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Falling【20】 ロリババアって言うな


 師匠(フルスロットル)が「大事な訓練」として、俺に毎朝やらせてることがある。



 たいして難しいことじゃない。ただ一言で済む。

 視ること(・・・・)だ。


 レシオンの槍を視る。

 毎朝、レシオンが寮の庭で槍術の鍛錬をしている。その動き、槍の穂先をじっと見続けていた。

 最初は、離れた場所から。

 次第に近づく。


 いまでは、ときどきレシオンと組み手をさせられている。さすがに槍を持たれたら俺の力じゃ敵わない。だが、目だけは槍の先端から離さないようにする。鳩尾に突きを入れられても、どれだけ速い槍さばきを見せられても。

 決して目を逸らさない。


「――――〝流星(ソニック)〟――――」


 閃光のようなエヌの速度も、だからこそ見える。もちろん反応することはまた別だが。

 エヌは天井に飛び上がり、天井を蹴って上から手甲の男――ズィに突き進む。白い囚人服がひらめき、エヌの足首の鎖がちらりと見えた。


「――――〝迫撃(インパクト)〟――――」

「ちっ」


 腕を交差して、エヌの蹴りを手甲で受け止めようとしていた(ズィ)。とっさに体を投げ出すようにして転がると、さっきまで立っていたその場所が、エヌの足から伝わる衝撃波で吹き飛んだ。


「……化物め」


 さっきから防戦一方のズィは、舌打ちをしつつも、うすら笑いを浮かべていた。

 エヌに攻撃できないのは変わりない。エヌの移動速度は、たしかに人間のそれじゃない。いくら攻撃を打ち込もうと走り込んだとしても避けられるだろう。それならズィのように距離をとって、カウンター狙いで相手の動きをちゃんと見た方がいい。


 それはエヌにもわかっているのだろう。焦ることなく、エヌはじっとズィの隙をうかがっている。ときどき攻撃を加えるが、反撃されないように工夫しているようだ。


「……ねえ、そこのハゲ」

「ハゲじゃねえよ」


 俺はエヌから離れたところで、少女(クォ)と向き合っていた。

 あっちに近づいたら巻き添えを食らうことはわかっている。エヌは俺を護衛する任務についているわけじゃないので、巻き込むことに躊躇しないだろう。ただそれはあっちの男も同じらしく、クォはむこうに近づこうとしない。


「あんたも、はやくMAC出しなよ」

「いらねえよ」


 クォのまわりには手のひらサイズの猫が十数匹。たいして強そうには思えないのだが、油断してやるほど甘くない。少なくとも、没落貴族の俺よりは強いだろうから。


「……トビラ、ここは私が……」

「護衛なんだろ、俺は」


 フィアは俺のMACでは召喚獣に勝てないことを知っている。自分の召喚獣MACを出そうとするが、それはあくまで最後の手段だ。

 創意工夫。

 師匠に教えられている一番の技術が、コレなんだ。


「おまえは下がってろ……な?」


 俺はフィアの肩にぽんと手を置いて――目配せをする。

 フィアの頭の上にはリコリスがいるはずだ。

全透明化(オールスルー)〟という最も強力な透過魔法を使って、光も、音も、匂いも、熱も重さも気配もすべて遮断して、そこに妖精族の少女がいるはずだった。

 その〝全透明化〟は、じっと動かなければリコ以外にもあとひとりぶん、影響力を持たせることができるらしい。


 万が一の場合でも、フィアだけは無事に送り届けなければならない。そのときは、リコがフィアを隠してくれるだろう。

 だから、


「ここは俺に任せとけ」

「女の前だから意地張る男って、カッコ悪いよね」


 口の悪い少女――クォは、うざったそうに八重歯を光らせて、


「じゃあさっさと死んじゃってよ、ハゲ」


 俺を指差した。

 その瞬間、


『『『『フシャ――――ッ』』』』


 小さな猫どもが、一斉に飛びかかってきた。

 対した大きさじゃない。多少傷くらいつくっていいから、とにかくあの少女さえ捕まえれば問題は無いはず。


「ダメですトビラ!」


 フィアの叫び。

 なにが――と聞くヒマはなかった。

 嫌な予感。


 俺はとっさにMACを発動させ飛び上がり、天井の岩を掴んでぶらさがる。

 猫たちが殺到したのは、一瞬前まで俺がいた空間だった。俺が消えたことも気づかず、小さな猫たちはその場にあった石やらなにやら、とにかくワラワラと群がって――


「……あれ? あんたたち、戻りなさい」


 俺を見失ったクォの言葉に従って、彼女のもとへとすぐに帰っていく。

 猫が群がっていた地面が、すべて砂になっていた。


「〝化け猫(ミミックキャット)〟の爪は、ミクロ単位までモノを切り刻むと言われてるんです。集団には決して捕まってはいけませんよ」


 天井から降りた俺に、フィアが忠言してくる。

 ひっかき攻撃の範疇をいくらなんでも超えてるじゃねえか。


「そんなことにいたの? どこ消えたかと思ったわ、面白い魔法使うじゃんハゲ」


 クォがまた俺を指差した。

 跳びかかってくる猫ども。

 俺は地面の土を巻き上げて、壁を形成した。〝化け猫〟たちは土の壁にぶつかると、そこに殺到して集団で切り裂いた。あっというまに土を砂に変えて突破するが、そこに俺はいない。

 すでに俺は横に走りながら、


「〝X〟!」


 ずずず、と、クォの頭上の天井を崩落させる。


「あんたたち!」

『『『フシャ――――ッ!』』』


 もっとも一筋縄ではいかないようだ。

 クォは〝化け猫〟たちの数匹に指示を出し、落ちてきた土をすべて砂に変える。


「ぺっぺっ……ハゲ、なんてことすんのよ!」

「〝X〟!」


 答える代わりに足元の土を持ち上げようとするが、それも猫どもの爪で砂に変えられる。

 ならば上下両方から――と思ったとき、足元に何かが光って、とっさに飛びのく。


 猫が一匹、俺の足元にいた。足の腱を切ろうとしていたのだろう。

 接近に気付かなかったのは、その姿を背景の土と同化させていたからだ。まるでカメレオンみたいな猫だ。


「なるほど……まさに〝化け〟猫ね」


 後ろに下がって距離をとる。完全な透明ってわけじゃないので、視野を広くすれば接近に気付かないことはないだろうけど、油断してたら小さな猫たちが死角から回り込んでくるかもしれない。


「……かくなるうえは……」


 しかたない。これは加減をすこし間違えただけで大怪我をさせるから、正直、女相手にはやりたくなかったんだが……

 俺はクォの衣服の座標に干渉し―


「きゃあっ!」


 すこしクォの体が持ち上がったところで、クォが悲鳴をあげて服を抑えた。あまりに女の子らしい悲鳴だったので、つい魔法を解除してしまった。


「い、いまの、あんたの魔法っ!?」

「……そうだけど、なんだ?」

「っ! このエッチ! あたしのパンツがそんなに見たいってーの!?」

「はぁ?」


 よく見ると、クォの服装は短めのスカート……なるほど。


「いやでも、子どもに興味ねえし」

「子ども違う! これでも二十五歳だ!」

「なんだって!? 嘘だろ!?」


 まだ中学生くらいにしか見えないんだが。

 まさか年上とは思わず、俺は閉口する。


「おまえ……ロリババアかよ」

「ロリいうな!」


 後ろでフィアが「……トビラってロリコン……?」と小さくつぶやいた。

 だから違うっての。


 ……でもなんか、あれだな。一気に闘う気力が削がれたぞ。

 顔を赤くして八重歯を尖らせているクォには悪いが、さっさと終わらせよう。


「〝X-Mo――」


 切り裂かれて砂にされても、抵抗できない質量で埋めればいい。

 多少の怪我は多めに見てくれよ。

 天井の土を大崩落させようと思ったその瞬間だった。



「フィールドカード……〝魔界(まかい)〟」



 離れたところで、エヌの攻撃を避け続け息を荒くした(ズィ)が、黒い(・・)MACを取り出した。


 俺たちがいる地下の景色が、ぐにゃりと歪んだ。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



 正直、悔しい。


 レシオンにとって、フルスロットルは尊敬してやまない人物だ。

 年齢なんて関係ない。容姿なんて関係ない。大陸のなかでも屈指の実力を持つ、謎の多き人物。

 そんな彼に弟子入りを志願したのは、入学した直後だった。


「キミはふさわしくない」


 その一言で跳ねのけられて、苦渋の想いをした。それなのに没落貴族が弟子を認められて、どうしてなんだと思った。

 トビラのことを信頼しているいまも、ときどき悔しい。いつも師匠の教えに従っている彼は、驚くほどに武の腕を上げている。槍を持たずに喧嘩したら、勝敗はもう五分五分だろう。トビラの固有魔法を使われたら勝てる気がしない。

 悔しかった。きっとフルスロットルが師匠になってくれれば、もっと強くなれるのに。


「でも、それは無いものねだりというものだよ。レシオンくん」

「わかってる!」


 武芸大会の決勝は、すでに始まっていた。

 全校生徒が見守るなか、レシオンは生徒会長と戦っていた。


 槍と弓矢。


 距離を取ろうとバックステップで離れていく会長に、レシオンは突進し続ける。

 突きだす槍は、一度も当たらない。

 むこうの得意な距離にならないように追いすがる。

 そのなかで、自然と言葉が飛び交っていた。


「理想と現実はいつだって平行線だ。交わることはない。それが交わるとき、それはもはや理想でなくなる」

「わかってる! でも、哲学じゃどうにもならないんだ!」


 突き、薙ぎ、掬い、振り抜く。

 どんなに攻撃しても、会長には当たらない。

 赤と白の服をはためかせ、体をいなして避け続ける。


 さすが武芸科のトップ。

 学校のトップ。


「どうにもならない情念。結構だ。若いとは素敵なことだな。私はとうに忘れてしまったよ」

「あんただってまだ二十一だろ!」

「年齢はね」


 息が上がってきた。

 生徒会長は、まだ一度も弓を引いていない。矢を番えていない。攻撃の体勢に移っていない。それなのに、息が荒くなるのはレシオンばかり。

 さすがにここまでの実力差があるとは思わなかった。それも悔しい。


「私は生徒会長だ。キミたちを守るために、力を持つ義務がある。キミもいずれそうなるかもしれないんだ。悔しがることはない」

「オレは、いま、強くなりたいんだよ!」


 槍術がまったく通用しない。

 そんな存在が同じ学校にいることが、ショックだった。


「焦るなレシオンくん。キミの武の才はかなりのものだ。それに、キミが誰かを守るとき、それはキミの武の才だけに頼ることはないのだろう? 実戦では魔法を使い、知略を使い、そして運を使う。これだけの武芸を持つことができているんだ。感心するよ」


 それくらい、わかってる。

 でも、魔法を使えばトビラには勝てない。

 知略だって得意じゃない。運だってあるとは思えない。


「なら、オレの武を伸ばすのが一番いいんだ!」

「うぬぼれるな」


 ガキン!

 突きだした槍は、細い矢で受け止められた。


 真正面から(・・・・・)


 刃を削っているとはいえ、ほとんど尖っている先端同士が、まったくずれることなく押しあう。

 均衡したそのパワーバランスに、観客たちがどよめく。

 腕のいい曲芸師でもできないだろう。

 それを、生徒会長はしゃべりながら、してのける。


「武は心だ。急いては事を仕損じる。どれだけ背後から上達の足音が迫ろうが、どれだけ高みが遠かろうが、キミの成長には関係ない。いまのキミのたどり着きたい場所は、たどり着かねばならぬ場所ではない……武芸の者が、武を舐めるな」


 会長は、後ろに大きく跳んだ。


 矢を弓に番える。

 硬い弦を引き、標的を定める。

 その先端が目指すのは、レシオンの胸。


 ギリリ、とここまで音が聞こえてくる。その指を離せば、たぶん、レシオンには反応できない速度で矢が飛んでくるに違いない。会長の矢は外れない。それくらい、この学校の生徒なら誰でも知っていることだった。


「いずれ、対等に戦おう」


 その指先から放たれた模擬矢は、レシオンの胸に激突した。

 息を吐くこともできず、声を上げることもできず、ただのけぞって倒れるレシオン。


 ドサリ、と倒れたレシオンは起き上ることはなかった。 


「勝者――」


 審判の教師が、その手を上げようとした瞬間だった。



「――動くな!」



 声が響き渡る。

 それと同時に、闘技場に飛び入った三つの影。

 ひとつはフードをかぶった人物。

 あとのふたつは、カーロマイン兄弟だった。


 カーロマインの兄が、レシオンの喉元に剣をつきつけて叫ぶ。


「動くな! こいつの喉が裂けることになるぞ! しゃべるのもやめろ! 武器をもってるやつは捨てろ、抵抗しようと思うなよ?」


 いきなりの闖入者(ちんにゅうしゃ)に、ざわざわと騒ぎ出す観客たち。

 なにが起こっているのかわからない。だが、従ったほうがいいのは明白で、しだいにざわめきも消え、静寂が訪れる。


 その様子を眺めて――会長は笑った。


 笑って、レシオンと視線を合わせていた。



 かかった(・・・・)



「ふん!」


 ガキンっ!


 レシオンは足を振り上げて、カーロマイン兄の剣を蹴り弾いた。

 気絶したと思っていただろう。防具の上からとはいえ、瞬速の矢を受けたのだ。衝撃と痛みに気を失うのは当然だ。

 だが、そこに矢が来るとわかっていれば、話は別だ。

 レシオンはあらかじめ防具の下に布を詰め込んでいた。衝撃はできるだけ吸収され、痛みもわかっていれば耐えられる。


「〝武雷の槍(ケラウノス)〟!」


 隠し持っていたMACを取り出し、模擬槍などではない、本物の白い槍を召喚する。

 カーロマイン兄の足を払いながら立ちあがるレシオン。バランスを崩したカーロマインの喉元に、尖った槍の切っ先を突きつける。


「動くんじゃねえぞ、先輩」

「……っ!」


 視線を合わせると、カーロマインはひどく狼狽していた。


「貴様らもだ」

「ぐあっ」

「うっ!」


 あっけにとられていたカーロマイン弟とフードの人物の首を、会長が後ろから掴みあげた。それほど力を入れているわけじゃなさそうなのに、完全に抑えつけている。


 これであっというまに形勢逆転だ。


「……さあ、なにが狙いか聞かせてもらおうか、先輩?」


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