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Falling【22】 御するということ


 ずぐん。



 俺が草原に着地すると、また景色が変化する。

 エヌの蹴りはフィールド魔法を砕き、〝魔界〟は消えていった。

 崩れていく風景。


 すぐにもとの地下空間へと戻る。


「やるじゃない、二番弟子」

「おまえもな」


 傷を治癒した名残か、かすかに体を金色に光らせたまま凛と立つエヌ。


「……化物め」


 ズィが頬をひきつらせながら、巨大な袋をゆっくりと担ぎなおした。

 黒いMACを無造作にポケットにしまうと、隣にいたクォの手を引いて、俺たちから離れる。


「脱出するぞクォ」

「えっ!? あいつのMAC奪わないの!?」

「無理だ。〝魔界〟はしばらく使い物になんねえし、このまま闘っても勝てる見込みはねえ……おい小僧、つぎ会ったときは、必ず奪ってやるからな……覚悟しとけ」


 ズィは警戒しながら、奥にある石の祭壇のようなところまで歩いていった。このダンジョンの出口だという。


 追撃する気はない。闘って消耗していたのはこちらも同じだ。エヌの傷が癒えたとはいえ、これ以上は得策じゃないだろう。それに、透明化したフィアとリコがまだどこかにいるのだ。闘いを激化させて巻きこむのは、避けたい。


「つっても、おまえらにはもう会わないかもしれないけどな」


 にやり、と最後に笑ったズィは、祭壇の上でその拳を足元に降り降ろした。石でできた祭壇は砕け、ずるりと引き上げた彼の手のなかには、一枚のMAC。


「……まさか」


 エヌが地面を蹴ろうとすると、


「じゃあな化物――〝転移(ドア)〟!」


 しゅるんっと、ズィとクォの体が空中に吸い込まれたかのようにして消えた。


「……どうしたんだ?」

「ダンジョン脱出用のMACを盗っていったのよ。これであたしたち、ここから出られなくなったわよ」


 そんなこともわからないのか、と冷ややかな目。

 ……なるほど。

 そういえばズィとクォが目的と言っていた〝転移系アイテム〟ってのは、それのことだったのだろう。考えてもみれば、このダンジョンで一番価値があるのはそのMACなのかもしれない。


 ……まあ、それはいい。


「それより、リコ、いるか?」

「いるよ」


 と、すぐ近くで声がした。

 振り返ると、リコを頭に乗せたフィアが、驚いた顔をして立っていた。

 どうやら無事だったらしい。もっとも、ズィもクォもフィアのことは眼中になかったようだけど。


「トビラ、この子はいったい……?」

「妖精族のリコリスだ。説明はあとでするから、俺たちも脱出するぞ。エヌもこっちこい」

「は、はい」

「なるほどね」


 リコが俺の胸ポケットに飛び込んで「リコ、役に立ったかな?」と聞いてくる。俺はうなずきながら、つつがなく魔法を発動させる。

 移動座標は、現時点より数千メートル上。

 地下ダンジョンの上空だ。


「落ちるぞ、覚悟しとけ」


 俺たちは青空のもとに、飛び出した。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



「……さあ、なにが狙いか聞かせてもらおうか、先輩?」


 レシオンの声は、静まりかえったなかで響き渡った。

 観客たちに囲まれた闘技場。剣を突きつけられたカーロマイン兄は、慌てて手を振る。


「ちょ、ちょっとまてまて! すまねえスラグホン! そんなつもりじゃねえんだ! ちょっと悪ふざけが過ぎただけなんだよ! サプライズのつもりだったんだ! だから槍をひっこめてくれ、刺さってる! ちょっと刺さってるから!」

「……なんだと?」


 いぶかしげに睨むと、カーロマイン兄はフードの人物を振り返る。


「あんたからも言ってやってくれ! なあ、王女様(・・・)!」


 その言葉に答えるように、バサリ、とフードが取れた。


 銀色の長い髪が、ふわりと舞う。

 観客がざわめいた。


 生徒会長に首根っこを押さえられていたのは、まぎれもなくフィオラ=リッケルレンスだったから。


「……せっかくのサプライズが台無しですね」


 にっこりと笑った王女。


「っ! 王女殿下、失礼しました!」


 生徒会長がすぐに手を離し、膝を折る。


「いいんですよ、生徒会長さん。演出とはいえ物騒なことをした私が悪いのです。本当ならこのなかの数名に協力していただいて、人質救出の手順などを実践してお見せする手筈だったのですが……人質に返り討ちにされるとは、私たちもまだまだ甘いですね」

「そうだったのですか。それなら私に一言仰っていただけたのなら、ご協力を惜しまなかったのですが」

「あら。それじゃあサプライズにならないでしょう?」


 くすくすと笑う王女。

 生徒会長は申し訳なさそうに頭を垂れるばかり。

 会場の空気は「なんだ」「王女様の戯れか」とゆるんでいく。学生たちからの圧倒的な人気を誇るフィオラ王女のやったことに、不満を漏らす者はほとんどいない。安堵の息が広まっていく。


 ただ、レシオンは違っていた。


「…………?」


 おかしい。

 フィオラ王女は、いまトビラとダンジョン攻略にいっているはずだった。王女の休日の予定は基本的には隠されているが、トビラのメイドを務めるレシオンは知っていた。今朝はやくに、南にある新しいダンジョンへ向かったはずだった。


「スラグホンさんも、いきなりすみません」


 ――違う。


 背筋が粟立った。

 本物の王女は、つい最近からレシオンのことを『レシオンさん』と呼ぶようになっていたのだ。名字で呼ばれることがあまり好きじゃないと、トビラから聞いたのだろう。


 だからこいつは――本物じゃない。


「会長! そいつから離れてください!」

「え?」


 レシオンが〝武雷の槍〟を強く握り、王女の姿をしたそいつに切っ先を向ける。


 ニタリ


 と。そいつが口の端を歪めたのを、レシオンは見逃さなかった。


「お、おいレシオンくん。キミはいったいなにを――がっ!?」


 衝撃波が、つきぬけた。

 生徒会長が吹き飛んだ。会長だけじゃなく、カーロマイン兄弟もそろって闘技場のそとへ吹き飛ばされた。レシオンはとっさに身をかがめてやりすごしたが、それでも数メートル後ろに下がってしまった。

 観客席のざわめきが、またもや一瞬で静寂に変わる。



「ふむ……もうバレたか。なかなか優秀な学生だのぅ」



 衝撃波の中心地から聞こえてきたのは、しわがれた声だった。

 王女様の顔がポロポロと剥がれおちていく。まるで乾いた粘土をはがすように、そいつはフィオラ王女から、老父へと表情を変えていき――


「騙される若者たちの滑稽な姿、もうしばらく楽しんでおりたかったのだがのぅ……やむなしやむなし」

「何者だ!」


 槍を突きつける。

 老父は蛇のような目をしていた。その縦に裂けた気味の悪い瞳をほそめて、おぞましい笑顔をレシオンに向けた。


「名を問われるのはいつぶりかのぅ……おおよそ、人はわしを知っていて呼びつけるものじゃからのぅ。人は人たるがゆえに魔を求め、魔は魔たるがゆえに人に抱かれん……この数年、わしを求める者の多さに、傲慢になっておったのかもしれんなぁ」

「なにを言ってる!?」

「ほっほっほっほっほ!」


 ふわり、と老人の体が浮いた。

 そのまま上空にすぅっと登っていく。闘技場、観客席……すべての視線を集め、享楽的に笑っていた。


「魔法は芸術じゃ」


 老人は、空中に絵を描くように指を動かしていく。その指先がなぞった場所に、光る紋様が浮かんでいく。

 虚空に四つの魔法陣を描いた老人は、ニタリと笑ってレシオンを見下ろした。

 

「おぬしも、わしの名前くらいは知っておろう? 歴史書のなかでみたことはないかのぅ? あるいはおぬしの大事な者の仇やもしれんぞ? わしが誰かという問いには、ゆえに答えぬ。わしがどう答えようと、さいごに人はただの人ゆえに、魔から出ずる人であるわしをこう呼ぶのじゃ…………『魔人』とな」



 ↓↓

 ↓↓↓↓



 空からの落下を終えると、気絶しそうになったフィアとリコは、地面についてからも顔面蒼白になっていた。ふたりをなんとか落ち着かせる。


 着地したのは平原のまんなかだった。入り口があった断崖より、数キロ北側だろう。どんなもの好きかしらないけど、よくもまあこんなところの地下に作ったものだ。


「あ! さっきあのふたりが脱出するとき、私、スキャナMACを使ってみたんです!」


 ようやく我に返ったフィアが、思い出したように懐に手を入れた。

 そこから取り出したのは、見慣れたカード。属性判別のMACだった。


「見てください、コレ」



【 《ズィ》 属性:王 ―― 適性属性:王 】

【 《クォ》 属性:王 ―― 適性属性:王 】



「……王?」

「はい。おそらく、どこかの国の王族かと」


 とんだ武闘派の王族だな。

 それにしても、王族が自らダンジョンにくるなんてもの好きがいたもんだ。もっとも、フィアも同じようなもんだけど。


「……にしても、もう会いたくない相手だな」


 あの俺を狙う視線、思い出しただけで震える。俺のMACを殺してまで奪おうとするなんて、どんだけ欲しかったんだよ。


「まあべつにいいか……セーナのところまで戻るぞ」

「その必要はないみたいですよ」


 フィアが指をさすと、むこうから馬車が駆けてきた。手綱を握る御者のとなりに、セーナが巨大なハンマーをかついでいるのが見えた。


「フィアさま~! ご無事でらっしゃいますか~!?」


 大声で叫んでくるセーナ。

 落ちてくる俺たちを見つけてここまで来たのか。

 数キロは離れているというのに、なんて視力だ。メイド貴族の底知れないポテンシャルに苦笑する。


「は~い! 無事ですよ~!」


 フィアが手を揚げようとしたとき――――



 エヌが、勢いよく振り返った。



 その視線は平原の遠くに見える王都にそそがれていた。じっと王都を見つめるエヌの目は、いつも以上に鋭い気がする。

 というか戦闘以外で機敏な動きをしたのを初めてみた。


「どうかしたのか?」

「…………フィオラ様」


 エヌは答える代わりに、どこか真剣な表情でつぶやいた。


「はい。なんでしょう?」

「急いで王都に向かったほうがいいわ」

「どうしてです?」

「気配がする……」


 そのエヌの視線は、なんとなく……なんとなくだけど、憎しみに満ちているような気がした。


「『魔人』の気配がするわ」

「――っ!!」


 フィアが息を呑む。

 魔人……?


「エヌさんはすぐ向かってください! 魔人がなにかする前に、彼を止めてください!」

「いいの? あたしが呼び寄せた魔人よ? もしかしたら、あたしを助けるために来たのかもしれない」

「なにをバカなこと言ってるんですか!」


 フィアは怒った。

 そんなことありえない、と首を横に振る。


「あなたはあのとき魔人から私を守ってくれました! 捕まることをわかってて守ってくれました! そんなあなたが、いまさら魔人と去って行こうなんて考えるものですか! だから命令します、あなたは王都にもどって、魔人から街を守ってください!」

「……わかったわ」


 エヌはうなずく。

 その足に力を込めようとしたとき、フィアが慌てて制止した。


「あ、待ってください! トビラも! トビラも一緒にお願いしていいですか!?」

「俺も?」

「はい。場違いなお願いだということはわかってます、勝手な頼みだってことくらいわかってます……魔人がどれほど危険なのか知ってての頼みです……でも、トビラ、お願いします。エヌさんについて、一緒に街をまもってくれませんか?」


 真剣に見つめられる。

 なにが狙いだろう。

 フィアがここまで言うような相手なら、俺にそんな大役務まらないと思うが。


「いえ、トビラにしかできないんです。さっき、〝魔界〟の上空であったこと、私の勘違いじゃなければ、そういうこと(・・・・・・)ですよね……? だからどうしてもエヌさんの力が必要になったとき、隣にいるべきなのは、トビラだと思うんです」


 やっぱバレていたのか。

 苦笑していると、フィアは俺の手に一枚のMACを押し付ける。


「……トビラのMACがエヌさんにとってのアクセルだとすれば、このMACはブレーキです。ですから、これをトビラに預けます。くれぐれも失くさないようにしてくださいね」



【☆☆☆☆ 属性・―― 《最後の審判》 ※禁書】



 地下で、エヌを黙らせたMACだった。


「このMACの一部が、エヌさんの体内に埋め込まれてます。これを発動させたら、エヌさんは裁きを受けます。いくらエヌさんでも、生きることができない体になるでしょう」

「……おまえ……」

「わかってます……人道的なことではないとわかってます。本当なら、私たち王族だってやりたくないんです! だけどこうでもしてエヌさんをきちんと制御していることを示さないと、国内外の、たくさんの政治家たちが黙ってないんですよ! エヌさんを死刑になんてさせたくないから……だから、こうやって示さないと……っ!」


 フィアは唇を噛みしめていた。

 悔しいのだろう。彼女のプライドに反することだ。命を握って命令をする。あるいは本当にエヌが魔力を暴発させたとき、国民を守るためにこれを使えるように。

 

 俺は、政治のことなんてわからない。

 エヌのことも、まだよくわからない。

 

 けど、その気持ちがわかれば、十分だった。


 俺は〝最後の審判〟を手にとった。


「わかった。エヌのことは任せろ……それとリコ、フィアについててやれ」

「うん」


 リコがフィアの頭のうえに乗ったことを確認して、俺はエヌの手を握った。

 自由を与えられていない。命を握られて生きる囚人奴隷。


 その手はすこしだけ……暖かかった。


「……行くぞエヌ。つうか、連れてってくれ」

「――――〝流星(ソニック)〟――――」



 

 俺とエヌは、閃光となって地を駆ける。



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