Falling【19】 武芸祭に潜む
「ふぅ……これくらいでいいですかね」
土だらけになった手で額を拭く。
ダンジョン最下層。
土に囲まれた地下空間で希少な鉱石を採掘していたフィアは、袋がいっぱいになったのを眺めて満足そうにうなずいた。
「これでどれくらいの価値なんだ?」
「ん~……だいたい金貨十枚くらいですかね。燃料石は頻繁に価格変動するので、一概には言えませんが」
土まみれの鈍色の石がゴロゴロ入った袋を、重そうに抱えたフィア。
けっこうな値段じゃないか。
一日でそれだけ稼げるなんて十分だと思うが。
「まあ、この神殿は前評判より楽なダンジョンでしたから。それにエヌさんがいなければ、金貨十枚じゃとても足りないくらいの危険だったはずです。護衛としての役割を十分に務めたエヌさんの取り分は、この四割……四枚というところでしょう。中央刑務所の規定から考えて、金貨四枚を納めたエヌさんの労働対価は……懲役四日減、というところですかね」
「……四割で護衛ひとりか」
「はい。リスクマネンジメントとしては通例です」
「でも、ダンジョンひとつクリアして四日か……エヌ、先は長いな」
1085年なんて気が遠すぎる。
エヌはそれでも「上出来よ」と無感動に答えた。このまえの〝幻惑の森〟ではなにも得ることはできなかったから、それを皮肉っているのだろうか。
……いや、さすがにそれは考えすぎか。
「でも……すこし不思議なんですよ。危険度のわりには、たしかに報酬が大きいダンジョンです。ここの〝神蜘蛛〟さえ倒してしまえば、あとはレアアイテムの取り放題……それを知っていれば、みんな大きな袋を抱えてくるはずなんですが、そんな形跡もない。な~んか違和感があるんですよね……」
フィアが首をひねる。
声が返ってきたのは、うしろの階段からだった。
「それは簡単だぜ、お嬢ちゃん」
地下十二階で出会った男が、相変わらず大きな荷物を抱えて立っていた。
いまたどり着いたのだろう。隣に立っている少女の仏頂面がますますひどいところをみるに、かなり歩き回ったようだ。
「この〝時の神殿〟は人工ダンジョンだ。どっかの誰かが造り出した簡素なダンジョン。その鉱石も造り出したやつがそこに埋めたんだろうぜ。どうせそれ以上掘り進んでも、鉱石なんかありゃしねえよ」
「……そんなダンジョンがあるんですか?」
「〝北〟じゃ一般的だぜ? まあ、暖かいお嬢ちゃんの国とは違って、俺の国は娯楽の少ない地域だからな。むかしから貴族の道楽として有名なんだよ。ま、実際に遊ぶってなると危険だから、造るだけ造って放置するやつも多いけどな、がっはっはっ」
なるほど。
どおりでいたるところに灯りのためのMACが貼りつけられていたわけだ。攻略所にのってなかった地下十二階の幻覚魔法も、一度クリアされたから違う風にすこし変えたのだろう。
なんとなく感じていた違和感が解けた。
ただまあ、むしろべつの違和感が強まったけど。
「……二番弟子」
「わかってるよ、一番弟子」
エヌに小さくささやかれて、俺はポケットのなかのMACを確認する。
俺たちのかすかな警戒心に気付いたのは――男の隣にいる少女だった。
「〝化け猫〟」
腰のカードケースから赤いMACを取り出した少女は、おもむろに地面にたたきつけた。召喚されたのは、手のひらサイズの小さな子猫。
「……どうした、クォ」
「どうしたはないでしょ。ズィの口が軽いから」
睨んでくる。
クォという少女は、さらにケースから赤いカードをいくつも取り出して、地面にたたきつけた。
同じ猫の召喚獣を、十数匹呼び寄せた。
一体一体は強くなさそうだが……
「ひとつだけ聞くわ」
エヌが声を張る。
俺は、フィアを背中に隠した。
「あんたたち、さっき誰を殺したの?」
しん、と静寂がおとずれる。
できれば違ってほしかったが……クォが八重歯を光らせて、笑った。
「……ほら、バレちゃったじゃない」
「なんでだ? そんなこと一言も言ってねえけどな、俺」
ぽりぽりと頭をかく大男――ズィ。
そのとぼけた顔が、こちらを向く。
「おい、どうしてわかった?」
「血の匂いよ」
エヌが足をわずかに動かした。ジャラリと鎖の音がする。
「あんたち、最初から血の匂いがする。てっきり獣のものかと思ってたけど……あんたたちが違う国の人間ってことは、ここの入り口はあんたの国にもあるってことね。お互い場所は知らないはず……それなのにあたしたちの国を知ってるなんて、あたしたちに会う前に誰かに聞いたわね?」
それはおそらく、地下一階。
あの断末魔だ。
「ほおう……なかなか、鼻が利くようだなッ!」
ズィという男は、いきなり黄土色のMACを取り出して、空中に投げた。それを両手の拳で挟みこむように殴る。
「〝閻魔の拳〟!」
男の両腕に装着さされたのは、赤い金属手甲だった。
「知られたらマズイんでな……ちょいと、記憶ぶっ飛ばさせてくれや!」
明らかな敵意。ファイティングポーズを取った男。
嫌な予感は的中するもので、あまり戦うとかそういうことは避けたかったんだが。
「――――〝流星〟――――」
「うおっ!?」
前置きもなく、地を蹴ったエヌ。
その閃光のような速度に反応できず、男の鳩尾には蹴りが――
「……めちゃくちゃ速えじゃねえか、驚いたぜ」
「――っ!」
ズィはエヌの足を、拳の手甲で受け止めていた。
しかも蹴りの衝撃に微動だにすることなく、その場からピクリとも動いていない。
なんて反応速度とパワーだ。人間技じゃねえ。
さすがに止められるとは思ってなかったのか、エヌは警戒して、すぐさま後ろに退避する。
男はエヌを追わずに、首をコキコキとひねって鳴らした。
「――――〝殲弾〟――――」
エヌがその場で足を振り抜いた。
衝撃が空気を揺らす。
「おっと」
しかし放たれた真空の弾丸を、男は拳で弾いた。
大針狼の顎を砕く威力を、軽々と……なんてやつだ。
「……あんた、何者?」
「それはこっちの台詞だぜ嬢ちゃん……まさか、こんな田舎の国におまえみたいな化物がいるとはな……」
田舎の国。
その言葉に、フィアが後ろでムッとしたのがわかる。
さすがに自分で戦って勝てないのがわかっているのか、なにか言うことはなかったが。
「ま、おまえが誰だろうが構わねえ。俺たちは目的のモンを頂いて、ここから脱出するだけだ。だからそれまで……眠っててくれや!」
「――――〝噴火〟――――」
ズガアァンッ!
まるで大砲でも撃ったかのような音を立てて、エヌの蹴りと男の拳が衝突する。
地下空間が、激しく揺れた。
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「――勝者! レシオン=スラグホン!」
『ワアアアアアアアア!』
大歓声が耳に響く。
ぶっちゃけ、うるさい。
武芸大会『決闘』の、準決勝。
相手はふたつ先輩のカーロマイン兄だった。ひとつ先輩のカーロマイン弟は、準々決勝で生徒会長にあっさり負けていたのは見たが、さすが兄、一筋縄ではいかなかった。
頬の裂傷からにじむ血をぬぐいつつ、レシオンは荒くなった息を整えた。カーロマイン兄は騎士らしく盾と剣のスタイルだった。闘い辛い相手だ。体力勝負になりかけていたところを、レシオンの突きが盾と剣のあいだを突破したのだ。
疲れた体に歓声は、あまり良くない。
……まあ、勝ち鬨としては悪くないけど。
レシオンにとって、戦って勝つことはあたりまえだった。それがあたりまえじゃなくなったのはトビラとの一戦。あれ以来、慢心を知り、負けの悔しさを知り、そして強さというものを考えてきた。まだ答えは、見つかってない。
決勝戦は、『召喚獣戦』の決勝のあとだ。
相手は生徒会長。〝巫女〟という謎の属性。獲物は弓矢で、無傷でここまで勝ちあがってきている。勝てるかどうかわからない。申し分のない相手だ。
とにかくいまは体を休めようと、舞台から降りて、控え室へ向かう。
ふだんは武道場になっているが、いまは武芸科の控え室。
その入口あたりで、わらわらと群がってきた女子生徒たちに囲まれてしまう。「レシオン様!」「かっこいいです!」「がんばってください!」と黄色い声をあげる女子生徒たちには悪いが、おまえらのことなんかどうでもいいんだ。
うざったく振り払い、道場に入ろうとしたとき、レシオンの耳が風に乗って聞こえてきた小さな声を拾った。
聞き覚えのある声だった。
「…………。」
レシオンはそのまま道場には入らず、柱を蹴って屋根の上に飛び上がる。後ろで女どもが「かっこい――――っ!」と喚いていた。
レシオンは気配と足音を消して、道場の反対側へと回りこむ。
林と道場のあいだの狭い空間にいたのは、カーロマイン弟と、フードをかぶった人物だった。
盗み聞きは趣味じゃないけど、なにか不穏な空気を感じて、耳を澄ませる。
「――ら、上々です――」
「――スロットル先生がいない今――」
「――王宮騎士も周囲には――」
「――は設置済みですが、いささか――」
断片的に聞き取れた言葉を、頭のなかでつなぎ合わせてみる。
……よくわからん。
フードをのほうは、ぼそぼそと話していて聞こえない。
そのまましばらく身を潜めていると、フードとカーロマイン弟の密会は終わったらしい。ふたりはすぅっと道場から観客席のほうに消えると、召喚獣戦で盛り上がる会場の喧騒へと消えていった。
「……なんだったんだ、いまの」
「逢引にしては、少々粗忽だったな」
「会長!?」
跳びあがる。
いつのまにか隣で生徒会長が寝転んでいた。
白と赤の衣装を着ていた。どうやら巫女服というらしいが、動きにくそうなことこの上ない。それでも彼女にとっては自然体らしく、寝転ぶ体はダラけきっていた。
「やあ、レシオンくん。初めまして。キミが私と決勝で戦う相手だな?」
「ええ、まあ」
「よろしく」
気兼ねなく挨拶される。
マイペースそうなひとだった。
「一年生にしては、なかなかの腕前じゃないか。さすがスラグホン家の跡取りといったところか……おっと、この呼び名は好きじゃないんだったな。レシオン、と呼ばせてもらおう」
トビラとの一件を噂に聞いているのだろう。詳しくは知らないはずだが、なんとなくは察しているらしい。
「それで、オレになにか用ですか?」
「キミの遺伝子が欲しい」
「……は?」
思わず固まるレシオン。
生徒会長はケラケラと笑った。
「冗談だ。まあ、この国で一番強い騎士の嫁になるのが私の夢なんだが……どうぞ笑ってくれ。少女趣味なんだな、と」
「いや……」
「ふふふ、冗談だ。そんな困った顔をしないでくれ。まあキミが私の婿になる可能性がないわけではないんだ、そのときはよろしく頼むぞ、レシオンくん」
舌なめずりする生徒会長。
ぞわりと背筋が震えた。
なにを言いたいのかさっぱりだったが、とにかく用事があってこんなところにいるに違いない。
「……で、なんですか?」
「さっきの、どう思う?」
さっきのとは、カーロマイン弟とフードのことだろう。
そういわれても、聞き取れた情報が少なすぎる。わざわざ武芸祭のさなかであんな密会のような真似をしているのは怪しすぎるけど、判断材料がすくなくてどう考えていいのかなんてわからない。
もっとも、後ろめたいことに間違いはないだろうけど。
だから返す言葉は、自然とこうなる。
「会長こそ、どう思うんですか?」
「噂があるんだ」
と、唐突に鋭い目をする会長。
「いま、国王陛下が頻繁に訪問なされている隣国の名前は知っているか?」
「……そりゃあ。『デトク皇国』でしょう」
それくらい、知っている。
このリッケルレンスの四分の一ほどの国土の、炭鉱の国だ。一般燃料となる石炭のほか、石炭の数十倍のエネルギーを生み出せる鉱石や、魔法金属なんかも豊富に持っているといわれる北の山のなかにある国。小国だが、経済的にみればいまのリッケルレンスよりもはるかに政治的高度な立ち位置にいるといわれている。
国王陛下は、そのデトク皇国との関係を良好に保つためによく訪ねているんだとか。たしか、今日も訪れているらしい。
それがどうかしたのか。
「そのデトク皇国と、最近仲の良い国があるらしくてね……どうやら、その国がリッケルレンスを潰しにかかっているんだとか」
「なんでです?」
「さあ。それは知らない。あくまで噂だからな」
会長は肩をすくめた。
「ただ今の話が本当なら、陛下がデトク皇国との関係を保とうとやっきになっているのもうなずける。さすがに戦争を始められたら、いまのリッケルレンスには持ちこたえられる備えがないからな」
それはよく聞く話だ。
戦争をするためには膨大な資金が必要だ。武器の流通確保、情報の統制、食糧やライフラインの保全……民を見捨てて戦争をすればべつだが、あの陛下がそんなことをするわけがない。むしろ民を守ろうとして、自らの首を差し出して降伏するようなことをしてのけそうだ。
「……でも、それがいま、関係あるんですか?」
「もし私がデトク皇国をうまく利用して戦争を起こす気なら、まずはデトク皇国を訪問中の陛下になにかしらの〝アクシデント〟を起こすだろう。もちろん、それでうまくいけばそれでいいが、それがうまくいかなかったとき、それと同じタイミングで国内で大きな事件を巻き起こす。その狙ったようなタイミングで国内が混乱したら、少なくともリッケルレンス国府はデトク皇国との関連性を疑う。あとは人間の想像力に任せて、勝手に戦争でも始めてくれたら狙い通り……そうじゃなくても、関係悪化は免れない。非常にリスクが低い懸けができるってわけだ」
ということは。
さっきのフードは、その『どこかの国』の潜り込んだ工作員という可能性もある。となると、カーロマイン弟は利用されているのか、それとも国を売ったのか。
もしそうなら、ここでじっとしている場合じゃない。
「待て待てレシオンくん。これはすべて想像のなか、確信もなにもない絵空事だ。さっきのがただの悪戯の打ち合わせってこともあるし、すくなくとも無作為に動くことはしてくれるな。生徒会長の私には、まず生徒を信じる義務がある」
「わかりました」
「……とはいえ、この武芸祭に、不穏な空気が立ち込めているのは間違いない。よくない匂いがプンプンするからな。なにかあったときにはすぐに動いてくれ。キミはこの国を守る騎士なんだろう?」
その言葉に、レシオンは迷わずうなずいた。
それだけ伝えたかったのだろう。会長はそのまま立ちあがり、「それじゃ、またあとでな」と去って行こうとする。
とっさに呼びとめた。
「会長、ひとつ聞いていいですか?」
「なんだ? パンツの色は紫だぞ」
また冗談めかしたのは、無視する。
「……どうして、国同士の情報なんて、知ってるんですか?」
「ははは、そこが気になるか」
カラカラと笑った会長は、巫女服をバサリとはためかせて振り返った。
「秘密を持たない女に、強い男は落とせないでね。想像に任せよう」
パチンと片目を閉じて、生徒会長は屋根の上から飛び降りる。
まるで何事もなかったのように、グラウンドで開催されている『召喚獣戦』の様子を、観客に交じって眺めはじめた。
●フィアのちょこっと経済情報・貨幣価値編●
「金貨と簡単にいわれても、どれくらいかわからない方もおおいでしょう。
リッケルレンス金貨には、1枚でおおよそ銀貨10枚の貨幣価値があります。同銀貨は銅貨10枚分の価値があり、現在は銅貨1枚でリンゴひとつ分の価値があります。つまり金貨は、リンゴ100個分の価値があるということになりますね。お店のリンゴが全部買えちゃいます。
ちなみにスキャナMACは10枚セットが銅貨1枚で売ってますので、子どものお小遣いでもたくさん買えます。貨幣流通のメインは銅貨と銀貨いうことになってます。
逆に金貨はあまり多用されませんね……とくにいまは、不景気なので。
その景気対策のため、じつは現在鋳造されている新金貨の金含有量が低下しているので、旧金貨のほうがわずかに価値が高いんです。私はどちらも持ってませんが、新金貨は銀貨9枚分らしいですね。
苦肉の策とはいえ、トラブルの種にもなりますし、あまり褒められた方法じゃないのですが……><」




