破局 ~一夜を越えて~
初の投稿です。至らない部分はご容赦ください。
なぜこうなったのだろう。
きっかけは何だったのだろう。
いつから変わって行ったのだろう。
ぼくはそれの答えを知らない。彼女は知っているのだろう。
でも、今後ぼくがそれを知ることも、訪ねることも恐らくない。
なぜなら…。
彼女との日々はたった一枚の紙切れを拒むこともできない意気地の前に終わってしまったのだから。
閉じられた瞼の外は墨を流したような漆黒に飲み込まれている。
◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦
「なんで、どうして?お願い、行かないで…。」
か細い、情けなく部屋に響く男の声。
「ごめんね。でも、もう決めたの。いままでありがとう。」
対象的にはっきりとした芯のある声が男の声を掻き消す。
呆然として床に座る男を差し置いて、女は荷を担ぎ玄関へ歩みを進める。勿論、荷の中には男との法的繋がりを断つ紙切れがしまわれている。
男は只それを目で追った。
男の頭のなかは痺れたように何も建設的な考えを浮かべてくれない。
只ひたすらーー
[何が悪かったんだろう。僕が悪かったのか。でも何が。本当にぼくがわるい?でも、もしかして……]
ーーそんなことばかりを繰り返し繰り返し巡らせている。
ふと気づくと、すべての音源が濃い霧の中に隠れてしまっているかのような錯覚すら起こさせる聴覚に、聞き取れない女の声と、やけにハッキリと入ってくる玄関の閉まる音が届いた。
◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦
なぜこうなったのだろう。
あの日、嫌気に唆され仕事をサボり帰宅したからだろうか。
二人では見ることも叶わなかった、女の雌の顔をみてしまったからだろうか。
見知らぬ男へ、男が知ることも叶わなかった狂気じみた睦言を聞いたからだろうか。
それとも、男の静かで平穏と余裕を携えた、男の感情をえぐり取る侮蔑の目に魅入られたからだろうか。
いずれにしろ。
男の体は。
女の「夕飯まで待っててね。あなた。」という、興奮を滲ませながらも、飽くまで事務的な言葉に殺され、崩れ落ちた。
男のボウとした頭の中では、
憎悪、
裏切り、
興奮、
劣情、
空虚、
逃避、
そして、
男としての根源的なモノのによる敗北感が爆発し混ざり合い、視界を黒く染め上げる。
その間にも女とその情夫の営みの時間は止まることなく紡がれ続けた。
◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦◦
男の顔に光が射した。
男は顔を上げぬまま、その温もりで夜明けを知った。
(また、か………。)
そんな思考も億劫な水飴のようにとろい脳で感じる。
幾度も繰り返される妄想。男はそんな自分に嫌気がさす。
床に手をつき、ゆっくり立ち上がる。
そのまま歩みを進める。
(妻を起こさねば。あいつは朝が弱くて困る。ま、ぼくがいるから甘えてるんだろう。)
そんなことを考えつつリビングの戸を開け放し、廊下の奥へと進んでいく。
開け放された戸に隠された玄関は、幾年もの間積まれた埃に埋もれ、静かに朽ち行く時を過ごしている。あの日から変わらずに。