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Falling【30】 薬師と天獅 ★

 

「――――〝換源(リライト)〟――――」



 粒子の時間が巻き戻る。


 魔法ってのは不思議に見えて、じつはいつだって法則性がはっきりしてる。

 火を生んだり、雷を使役したり、座標転移させたり、追尾させたり。

 俺の知ってる物理科学とは違う法則で――でもちゃんとした因果律がある。


 でも、師匠の魔法は考えれば考えるほど理解できない。

 なぜ粒子が巻き戻るのか。魔法の進歩があと百年でも進めば、それがわかるのかもしれない。でもいまはそれがわからない。

 だからこそ師匠は大陸屈指の天才魔法使いなのだろう。


 ズィの腹に空いた風穴がすこしずつ塞がっていくのを眺めつつ、俺はそんなことをぼんやりと思った。


「ズィ!」


 傷がすべて塞がると、その横で泣いていたクォは、ズィに抱きついた。

 まだ意識は戻ってないが、顔色はマシになっている。


「とはいっても、戻ったのは形だけだよ。どんな魔法でも失ったものまではもとには戻せない。血や生命力そのものは彼自身の力で回復できなければ、そのまま死ぬだろうね。いまは少しでも安静にさせておくんだね」


 師匠はつまらなさそうに言って座りこんだ。

 クォは素直にうなずいて、ズィから離れる。


「ねえあんた」


 俺を睨んでくる。


「……なんだ?」

「なんであたしたちを助けたの? このまえあたしたち、あんたを殺そうとしたんだよ。それなのになんで?」

「それはそれ、これはこれだろ」

「……なにそれ」


 意味分かんない、とクォが言う。

 俺だってよくわからん。

 ただ、べつに俺はこいつらのことが嫌いってわけじゃない。たしかに物騒な連中だとは思うけど、助けない理由にはならないだろう。

 クォが口をつぐむと、生徒会長が警戒した様子で口を挟んだ。


「今度はこちらから質問させてくれ。君たちはどこの誰で、どうしてこのダンジョンに来た? トハネくんと知り合いのようだが、どういった関係だ?」

「あたしは…………」


 クォは少しだけ迷った様子を見せたが、ズィの寝顔と師匠、それから俺を順番に見つめて、小さな声で答えた。


「……あたしとズィは、大陸最北端の国ラッツォーネの収集家(コレクター)よ。ここのダンジョンにレアなMACがあるって聞いて、それを回収に来たの。そこの……トハネ、だっけ? そいつとは前にリッケルレンスの『時の神殿』にMACを回収しに行ったときに会っただけ。ちょっと闘ったけど、あたしたちが負けたわ」

「へえ。キミたちが……。ラッツォーネの者だったんだね」


 師匠が興味を持ったみたいだ。観察するようにクォを見つめる。そういえば師匠にはこいつらが王族だったってことを言ってたっけ。

 ラッツォーネといえば、大陸の端にあるめちゃくちゃ小さな雪国だった気がする。

 それがMACひとつでこんなところまで。


「そ、そうよ」

「しかしなぜこのダンジョンに珍しいMACがあると知ってる? ここは〝鏡の海〟だ。出回っている冒険譚では、ここにMACがあるなどとは一切書かれてないし、事実ここにはMACなどないはずだが?」


 生徒会長が疑いの眼差しを向ける。


「あたしの……仲間に、〝千里眼〟が使える人がいるから」

「それ、ラッツォーネの王のことかい?」

「なっ!?」


 師匠の言葉に、クォが後ずさる。


「あんた、なんでそれを……!?」

「〝千里眼〟とは七歳の頃まで同じ施設にいてね。ライバルとして共に育ったのさ」

「ウィ様と!? ってことは……あんたが、まさか……あのフルスロットル=テルーなのっ!?」

「いかにも」


 金切り声で驚くクォに、師匠は満足げにうなずいた。

 ふうん、なるほど。ラッツォーネってとこの王様はウィというのか。


 ……んん?

 いやちょっとまて。

 もしズィとクォの国の王が〝千里眼〟の持ち主のウィというやつだとして、そしてそれが師匠と共に育ったライバルだとすれば……。


「……あれ? ラッツォーネの王って何歳だ……?」

「ウィは元気かい? 小食だから栄養失調とかになってない?」

「ご、ご健在よ! 食は細いけど!」


 無視された。まあいい。

 とにかく師匠とラッツォーネの王が知り合いだとしても、それはいま関係ないだろう。世間話はあとでしてもらうとして、


「なあクォ。それより聞いていいか? 今回のレアなMACっていうの、まさか魔獣を凶暴化させるようなやつじゃないよね?」

「そっ……それは……さあ?」


 あからさまに視線を逸らしたクォ。

 ……こいつ、嘘つけないやつだ。


「ってことらしいですよ、会長」

「なるほど、理解した」


 生徒会長は立ちあがった。

 師匠も薄く笑みを浮かべて立ちあがる。

 ふたり揃って、クォに武器を向ける。


「え? え?」

「MACの場所を吐きたまえクォとやら。そのMAC、渡すわけにはいかん」

「せっかく友の友に巡り合えたけど、どうやらその縁はここまでのようだね。いっとくけどボクはウィに喧嘩で負けたことはないよ。百二十五戦全勝……キミがあの〝千里眼〟ウィより強いっていうのなら、可能性はほんのすこしでもあるだろうけどね」


 青ざめるクォ。

 この二人に睨まれたら仕方ないだろう。

 それに、いまは瀕死ギリギリのズィもいる。

 クォが従わない道理はなかった。


「そ、そんなことしなくても答えるわよ。兄の……ズィの恩もあるしね。あたしたちが回収しにきたのは、戦士属性ランク6の魔術系MAC〝狂戦士(バーサーカー)〟……場所はここの地下7階の最奥の部屋にあるわ。ダンジョンボスの部屋よ」

「そうか。感謝するぞ少女よ」


 生徒会長が武器をおさめる。

 というかクォのほうが実際は年上だけどな。まあ、わざわざ言わないけど。


「では私たちはすぐに向かおう。いくぞトハネくん」

「ああ、はいはい」


 と、俺も立ちあがってふたりについていこうとしたとき、くいっと服を引っ張られる。


「……なんだクォ?」

「いや、あの、えっとさ……」


 なぜか顔をうつむけるクォ。

 表情は見えないが、耳を赤くして、


「……ありがと」


 ぼそっとつぶやいた。

 なんだ照れ隠しかよ。


「おまえ、意外と可愛いところあるんだな」

「なっ!?」


 ツインテールをぴょこんと跳ねさせて、クォが目をつりあげた。


「うるさい! 調子のんなっ!」

「ははは、じゃあなクォ、気をつけて帰れよ。起きたらズィにもよろしくな」


 フーッと猫のように威嚇してくるクォを置いて、俺たちは次の階に進むのだった。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



 自分が惨めだなんて、思ったことはない。

 たしかに喧嘩をして勝ったことはない。村の仲間たちや大人たちには腕っ節で劣る。それは見た目でも、事実でもそうだった。


 でも、メイツ=トッテナンは薬師なのだ。


 薬師を目指してずっと勉強してきた。喧嘩に勝てなくても、病気を治せる。怪我を治せる。

 だから、


「みじめね」

「……そうかな?」

 

 そう言われても、なんてことない。

 メイツはぼんやりとした頭を振って、周囲を見渡す。

 湖のほとりで、びしょぬれになって倒れていた。


「みんなは? なんで僕だけここに?」

「あなたをいじめてた男たちのこと? ぼくが少し脅したら、帰っていったけれど」

「そっか。それならよかった」

「まず自分の心配したら? 変なひとね」


 隣にいたのは十代半ばの少女。

 赤褐色の肌に、黄土色の短髪。瞳は金色に輝いていて、いくつも布を巻きつけただけのような簡素な格好をしている。


挿絵(By みてみん)


 たしか名前は……天獅エヴァルルだったっけ。


「……あ」

「どうしたの?」

「忘れてたよ。きみの頭に猫耳が生えてたってこと。そういえばちょっとだけ見えたけど、尻尾も生えてるんだっけ?」


 サクたちに特徴を聞かれて、ふつうの女の子って答えてしまった。

 猫のような黄土色の耳。こんなに特徴的な特徴があるのに。


「あのさ、ぼく猫じゃなくて獅子なんだけど。一応これでも獣人族の頂点、天獅なんだけど」


 呆れたように言うエヴァルル。

 どこからどう見ても、ただの獣人族の女の子のようにしか見えない。たしかに獣人族は珍しいけど、サクたちが騒ぐような相手だって思えない。


「……ねえ、あなた名前は?」

「僕? メイツだよ。メイツ=トッテナン。しがない薬師見習いさ」

「そう」

「きみはエヴァルルでいいんだっけ? その、有名なんだよね?」

「呼ぶのなら、エヴァにして。エヴァルルは格式ばった呼び方だもの。あなたはメイツでいいの?」

「うん」

「そう」


 天獅エヴァは肩をすくめた。


「あとぼくは、有名になりたくってなったわけじゃないの。ただ人間たちをたくさん殺しちゃったから、有名になっただけ。あなただって、植物をたくさん殺すことで有名になったって嬉しくないでしょ?」

「それは、そうかも」

「でもまあ有名なことにはかわりないけどね」

「だけど嬉しくないなら、有名じゃないほうがいいよ」

「そうね」


 メイツが言うと、エヴァはうなずいた。

 なんだか、ちぐはぐな会話だった。


 ……でも居心地は悪くない。

 メイツは上半身を起き上がらせて、隣のエヴァを見下ろす。

 小さな体だった。


「ねえエヴァ……サクを僕に呼ばせたのはなぜ? サクのこと知らないんでしょ?」

「これ以上、魔獣たちが無駄に殺されないようにするためよ」

「魔獣たちが?」


 エヴァは自分の爪を眺める。

 そこには、とても鋭い爪が生えていた。


「うん。ダンジョンのなかにある何かが、魔獣たちの理性を奪っているの。だからあそこから飛び出して人間を襲ってしまう。人間はとても安全を求める生き物だから、襲われたら相手を滅ぼすまで襲い返すでしょ? でも、それは魔獣たちの本意じゃないの。なんだかそれって可哀想だから」

「……そうだね」


 メイツはエヴァが悲しそうな目をしていることに気付いた。


「もしかしてエヴァは……」

「なに?」

「……いや、なんでもないよ」


 その瞳の奥が、ひどく暗いことにも気づいて、やめておいた。

 その代わり、エヴァの小さな頭に手を置いて、


「きみは優しいんだね。エヴァ」

「……優しい? ぼくが?」


 まさか、と自嘲するように笑うエヴァ。

 メイツはにっこりと笑った。


「優しいよ。根拠は、って聞かれたら難しいけど……きみは優しい声をしてるから」

「声?」


 エヴァは自分の喉に手をあてる。

 首をかしげて、眉をひそめた。


「声に優しいとか、そういうのがあるの?」

「あるよ。匂いにもある。きみの匂いは少し怖いけど、でも、どこか安心する」


 そういってメイツはエヴァの頭を撫でた。

 ほとんど直感のようなものだ。

 だけど、メイツは自分の直感だけは信じられた。

 いままでそれが外れたことがないから。


「メイツって、変なひとね」

「そうかな?」

「うん。だってぼくを怖がらないもの」

「怖い? きみが?」


 言ってる意味がよくわからない。

 年下の女の子を怖がる理由なんて、どこにもない。


「ぼくは天獅だよ? むかし人間をたくさん殺した、天獅エヴァルルだよ」

「だからって、ぼくはきみを怖がらないとダメなのかい?」

「頭を撫でてるその手が、噛みちぎられるかもしれないんだよ」

「きみは僕の手を噛みちぎるのかい?」

「それは…………そんなことしないけど」


 ぷい、と口をとがらせたエヴァ。

 言ってることと態度がまるで違っていて、すこし面白かった。

 メイツは笑った。


「だろうね。きみがいくら人間を殺したとしても、僕がきみを怖がる理由なんてないんだ。だってきみは優しいんだから」

「…………ほんとに、変なひとね」


 メイツとエヴァは、くすりと笑い合った。

 八重歯が光って、やっぱり可愛かった。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



〝鏡の海〟というダンジョン名の由来は、地下七階についてようやくわかった。

 いままで壁や天井が鏡のような光沢をもっていただけだったけど、七階からは床もふくめてすべて鏡そのもののように輝く石でできていた。まるで鏡の海のなかを漂うような錯覚を覚える。

 そういえばこんなアトラクションが近くの遊園地にあったっけ。小さなころ妹たちと迷いまくったなあ、と思い出してしまい、すこしホームシック。


 とはいえ、それが足を止める理由にはならない。

 師匠は立ちふさがる魔獣や石兵をものともせず、どんどん進んでいく。

 地図はないのに道を間違えることなく最後の部屋にたどり着いたのは、数十分後だった。


「油断は禁物だよ、ふたりとも」


 師匠が目を細めた。ここにきてようやく忠告とは、この先がいままで以上に危険だと言うことを物語っていた。

 気合を入れ直す。

 巨大な鏡の扉を開いてなかに足を踏み入れた。


『……ふむ。近頃は客が多いのう……』


 出迎えたのはしわがれた声と、またもや鏡に包まれた部屋だった。

 その中央でゆっくりと身を起したのは、猿のような魔獣。

 いや……猿よりも赤く、毛むくじゃらだった。


 まるで猿の化物だ。


『失礼なことを考えておるのう、人間?』


 のっそりと起き上がる。

 これまで見てきたほかのボス級の魔獣と比べれば、それほど体長は大きくない。俺たちの倍くらいの身長だ。

 だが、どこか禍々しい。


『わしは〝狒々典(ひひてん)〟……このダンジョンの守護を司っとる。いかなる用でここまできた人間?』

「この部屋にあるというMACをもらいうけに来ました、〝狒々典〟様」


 生徒会長が素直に膝を折った。

 さすがこのダンジョンの湖を守るという村で育っただけはある。

 しかし狒々典は、目を細めて息を吐きだした。


『左様。この部屋にはいま人間の道具が置かれておる。じゃが、それをやることはできん』

「……なぜですか?」

『この部屋に置かれたものは、わしのものじゃ。それが人間の道具だとしても、忘れて帰ったとすればわしのものとなる。渡す道理はないわい』

「猿のくせに強欲だね」

『……なんじゃと?』


 挑発したのは言うまでもない。

 黒い帽子の下で笑みを浮かべた師匠に、狒々典が声を荒げる。


『いささか無礼な客人じゃのぅ……わしをそこらの動物の名で呼ぶか』

「猿が気に召さなかったなら、ゴリラでいいかい? それともチンパンジー? あるいはオラウータンかな?」

『口に気をつけるんじゃな若き人間……どうなるかわかっておらんのか?』

「それはこっちの台詞だよ強欲な猿爺。もっと大きな強欲に、身を焼かれたくなければね」

『ぬ!?』


 狒々典はなにかを感じとったのか、後ろに跳躍した。

 刹那、狒々典がいたその場所が青い焔に包まれて、すぐに消えた。


「ほほう。避けるなんてやるじゃないか猿爺」

『……驚いたぞ。まさか魔法を使える人間(・・・・・・・・)が、この時代に生きているとはな! わしも油断している場合ではなさそうじゃ!』


 狒々典は手を大きく広げて、手を叩いた。


『〝明鏡止水〟』

「――――フィールド〝無幻回廊(むげんかいろう)〟――――」


 師匠が鏡の床に杖を打ち付けた瞬間、鏡に囲まれていた景色が塗り替わっていく。

 どこまでも続く白い地面。壁も天井もない、白い部屋。


『ぬぅ……一瞬でわしのフィールドを塗り替えるとは……やりおるな小僧』

「そっちこそ、僕の模写(まがいもの)をつくりだすなんて……楽しめそうじゃないか。すこしだけ下がっていたまえ、弟子。それとキミも死にたくなければ手を出すんじゃないよ、サクラ」

「貴様が私を名前で呼ぶなんてな……それほど本気ということか」


 生徒会長は冷や汗をながしながら、後ろに下がる。俺もおとなしくさがっておく。


「さあ、噂の鏡魔法のお手並み拝見といこうか」


 もはや話し合いなんてする気はないようだ。

 師匠は狒々典のそば――正面にいるもうひとりの師匠を見つめて、不敵な笑みを浮かべた。


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