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藤和兄妹物語  作者: 雪代
8/8

藤和動乱 漆



 蓮鵬水城家八千の軍勢を率いて国境へ迫る。

 その報に、藤和が震撼した。


「…………ついに、来ましたか」


 城の最上階の部屋から西を見つめながら、霧ヶ峰雪奈は表情を崩さない。

 予想される戦場は国境。あそこは大部隊を展開するのに都合の良い平野が広がっている。

 水城の軍勢も恐らくそこに展開しているだろうことは予想できる。

 ただ一つ、気になっていることがある。


「……………………少なすぎる」


 ぽつりと、澪が呟いた言葉に雪奈は頷く。


「水城家の最大動員兵数は三万にも及ぶと聞きます、けれど今出てきたのは八千…………」


 確かに常時最大数を動員できるわけではない。もうすぐ収穫の季節だと言うことを考えればいくらか減ってもおかしくは無いが…………それでも二万は確実に動員できるだろう。三カ国を領にしているとはそれだけ力を持つ証なのだから。


「少なくとも一万以上の兵をまだ隠し持っていることは確実…………だとすれば迂闊に動くのは危険かもしれない」


 かき集めた兵数は当初の想定どおり五千。だが北へ派兵していた昌幸が予想よりも早く戻ってきてくれたお陰でいくらか少なくなってしまった二千の兵を加え七千を超える兵を動員できた。無理をすればもう五百はいけるかもしれないが、それは負傷兵だ、最後の手段としておく。

 この兵たちをどう割り振るか、思考をし。


「…………雪奈様」


 ふと澪に呼ばれ現実に立ち返る。

 振り向くと、澪が寄ってきて耳打ち。


 悠木のご子息がお見えです。


 言われ、雪奈は頷く。

 正直言えば彼は少し苦手なのだが、当主である自身がそんな感情に任せて動いてはならないと自制する。

 しばし待ち、入ってきた男を見て、雪奈が口を開く。


「それで、尚虎殿、話とは?」

「は…………領内より兵をかき集めてまいりました、その数千。とは言え、外征についていくほどの練度はありません、良ければ雪奈様の護りにお使いいただければ」

「…………ほう」


 悠木家は上級武士、つまり領地を持つ一族だ。つまり独自に領地から徴兵し軍隊を作ることができる、最も、平時にそれをすると反乱と受け取られかねないのだが。

 千ともなれば、悠木の領地から出せるほぼ全てだろうか。そう考えれば目の前の男を見直しもする。

 この状況下で千も使える兵が増えるのはありがたい。城の護りを気にしなくて良いということは、その分こちらから割ける兵も増えるということなのだから。


「有朋殿には了解は?」

「城の護りにならば、と言うことで取っております故、当主様のご随意に」


 悠木有朋は現在南の戦地にいる。となれば随分と前からこのことを予想して連絡を取っていたのか。

 この男、そこまで思考が回る性質だったか? と僅かばかりの疑問が過ぎるが、今は詮無きことか、とその思考を切り捨てる。


「分かりました、確かにその千人預かりましょう。感謝いたします、尚虎殿」


 雪奈の言葉に、男は平伏し、そして退室していく。

 それから数秒後、傍に控えていた澪に告げる。


「昌幸殿を呼んでください。五千の兵と共に西を抑えて貰います」




「そして城に残ったのは二千とあの(ぼん)の千か」

「思い切った割り振り?」

「いや、当主が残っているならそうでも無いな。実際、残り一万前後が別のところから来たとしても、当主がいれば存外どうにかなる、そう言うもんだ」

 こちらには風峰澪と言う切り札もあるしな。と内心で呟きつつ、机に広げた地図を見やる。

「僑下殿が行ったなら西はまあ大丈夫だろう。兵数差もあるが、絶望的と言うほどでもない、十分覆せる数だ」

 問題は南だろう。


「激化しているな」

「激化している」


 ほぼ同時に呟き、困ったように頷く。

 南の情勢が想像以上に悪くなっている。

 特に問題なのが佐宗だろう。

「裏切ったわけじゃない…………単純に、攻め落とされたんだ」

 対武条家連合は十五国もの国々が連なる巨大な連合だ、だがそれぞれ一国ずつを見れば大した力も無い弱小勢力でしかない、だからこそ連合を組んだのだから。

 今国境線上の全ての国に武条家が戦争をしかけている。そのため連合のほとんどの国が自国の守勢に精一杯で他を助けるような余裕が無い。

 さらに戦争をしていない国も、一番攻勢の激しい樹峡に援軍を集結させている。

 結果的に佐宗が一番最初に落ちてしまったと言うだけなのだが、武条家は佐宗を制圧せず、同盟した。

 同盟と銘打っても実質こは降伏勧告だ。臣従と代わり無い。

 武条家は佐宗を制圧する手間を惜しみ、服従させるに留めた。

 その意図は恐らく他にも戦争をしているところは多くあるため、と言うことなのだとは思うが、はっきりとは分からない。

 とは言え、これで対武条家連合に穴が空いた。そして立地的に樹峡への援助や援軍は佐宗を通って送られていたのが、今度は雪代、そして藤和を経由しなければ送れなくなった。

「つまり…………時間がかかるんだよ」

 雪代は残雪の多い地であり、藤和は山国だ。一応交易用の道路は引いてはあるが、それでも軍隊が通るほどの広さは無い。

 佐宗が崩れたことにより、樹峡への援軍、援助にこれまでよりはるかに時間と手間がかかるようになってしまった。

 これから樹峡の戦線はこちらの不利に傾いていくと言っても過言ではないだろう。


「兄様」


 そんなことを考えていると奏詩が自身を呼ぶ。

 振り返ると、どうやら先ほど情報が来たらしい、一枚の用紙を持っていた。

「樹峡への抑えに残り二千を投入することが決定した」

「…………おいおい」

 随分と思い切りが良すぎやしないか、当主様よ。


 確かにこれ以上放っておけば南の戦線が崩壊する。そうなれば武条家と藤和が接してしまう、その危険性は分かるのだが…………分かるのだが。

「……………………水城の行方不明の一万、どうする気だ」

 それについて何か情報を掴んだのか、少なくともこちらは何も聞いてはいないが…………。





 南、樹峡の地。


 有体に言って、戦況は最悪だった。

 対武条家連合軍三万八千と武条家四万五千。

 一万千対一万八千から始まった戦いは激化し、当初の数倍の規模へと膨れ上がっていた。


 不利なのは、圧倒的に連合軍のほう。


 自身たちがの精一杯を振り絞って戦い抜いている連合軍に比べて、いくらでも代えを出せる武条家は物質的にも精神的にも余裕がある。

 それでも均衡が崩れないのは、偏に武条家がまだ本腰を入れていないからであり。


「左右から押し包め! 決して単独の部隊で当たろうとするな!」


 悠木有朋がここにいるから、でもある。

 攻め手の有利、守り手の有利と言うものがある。

 守り手の有利とは即ち、地の利を生かすこと。例えば城。堅牢な城塞に立てこもれば、少々の兵力差など容易く吹き飛ぶだろう。

 だが逆に攻め手はいつでも好きな時、好きな場所に攻撃を仕掛けることができると言う利点もある。

 武将にもそれぞれ攻め手の得意な武将、守り手の得意な武将と言うのがある。

 悠木有朋はそう言う意味では間違いなく、守勢を得意とする武将であった。


「退却、城に戻れ! 逃げ遅れればあの軍勢の飲み込まれるぞ」


 撤退の合図を出させ、城の上から敵を睥睨する。

 堅く守り、敵に付け入る隙を与えず、時に攻め、敵の気勢を殺ぎ、時に逃げ、道を作り、時に囲い、追いかけてきた敵を包囲、殲滅し。

 すでに六千以上の敵兵を倒したと思っている。だが敵の数はまるで減っていない、むしろ増え続けていると言っても良い。

 六千もの被害を出せば、むしろもう並の軍勢では壊滅と呼んでもいいはずだ。だがそれをむしろ小事とし、些細な被害と一蹴し、さらに軍勢を追加してくる武条家は異常の一言に尽きる。


「…………今日もなんとか、と言ったところか」


 それでも状況は悪化の一途を辿っている。有朋が瀬戸際で食い止めているからこそ、一方的に負けていないだけで、それでも決して負けてないなどと口が裂けても言えない状態だ。

 本来ならば連合軍指揮を執るはずだった樹峡の国主も心労で倒れており、他に数万単位の軍勢を指揮できる人間もおらず、なし崩し的ではあるが有朋が指揮を執っているのは幸運と呼ぶべきか。

 一日、また一日と日を追うごとに状況が悪化していっているのが理解できているだけに、内心の焦りも感じる。

 だがだからこそ、焦ってはならないと戒める。


「少なくとも、西が片付くまでは我らはここで足止めに徹するべきだろうな」


 雪奈からは良いように、としか言われていない。有朋の現場の判断を尊重し、信頼しているからこその言葉だと有朋は理解すると共に、その信に答えなければならないと思う。


 幸い、と言うべきかどうかは知らないが、こんな負け戦で手柄など立てる意味も無いと誰もが無法戦術に従ってくれている。敵の撹乱(かくらん)、妨害、足止めを目的とした邪道とも呼べる無法戦術は人によっては嫌悪を抱かれることもあるが、それでも有効的なのは事実だ。

 だがそれでも、いくら足を止めても完全に止まるはずもなし、ゆっくりと、徐々にではあるが武条家の軍団は樹峡の中枢へと足を踏み入れつつある。


「…………あとどれだけ持たせることができるか、か」


 呟き、遠方に見える敵軍を見据える。


 藤和からさらに二千の援軍が送られてきたのを知るのは、さらに翌日のことであった。




久々に読み返すとふと「あれ? これこうしたらいいんじゃね?」と展開を思いつく、そうすると書きたくなる。

悪い癖…………かなあ?

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