Falling【25】 師匠の属性をさぐれ?
俺――鳶羽飛良の寮生活は、まずはメイドに起こされるところから始まる。
睡眠が好きだ。惰眠をむさぼるのが好きだ。できることならそのままぐっすり眠っていたい。学生寮の固いベッドでも、その気持ちは揺るがない。
とはいえ、起きなければ一日は始まらない。
女装メイドに叩き起こされて、軽装から運動着に着替える。顔を洗って寮の周りを軽く走り、そのあと武術の訓練。自分の身を守ためとはいえ、戦うことは、まだ慣れない。
朝のノルマをこなしたあと、朝食をとる。
いつものパンにスープ、サラダと果物だ。誰がつくっても変わらなさそうなメニューなのに、女装癖の料理はいつも絶品だ。
朝食には妖精族のリコリスや師匠も起きてきて、一緒に食べる。レシオンはなぜかあまりリコのことが好きじゃないようだが、この前リコのために小さな皿を買ってきていた。なんだかんだ言っても優しいやつだ。
朝食を終えたら、制服に着替えて学校に行く。
寮はすでに学校の敷地内にあるから、登校に五分もかからない。
授業を受け、終わったらそのまま寮に戻ってくる。レシオンと毎日組み手をしてまた四人で夕食をとり、シャワーを浴びひまをつぶして、ゆっくりと寝る。
これが、俺のいまの日常だ。
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「――滅相もございません」
上級魔法教育学校は、初夏にその一年度を終える。そこから長期の夏休みを挟んで、秋に新学期が始まるシステムだ。
そろそろ一年度も終わろうかという時期になっていた。成績によっては落第や留年もあるので、この時期は生徒たちはピリピリしている。放課後になるとなおさらだ。秀才なレシオンやフィアはともかく、俺は成績は良くない。暗記科目はともかく、この世界のことなんてまだあまり知らない俺にとって、魔法薬学や経済学は難しすぎる。
ただ、入学した時期が時期なので、今回の進級は確約されているらしい。
そうと決まれば気が楽で、自主勉強なんてしなくていい。
そんな態度で過ごしていたら、師匠に「じゃあ放課後荷物運びをして貰おうか」と研究室まで呼び出された。
めんどくさかったけど無視できるはずもなく、建物の一番上の端にある歴史学研究室を訪れた。扉をノックしようとしたとき、なかから声が聞こえてきた。
扉についてる小窓からなかを覗くと、小さな師匠と中年太りしたハゲ頭の男がソファに座ってなにやら真剣な表情で話しこんでいた。
「滅相もございません。我々としては、フルスロットル先生の研究の足しになれば、という意にございます。決してそのようなつもりは毛頭ありません。そのところは信じていただきたい所存でございます」
「便宜はどうであれ、キミたち『中央協会』の開発部がボクの魔法理論を転用しようとしてることには変わりないよ。このボクの理論は、まだこの世界に広めるには早すぎる。時代にそぐわない強大な力は、決して人間のためにはならないよ」
なにやら難しそうな話だ。軽々と入れる雰囲気じゃない。
……とはいえ、呼び出されたのはこっちだ。気を使う必要もないだろう。
ノックして、扉をあける。
中年の男はチラリと振り返ったけど、そのまま熱心に師匠に向きあう。
「しかしですね、大陸北側の例の国の成長速度は異常です。我々協会も、彼らに対抗するためには迅速な対応が必要になってくるんです。このままいけば、協会のみならず周辺諸国はかの国に支配されていくかもしれません。それこそ時代にそぐわない力を、彼らは得ているのです」
「だからこそ、だよトレモロ開発局長。MACの突発的進化は相手の力の助長もうながすだろうね。そうなればこの大陸はそれこそお終いだ。強大な魔法に対応するために必要なのは、同じような強大な武力ではなく、人間としての知恵だよ。そのところを忘れないでもらいたいんだ。だからこそ、ボクはキミたち中央協会に肩入れしているんだよ。こんどはボクの力じゃなく、知恵を借りに来てもらいたいね」
師匠はそう言いきった。
話はそれで終わったのか、トレモロ開発局長という男は渋い表情で「かしこまりました」とうなずくと、ぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。
「……いまの、なんだ?」
「『中央協会』の者だよ。彼はMACの強化を担当しててね、アドバイザーのボクとの交渉役でもある。……まあ弟子が気にするようなことじゃないよ」
師匠は肩をすくめて立ち上がる。
たしか中央協会といえば、流通しているMACのほとんどを生産している非営利団体だったっけか。数百年前に発足し、各国からの支援金をもとに活動をつづける魔法学最先端の組織。国境を越えた、魔法の進化を促進する研究者たち。
魔法に必要不可欠なMACを造りだしているため、この世界で最も力を持つ組織でもあるらしい。
「そういや、師匠もその一員だったっけ」
「正式には部外者だよ。ただまあ、他に例をみない巨大組織である以上、方向性にブレがでたら直接この大陸に影響するからね。多少なりとも外部からのコンサルティングが必要だから、ときどき口を挟ませてもらってはいるんだよ」
「……ふうん。そうか」
よくわからんが、そういうってことは半分仲間みたいなもんだろう。
「それより、荷物ってなんだ?」
「そこの書架の本、ぜんぶ寮まで運んで」
「えっ!? これ全部って……二百冊くらいあるじゃねえか!? お得意の魔法でやれよ」
「なんでも魔法に頼ると、心根が腐るんだよ」
「俺に頼ってんじゃねえか」
「違うよ。これは弟子の修行の一環だから」
「ものは言いようだなおい」
俺はため息をつきながら、近くにあった箱に本を詰め込む。
……まあ、できない量じゃないけどさ。
ただ校舎の一番端から寮まで、二百十二冊の本を運びだしたときには、すでに日は暮れていた。日が長くなってきた初夏だ、帰ったときには俺以外は夕食を終えていた。
もちろん、師匠も俺を待つことなく食べていた。
まあ、べつにいいけどさ。
ひとりで夕食を食べ、パンパンに膨れた腕を風呂でゆっくり癒し、リビングで一休みしていると、レシオンが紅茶とケーキを持ってきてくれた。
「お疲れ様。今日はアップルティと、シナモンケーキだぜ」
また絶妙な組み合わせだ。シナモンティとアップルケーキでもよかったなと思いつつも口に運ぶ。うまい。
レシオンは俺の隣に座って、自分の分を食べる。
「どうだトビラ、美味いか?」
「ああ……てか、おまえの作る料理が美味くなかった試しがねえだろ」
「ふふふ、照れるじゃねえか」
なぜか頬を染め、俺の肩をバシバシ叩いてくるレシオン。
喜ぶのは構わないが、その女装した恰好でクネクネと動くな気持ち悪い。
「どうだトビラ、この際、オレのことも味見して――」
「みない。……それよりレシオン、おまえ中央協会ってとこに詳しいか?」
「ん、いや、そんなに。魔法学部のトップクラスのやつらが目指してるとか、あとはふつうにMAC造ってるってことしか知らねえよ。中央協会がどうしたんだ?」
「師匠がそこでなにしてんのか、ちょっと気になってな」
「ああ。それはオレも気になるぜ」
俺とレシオンはふたりして腕を組み、唸る。
考えてもわかるはずなく、
「……そういや、師匠のこと全然知らねえな」
「そうだな。いきなり陛下の護衛したり、いつもの先生したり、中央協会となんかしてたり……よくわかんねえぜ」
「そもそも属性すら知らねえ」
「あ、それオレもずっと気になってた」
俺とレシオンは、顔を見合わせて。
「「…………よし」」
ふたりして、ニヤリと笑った。
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フルスロットル=〝マジコ〟=テルー。
十一歳で上級魔法教育学校を卒業、中央協会のアドバイザーに就任、十二歳になると同時に上級魔法学校の歴史学の教師に就職し、それを機に歴史にふたりといない二つ名――〝魔法〟を国王陛下から冠される。
MACなしで魔法が使える魔法使い。
使う魔法は誰にも理解できない。
属性・不明。
「属性……か」
それもまた、中央協会が数十年前に確立したものだった。
各々の素質により、使える魔法は変わってくる。
その素質を言語化したものが属性。
保有魔力量・身体能力・魔力の質・性格・環境など、さまざまな要素が組み合わさって決まる属性。その属性パターンは膨大な数にのぼり、ごくまれに中央協会が把握していないパターン〝UNKNOWN〟が現れるらしい。そのたびに属性研究者はその〝UNKNOWN〟の正体を突き止め、言語化している。
そうやって数を増やし、いまでは〝UNKNOWN〟はほとんど姿を見ない。それだけ中央協会の属性識別魔法〝スキャナMAC〟は万能になっている。
……らしいのたが。
「あれ? おかしいな」
俺は首をひねって、スキャナMACを眺めた。
師匠が学校に向かう後ろを尾行して、バレないようにスキャンしてみた。だが、魔法はちゃんと発動せずにMACにはなにも記載されない。
「オレに貸してみろ」
つぎはレシオンがスキャンする。
でも、また師匠にスキャナMACが反応しない。
「……距離が遠いのか?」
そうかもしれない。
でも、これ以上近づいたら気付かれるだろう。
あの偏屈な子どものことだ。属性調べようとしてると知れたら、意地でも隠すに違いない。なるべくこっそりとやりたいんだけど。
「リコの出番だね!」
俺の肩の上にいたリコが、嬉しそうに顔を輝かせた。
「よし、頼むぜリコ」
……しかし。
リコの透明化魔法を借りてすぐ近くでスキャンしても、結局は同じ結果になってしまった。
どういうことだ?
わけがわからないままに迎えた今日最初の授業は、実践体育だった。
「さっきの! どういうっ! ことだ!」
「MACが! 壊れてんじゃ! ねえか!?」
俺は学士科だけど、実践体育だけは武芸科と同じになる。レシオンと組み手をしながらさっきのことについて考えていた。
お互いの繰り出す攻撃をさばきつつ、
「壊れる! ことって! あんのか!?」
「そりゃMACも! 道具だ! それくらい! あるだろ!」
「こらおまえらぁ! ちゃんとやれ!」
闘いながら器用に会話するレシオンと俺に、体育教師の男――三十過ぎの短髪のオッサンが怒鳴ってくる。
「いいかぁ!? おまえらみたいなガキが強くなりたけりゃ、必死で血反吐はいてやるしかねえんだよ! ペラペラしゃべりながら強くなれると思ってんのか!? ああっ!?」
「「……すみません」」
と俺とレシオンが謝りつつも、隣で組み手してる女子ふたりは、楽しそうに談笑してるんだけどさ。
そんな俺の視線に気づいた教師は、
「……女子はいいんだよ女子は。可愛いからな」
鼻の穴膨らませてやがる。しかも視線が胸のあたりに注がれてる。
なんて教師だ。
「……トビラ」
「ああ」
先生がそのまま背中を向けて歩いていくのを確認して、俺は懐からMACを取り出して、
「スキャン〝エロ教師〟」
【 《エロ教師》 属性:芸術家 ―― 適性属性:芸術家】
「……ピンク芸術家」
「ぷっ」
吹き出すレシオン。
とにかく、MACが壊れていたわけじゃないことはわかった。
ってことは、師匠の属性はデータなしってことになるのだろうか。
でもそれだと、属性は〝UNKNOWN〟になるはずだ。人間じゃないものに向けたときに出る未発動と同じ状態にはならない。
師匠が人間じゃないなら、話は別だが……
「もしかして師匠って、異星人かもな」
「あ~ありえるな。それか未来人」
そんな馬鹿なことを交えつつ、残りの授業を消化した。
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「なあ、師匠の属性ってなんだ?」
けっきょく直接聞いた。
わからなくても自力で粘るような根性は俺にはない。わからないことは、聞けばいい。教えてくれなければそれまでだけど、聞く恥よりも、無知であることのほうが俺には怖い。生まれたところじゃない世界で生きている俺は、とくに。
師匠は夕食のステーキを切るナイフの手を止めて、
「なるほど。キミたちが今日一日こそこそしてたのは、それが原因だったんだね?」
感づいていたのか。
さすが師匠。鋭いやつだ。
「でもスキャナMACごときじゃ知ることはできなかっただろう? スキャン魔法を遮断するための魔法を衣服にかけておくくらいは、ボクにとってはなんてことないからね」
「ああ、どおりで」
「でもボクにスキャナMACを向けるなんて、随分とヒマだったんだね弟子。まあ好奇心は嫌いじゃないよ。人間を人間たらしめてきたのは、常に知への欲求だからね」
「じゃあ……」
「でも、教えるわけにはいかないよ。属性を知られるということは、使える魔法を知られるということだからね。こと魔術師同士の戦いにおいては、それはかなりのアドバンテージになる。いくらボクの魔法に前例がないとはいえ属性を知られれば、魔法の癖や傾向を読まれる可能性がなきにしもあらず。まだ幼いボクが持つ世界への優位性を、みすみす手放すわけにはいかないでしょ?」
「……そうか。それなら仕方ないのか」
この国を守っているひとつの優位性。それが、大陸最高峰の魔道師――師匠がいることらしい。それを保持するためにも、師匠の属性は機密……。
「まあ、そんな顔をしないでくれよ弟子。その努力と成長を見越して、ひとつプレゼントしようじゃないか。そろそろキミのレベルアップも必要になってくるだろうと思って、このまえから準備してたんだよ」
「プレゼント?」
と、師匠はスプーンを軽く振った。
言葉はなく、その動きだけで師匠は小さな魔法を発動させた。
ずずず……と、リビングの壁が動いた。
出てきたのは、薄い紫色の鞘に納められた、一本の細剣。
師匠は椅子から降りて、それを手に取った。
「ほら」
軽々とその手で放り投げてくる。
慌てて受け取ると、その剣には……まったくといっていいほど重量がなかった。
まるで紙を持っているかのような感覚。
あまりに軽い、剣。
「これは――」
「〝英霊の剣の鍵〟」
師匠は口の端をゆがめて、悪くどい笑みを浮かべた。
「キミの転移魔法にも永久的に耐え得るであろう、唯一の魔法剣……それを手に入れるための、鍵さ」
プロメテウス。
その言葉が、俺の頭のどこかで引っかかった。




