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Falling【18】 ダンジョンにて


「――――〝災断(スラッシュ)〟――――」

 シュピンッ!



 果敢に跳びかかってきた犬型の魔獣を、エヌが蹴り飛ばした。蹴りと同時に生まれた旋風は、魔獣の片目を切り裂いて戦闘不能にする。魔獣は悲鳴と唸り声をまぜるように喉をうならせて、逃げて行った。

 先頭を歩くエヌの足を止めるような相手は、まだいない。


「この角を曲がったら、次の階層へ降りるための階段がありますね」

「……いま何階だ?」

「地下十階です。あと半分ですね」


 フィアの攻略書どおりに歩いているからだろう、魔獣と出会う以外はとくに危険な罠などはなく、俺たちはダンジョンを進んでいた。


 最初に聞こえた悲鳴はなんだったのか、それはわからない。


 魔獣はそれなりに強そうだった。少なくともフィアは「私の武器じゃ太刀打ちできませんね」と腰に提げた短剣を触っていた。今日はセーナから武器MACを借りていないらしい。セーナはダンジョン入口で帰りを待つために、護衛も付けずに馬車の御者とふたりで待っているのだ。武器を借りられるはずもない。


「……結局は、エヌのおかげか」


 エヌは護衛として優秀だ。それくらいわかってる。


 でも二度逢っても印象は変わらない。無感情に淡々と魔獣を蹴り倒して進むだけのその背中には、話しかけづらい。フィアの護衛という役割を完璧にこなそうとする以外に、興味はなさそうだった。


 俺たちは階段を見つけて、迷いなく降りていく。


「……そういえば、目的のレアアイテムってのはなんだ?」

「鉱石ですよ」


 フィアが階段で振り返りながら答えた。


「魔法とは直接関係ありませんが、エネルギー理論の面で希少価値の高い鉱石なんです。最近はとくにMAC大量生産による石炭の消費が激しいですから、石炭の運搬費も商人たちの負担になってて、職人ギルドや商会連盟のあいだでも危惧されてる問題なんですよ。ここの最下層にある鉱石は、石炭の同量で数十倍のエネルギーを生むことができるので、高価で取引されているんだとか。……もっとも、生産性を考えると死の危険を冒してまで取りにくるのはあまり割に合わないというのが一般的です。個人の利益率としては低く、循環理論を応用しなければ経済学的にも効果は少ないですしね」

「……そうか。さすが経済科。よく勉強してんな」


 最後のはわからなかったので、感心したふりをして誤魔化しておいた。

 じっとエヌに見られる。


「……なんだよ」

「べつに」


 ふいっと前を向いて、進みを再開するエヌだった。

 なんなんだ一体。よくわからん。


 地下十一階もとくに異常はなく、数匹の獣を退けて進んだ。一匹も殺さないのはエヌの優しさだろうか、それとも命令されていないからだろうか。


 地下十二階に降りたとき、すこし空気の流れが変わる。

 石に囲まれた神殿だ。換気扇とか、そんなもんはもちろんない。それまで埃くさいような空気だったのに、階段を下りたらそこに熱が籠っていた。近くに誰かいるのか。

 肌で感じるかすかな変化に気付いたのは、俺だけじゃなかった。


「……油断はしないで」


 エヌが前方を見据えた。フィアと俺は目を合わせて、その言葉にうなずいた。

 通路の罠に気をつけて進んでいくと、大きな部屋に出た。入口はあっても出口がない、やたらと広い部屋だった。それまでと同じく石の壁に囲まれているけど、部屋のなかになにかがあるわけじゃない。ただの大部屋。


 先客だ。


 二人組の男女だった。

 ふたりとも、脱色したような真っ白な髪をしている。フィアのような薄青がかった銀色ではなく、完全な白。肌はすこし、浅黒い。リッケルレンスでは見たことのないような肌色に、すこし違和感。

 そいつらは部屋の奥で、ごそごそと、なにやら壁を探っていた。


「ん?」


 男が振り返った。

 やたらと背が高い男だ。髪は短く眉毛は太く、筋肉隆々。パンパンに膨れた子どもが入れそうなほど大きな袋を背負っているけど、それが小さく見えるほど体格が良い。

 その横にいる短いツインテールの少女も、男につられて振り返った。目つきが悪く、八重歯がのぞいている。


「おお、ダンジョンで誰かに逢うのは珍しいな!」


 男が両手を広げて、豪快に声をあげた。

 フィアがぺこりと頭を下げる。


「こんにちは。そちらも、攻略ですか?」

「おもしれえダンジョンが見つかったって噂だったからな! ちょいと用事ついでに寄ってみたんだが、肩すかし喰らってたところだ! かっはっは!」


 大声で笑う。肩すかしをくらったわりには楽しそうだ。


「おめえさんたちも攻略か? 後ろのおふたりさんは、ちょいと冒険家には見えないんだが」


 男は俺とエヌを眺めて首をひねった。

 フィアがにっこりとほほ笑む。


「いえ。私たちはアイテム狙いです。それに、ふたりには護衛を頼んでいるので」

「ほほう護衛つきか! そりゃうらやましいな!」


 うらやましいと言いつつ、男の筋肉を見る限りは護衛なんて必要なさそうなやつだった。

 豪胆に笑う男の横から、小柄な少女が睨んでくる。まだ十五歳程度だろう。腰にカードホルダーを提げている以外、とくに荷物は持っていない。男の妹だろうか。すこしだけ目が似ていた。


「……なに?」

「ああ、いやべつになんでもねえ」

「なら、こっちみんなハゲ」


 毒を吐かれた。

 すると男が少女の頭にゴツンと拳骨を降らせる。


「初対面の相手にバカなこというんじゃねえ! すまねえな、兄ちゃん。こいつ口が悪いからよ。ほら、謝れ」

「……ごめんなさいハゲ」

「それでよし」

「いいのか!?」


 聞こえてないのか、納得したようにうなずく男だった。

 まあ俺もハゲと言われて怒るような性格でもないのでスルーしておく。ツッコミが空振りに終わったのは悲しかったけどな。


「それでお二方は、ここでなにをしてるのですか?」

「いやぁ、この階の出口見つからなくてよ。迷ってたんだ、がっはっは!」


 笑うところじゃないと思うんだが、さっきから随分と楽しそうな男だった。

 フィアが「それなら」と攻略書を取り出した。罠も道もほとんど書かれているので、次の階に向かう道くらいすぐ見つけられるはず。


「……あれ?」


 フィアは首をかしげた。


「書いてないです」

「どういうことだ?」

「わかりません。『ここに出口がある』としか、書かれてません。おかしいです」


 本を覗いてみると、確かにそうとしか書かれてない。

 まあ、攻略書も完全じゃないってことか。俺たちは広い部屋のなかを、手探りで調べることにした。男と女少女はさっきから同じところを探っている。フィアが床を調べ始めて、エヌはとくになにもすることなくフィアのそばに立っていた。


 俺は部屋の入口近くを調べようと引き返すと、


「幻覚なの」


 胸ポケットに入っていたリコが、ぴょこんと顔をだした。

 ずっと透明化しているから他のやつらには気づかれないとはいえ、さすがにダンジョンのなかでは会話するのをやめていた。距離が近いと声が聞こえるらしいのだ。

 俺はフィアとエヌのふたりに気付かれないように、部屋の隅で小さく言葉を返す。


「……魔法か?」

「うん。人間の魔法だと思うよ。あそこの壁、本物じゃない」


 リコが指差したのは、男と少女が調べているところの少し横だった。見た目はふつうの石壁。目を凝らしても、やっぱりふつうの壁にしか見えない。

 ただリコがそう言うのなら、そうなのだろう。


「そっか。よくわかるな」

「リコたちには、幻覚系の魔法は効かないもん」

「へえ……なんにしろ、でかしたぞリコ。ありがとな」

「うん!」


 指先で撫でてやると、リコは嬉しそうにうなずいた。

 とにかく出口の場所がわかった。

 ただまあ、俺が見つけたと説明するのも少し不自然か……。

 なるべく自然に魔法を破ることができるのは、


「おいエヌ」

「なに?」


 ぼうっと立っているだけの囚人少女に声をかける。

 エヌの手錠。たしか、これって魔力を封じる力があるんだっけか。それでエヌの膨大な魔力が漏れないように制御しているとか。


「それ、おまえにしか効果ないのか?」

「知らないわよそんなこと」


 そっけない態度だが、まあいい。


「それに触れてるだけで魔力が薄れるなら、ちょっとここの部屋の壁、その錠で触ってってくれよ。なにか魔法の仕掛けとかあったら破れるかもしれないだろ?」

「…………。」


 いぶかしげに見られる。まったく従う気配はない。

 どうにも俺の言葉で動く気はなさそうだった。


「いいですね、それ! やってみる価値があります!」


 そうフィアが同意すれば、エヌもうなずくしかなかった。

 エヌは壁沿いに歩いて、錠をずりずりと壁に押し付ける。期待通り、リコが指摘したところでエヌはなにかを感じとったようで、そこで足を止め、壁に蹴りを叩き込んだ。


 ベギン、と砕けるような音が響き、通路に出口が現れた。


「おおっ! すげえじゃねえかおめえさんたち! ありがとな!」

「ふんっ」


 男と少女は、そのまま足早に先へ進んでいく。

 俺たちもあとに続いて部屋を出る。すぐに階段があった。これで地下十二階をクリアしたようだ。


「よく思いつきましたねトビラ。すごいです」

「べつに俺のおかげじゃないさ。幸運の女神がついてるだけだ」


 そう言うと、胸ポケットのなかでリコが「め、女神だなんて照れるよぅ」と恥ずかしそうにもぞもぞと動いた。






「……でも、たしかに肩すかしだなぁ」


 ダンジョンってもんには、そこまで詳しくない。

 ゲームや漫画のなかでなら、ふつうは進めば進むほど難易度が上がっていく。途中には中ボスのようなやつがいたり、罠を突破しなければならないこともある。そういうものだと思っていた。

 ただこの〝時の神殿〟はそうじゃない。地下一階も十七階も変わらない。ただ迷路のような道なだけで、獣も同じ犬型のやつしかでてこない。十二階にあった部屋の幻覚魔法だけが足止めといえば足止めで、面白味がなかった。

 フィアに言わせれば「危険が少なくていい」とのことだが、俺としては初めてのダンジョンなのだ。すこし期待していた部分もある。


「で、出口はどっちだ?」

「あちらですね。次は十八階です。もうすぐ最下層にたどり着きますね!」


 時間もそれほど経っていない。〝時の神殿〟ぽかったのは、最初の罠だけだ。

 もちろん十八階もいままでどおり。

 十九階も変わらず。階段がある部屋には魔獣もいなかったし、危険な罠が仕掛けられているわけでもなかった。肩すかしというよりは、期待はずれだろう。さっきの男と少女はとっくに進んでいるのか、それとも後ろにいるのか。十二階から姿は見ていない。


「……あれが最後の階段です」


 フィアも警戒することをやめたのか、本から視線を上げることなく、前方を指差した。

 階段を下りる。


 たどり着いたのは地下二十階――広い空間だった。

 部屋とはいえないだろう。そこは、石壁でもなければ扉もついていなかった。地下に造られている神殿だということがわかるように、床から天井まですべてを土で囲まれた場所だった。


 その土の広い空間の奥に、小さな石の土台が置いてあった。どうやらアレがダンジョンクリアしたあとに乗る〝出口〟らしい。来た時と同じ原理のものがあそこに設置されているとみて間違いない。


 でもその前に、目的を忘れちゃダメだ。土を掘ったままの部屋に視線を走らせると、ところどころに輝く鉱石のようなものがあった。

 鈍色に光る、不思議な石だった。あれが貴重な鉱石だろう。

 フィアがその石を採ろうと走りだした瞬間、


『キィィィィ!』


 部屋の奥――石の台の後ろから、黒板を爪でひっかいたような音が聞こえた。

 すぐに石の台を飛び越えて出てきたのは、大きな蜘蛛。足の先がすべて剣のように尖っていて、頭には角のような部分が生えている怪物だった。


「……あれ、なんだ」

「おそらく〝神蜘蛛(ニトロン)〟ですね。攻略書によればですが」


 この神殿のボスだろう。かなりデカく、体長は五メートルほどある。

 獰猛なのか腹をすかせているのか、口からネバネバの粘液をしたたらせていた。その粘液には毒が含まれているのか、地面に落ちたら土がシュワシュワと溶けていった。

 

 かなり強そうだ。


「ふう……ようやくダンジョンっぽくなってき、」


 た。


 と言ったときには、エヌの蹴りが炸裂していて〝神蜘蛛〟の体は吹き飛んでいた。奥の壁にぶちあたった〝神蜘蛛〟は、地面にずり落ちるとすべての足をぐで~んと伸びきらせ、あっけなく気絶してしまった。

 ボスの威厳がまったくない。


「……てかはやすぎだろ」

「さすが〝時の神殿〟ですね。時間の無駄遣いはしなくていいようです。ささ、いまのうちに採取しましょう!」


 フィアが感心したように言ったが、俺は呆れるしかなかった。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



 いまごろ、トビラはダンジョンを楽しんでいるだろうか。


 そんなことをぼんやりと思いつつ、レシオン=スラグホンは模擬槍に力を込めた。

 武芸祭もすでに中盤。

 刃を落とした武器を手に、己の力のみで戦う『決闘』は、準々決勝になっていた。


 観客席と舞台が設置され、闘技場のように造りかえられた校庭で、レシオンは小さく息を吸う。祭り独特の熱気が周囲に満ちていた。「ぶちのめせ!」「負けんなよ!」「やられちまえ!」などと、外野のヤジが飛び交う。


「では、両者前へ!」


 好きな武器を持たせてくれるというのなら、レシオンには自信があった。

 槍の一族に生まれて、物ごころついたときから槍を持ち、槍と共に生きてきた。〝武雷の槍〟と同じ重さで造られたこの模擬槍があれば、学生で自分と渡り合える相手はほとんどいないと思っている。入学してまだ一年目だが、ここの誰よりも武の歴は長い。


 実際に、レシオンはここまで無傷で勝ち抜けてきた。『没落貴族に負けた大貴族』という汚名も、もはや返上しつつあるだろう。


「それでは――――始め!」


 審判役の教師の声が響き渡る。

 相手は最高学年の先輩だ。強いという噂は知っていた。

 卒業後、すでにどこかの領主の専属護衛を務めることが決まっているらしい。中級学校を卒業したあと、単なる兵士として金を稼がずにわざわざ『上級学校』に入るのは、そういったコネクションをつくるためでもある。きちんと教育を受け、出世がしやすい環境に身を置く。この学校を出ていれば経歴に箔がつくのもその役を担うのだ。


 そのうえ武芸祭で優勝したとなれば、実力にも太鼓判が押されることを知っているはず。

 だから手加減なんて一切しない。

 もちろん、レシオンもだが。


 相手の獲物は両手剣。

 短剣と長剣の組み合わせ。すこし変わった戦闘スタイルだが、戦ったことがないわけじゃない。

 リッケルレンスに古くからある攻防一体の武芸だ。


「――フッ!」


 まずは長剣で牽制してくる。

 後ろに跳び、距離を保った。それと同時にこちらも牽制のひと突きを繰り出すが、なんなく短剣で弾かれた。

 すぐに腕を引く。体重はうしろに残したまま、もう一度突き出す。


 キンッ!


 わかっていたけど、また弾かれる。

 こんどは間髪いれずに相手が長剣を振り降ろしてきた。槍を引いた隙を狙っているのは明白だ。こちらも、その隙を隙にしないように体重を残しているのだ。体を横にずらして剣を避ける。寝起きでも避けれる速度だ。


「甘いぞスラグホン!」


 長剣を振り下ろした勢いのまま、男は体を回転させて、逆手の短剣でレシオンの首を狙ってくる。剣士よりも舞踊のような予測不能の動き。不意をつくそのタイミングの攻撃は、ふつうに戦っていては反応できない――はずなのだが。


「ハッ。甘いのはどっちだ」


 レシオンは槍の柄で短剣を受け止めた。

 一対一において、読める攻撃は意味をなさない。いくら不意打ちのタイミングだろうと、レシオンが経験したことのある動きならば、脅威にはならないのだ。いままで何千何万と闘いを重ねていたレシオンに、その程度の動きは読めていた。


 レシオンの不意を突きたければ、せめて素手で槍を叩き落とす(・・・・・・・・・・)くらいにならなければ無理だ。


「――って、いま思い出すことでもないか」

「ぼうっとしやがって、舐めてんのか!?」


 レシオンの思考に感づいたのだろう。怒りの声をあげた男。

 たしかに、決闘中にしては、礼儀を欠いているか。


 レシオンはその言葉に応える代わりに、槍の柄をぎゅっと握りしめた。


 殺意、敵意のない突きはあたらない。相手も学生とはいえ、もう体も成熟し、ほとんど大人と変わらないのだ。経験もあれば身体能力も完成しているはず。生半可な突きでは防がれてしまう。


「――槍に込めるは、ただ一切の穢れなき意志――」


 相手を貫く覚悟だ。


 自分より肉体が強い相手には、ただそれだけに特化した突きが必要だ。

 もちろん、刃のない模擬槍では刺すことはできない。それでも槍の穂先が腕を伸ばしたその先に届くように突くように。突きの勢いで、そのまま空の月をも砕くようなイメージで。


 一直線に。

 まっすぐに。

 ただ、まっすぐに。


「隙だらけだぞスラグホン!」


 男が薙いだ剣は、肩を掠めた。


 攻撃の前に生まれてしまう隙は必然だ。だからこそ、槍使いとして持っていなければならないのは、避ける動作の繊細さなんだ。紙一重、皮膚一枚で攻撃を避け続けることができる見切りの目。動きを最小限におさえる度胸。

 それがレシオンの培ってきたもうひとつの武器。


「こんどはオレの番だ」


 一度、後ろに大きく跳んだレシオンは、その槍を握りしめた。

 右手で強く握り、左手をその柄に添えて腰を落とす。


 それまでと違った構えに、男も警戒を強めた。

 距離をとったままの睨み合いは……刹那で終わった。


 レシオンの足が地面を踏み抜く。


 重要なのは、軸足だ。

 それをトビラに利用されたことはわかっている。それだからこそ、この一カ月、より動きを洗練させた突きを求めた。軸足に乗せた体重を素早く前に傾ける。地面に対して垂直に体重を乗せるのではなく、より前に。


 前に進め。

 速度も、重さも、すべて前に。


「――撃ち抜け――」


 突進こそが、槍の本懐だ。


「――があっ!?」


 次の瞬間には、レシオンの槍が男の腹に突き立っていた。

 さすがに模擬槍で防具を破壊することはなかったが、突きの衝撃が男の背中にまで達したのか、留め具が壊れて、防具がすべて落ちた。

 ドサリ、と男は倒れる。

 

 静寂は、一瞬だ。


「勝者、レシオン=スラグホン!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 観客の歓声を浴びながら、レシオンは小さく息を吐いて、空を仰いだ。


「……トビラ、大丈夫かな」

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