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Falling【28】 頼りない兄のようなもの

  

 旅人……なのだろうか。

 覇王蜂に襲われていた男は、旅人のわりには軽装だった。

 すこし遠くに出かけた、くらいの恰好だろう。野営の準備もなかったので、夜まで出かけるような予定もなかったようだ。


「はあ……ありがとう。助かった……ふぅ」


 男は手足を投げ出して横になっていた。そうとう逃げ回ったのだろう、かなり疲れた様子だったので話を聞くのはあとにしようと思ったとき、ちょうど生徒会長がテントから出てきた。


「そろそろ夕食の時間…………ん? そこにいるのは、まさかメイツか?」

「サク!?」


 男が跳ね起きた。

 生徒会長の手をとり、嬉しそうに顔を輝かせる。


「遅いから心配してたよサク! 一日遅れるならそうと言ってくれたらよかったのに!」

「遅れると村長へ連絡したが」

「え? 僕聞いてないよ!?」


 おろおろとする旅人風男、メイツ。

 どうやら知り合いらしい。


「べつにメイツに言う必要もないだろう。それにしてもメイツ、どうして森の外まで出てるんだ?」

「ああそれなんだけど、村の外れでサクのこと待ってたら、覇王蜂の子ども見つけてね。覇王蜂の幼体は毒の変わりに格別美味しい蜜を持ってるんだよ。ちょっとだけ頂こうかなとか思って追いかけてたら、親に出くわして……逃げてきたんだ。いやぁ、そこの男の子に助けてもらわなかったら死んでたよ。ははは」


 照れたように笑うメイツだった。

 頼りなさそうなやつだ。

 生徒会長はいくらか年上のメイツにため息を吐きつつ、


「そうだったか……すまないな、トハネ君。メイツは私の兄のようなものなんだが、見ての通りどうも頼りなくてな。私からも感謝する」

「トハネっていうのかい。ほんとうにありがとう。よろしくね」

「まあ、気にしないでください」


 俺は弱々しく笑みを浮かべたメイツと握手する。


「でもサク、どうして遅くなったんだい? 君が遅れるなんてよっぽどのことがないとありえないのに。なにか大事なことでもあったのかい?」

「心配には及ばんよメイツ。ちょっと予定外の珍客が紛れ込んだだけで、口喧嘩してたら出発が一日遅れてな。……そこにいるおちびちゃんだよ」


 と生徒会長が師匠を指差して、ようやくメイツは寝袋にくるまってる師匠に気がついた。


「あ、あなたはっ!?」

「ほう。ボクのこと知ってるのかい?」

「…………誰ですか?」


 おい。

 お約束をお約束にするのは、いまどきいないと思ってたのに。

 師匠も苦笑して、


「ボクはフルスロットル=テルー。リッケルレンスでは〝マジコ〟とも呼ばれてる、しがない教師だよ」

「フルスロットル!?」


 ようやく師匠の正体がわかったのか、メイツは目を見開いて、


「……って有名人なのかい?」

「ぷっ」


 生徒会長が吹き出した。

 師匠の額に青筋が浮かんだ。


「さ、さすがメイツだな……まあ、それなりに有名なやつだよ。メイツ以外の者なら知っているくらいには有名だ」

「それは有名人だね! ……ならどうして僕は知らないんだろうか?」

「聞いてもすぐ忘れるからだろう」


 なるほど。

 メイツがダメなやつだってことはわかった。

 ひととおり自己紹介が終わったところで、師匠が寝袋のなかでうねうねと動く。芋虫みたいな動きをして起き上がった師匠は、鍋をじっと見つめて、


「キミとキミお友達はどうしてもボクを不快にさせたいんだね生徒会長……まあいいや。それよりはやく食事を頂こうじゃないか。腹ペコだ」

「そうだな、私もお腹が空いた……でもその前にひとついいか、メイツ?」

「なんだいサク?」


 生徒会長はメイツの肩に手を置いて、真剣な表情で言った。


「そこまでして私の帰りを待っていたということは、私に急ぎでなにかを伝えたかったのだろう? その要件を聞いてからでも食事は遅くないと思うんだが」

「あ、そうそう。そうなんだ」


 メイツはぽんと手を打って、思い出したように言った。

 忘れてはならないことを、忘れていたように。


「国の調査団が〝鏡の海〟の異変の原因を調べてほしいって言ってたよね? だから僕もきのう、ちょっと湖まで調べに行ってたんだけど、そこで変な人に会ってさ。できればサクに『はやく来い』って伝えて欲しいって伝言預かったんだよ」

「変な人? 誰だ?」

「えっとたしか……『天獅(てんし)エヴァルル』とか言ってた気がするんだけど……それ、誰だっけ?」


 息をのむ生徒会長。

 師匠がきらりと目を輝かせた。

 俺も一瞬誰だっけ、と首をひねりそうになって思い出した。


 天獅エヴァルル。

 数年前に魔女が召喚し、世界に甚大な被害をもたらした三体の召喚獣のうちの一匹の名前だった。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



『魔人ニコラフラン』がリッケルレンスの国庫を破り、そのなかから大量の貴金属を盗み去ったのは有名な話だ。そのさいに国兵数百名を殺害し、逃亡するにあたってデトク皇国からの支援兵までも数十名殺害していった。魔人そのものが手を下したわけではないが、魔人が召喚した一部の魔獣たちはふつうの兵士たちではまったく手も足もでず、王宮騎士たちが駆けつけるまではただ殺戮されるばかりだったらしい。王宮騎士のひとり――レシオンの父ですら、その犠牲になったほどだ。


 ミュートシス王国の被害はより甚大だった。

天獅(てんし)エヴァルル』という。


 魔人と違い、天獅が災害を振りまいたのは広範囲だった。聞いた話によると、天獅が息を吐けば生物は死に絶え、天獅が爪をふるえば山は裂け、天獅が泣けば雷が降り注ぐ。そんな伝説が昔からあるらしい。

 その名の通り、天獅はミュートシス王国に召喚され、行方をくらませるまで猛威をふるい続けた。

 天獅が通った村々は壊滅し、ミュートシスだけでも被害は数万人にも及んだ。

 だから天獅は、その生みの親――つまりエヌともどもこの国では禁句になっている。天獅の首にかけられた賞金は量り知れない。


「そして天獅を見たものはすべて死んでしまったため、そいつの外見を知る者はいない……はずだったんだが」

「うん? ふつうの女の子だったよ?」


 生徒会長の声にきょとんとした表情で答えたのは、彼女の兄という男メイツ。

 間の抜けた彼の声はどこか場違いで、それだからこそ嘘や戯言の可能性をかぎりなく低くする。


「ふつうの女の子なわけがあるか。天獅はミュートシス以下、中部北部すべての国々に被害を振りまいたんだぞ? 魔人よりよっぽど性質(たち)が悪い〝人類の敵〟だ」

「せめて特徴はなかったかい? メイツくん」


 師匠も質問を重ねる。

 メイツは腕を組んで唸ると、


「……そうだなぁ。八重歯がチャーミングだったよ。笑うと可愛いだろうな」


 照れたように思い出すメイツに、生徒会長はため息を吐いた。メイツと出会ってからため息ばかりの生徒会長だ。

 あまり参考にはならなさそうだったけど、まあ見てみないことには話にならないだろう。師匠はそれを重々わかっているらしく、それ以上は追及しない。

 御者に無理を言って夜通し馬車を走らせたせいか、夜が深いあいだにメイツたちの村にはついた。そこから森の獣道を歩いて数時間、夜が明けたころにようやく例の湖に到着した。


 広い湖だった。

 見渡す限りなにもない。森に囲まれた綺麗な場所だ。

 鳥がさえずり、動物が水辺で休んでいる。エメラルドグリーンに透けた水は冷たく、飲み水としても重宝されているようだ。


「ダンジョンの入口はあっちだけど、天獅がいたのはこのあたり」


 メイツが案内したのは、湖に流れ込むせせらぎがある近く。

 すこしだけ木々がひらけた場所だった。小さな花が朝露に濡れている場所。とても災厄の召喚獣がいたとは思えない。


「ここで、天獅が水浴びしてて――」

「水浴び!?」


 生徒会長が驚愕した。


「うん。てっきり村の子が遊んでると思って、最近はダンジョンから出てくる魔獣がいるから危ないと思って注意しようとしたんだけど、見たことのない子だったから驚いてたら『えっち!』って殴られて」

「殴られた!? 天獅に!?」

「うん。まあそれで謝って、でもやっぱり危険だからいまは近づかないほうがいいって言ったらその子が『でも必要なことだから』って答えたんだよ。なんでも、この湖の水にかけられてる浄化の魔法が、彼女にとって大事なものなんだって」

「……浄化の魔法?」


 師匠が身をかがめて、湖の水を手にすくう。

 驚くほど透明な水。


「うん。地元じゃ有名な話なんだけど、この湖には汚れを浄化してしまう魔法がかけられていて、だからこそこんなに澄んだ綺麗な状態なんだって言われてる。実際になにか落としても、すぐに洗われてしまうしね」

「へえ。面白いね」


 あ、興味持った。

 師匠はその水を口にふくんで、しばらくもぐもぐしてから嚥下する。そのままなにやらぶつぶつつぶやいているのを無視して、メイツは続けた。


「それでその子が着替えるの待ってるあいだ、僕のことも言ったんだ。サクのこともね。そしたら彼女、サクにはやく来るように伝えてって言って、どこかに行っちゃったんだよ」

「ほんとうに、天獅が、私にか?」

「うん」

「……そうか」


 いまいち納得がいかなそうな生徒会長だったが、気持ちを切り替えて湖に向かう。


「まあいい、天獅のことはひとまず置いておこう。それよりもダンジョンの異変についてだが、なにかわかったことは――」


 と言いかけた生徒会長の言葉を遮ったのは、水の音。

 湖の中央あたりの水面が隆起し、水しぶきをあげて跳ねあがった。


「……なんだ?」


 そこから出てきたのは、数匹の魔獣。

 巨大な魚のような魔獣が一匹と、羽の生えた虫のようなものが二匹。


「あれが湧いて出てくる魔獣というやつだな」

「そうだよサク! でも僕、武器もってくるの忘れちゃったよどうしよう!?」

「まったくメイツは。そんなことだからいつまでたっても結婚できないんだ」


 呆れた生徒会長は、すぐに弓を構えて矢を番える。

 巨大な魚のような魔獣は俺たちに気付いたのだろう。すぐに襲いかかってきた。

 水をかきわけて高速で迫る巨大魔獣に、慌てるメイツ。

 このままじゃ岸に体当たりだな。まあこの面子でやられるとは思わないけど、用心に越したことはない。

 俺も細剣を抜こうとしたとき、生徒会長が首を振った。


「人類が発明した最高の武器とは、飛び道具だ」


 ギリリ……と狙いを絞って、じっと巨大魚を睨んだまま語る。


「もちろん剣や槍を否定するわけではない。だが、おおよそ自然界に存在する武器として飛び道具ほど便利なものはない。道具さえ用意していれば、相手の攻撃を喰らうリスクなく攻撃できる。そしてその威力はときに……絶大だ」


 指を離す。

 矢はまっすぐ巨大魚の眉間に突き刺さった。

 ただの矢だ。

 鱗を破り、皮膚に突き立ったからといって巨大魚が止まるわけ――


「〝一撃全中(ヤブサメ)〟」


 いつの間にか、生徒会長の手のなかには白いMACが握られていた。


【《一撃全中》 ☆☆☆☆☆ 属性:巫女】


 特殊系MACだ。俺以外のやつで、使ってるのを初めて見た。

 そのMACが輝いたかと思うと、巨大魚の頭部に突き刺さった矢が、ずぶり、と進んだ。

 びくり、と体を震わせる巨大魚。

 それだけじゃない。

 矢はそのまま勢いよく巨大魚の頭部から尻尾まで貫通すると、空を飛んでいた二匹の魔獣を、まるで追尾ミサイルのように追って――貫いた。


 一瞬だった。


 巨大魚と二匹の魔獣は、体をまっすぐに貫かれて息絶えた。

 ドポンと音を立てて湖のなかに沈んでいく。


「どうだトハネ君。私だけのMACの力は」


 すごい。

 攻撃補助の魔法だろうか。すごすぎる。

 俺が感心していると、師匠がつまらなさそうな顔をした。


「……まったくキミの魔法には美しさがないよ。わざわざ湖を魔獣の血で汚すなんて、どうかしてる」

「心配には及ばんよおチビちゃん。この湖にかかってる浄化の魔法を忘れたか? ここではすべての穢れは浄化されるのさ」


 生徒会長が弓矢を背負い、湖に足を入れる。


「え? もうなかに入るの? 僕なにも準備してないよ」

「メイツは村に戻ってくれ。私はこのふたりとダンジョン内部を調査してくる。そもそもメイツは弱すぎて足手まといだからな、連れていくつもりはなかったよ」

「あ、それもそうだね。わかった」


 メイツはポンと手を打って、村へと駆けていった。

 ダンジョンは湖の底にあるらしい。

 驚くほど透明な水なので、かなり下のほうまで見える。遠い底縁になにやら洞穴のようなものが見えた。


「ボクは濡れたくないからね。――――〝器泡(バブル)〟――――」


 師匠は自分の体を透明な魔法の泡でつつむと、水のなかに入っていく。

 俺は細剣を腰にしっかりと携えて、生徒会長の後ろを歩いて湖に入った。

 夏にほどよい冷たい水。


「さて。このおチビのことなど心配していないが、くれぐれも気をつけてくれよトハネ君。この先なにがあるかわからない」

「……天獅のことですか?」

「それもある。だが、この〝鏡の海〟はそもそも高難易度のダンジョンでね。クリアどころか生きて帰れる確率は極めて低い。あの伝説の冒険家リヒトリフですらクリアするのが精いっぱいだったらしい。冒険譚を残さなかったことで有名な男が『軽々に立ち入らないほうが良い』と日記に書いてるんだから」


 マジかよ。

 てっきりフィアと同じようなノリで誘ってたから、楽なものだとばかり思って調べずに来てしまった。


「……ま、もっともその入口まで辿りつくのも、本来なら難しいんだけどね」


 歩くように自在に水の中を潜っていった師匠のうしろを、俺と生徒会長は息を止めて、泳いで追った。

 たしかにそれもそうか。

 水が澄みすぎて近くに見えたが、ダンジョン入口の洞穴まで数分かかった。

 水圧に慣れるようゆっくり進んだのもあるけど、ふつうなら無理だろう。


 師匠は魔法の気泡で余裕綽々に。

 生徒会長は驚くべき肺活量で。

 俺は〝X-Move〟で地上の空気を転移させながら。

 そうしてたどり着いたダンジョンの入口。


 師匠がその洞穴に潜ったのを見て、俺は一度底から上を眺めた。

 透明度が高い綺麗な湖。


「…………?」


 でも、そこにふつうの魚が泳いでいないことに、ふと疑問を覚えた。



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