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Falling【14】 拒絶のロールプレイング



 灰色の雲が立ち込めていることに気付いたのは、昼をすこし過ぎてからだった。


 フィオラという名は、あまり好きじゃない。

 もっと女の子らしい名前をつけてもらいたかった。せめて愛称は可愛いものにしたくて、フィアと自分から名乗るようになったのは、たしか十歳の頃だっけ。


「フィオラ様、お知らせしたいことが」


 城内は休日なんて関係なく、相変わらず慌ただしい。


 昼食を終え自室に戻っている途中で、王宮騎士のひとりに呼びとめられる。

 もう十七歳だ。さすがにフィオラと呼ばれることに抵抗はなくなった。


「フィア様!」


 ほとんど同時に、セーナが廊下の角から現れた。セーナはフィアが五歳の頃からの親友であり、自分専属のメイドとしてずっとそばにいてくれていた。ほとんど家族のようなものだと、勝手に思っている。


「……どうしたのですか? ふたりとも」

「「〝幻惑の森〟のことで――」」


 言葉を重ねた。

 王宮騎士と専属メイド……立場としては、どちらが上ということはない。ふたりは視線を合わせ、レディファーストとして、セーナが先に申し出ることになった。


「フィア様、さきほど巡回兵からの連絡がありまして……大変なことがわかりました」

「なんですか?」


 セーナの表情が曇っていた。

 やな予感。


「それが……〝幻惑の森〟が消えているとのことです」

「どういうことです!?」


 思わず声を荒げた。

 答えたのは、王宮騎士の男だった。


「わたしも同じ知らせを受け、『(はやぶさ)』に早急に確認させましたところ、どうやら現地に住む亜人たちが何者かによって殺され、集落は全滅させられており……ダンジョンは消滅していたとのことで」

「そんな……」


 フィアは口を覆った。

 全滅。


 北の山に住み、難攻不落のダンジョンをつくりだす亜人。彼らが何者かは知らないが、彼らは自分たちの身を守るために〝幻惑の森〟を生みだしていたという。人間族と亜人族……不必要にお互い干渉しないことが、暗黙の了解だった。


 それなのに、殺された……。


「それにつきまして、フィオラ様のご友人と囚人番号01502番の行方もわからなくなっているとのことです。集落に入った痕跡はあるとのことで、そのまま事件に巻き込まれている可能性が高い、と『隼』からの報告がありました。万が一の場合、すでに……」

「そんなっ!? 滅多なことは言わないでください!」

「落ちついてフィア様!」


 思わず騎士の男に掴みかかってしまうフィア。

 セーナに止められて息を整える。


「……すみません」

「いえ、こちらこそ軽率で申し訳ございません」

「きっと大丈夫ですわフィア様。トビラがそう簡単に死んだりするもんですか。それに、護衛についてるのは、あの(・・)エヌ様ですわ。エヌ様にトビラを守れと命じたのはフィア様でしょう? 彼女が誰よりも命令に忠実なのは、誰もが知っていることですわ」


 それもそうだけど……。

 心配なのは、止められない。


「……トビラ……」


 ふと窓の外を見る。

 いつのまにか、雨が降り出していた。



 ↓↓

 ↓↓↓↓



 パチン、と焚火の木が弾けた。


 地底湖はどこまで続いているのかわからない。洞窟のなかは焚火の灯りだけが光源で、だだっぴろいその空間を照らすのには少しばかり頼りなかった。


「そっちにいたか?」

「いない」


 エヌが、俺の声に小さく返事をする。


 岩場の陰、湖のほとり、そして天井や地面の隙間……焚火の明かりが届くところは捜索したけど、誰かが隠れていることはなかった。


「これ以上は無駄足ね」

「そうだな……帰るか」


 おそらく針狼の飼い主とやらは、とっくにここにはいないのだろう。どこからか逃げたか、すれ違いで出ていったか。


 〝幻惑の森〟――亜人の集落を壊滅させたのは間違いなく大針狼(ギガニードルフ)だった。


 それがMACだったってことは、つまり命じたやつがいる。ダンジョン最奥と思われるこの洞窟にいたということは、そいつが俺の目的の《過去を見るMAC》を知っている可能性もある。


 とはいえ、見つからなければ確かめようがない。あきらめるしかないだろう。

 俺たちは洞窟から出ようと入り口まで戻り――


「……マジかよ」


 いつのまにか、広大な空間の入口が崩れていたことに気付いた。

 おそらく、エヌが大針狼を蹴り倒したときだ。やたら洞窟が揺れていたから、その振動で岩が崩れたんだろう。

 これじゃあ帰れない。


「……蹴る?」

「まてまて、余計に崩れるだろ」


 蹴りの体勢に入ったエヌを、なんとか止める。

 ……でも、どうする。


 あいにく光を生むMACは持ってきてないし、持ってきたとしても使えない。エヌは囚人でMACすら持ってない。パチパチと焚火が音をたてて光っているうちに、脱出の方法を探らねば。

 湖があるってことは、どこかの水源と繋がっている。出口はあるかもしれないが……とはいえ地下洞窟だ。泳いでいければいいが、水中で息ができなければ不可能だろう。

 俺がしばらく悩んでいると、


「だから、蹴ろうか?」

「天井崩れたらどうすんだよ」


 悩みもせずつぶやくエヌ。

 そういえばこいつが過ごしている牢獄は地下だ。こういう閉塞感に慣れているのだろうか。まったく不安げな表情を見せない。むろん、安心しているわけでもないだろうけど。


「……瓦礫、ひとつずつ動かすか」


 結局、岩をひとつずつ動かして退路を確保することにした。

 俺は崩れた入口の岩をすこしずつどけていく。次々に崩れていくような気がするが、むやみに破壊するよりはいいだろう。


「……日が暮れるわよ」

「どうせ洞窟だ。わかんねえよ」

「そう」

「てか手伝えよ」

「手が塞がってるから無理よ」


 たしかに拘束されてるけど、なにかあるだろなにか。

 エヌは黙って俺の後ろに立っているだけだった。


 パチッ!


 火の粉がひときわ大きく弾けて、湖のほとりにあった焚火が消えたのは、その直後だった。

 光源が消え、フッと真っ暗になる。

 なにも見えなくなった。


「……どうするの?」

「そりゃあ続けるしかない――」


 ――だろ。

 と言う前に、水の音が、背後から聞こえた。

 ザザァ……と湖が波打つ。

 見えないけど、つい振り返る。


「……なんだ?」

「黙って」


 エヌの声が鋭くなった。


 水がどこかで滴り落ちる。

 ズリズリ、となにかが這う気配。

 そしてチチチチチ……と、振動するような音が聞こえてきた。


 ……なにかいる。

 それも、暗闇で動ける何かが。


 エヌがゆっくりと後退してきた。エヌの背中が、俺の体を押す。

 崩れた岩とエヌの体に挟まれて身動きが取れなくなったとき、ぴたり、とすべての音が止まった。

 囚人服越しに、エヌの体温が伝わってくる。


 感情のないようなエヌでも、体温はあった。人形のような無機質な顔立ちでも、人間だってことがわかった。べつに機械人形だと思っていたわけじゃないけど。

 エヌのゆっくりした鼓動を感じた瞬間――



『シュアアアッ!』



 離れたところで、なにかが吠えた。


 次の瞬間、冷気が吹きつけてきた。

 周囲の気温が下がったのがわかる。


「じっとしてて」


 動こうとした俺を、エヌは背中で押さえつけたままつぶやく。なにも見えないが、とにかく俺とエヌに降り注いでくるのは冷たい風だった。凍てついた空気が体温を奪っていく。

 肌寒い。


「……なにが、どうなってる?」

「いいからじっとしてなさい」


 エヌの声は冷静だった。

 ただ、服越しに伝わってくるその体温が、すこしずつ下がっているような気がする。


「おい、エヌ――」

「うるさい」


 また拒絶。


 いい加減にしろと言いたくなる。

 でも、言うとおりにしていたほうがいいことくらい、俺にはわかってる。見えなければなにもできない。知らなければなにもできないのは、わかっている。


 エヌは囚人だ。

 こいつがどんな罪を犯して拘束されているのか、俺は知らない。どんな大罪を背負って生きているのか、俺には想像できない。

 底辺属性の没落貴族とはいえ、俺は牢獄に繋がれているわけでも、自由を失っているわけでもないのだ。

 だから、エヌの考えなんてわかるはずもない。

 知るはずもない。


「…………。」


 冷気はますます強くなる。

 服が凍りつきはじめた。皮膚がゆるやかな悲鳴を上げている。

 何かが俺たちを攻撃しているけど、その何かが、俺にはわからない。

 エヌはなにも言わない。


「なら……」


 俺はつぶやく。


「〝X-Move〟」


 魔法を発動させた。

 座標をおおまかに指定し、俺たちの近くに移動させる。

 ボトリ、となにかが落ちる音。

 でも、視界は明るくならない。


 ……もっと下か(・・・・・)


「……〝X〟……」


 今度は、意識を集中させる。


 目に見えない場所のものを移動させるためには、座標を緻密に計算しなければならない。高校で苦労したことがここで役に立つなんて、思いもしなかった。


 ほんの少しでいい。どこにも影響が出ないくらい、ほんの少し。バケツ一杯ほどの量でいい。地盤や地熱や火山にまったく影響が出ないくらいの、ただし、俺たちの視界を明るくしてくれる量――

 俺が直面しているものの正体を、知ることができるように。


「……〝Move〟……」


 呼び寄せたのは、はるか地下深くに溜まっているはずの――――溶岩(マグマ)


 ぼとり、と洞窟の地面に落ちて、土を溶かしてさらに赤くなる。

 その光が照らしたのは、湖から這い出ていたモノだった。

 湖のほとりで首をもたげていたのは――青白い大蛇。


『シュラアアアアッ!』


 大針狼にもひけをとらないくらい巨大な蛇が、吠える。

 口を大きくあけ、二又に分かれた舌を震わせ、暴風を吹きつけていた。


「――エヌ!?」


 その風は凍気だ。

 空気がパリパリと音を立てて凍るほどの風。近くに落ちたマグマがすこしずつ色を失っていく。

 それを、エヌは、拘束された両手で受け止めていた。


「な、なにしてんだ……おまえ」


 つい言葉が漏れる。

 魔法も使わずに、ただその冷気を腕で受け止め続けているエヌ。背中を俺に押しつけて、俺が動かないようにだけ気をつけている。エヌの体に当たって弾けた冷気が、周囲の岩をカチカチに凍らせていた。俺はまだ、その余波をうけているだけだ。


「おまえ……」

「べつになんともないわ、このくらい」


 なのに声はあくまでも、平常だった。

 感情は籠ってない。

 痛みに耐えてるわけでもない。

 強がっているわけでもない。


 それが最善の策であるかのように、ただ冷気を受け続けていた。


 青白い大蛇は攻撃がさほど効いてないことに疑問を持ったのか、冷気を吐くのをやめてすぐに身をひるがえし、湖のなかへと戻っていった。警戒心と猜疑心……それなりの知性があるのだろう。

 

 ザブン、と湖面が波打ち、大蛇の姿が消える。


「おまえ、大丈夫なのか!?」


 すぐにエヌの腕を診る。


「べつに」


 エヌの腕は冷えきっていたが、凍りついているわけじゃなかった。

 ただ、少しだけ痛そうに、赤くなっていた。






 ……さっきの大蛇はなんだったのだろう。


 そう考えながら、瓦礫を移動させる。持てるものは自分の手で横にどけて、持てない重さの岩は魔法を使って土の中に埋める。

 それを繰り返し、発熱するマグマも弱まってきたころ、ようやく通路が開けた。


 土で汚れた手で額をぬぐい、洞窟を引き返す。


「ったく、すこしくらい手伝ってくれてもよかったのに」

「それは命令されてない」

「……さいですか」

 

 洞窟を抜けて森に出る。

 そこから茂みをかき分けて集落に戻ると、数人の兵士がいた。


 軽い装備を身につけた兵士が、集落の残骸をなにやら調査しているようだった。装備に描かれている紋章はリッケルレンス王国のものだ。


「――囚人番号01502番と、フィオラ様のご友人ですね? ご無事でなによりです。すぐに王都に帰還してください。フィオラ様がご心配してらっしゃいます」


 彼らは俺とフィアを確認して、すぐに森の外へと誘導しようとした。

 なにも得ることはできてない。そのまま帰るのは、癪だった。

 でも、目的は果たせそうにない。ここに残る理由はないか。


「そのまま道にもどり、山を降りてください。ふもとに送りの馬車を用意しております」

「わかったわ」


 エヌはすたすたと歩いていく。

 少しだけ迷ったけど……慰霊碑をつくるのは、たぶんただの自己満足だ。フィアが心配しているというなら、はやく帰るにこしたことはない。


 俺たちは通ってきた道を、そのまま戻る。

 そもそも過去を視るMACは、本当にあったのだろうか。それになぜ、〝飼い主〟とやらは大針狼に集落を襲わせたのだろう。難攻不落のダンジョンを形成する亜人たちをいとも簡単に全滅させるとは……どんなやつなんだろう。


 ふと考えたときだった。

 うしろの集落のほうから、なにか悲鳴のようなものが聞こえた。


「……どうしたの」


 振り返った俺に、エヌが首をかしげる。


「いま、悲鳴が聞こえなかったか?」

「ええ。それと大蛇の鳴き声も聞こえたから、たぶんさっきのやつが集落にいた兵士を襲ってるんでしょうね」

「マジかよ!」


 俺はとっさに走りだそうとして――――エヌに手を掴まれた。


「……おい、エヌ」

「なに?」

「放せ」


 エヌは無表情で、首をひねるだけ。


「どうして?」

「助けにいかないと」

「なぜ?」


 なぜってそりゃあ……


「彼らはあたしたちを連れ戻しに来たわけじゃない。おそらく亜人たちの情報を探るためにここにきた。全滅した集落に残る危険は、覚悟しているはずよ。それに、彼らを助けることができたとしても、その役割は与えられてない」

「……役割、だと?」


 さっきから、エヌの言うことが理解できない。


「あたしの役割は、あんたが目的を遂げるためにサポートすること。あんたの身を守ること。それ以上の命令は与えられてない」


 意味がわからん。

 ここで引き返せば、あの兵士たちを助けてやれるかもしれないのに。さっき見せたエヌの力があれば、それくらい容易だろうに。


 でも、エヌはただ無感情に首をふるだけ。

 俺の前に立ちふさがって、拒絶するだけだった。


「あんたの安全が最優先。あたしたちは、馬車に乗って王都に帰るの。それが命令。そしてあんたは目的を果たせないのなら、無傷のまま帰る。それが役割」

「……そうかよ」


 譲ろうとしない態度。

 冷たい視線と言葉。


「なら、俺は俺でやるだけだ……〝X〟」


 落ちていた木の葉を舞いあがらせてエヌの視界を遮り、その隙に横をすり抜けた。

 俺が誰かのためにできることなんて、たかが知れてる。

 ここで引き返すことに意味があるのかはわからない。エヌの言うことが理解できないわけじゃなかった。昔のように流されることを、やめただけだ。自分が正しいとは、思わない。



 ……それでも、こいつとは、仲良くできる気がしなかった。

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