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Falling【10】 決闘と師匠と大貴族と ★


「……どうしてこうなったのか、教えてくれませんか?」



 フィアが不機嫌そうに頬を膨らませ、俺の制服の(えり)を正していた。


 この学校に編入してきて一週間と少し。

 授業はまだまだ慣れないが、師匠との寮生活は、すこし身に馴染んできた。


 友達といえる友達はできていない。毎日喧嘩して顔を腫らしているからか、それとも没落貴族の属性からかはわからないが、とにかくほかの生徒たちからは距離を置かれている。俺も自分から歩み寄ることはできないので、いわゆるぼっちのままだった。


 それなのに、また俺は好奇の視線を浴びていた。

 注目の的になんて……なりたくないのに。


「ねえ、どうしてですか?」


 どうしてもこうしても、原因の半分はフィアにある。レシオンが俺を嫌う理由は、フィアと仲良くしているからなのだろうから。

 とはいえ、それをフィアに言うのは間違っている。そこに油を注ぐ態度を取ったのは俺だし、余計なことを漏らして『私が説教してきます!』とか言われても面倒だ。


決闘(デュエル)


 師匠ははじめからこれを狙っていたのか、やけに嬉々として申し出を受けた。


 多くは『MAC収集家』同士のMAC争奪戦や、各地で開催されるさまざまな祭りの余興として、半分〝遊び〟の要素が入って行われるらしいが、もともとは一対一の真剣勝負なのだ……お互いより〝強い〟ということを証明する手段でもある。


「おい聞いたか? 編入生の没落貴族が、あの大貴族様に決闘を申し込んだんだってよ」

「いや、どうやら逆らしいぜ。大貴族様が没落貴族に決闘を申し入れたんだとか」


 噂は風のように流れた。決闘を行う放課後の校庭には、全校の半分以上の生徒たちの姿があった。数百人の集団は、校庭の真ん中をぽっかりとあけて取り囲んでいる。その中心に俺は立っていた。甲斐甲斐しくも心配してくれているフィアは、周囲の視線を気にすることなく俺の肩をぽんと叩いた。


「でも、負けないでくださいね! トビラのかっこいいところ、みんなに魅せてやってください」

「ん」


 もちろん負ける気なんてない。


 だが、それだけじゃない。

 師匠から要求されていたのは、そんな単純な結果じゃなかった。


『いいかい弟子。キミは没落貴族だ。術式系統の魔法が使えないことは、この学校にいる者ならすべて知っている。圧倒的に不利な条件の決闘で、誰もキミが勝つなんて思っていないだろうね。決闘を受けたのは、気の迷いだとでも思われているだろう。そのふぬけた顔のとおりバカなやつだとでも噂されてるよ』


 バカな顔で悪かったな。

 でも、そのとおりだ。しかも俺は学士科で、レシオンは武芸科。

 勝つ見込みなんてどこにもないし、誰も俺の勝利なんて予想していない。


『でも……キミにはソレ(・・)がある。ソレをうまく使えば、勝つことも可能だろうね……ただし、勝つだけだと逆に窮地に追いやられるんだよ』


 勝つと窮地。

 どうしてだ、と聞くと、師匠は淡々と説明した。


『キミがMACの力で大々的に勝ったとしよう。MACはキミたちにとっては武器であり、防具であり、道具だ。もしキミが一枚のMACで武芸科の生徒に勝ってみたまえ。『あいつのMACはすごい』と思われてしまう。そうすれば、キミのソレを欲しがる者や、奪おうとする者が出てくるだろう。それはキミにとって致命的にマズイ結果になりかねない。だからキミは、すくなくとも赤髪くんや観客に『MACを使わずに勝った』と思わせなければならないんだよ。この意味はわかるね?』


 なるほど、それもそうだ。

 人間の好奇心は止められない。


『キミはこのボクの弟子、負けるのは論外だ。でもただ勝てばいいんじゃない。うまく勝つ必要がある。そのためにはどうすればいいか……それを考えるのが、キミへの〝課題〟だよ』


 そう言われて、決闘に臨むことになった。

 俺はポケットのなかに入れている白いMACを服の上から撫でる。


 腰には、カモフラージュのために革のカードケースをつけている。中にはいくつかMACが入っているが、むろん俺の使えるものはない。


「レシオン様! がんばって~!」


 反対側から、黄色い声援が飛んだ。

 校庭にできた人垣のリングの反対側から、赤髪を伸ばした痩身が歩いてくる。

 女子生徒の何人かが、レシオンのファンなのだろう。さすが美少年だ。


「……大貴族だからっていつも偉そうにしやがって。やられてしまえばいいんだ……」


 俺の背後のあたりで、ぼそりと誰かがつぶやいた。


 大貴族スラグホン家は、この水の都でもっとも古くから力を持ってきた貴族らしい。武闘派貴族とも知られ、代々〝王宮騎士〟になるほどの実力者を輩出しているんだとか。レシオンもまた、王宮騎士という王族直属の騎士になるために、この学校に入学したらしいのだが……


 大貴族で実力者の家系、か。


 どうやら、嫉妬や羨望なら、あいつのほうが慣れていそうだ。


 黄色い歓声も、睨む視線も、レシオンはものともせずに歩いてくる。

 憮然とした態度。他人を見下したような視線。

 他人の声など気にするな――――まるで、そう自分に言い聞かせているように。


「さあ、それでは始めるとするよ、キミたち」


 俺とレシオンは、校庭の中央で顔を合わせる。

 視線がぶつかる。


 ……こういうときこそ、余裕を見せるくらいがちょうどいい。

 俺は薄くわらった。


 師匠は周囲すべての者に聞こえるように、声を張った。


「――使用可能MACは最大三枚。召喚獣は不可とする。勝利条件は相手の体に攻撃をヒットさせること、もしくは戦闘継続不能とボクが判断した場合のみ。時間は無制限。いかなる結果になろうとも、両者決して恥じない行動を心がけるように……それでは、開始ッ!」


 決闘の、幕が開けた。






『ただ勝つだけじゃない。うまく勝つ』


 その方法は、決闘が始まるまでいくつも想像した。


 使えるのは〝物質を縦軸方向に移動させる〟だけの魔法。地下牢のような密閉空間なら、相手を天井にぶつけて戦闘不能に追い込むことは可能だ。


 だが、ここは屋外。土のグラウンド。

 そしてなおかつ、魔法を使ったことを悟られてはならない。


「……さて、どうすっかな」

「〝武雷の槍(ケラウノス)〟」


 まずはお互い距離を取った。俺はもちろんのこと、レシオンも俺を警戒しているようだ。

 黄土色のMACを白い槍に変えたレシオンだったが、それでいきなり襲ってきたりはしない。こっちの様子をうかがっている。


 だがあいにく、俺は応戦の姿勢を見せることはできない。

 持っているのは〝スキャナ〟を数枚のみ。武器MACはない。レシオンの適性は貴族と騎士……それくらい最初から知っているので、使う意味はまったくない。


 だから、俺がとった行動といえば、


「――なっ!?」


 ただ、片手をポケットに手を突っ込むのみ。そして来いよ、と手で(あお)る。


「っざけんじゃねえ!」


 その態度をあきらかな挑発と受け取ったレシオンは、腰のカードケースから緑のMACを取り出した。


「〝迅雷の風(サンダボルト)〟!」


 バリバリバリッ!

 雷鳴が轟いた。


 周囲から、女子生徒たちの悲鳴がおこる。


 雷光が、俺に迫ってくる。


 手加減なしだ。当たれば一瞬で気を失いそうなほどの雷撃。(ランク)いくつか知らないが、少なくとも誰にでも使えるような代物じゃないだろう。


 避ければ、後ろにいる観客にあたるかもしれない。師匠が防ぐ可能性も考えたが、あいつがそんな気を回すとも思えない。危険を顧みずに見物する生徒の自己責任でもあるのだろうけど。


 ……まあ、パフォーマンスとしても、ちょうどいいか。


「〝X〟」


 俺は、雷を手の甲で叩いた。


 パンッ!

 と弾ける音がして、雷撃は消えうせた。


「なっ――!?」


 いや、正確には、手の甲で払うフリをしただけだ。

 手にあたる瞬間、俺は迅雷を真下――地中深くに〝移動〟せさた。


 当然、誰もそのことには気づいてない。はるか下の地面のなかを覗くことができるやつでもいれば、話は別だが。

 ざわめきが起こる。


「じゃあ、こんどはこっちの番だ」


 俺は落ちている小石を拾って、レシオンめがけて一直線に投げた。

 レシオンはとっさに槍で小石を弾こうとして――


「〝X〟」

「ぐっ!?」


 カクンと落ちた石が、レシオンの腹に突き刺さる。


《X-Move》は移動用の補助魔法。その利点は、わざわざ手に持って掲げなくても発動できること。身につけているだけで(・・・・・・・・・・)、それを使えるということだった。


 これで一撃を加えたとみなしてくれればいいのだが……と師匠と見ると、師匠は「そんなぬるい攻撃はカウントしない」と首を振った。


 まあ、そうだろうけど。

 レシオンはギロリと俺を睨んで、槍をもつ手に力を込めた。


「……〝電光石火(スピードスター)〟!」


 こんどは俺が驚く番だった。

 レシオンの足元が光ったかと思うと、一瞬にして俺の目の前に詰めよっていた。靴の裏底にMACを仕込んでるとは気付かなかった。


 レシオンが突き出してくる槍を、俺はからだをひねって避ける。


 一撃目はなんとかかわした。だが、レシオンはすぐさま槍を引く。


 この距離は――避けられない。


 レシオンは勝利を確信し、ニ撃目を放とうとして手に力を込めた――


「――すまんな、大貴族」


 だが俺は、笑っていた。






「――勝負あり!」


 師匠の声が校庭に響き渡った。


「勝者、弟子(トビラ)!」


 観客たちは茫然としていた。彼らだけじゃない。俺と師匠以外、レシオンですら、自分の身になにが起こったのかわからないようだった。


 ほんの一瞬前まで、レシオンは手にした槍で、俺の肩を貫くために構えをとっていたはずだったのに、いまは地面に倒れている。


「……なん……だ!?」


 レシオン=スラグホンは武芸者だ。

 身体能力は高い。素手の喧嘩はそこまで得意ではないらしいが、槍を持たせたら学生のなかではトップに躍り出るほどの実力者だと聞いていた。だから必ず、槍を武器に使ってくると思っていた。

 接近戦は、最初から警戒していた。


「……なにが起こった……!?」


 攻撃したと思ったら、いつのまにか自分が倒れていた――レシオンの認識はそんなものだろう。周囲も、レシオンが槍を突こうとしたら倒れた、と見えたに違いない。


 俺はただ、レシオンが軸足で踏んでいた地面(・・)を、すこし下に移動しただけにすぎない。


 槍を使うためには、かならず軸足で踏みこむ。その動作を利用してバランスを崩させた。あとはよろめいたレシオンに、一撃を加えるだけ。

 これで、勝負は終わった。


「……いまのはなんだ……」


 ざわめきが広がる。

 俺はMACを取り出していない。素手の俺に、レシオンが負けたということになる。しかも見た目はレシオンのミスだ。


 観客たちは納得がいかないようだ。もちろん、レシオンも。


「……やり直せ」


 レシオンは低く唸った。たしかに納得できないだろう。

 師匠をちらりと見る。師匠は「面白いからもう一度やれ」と言わんばかりにあくどい笑みを浮かべていた。

 ため息とともに、俺はうなずいた。


「わかった……もう一度だ」


 要求されたとおり、俺とレシオンはすぐさま再戦を開始した。


 ただ、二度目は、一度目よりもあっさりと結末を迎えることになる。


 観客たちのざわめきは、今度は起こらなかった。


 この場そのものが息を呑んだような、一瞬の静寂が起きただけだ。


 開始早々に駆けだした俺。

 槍で迎え撃つレシオン。


 俺は、拳でレシオンの槍を叩き落とし(たように見せて)、レシオンの腹に蹴りを叩きこんだ。


「……勝者、弟子」


 二度も自分の弟子が圧倒して、満足したのだろうか。

 師匠は楽しそうに、力いっぱいうなずいた。



 ↓↓

 ↓↓↓↓


 

 まだ、終わらなかった。


『つまらない茶番を見た』と呆れる者、『あの没落貴族、すげえ』と感心する者、『大貴族様って弱いのか』と喜ぶ者……さまざまな反応が、校庭に溢れかえっていた。


 レシオンは動かない。取り落とした槍を見つめたまま、膝をついて茫然としていた。


 すこしやりすぎたかもしれない。MACを使わない戦闘だと見せるだけでよかったのに。


「……おい、レシオン」


 言葉をかけるが、反応がない。

 なにか言ってやったほうがいい気がしたが……反応がないなら、まあいいか。

 これで絡まなくなってくれれば、それが一番いい。さっさと帰って夕食の支度でもしよう。


 そう軽く考えてしまった。

 俺が勝つということが、レシオンにどんな傷を与えるか、まったく考えなかった。


 だから俺は、気付かなかった。


「……没落貴族の、くせに……」


 レシオンがつぶやいたその言葉の重みに、気付かなかった。


 とっさに背後で膨れ上がる、熱量。


 周囲から悲鳴があがる。

 俺が振り向いたときには、もうその魔法は発動していた。


 レシオンの手のなかにあった槍が、まるで生き物のように口を開けて蠢いていた。

 口のなかから漏れだす光。


「撃ち抜け――〝雷霆(ケラウノス)〟」


 背筋に寒気を感じて、俺はとっさに倒れ込んだ。


 音はなかった。


 ただ、膨大な熱の白刃が、俺が立っていた場所を突き抜けていく。

 武器が、魔法を吐き出したのだ。


 白い雷は、そのまままっすぐ校舎のほうへと飛んでいき――


 轟ッ!


 時計台のてっぺんに直撃した。


 あまりの熱量と衝撃に、時計台が――崩落した。

 落下する巨大な時計と、降り注ぐ瓦礫。


 そこらじゅうから、悲鳴が起こった。


「――逃げろっ!」


 校庭を取り囲んでいた観客は、当然校舎ぎわにもたくさんいた。その観客たちめがけて、砕かれた時計台の巨大な針や瓦礫が、空から降ってきたのだ。


 逃げまどう生徒たちだが、立ちすくんで頭を抱える者も何人もいた。

 潰される――


 とっさに《X-Move》を発動しようとしたが、降ってくる瓦礫の数が多くて、どこに向けて発動すれば一番被害が少ないか、迷ってしまった。


 迷うと、もう手遅れだ。


 針や瓦礫はその真下にいた生徒たちを、その悲鳴もろとも押しつぶそうとして――




「――――〝覇砕(バースト)〟――――」




 いつから、そこにいたのだろう。


 師匠が、校舎のすぐそばで手のひらを上に掲げていた。


 その手にはなにも握られていない。

 魔法を使うのに必要なはずのMACも持たずに、師匠は、ただ小さくつぶやいたのだった。


 ――――ィィンッ!


 耳をつんざく異音が響く。

 ふと、師匠の手のひらから、目に見えない衝撃のようなものが放たれたような、そんな気がした。


 次の瞬間には、瓦礫の塊はつぎつぎ細かい砂に崩壊させてられていく。

 金属製の時計の針も砂鉄に変わっていく。


 すべてが粒子になっていく。


 その砂の雨が、まるで磁力に引きつけられるかのように、師匠のもとに吸い寄せられる。


 さらさらと、触手のように師匠のかかげた腕に絡みつく砂の塊は、一粒たりとも生徒たちの体の上に降り注ぐことはなく、


「――――〝換源(リライト)〟――――」


 師匠のつぶやきと共に、粒子は時間が巻き戻るかのように上昇して、時計台へと姿を戻していく。


 あっというまだった。

 時計台は何事もなかったかのように、コチン、コチン、と時間を刻み始めた。


 師匠は、とくに感慨もなく、振り返った。



挿絵(By みてみん)



「……すげえ……」


 あまりのことに唖然とする俺。

 師匠はつまらなさそうに言った。


「弟子、キミはボクのことを、全然、まったく、一切れも、理解してくれていなかったようだね。フルスロットル=〝マジコ〟=テルー……僕のふたつ名に〝魔法(マジコ)〟を冠されているその意味くらい、わかっていると思っていたんだけどね」


 〝魔法〟の名を与えられた、天才少年。

 フィアが言っていた言葉の意味を、すこしだけ理解した瞬間だった。


「……でもまあ仕方ないかな。キミの無知はよく言えば純白だ。これからいくらでも染めることができるからね」


 ククク、と笑った師匠。

 違う意味で、俺の背はぞくりと震えた。


「それにしても、いまのは頂けないね、レシオン=スラグホン」


 師匠はてくてくと歩いてくると、レシオンを冷たい目で見下ろした。


「ボクがいなければ、キミは重大な罪を犯していたよ。弟子が気付かなければ、キミは重大な罪を犯していた。背後からそんな高位魔法で不意を打つなんて、誇り高き大貴族が決闘で行うにしては、とても理解しがたい蛮行だよ」

「……うるせえ……」


 レシオンは顔を背けた。


 師匠のいうことはなにも間違っていない。


 だが、レシオンは首を振る。


「……なんだよ……弟子、弟子って……なんでそいつが弟子なんだ……没落貴族のくせに、なんでそいつばっか……なんでオレじゃダメなんだよ!」


 そういえば、レシオンは師匠に弟子入りを断られたのか。

 そこも俺が気に食わない理由なのかもしれない。


「残念なことにレシオン=スラグホン。キミはボクの弟子にはふさわしくない」

「ふさわしいってなんだ!? オレはスラグホン家の跡取りだぞ! 槍術なら誰にも負けない自信がある! 属性ランクだって五つ星あるんだ! なのに、なんでだ!? なんで誰もオレをちゃんと評価しない! ……フィオラ様だって、オレのことに見向きもしない!」

「それは、キミがフィオラ様にとってはただの同級生にしかすぎないからだよ」


 師匠の言葉は正しかった。

 ただ、その真実を突く言葉は、レシオンには逆効果だった。


「オレは……オレはスラグホン家のレシオンだ! 名もない没落貴族なんかに、負けてられねえんだよ!」


 レシオンは槍を投げだし、俺の胸倉を掴んでくる。

 その目は、煮え(たぎ)るほど、紅かった。


「オレはおまえとは違う! 王家に生涯忠誠を誓ってんだよ! いつか王宮騎士長にならねえといけねえんだ! 守るものなんてなにもない没落貴族(おまえ)なんかに、負けてられねえんだよ! 貴族の長として、オレは、オレは……っ!」


 レシオンは、そうやって生きてきたのだろう。

 誰かの上に立って生きてきた。いつも誰かに注目されて、生きてきた。


「オレは、スラグホン家として、フィオラ様に誰よりも信頼されなきゃならねえんだ……それがオレの義務で、オレの道だ。なのにおまえなんかに邪魔されてたまるか。おまえなんかに、おまえ、なんか、に……」


 押さえきれない感情に、堪えられなくなったのだろう。

 レシオンの瞳がじわりと揺らいでいた。


 近くで、フィアが見ていることも厭わずに、吐露したレシオン。

 その言葉には、重みがあった。


「そんなものは、キミの勝手な事情で――」

「レシオン、聞け」


 俺は師匠の言葉を遮って、レシオンの胸倉をつかみ返した。


 レシオンと目が合う。


 大貴族と没落貴族は、睨み、見つめ合う。


「おまえの事情はわかった。わかったが、理解できるとは思わねえ。俺はたしかにそんな重圧のかかる家柄に生まれたことはないし、そうなることもないだろう。おまえの気持をわかってやることは、できねえ」

「……だったら、邪魔するな……」

「でもな、」


 でも。

 だからといって。


「俺は、おまえの〝嘘〟を見逃すほど、目が悪いわけじゃねえ。耳が遠いわけじゃねえ。ここまで言ったんだ。決闘までしたんだ。だからなレシオン……せっかくだから、もっと本音で語ろうじゃねえか。意地なんて張ってないで嘘なんて吐いてないで……男同士、裸で語り合おうじゃねえか!」


 俺は、レシオンの胸倉を力強く掴んだまま。


 叫ぶ。


「〝X-Move〟ッ!」




 地上から、俺とレシオンの姿は――掻き消えた。


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