Prologue ―プロローグ― ★
落ちゆく世界に、俺は――――――
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「おいトビラ、これ使ってみろ」
店長にそう言われたのは、閉店後に在庫をチェックしているときだ。
俺――鳶羽飛良がバイトをしていたのは、ちいさなゲーム屋だった。
商店街の片隅にひっそりと息づくその店は、二十代後半の女店長とバイトがふたり在籍しているだけだ。
とはいえ、予備校生の俺がほとんどバイトに出ているため、もうひとりは週に一日しか出勤していない。実質、ほとんど店長とふたりで店を回していた。
店長はまだ若々しく、大学生と言われても納得できる外見だ。快活な表情にポニーテールが似合っている。
店長がもってきたのは箱だった。据え置き型ゲーム機のような大きな箱を、彼女は軽々しく抱えていた。
人は見かけによらずとはよく言ったものだ。いや、店長の男勝りな性格なら、べつに不思議ではないけど。
「……なんですかこれ?」
「『ドリセレ』だよ。知らねえのか?」
箱には『Dream's Selection』と印字されていて、VRゲーム機のようなヘッドセットの絵がプリントされていた。
そういえば聞いたことがある。
好きなジャンルの夢を見ることができて、夢の中で世界中のひとびとと交流することができる画期的なゲーム機がある、と。
都市伝説並みの噂……だったはずだ。ゲーム屋で毎日働いてても小耳にはさむ程度。寝ているあいだにゲームができるなんて、嘘だとしか思わなかった記憶がある。
「……本物っすか?」
「本物だ。ちょいとツテがあって、ひとつだけ仕入れられたんだよ」
「ツテってなんですか。怖いもんじゃないですよね?」
「なあに、ちょいと違法販売してる友人のところからもらってきただけだ。ぜんぜん売れないし、警察のガサ入れがありそうで隠し場所にも困ってたらしくてな。いやあ、互恵関係ってやつ?」
「……いいですか店長。世間ではそれを共謀犯と呼ぶんですよ?」
「そうなのか? うっかりしてたぜ。でも知らなければ犯罪じゃねえよな」
「うっかり罪で死刑です」
「マジ!? あたし死にたくねえよ!?」
思いっきり驚かれた。
嘘だよ店長。だからそんな泣きそうな顔しないでくれ。
「せっかくの売り物じゃないんですか? 俺が使ったら売れなくなりますよね」
「……細けえこと気にすんな」
「いや、でもこの店赤字――」
「黙って受け取れ! それにおまえ、このまえ誕生日だったらしいじゃねえか。そういうのは先に教えとけよバカ」
ぼそっとつぶやいて目を逸らした店長。
誕生日プレゼントのつもり、なのだろうか。わからない。
でも噂通りなら何十万もする機械だ。それを最初に使わせてくれるというのなら、正直、使ってみたい。
「ありがとうございます」
「おうよ」
「恩にきります」
「おう」
「土下座したいほどです」
「うぬ」
「なんなら足を舐めても――」
「い、いいから黙って帰れ!」
店長はポニーテールをぴょこんと跳ねさせながら、慌てて店の奥に戻っていった。意外に純粋なひとだな。
冗談はさておき、俺だっていっぱしのゲーム屋店員なのだ。伝説のゲームができるなんてテンション上がるじゃねえか。
すぐに閉店作業を終えて、箱を抱えて帰った。
「あたしのターンね! 《光帝ヴォルギレフ》に《魔神の弓》装備! で、守備モンスター攻撃!」
「あうぅ……」
「か~ら~の~《チェーンコンボ》発動で直接攻撃っ! リンちゃんのライフゼロ! やっふーーーーっ!」
「うう……レナちゃん強いよぉ。また負けたよぅ……」
家に帰ると、リビングで妹たちが遊んでいた。
最近ハマっているらしい。むかしから流行っているカードゲームの最新版らしく、高校生になったばかりのふたりは少ない小遣いをそれにつぎこんでいるようだ。
俺はカードゲームはよくわからないので、いつも眺めているだけだ。
「レナちゃんもういっかい……あ、トビラお兄ちゃん。おかえりなさい」
「兄貴、それなに?」
「店長からの誕生日プレゼント。レンタルだけど」
「ふうん……」
とくに興味は持たれなかった。
妹たちと軽く言葉を交わし、冷蔵庫の麦茶をコップに注いで、二階の自室へ。
箱を開封する。
なかにはヘッドセット、電源プラグ、手首に装着する輪っか状の機械、そしてディスクが数種類入っていた。
『極・デビルクライム』(バトル)
『鏡のなかのシンデレア』(逆ハーレム)
『黄昏山荘殺人事件~蜘蛛編~』(推理)
『魔法使いの弟子』(ファンタジー)
『プロジェクト・プロメテウス』(????)
それぞれに説明が書いてある。
ストーリーはほとんどなく、環境が設定されてるだけらしい。わりと自由度が高いようだ。
『極・デビルクライム』……下級悪魔になって地獄で好き放題暴れて戦って、努力次第では王まで成りあがれるらしい。なかなか面白そうだ。
『鏡のなかのシンデレア』……不思議な学園でイケメン生徒会員たちに囲まれて生活できるんだとか。これは……ノーコメントで。
『黄昏山荘殺人事件~蜘蛛編~』……超難解な殺人事件に巻き込まれるらしい。死ぬ確率、犯人に間違われる確率が高く、無事に犯人を推理することができればいいのだろう。最初にしては難しそうだ。
『魔法使いの弟子』……魔法の世界で、魔法使いの弟子になって好きな魔法を習得できるらしい。ふつうに面白そう。
最後に『プロジェクト・プロメテウス』……これは説明もなにもない。ただ、ディスクに巨大な樹の絵が描かれているだけだった。なにか妙な雰囲気を感じる……
『極・デビルクライム』
『魔法使いの弟子』
候補はこのふたつってとこだろう。
並べて少し悩み、
「……よし、こっちだな」
俺は片方を手にとって、ヘッドセットにスロットイン。詳しい説明書は……いいか。とりあえずプレイしてみようじゃないか。
機械を頭につけて、ベッドに寝転がる。
真っ暗な画面。
右下には小さな白い文字で、「Now Loading...」の文字が浮かんでいた。
寝ている間に見る夢だろうし、画面は必要ないのだろう。右下以外にはなにも映らない。
催眠効果でもあるのだろうか。なんだか異様に眠くなってくる。
文字が「Standing...」に切り替わった。
そういえばネット回線には繋げていないけど、これでほんとうに世界中の人たちと同じ夢の世界を共有できるのだろうか。
とはいえ、べつに誰かと交流したいわけじゃない。もしオフラインで一人用のゲームになっていたとしても、損するわけじゃないし、いいか。どうせひとりでなにかをすることくらい、慣れている。
そんなことをぼんやりと考えながら、次第に強くなる眠気に身をゆだねた――
――その後の店長――
「ふぅ……まったくトビラのやつ……」
店長はゲームショップの二階にある自室で、テレビを見ながらあぐらをかいて、ひとり缶ビールを飲んでいた。
今日の売り上げは上々だ。今月もギリギリ赤字ではあるが、もうすぐ入学式シーズンなので来月トータルで黒字にはなるだろう。正直、トビラの心配は杞憂だった。
酒のせいもあるのか、顔は赤くなっている。
「……まったくいつも冗談ばかりいいやがって。今日はなんだっけか? 足を舐めるだっけ? ……ったく、そんな、下品なこと、なあ……?」
さっき言われたことを思い出して、言ってみた。
……それにしても、足を舐められて、喜ぶやつがいるのだろうか。
バカバカしい。まったくもってバカバカしい。
と思ったが、なぜか少し気になって……
「…………ってなにやってんだ!?」
自分の足を持ち上げていることに気付いて、ハッとする。
バカだろ、あたし。
身体が柔らかかったら舐めていたところだった。気になったとはいえ自分の足を舐めるなんて……変態すぎる。
「……うん。寝よう」
店長はアルコールのせいにして、布団にごろんと横になるのだった。