Falling【24】 黒幕な彼
カウントダウン。
それは、秒数を指針にして、行動に基準を持たせる常套手段。
タイミングを合わせる三秒間
なんにでも使える十秒間。
俺が思いついたのは、そんな陳腐な作戦だった。
とはいえ作戦とよべぬほどの作戦でも、それを実行する者によって効果は違う。シンプルイズベストとはよく言ったもんで、なんでも難しくすればいいってものじゃない。
たった、十秒だけ。
単純で、明快だ。
「……八」
金色の光が、翔る。
〝裏切りの錠〟は俺の手のなかにあった。
十秒の間だけ解放されたエヌは、輝きを纏い、闘技場のなかを動き回る。金色の光が縦横無尽に駆け、またひとり、他国の騎士が声もあげずに崩れ落ちた。
速度を極めた魔女。
彼女の体を、その目で捉えることはできない。移動する彼女の姿は、金色の残像でしか見ることができない。
「……七」
「グァッ!?」
またひとり、騎士が吹き飛んだ。
「六」
「ウグッ!?」
「五」
「――ちっ!」
残るは、リーダー格の騎士ただひとり。
いつのまにか防御魔法を結界のように構築していて、闘技場のなかを踊りまわる光を捉えようと、その内側で視線を研ぎ澄まして――
「〝多重刃〟!」
タイミングを合わせ、召喚した魔法剣を振り降ろす。
一度の斬撃がうみだした風の刃は幾重にも分裂し、金色を切り裂いたように見えた。
だが、そこにエヌはいない。
「どこだっ!?」
「四」
騎士の男からすれば、消えたように見えただろう。
エヌは直角に上昇し、遥か上空にいた。
「三」
「――――〝流星〟――――」
空の天井を蹴るように、急降下してくる。
まるで隕石のような速度だ。
ベギャンッ!
金色の流星が騎士の男の防御魔法を蹴り砕いた。魔法壁の破片が飛び散り、消えていく。
「二」
ガラス細工の玩具のように、あっさり破られた魔法。騎士にとっては自信があったのだろう、驚きを隠せないでいた。
ただし、エヌの速度も止まった。
砕かれた魔法の残骸が舞うなか、視線を合わせ、睨みあう両者。
騎士は吠え、剣を振り上げる――
「うおおおおっ!」
「――――〝迫撃〟――――」
エヌの蹴りは剣と接触し、
「一」
声もなく、音もなく、剣から伝わる衝撃波が全身をつきぬけて、騎士の男は体を震わせた。
ドサリ、と倒れる。
それでもエヌが手加減をしたのはわかった。〝裏切りの錠〟をつけているときとそれほど変わらない威力だったのだ。殺すことは許可されていないから……そう言いたげな視線で、そのまま俺のすぐそばまで戻ってくる。
「……ゼロだ」
俺が〝裏切りの錠〟をエヌの腕にはめると、金の輝きが消えていく。
魔力が抑制されていく。
……たった十秒。
五人の騎士は、それでもう動かなくなった。
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それからは早かった。
襲来した騎士たちは拘束し、そのまま憲兵に引き渡した。
こちらの被害は、武芸科の教師がひとり傷を負ったことだ。すぐに駆けつけたフィアが〝天使の息吹〟を使って治癒していたので、大事には至らなかったが、すくなくとも全治一週間だそうだ。
捕まえた騎士たちの処分をどうするかは聞かなかった。
それよりも、助けた生徒たちの視線がやけに鋭くて、俺とエヌはすぐにその場から離れた。
なぜか突き刺さるような視線。
守ったはずのやつらに敵視されてよろこぶ趣味はない。フィアとともに馬車に乗り、刑務所まで戻っていく。
「彼らのなかにも、親が兵士だった者もいます。とりわけ武芸科の方々には、家系として国に兵士として仕える者も多いんです。魔人襲撃があった日、城を守っていた多くの兵士たちが亡くなりましたから……」
馬車でエヌを送り届けたあと、フィアがそう言葉を濁した。
ま、おおかたそんなところだろうと、さすがに俺もそろそろわかっていたから、口は挟まずに肩をすくめるだけにしておいた。
「では、また学校で」
ダンジョンで採掘した鉱石は、フィアが後日商会に売りにいくらしい。売上金でパーっとやる予定なので、つぎの週末の予定は決まった。
やるべきことをやったあとは、フィアと別れて帰る。
すでに夕暮れ。橙色の夕焼けを浴びて、ちぎれ雲が空を飛んでいた。
……あしたは雨が降りそうだ。
寮に戻ったとき、ちょうどレシオンが玄関を開けようとしていたところだった。そういえば武芸祭の結果はどうなったのだろう。
「レシオン」
呼びかけると、レシオンは少しだけ怯えるように、振りかえった。
「……なんだ、トビラか」
「どうした?」
「いや、なんでもない」
なぜかレシオンはほっと息をついていた。
寮のなかに入ると、リビングのソファにしなだれかかる。ここに住み始めて数カ月が経つけど、もう『帰ってきた』という気分だ。疲れをとるには慣れた家で休むのが一番。レシオンも武芸祭の疲れがあるのか、鞄を机に置いたまま俺の隣に座った。
「おつかれさん。どうだった? 優勝したか?」
「生徒会長には、さすがに勝てなかったわ」
苦笑するレシオンは、あくびをひとつした。
ねぎらいのつもりに、肩をぽんと叩いてやる。
すこしだけ沈黙が流れる。
言葉のない時間は、嫌いじゃない。
ソファに並んでぼうっとする。
「……そういえば、さっきの騎士、どこのやつらだったんだろうな」
レシオンが首をひねる。
「会長と話してたんだけどさ、わざわざ『魔人』と契約してまで、この学校に攻め入る意味がわかんねえんだよ。もしどこかの国がリッケルレンスをデトクと喧嘩させようとしてるんなら、べつに学校じゃなくたっていいわけじゃねえか。それに『魔人』を使うなら、そのまま襲わせていればよかったはずなのに」
「……さあ、どうだろうな」
「どうやっても理解できねえんだよ。なにか、べつの狙いがあったような気がするんだよな。うまく言えねえけどさ」
腕を組んでうなるレシオン。
そのあたり、正確なことは直接聞かないとわからないが……
「誰か教えてくれねえかな」
「……教えてくれるだろ」
「え?」
きょとん、と目を丸くしたレシオン。
学校を襲った理由、不自然な『魔人』の使用法、そしてタイミング。
目に見えない何かがあるとすれば、それはひとつしか思いつかなかった。
「聞けば教えてくれるんじゃねえか? あいつなら、それくらいは」
フルスロットル=〝マジコ〟=テルーは、俺の師匠だ。
直接なにかを教えてもらうことは、ほとんどない。いつも偉そうにふんぞり返りながら指示を出すだけだ。早朝訓練、魔法の使い方、この世界の歴史……いろんなことを教わってはいるけど、俺を弟子にした理由はまだ聞けてなかった。
十二歳とは思えないほどの知能を持ち、まるで悟ったようなことばかりを言う。あいつのやることにはなにか意味がある――そう思っているのは、たぶん俺だけじゃない。
だからこそ、やることなすこと、疑わしい。
夕食を終え、ちょうど帰ってきた師匠。
レシオン特製のスープを口にしはじめた師匠に、俺は紅茶を飲みながら言った。
「……師匠だろ?」
「よくわかったね」
師匠はなんの誤魔化しもなかった。
パンをスープにつけて、もぐもぐと咀嚼する師匠は、とくに感心もせずに薄い笑みを浮かべた。
「スラグホンくんも、見ただろう?」
「すみません、なにがですか?」
師匠に呼ばれ、レシオンも洗い物を中断して、椅子に座る。
「ボクの一番弟子だよ。この世界の敵だと言われるほどの、大事な一番弟子さ」
「すみません、話が見えないんですが……」
困ったように恐縮するレシオン。
師匠はスープのなかの緑豆だけスプーンですくって皿の縁にどけながら、
「今回の奇襲、あれは正真正銘のデトクの騎士さ」
「え!?」
「ただし、皇族直属じゃないよ。デトク皇国は貴族たちが政治の主権を握ってるからね。あの騎士たちは上流貴族のひとりが抱える私兵だよ」
「……なんでフルスロットル先生にわかるんですか?」
「ボクがけしかけたから」
師匠は緑豆をすべて排除すると、満足そうにスープをかきまぜる。
「デトク皇国は潤沢な鉱山を有している。じつに国土の半分が鉱山で、しかも鉱石の純度が高い。大陸南側の国の中では、ちいさいながらも力のある国に発展しつつあるんだよ。ただし、そのぶん起こる鉱山開発の公害、国民増加による領土問題がとりだたされていてね……ま、発展するがゆえの苦悩というものかな。いまのデトク皇国は穏健派が主流だけど、もちろん貴族のなかで、国土だけは無駄にひろいリッケルレンスを欲しがる反体制派もいるんだよ」
「はい。それは存じてます」
「さすが優等生、勤勉だね。二番弟子にも見習ってほしいところだね。……ともかく、今回ボクがデトク皇国に陛下と訪問した目的のひとつが、この展開をつくりだすためさ。反体制派の過激派貴族をいぶりだし、粛清すること。そのために『魔人』と契約して、利用させてもらった。とはいっても、そもそもの発案はデトクの上層部なんだけどね。こちら側としては、燃料鉱石の支援とひきかえに、国王陛下が同意しただけ。あとはボクが動いたまでだ」
「あの陛下が!?」
レシオンが目を剥いた。
すくなくともリッケルレンスに手をだした証拠を明確にするために、あの私兵騎士たちには本当のことを教えず、彼らに『殺すつもり』で襲わせたのは間違いない。国民の――しかも学生たちを危険にさらしたことになる。
レシオンが驚くのは無理もない
人望があるといわれる国王陛下にしては、けっこう無茶な案だ。
「もちろん安全措置はとらせてもらってたよ。『魔人』との契約は〝門〟をつくるだけにしたし、襲う場所を指定したのはボクだ。キミが間に合わなかったときのために、じつは王宮騎士をひとり潜入させていたしね。まあ少なくとも、ここの生徒たちは敷地内で死ぬことはないから、これだけのことで巨大な国益を得るのなら大したものだと思うよ。デトク政府との関係も強化されたことだしね」
つまり、すべて仕組まれていたことだった。俺とエヌは、予定通りあいつらに勝ったということか……。
レシオンは納得したような、納得がいかないような面持ちで腕を組んで眉尻をさげていた。
たしかにあまり褒めた方法じゃないのだろうけど。
「で、弟子が聞きたいことは、この続きだね?」
師匠がもぐもぐと、スープの肉を頬張りながら聞いてくる
……別にあるというか。
ぶっちゃけた話、政治的背景には、さほど興味はない。この国で育ったわけでもないし、情勢に詳しいわけでもない。気になっていたのはそんな〝大きなこと〟じゃなく、もっと細かな理由だ。
狙い澄ましたようなタイミング。
まるで俺がエヌのために動くのを期待していたような、タイミングが気になった。
「……師匠の目的は、なんだ?」
デトク皇国の目的、襲撃を指示した貴族の目的はわかる。国王陛下の目的もわかる。
ただ、それでも師匠が協力するにはいまいち説得力が足りない。
なにか深いわけがあるんじゃないかと疑った。
「そりゃあボクはキミたちの師匠だからね」
師匠の答えは、単純だった。
「一番弟子にはどうしても魔力制御の訓練が必要だけど、囚人である限りはあの手錠は外れない。そしてキミはというと、もっと自由自在に魔法を操らなければならない。強敵に直面したとき、キミの発想が一番弟子を利用するところまで辿りつくと期待したんだよ。……もっとも、ボクが期待した展開になるまえに、すでにキミは辿りついていたみたいだけど」
驚いた。
てっきりこの師匠は、さほど弟子の育成に興味ないものとばかり思ってた。というか、実際にそれほど力を入れてるようには見えない。
けど冗談を言ってるような感じじゃない。
「……俺たちの、ためか?」
「いや、あくまでボクのためさ」
「師匠の?」
「ああ。いずれキミたちには、ボクと共に戦ってもらう日がくるはずだからね」
師匠は悪戯っ子のように笑って、スープをすべて飲みほした。
そのまま席を立って、自分の部屋へと戻っていった。
最後のはよくわからなかったけど。
俺たちは、師匠の手のひらの上で踊らされていたんだろうか。いまの言葉のどこまでが詭弁でどこからが真実なのか、俺にはわからない。
誰も彼もが、師匠に利用されているような気がしてならない。
……いや、さすがにそれは考えすぎか。
「さすがフルスロットル先生ってことか? まったく……そうならそうと先に言っててくれたらいいのに」
レシオンが呆れていた。
「じゃ、オレは洗い物の続きしてくるぜ」
「おう。俺は風呂に入る」
「よしわかった、終わったらすぐ行く」
「くんじゃねえ!」
腕まくりをしたレシオンをしばいて、俺も席を立った。
どこからどこまでが師匠の策略かはわからない。
ただ、皿の端に残った乾いた緑豆が、ケラケラと笑っているような気がした。




