼きついたけど、それはしっかり脳内保存しておいた。もちろん内緒。
「ああすまん。服を乾かすついでに、すこし水浴びしようと思ってな。トハネ君も一緒にどうだ?」
「遠慮しときます。バレたら誰かに殺されそうですからね」
おもに女装メイドとかに。
「……そうか」
「てか恥ずかしくないんですか?」
「暗いからな。もしかしてトハネ君はそのほうが興奮する性質か? どれ、近づいてやろうか?」
「やめてください襲いますよ。いま理性と本能が戦ってるんですからね〝狂戦士〟がなくてよかったです」
「冗談だ。襲うなら最強の男になってからにしてくれ」
会長はそのまま巫女服を木の枝にかけると、湖で体を流し始めた。
浄化の魔法がかかってるから、俺は入るのが怖い。
「それでさっきの続きだがな、トハネ君」
「なんですか?」
焚火に乾いた木を放り投げながら、俺は会長を見ないように答える。
とはいえ、話題はわかってる。
俺が知りたかった……答えだ。
「この世界と、私たちの世界の関係だが」
「…………はい」
「そのまえに、君の記憶を詳しく知りたい。どこまで覚えている?」
「バイト先のゲーム屋にいったところまでです。そこからの記憶がなくて、気付けばリッケルレンスの草原にいました。そこでフィアと出会いました」
「そうか」
会長は短い水浴びを終えたらしく、そのまま戻ってくる。
焚火を挟んで俺の正面に腰かけた。
下着しかつけていない。ほんとに恥ずかしくないのだろうか。
あるいは痴女……いや、考えるのやめとこう。
「なら最初からだ。それほど長い話ではないのだが、そもそもトハネ君は〝D3-System〟というものを知っているか?」
「ええ。バイト先の店長から聞いたことがあります。たしか〝System to Divert the Download of Dream〟ってやつですよね? 都市伝説レベルのゲーム機に搭載されてる、睡眠学習装置とかなんとか」
少し昔に作られて、いつのまにか消えていたゲーム機だ。めちゃくちゃ高価だったって噂は聞いたことがある。
それがどうかしたのか。
「そのシステムなんだが、じつは致命的な欠陥があったのだ。脳波を安全に操作するために必要なプログラムによって逆に生命機能が停止したり、目が覚めなくなることが稀にあったのだ。たしかに好きな夢で好きな時間、好きな知識を学べるという驚異的なゲーム機だったが、その危険性のせいで生産が即時禁止になった。実際に死亡例や植物状態になった者も数多くいたらしい」
「そうだったんですか……でも、会長、なんでそれを?」
「私も使用していたからだ。私は桜ノ宮家という古くからある家に生まれ、『天才を生む』と言われたその機械を強制的に使われていた。五歳のころにその機械をつけ、そしてその半年後に、欠陥プログラムに襲われた」
「……でも、会長はいまここに……」
「運が良かったのだ。私は欠陥プログラム――〝夢喰い〟が襲ってくる直前、たまたまシステム上に眠っている安全装置コードによって量子転送されて、この『魔法使いの弟子』の世界にやってくることができた。もちろん私は魔法使いの弟子にはなることはなかったが……君はその名のとおり、弟子になったようだな。感心するよ」
なんだって?
量子転送?
それは、つまり……どういうことだろう?
「いわゆる量子情報を分解し、この世界に飛ばしたんだよ。夢の世界に意識が入るのではなく、夢の世界に体そのものが入るのだ。夢堕ち、と〝D3-System〟の開発者は言っていたよ」
「……それは、つまり、ここはいま、ゲームの二次元世界だってことですか……?」
「それは違う」
会長はきっぱりと断言した。
「ここが大事なんだが、トハネ君。そもそも〝D3-System〟を搭載されたゲームで意識を飛ばせる世界が、ゲームのために作られた仮想空間ではないのだ。VRゲーム機と謳っているが、実のところは違う。ここは実在する世界だよ。異なる座標空間にある世界だ」
「……異世界?」
「そんなところだ。ここからは難しい話になるが、君は平行世界という言葉を聞いたことがあるか?」
「ええ。漫画とかラノベで何度か」
「厳密にいえば違うが、それと似たような世界だよ。世界はいつだって座標で管理されている。縦軸、横軸、奥軸……方位でいえばその三次元的な座標で世界はすべて網羅される。君の魔法はそのひとつを支配することができる、最高位の転移魔法……そうだろう?」
そのとおりだ。
「だが、そこにもう一つの座標が絡んでくる。それが〝花座標〟だ」
「……花?」
「この座標を発見したのはドイツの学者でな。彼女はある一定数の周波数でのみ聞こえることができる〝雑音〟を発見したのだ。なにもない場所のはずなのに、誰かの声が聞こえる。そんなどこにでもあるような怪談に着目し、そしてその音の周波数を特定した。音が最も明確に聞こえる地点にすらたどり着いた。それこそが〝異なる世界の座標軸〟が交わるところだったのだよ。それがどこかは、明かされていないがな。
その学者は世界の座標軸を知り、ある量子力学者に声をかけた。もし意識だけでもその世界に飛ばすことができるのなら人間の生活の可能性が広がるだろう、と。そうして学者ふたりは研究した結果、いくつかの異なる世界座標を特定し、睡眠時に生じる脳波を合わせることによって意識を飛ばすことに成功した。そのドイツ学者の名前がBlume……ドイツ語の〝花〟だったことから、それは〝花座標〟と呼ばれるようになった。」
「花座標……それが〝D3-System〟で操作できるようになったんですね?」
「そういうことだ」
ってことは。だ。
ここは俺が生まれた地球とはまったく違った世界。
そりゃあ魔法があるってことは同じ世界だとは思ってなかったので、納得できるといえば納得できるけど。
ただ、大事なのはそこじゃない。
「……もとの世界に帰れるんですかね?」
「もちろん可能だ。ただし同じことをしなければならないがな」
「それ、つまりこの世界じゃ無理じゃないっすか……」
ここは魔法が支配する世界だ。
〝D3-System〟が搭載された機械なんてない。
「そうとは限らんぞトハネ君。同じものをつくる必要はないのだ。大事なのはその理論……つまり、魔法で同じことを再現できればいい」
「いやまあ、そりゃそうでしょうけど……」
「そして、それはもう半分実在している」
「え?」
俺が目を丸くすると、会長は笑みを浮かべた。
「黒いMACや、フルスロットルが使うフィールド転移魔法……あれは一時的ではあるが、違う世界軸に飛ばす魔法だ。三次元的な軸は変えずに、異なる〝花座標〟に転移する魔法……それがフィールド魔法だ」
「マジっすか!?」
「ああ。大真面目だ。だから私の肩を掴んで揺さぶるな下着がズレるじゃないか。嫁入り前の体になにをする」
「うおっ! すみません!」
慌てて元の位置に戻った。
興奮してしまった。
「……とはいえ、フィールド魔法そのものがまだまだ謎に包まれている。極めて希少な魔法で、MACを作ったのが誰かもわからない。フルスロットルの魔法理論を解き明かしても、もとの世界の座標がわかるかも不明だ」
そうだったのか。
ってことはつまり、まだまだ実現は難しいってことだろう。なんとかして師匠の協力を仰げればいいが……あの子どもを手なずけるのは難しそうだ。
「――にしても、なんで会長がそこまで知ってるんですか?」
「この世界に落とされる前、ちゃんと開発者から聞いたからな」
「開発者って、さっきのドイツ学者ですか? 知ってるんですか?」
「君も聞いたことがあるはずだ。記憶にはなくてもその声はな。……彼女は自分の体を量子転換させて、世界の座標軸の虚数海へ置いてきたらしい。体を失い、劣化しなくなった意識でその目に見えない座標の海を漂い、いまでもゲーム利用者を導いている。プログラムのように、ひたすら自分が発見した理論で楽しむゲーム利用者が、〝夢喰い〟に食われて命を落とさないよう、できるだけ調整しているらしい。それでも私たちのように〝夢喰い〟に食われる前に夢堕ちさせることは、確率的に難しいらしいがな」
「……そうですか」
もしかして、俺も同じようなことを聞いていたのかもしれない。ただ記憶がないだけで、会長のように世界から脱出する方法も聞いていたのかも……。
まあ、思い出せなければ同じか。
とにかく記憶は戻らなかったけど、なんとなく、俺がこの世界に来た原因がわかった。戻れることができる可能性を知れただけでも、よしとするか。
「あ……ひとつだけ、聞いていいですか?」
「なんだ?」
そのときふとよぎったのは、一抹の不安。
もし現実の俺が体ごとゲーム機によって〝座標転移〟させられたとすれば、俺の体はそこにはないはずだ。すでにこの世界にきてから数カ月が経っている。そのあいだ、もといた世界に俺はいない。
「……その〝花座標〟を転移するのって、夢喰いのせいで夢から覚めなくなりそうになったときだけですか?」
「そうだが……それがどうした?」
「もし、ですよ。最初からそう望んだやつがいるとすれば、最初っから体ごとこの『魔法使いの弟子』へと飛んでくることって、できるんですかね?」
あるいは。
……誰かを追って、とか。
「できるだろうな」
会長はうなずいた。
「まあ、命の危険を冒してまでそんなことをする馬鹿はいないだろう。……それよりもトハネ君、もし元の世界へと戻りたいのなら、これから君は転移魔法をもっと極めたほうがいい。君の魔法も座標の種類が違うとはいえ、座標支配型の転移魔法だ。〝D3-System〟のそれと、原理は同じだ」
会長の助言に、俺はうなずいた。
そういや師匠も気にしていたっけな。
俺がこの魔法を手に入れた理由。
なぜ座標を支配することができるのか……
まだまだわからないことは多そうだったけど。
「……とにかくまあ、まずは〝黒いMAC〟を手に入れてみるか」
極めて稀なフィールド魔法。
これが一番の鍵になることは間違いなさそうだった。
これで1章が終わりです。
次話からが2章になります。




