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藤和兄妹物語  作者: 雪代
6/8

藤和動乱 伍




「放てええぇぇぇぇ!!!」

 僑下昌幸の声に従って引絞られる弓。直後、ヒュンヒュン、と風を斬る音と共に千本近い矢が飛ぶ。

 だがそれを見た昌幸は舌打ちする。

「っ、浅いか…………槍兵隊、前へ!」

 相手取るはただの賊のはず…………そう、そのはずなのに。

「盾を構えろ!」

 木の板を段々に重ねたような盾に矢が阻まれる。

「突撃!」

 整列された槍衾、短刀で武装した山賊は絶対的な間合いの違いに壊走する…………そのはずなのに。

「弓を撃て、やつらを近づけるな!」

 散発的ながら正確無比に撃たれる矢が槍兵隊の勢いを殺ぎ。

「今だ! アレを出せ!」

 ダダダダダン…………山中に隠された投石器から放たれた大量の石が勢いの弱い槍兵隊の足を完全に止める。

「あんなものどこから持ってきた?! っく、弓兵隊、槍兵隊を援護しろ!」

 戸惑う。違和感を覚える。首を傾げる。

 結局のところ、一つも疑問に行き当たる。

「本当に、ただの賊か? これが」

 まるで一国の軍隊の精鋭を相手にしているような、そんな気分に陥る。


 雪代に現われた盗賊。それを討伐するために藤和を発ってすでに二週間以上経つ。

 連絡を密にしているお陰で、本国の切迫した状況が分かっている。

 そして、だからこそ焦る。

 早く帰らなければならない。御当主から預かった三千の兵をお返ししなければならない。

 だが、事態はそれを許さない。


 雪代に巣食う盗賊と接敵したのが十日ほど前のこと。

 出合った当初、僅か二百足らずと言う三千の兵を率いる自身からすれば鎧袖一触の吹けば飛ぶような小勢だったはずの盗賊は、こちらを見るなり一目散に逃げ出した。

 追撃戦は最も敵を倒しやすい、絶好の機会を見逃すまいと騎馬隊三百を出撃させたが、それは敵の思惑通りだった。山間に誘い込まれた騎馬隊はその機動力を発揮できず、そのまま罠にかけられ壊走。

 すぐさま騎馬隊を後方に下げたがその時には三百いた騎馬隊は百未満となっていた。

 初戦の敗退で兵の士気が下がりはしたがまだ取り返せる範囲と考え次の攻撃に移る。

 出鼻をくじかれた形で逃げ戻った騎馬隊から聞いた情報によれば敵はそのまま山中の砦に篭っているとのこと。

 そこで次は歩兵部隊で周辺を包囲、敵を逃さず圧殺しよう…………としたのは良かったが予想外だったのは敵の数。

 最大でも千ほどとの話だったはずだが、いざ戦ってみればその倍はいるであろう敵に包囲を破られる。

 数だけ見ればこちらのほうが多いが、包囲で薄く広く広げた部隊だ、確固撃破は容易。

 このままでは全滅してしまう、と急ぎ兵を集合させたが、その時にはすでに部隊の二割近い五百の兵が戦闘不能と言う有様に思わず天を仰ぐ。

 それから十日近く砦に篭る敵を落とそうとしているのだが、戦線は膠着したままだった。


「どうなっている…………事前の情報と何もかもが違い過ぎる」

 敵の数も違えば、あんな砦があることも知らされていない、さらに言えば投石器など国が所有するような兵器まで持っている。

 さらに言うなら、末端の錬度もそうだ…………普通の盗賊ならこれまでの攻撃で落ちている。

「…………さて、どうしたものか」

 正直言えば撤退するべきだ…………このままここで時間をかけるべきではない。

 西と南から敵が迫っている今、ここで足止めを食らっている場合ではない。

 だが同時に、西と南から敵が迫っている今、後方に敵を残したまま戦うということもできない。

 内憂外患…………どちらも対処すべきだが、時間が無い。

「……………………時間、か」

 赤く染まりつつある空を見る。冬と言う季節を考えても、後一刻(二時間)もすれば足元も見えなくほど暗くなるだろう。雲無いと言うことは三日目前のように雪が降ることも無いだろう。

「………………………………仕方あるまい」

 空を見て、そして地を見る。最後に山を見て…………一つ頷いた。





「有朋殿を…………ですか?」

 一同が集まった部屋で、雪奈の言葉に全員が怪訝な表情をする。例外と言えば有朋殿を含めた一部の古参の家臣たちと俺くらいだろう。

「ええ、南の支援は、有朋に任せます。兵六千を率いて急ぎ樹峡へ向かってください」

「御意」

 頷き、平伏する有朋殿を大半の連中が不安気な表情を見ている。

 良く見ればすぐ気づくが、不安気な表情を見せているのは二十代までの若い連中に多い。

 逆に五十代の古参の連中は特に不安も無さそうだった。

 まあ、若い連中の思いも分からなくは無い。有朋殿は基本的に内政派の人間、滅多に軍を率いることも無いからあまり知られていないが、指揮だけで見ればあの昌幸殿と肩を並べるほどの見事な采配を見せる。

 さらに言えば、思慮深い有朋殿だ、ある程度のことは自身の裁量で判断して動くことができる。

 同盟国とは言え、樹峡は他国、あまり藤和の人間が出入りするのは不信を招く。必然的に連絡をすることも難しくなる。本国への伝令一つ、樹峡の許可を取らねばならないことになることもあるだろう。

 となれば、藤和の中でも権限が大きく、自立して行動できる有朋殿と言う人選は絶妙と言える。

 だが、問題が一つある。

「当主様…………一つ良いですか?」

 俺の発言に雪奈が目を向ける。そして雪奈が頷くのを確認してから、話を切り出す。

「現在北に三千の兵を出しています。それから南に六千出すとなると、西への備えは五千もありませんがよろしいので?」

 俺の言葉にまたざわざわと騒ぎ出す家臣たち。だが、雪奈が言葉を発する気配を見せるや否や、全員がすぐ様

黙し、固唾を呑んでその言葉を待つ。

「問題ありません…………その時は、私が出ます」

 瞬間、一同がどよめく。当主自ら戦場に出る、その意味は…………。

「決戦でもする心算ですか?」


 当主とは…………その国の最高戦力であることが多い。

 何せ、能力者ばかりの大家の中で最も血統の正しい者がなるのが当主だからだ。

 必ずしも血統が能力の強さと直結するわけではないが、俗に血統が初代である神龍に近いほど強い能力を持つ、と言われる。

 能力は理を超えた力だ、その強弱は力が全ての戦場において優劣を決しやすい。

 だからこそ、当主が出る戦、それは即ちその国の最高戦力…………切り札が用いられた戦、つまり決戦であることが多い。


 だが、そんな俺の危惧とは裏腹に、雪奈は首を振る。

「いざとなれば前に出ることも厭いませんが、まだ必要ないでしょう」

 あの水城鵬賢が戦場に出てくるとも思えませんし。と言うのが雪奈の弁。

 たしかに、水城家は謀略国家などと揶揄される通り、策謀で相手を倒すことが多く、あまりまともなぶつかり合いはしない 。自滅、裏切り、同士討ち…………自分の力を増すのではない、相手の力を殺ぐことに全力を尽くすのがあの家だ。

 正直、同数どころか、自身の半分の兵数の敵と戦ったことも無いのではないか、と思うほどに真っ当な勝負はしない。

 だが決して兵自体がいないわけでも無い…………いや寧ろ多いほうだ。

 一度動き出せば三万近い兵を動員できる…………それが水城家だ。

 たしかに西の雷神の異名を取る藤和の当主、霧ケ峰雪奈ならば三万の軍勢を五千で抑えることもできるかもしれない…………周囲の家臣たちもそれを理解してか不安の色は無い。

 だが。

「それでも…………向こうの当主が出てくる可能性はゼロじゃない」

 絶対などありえない。人の予想を裏切ることに関して、水城家の当主は得意中の得意だろう。

「絶対に出てこないなんて保証無い…………いや、寧ろそう思うからこそ出てくるかもしれない」

 俺の反論に雪奈がそれも当然、と頷き。


「…………その時は、澪が出ます」


 その場の全員を驚愕させる発言をした。



 風嶺澪。

 常に雪奈の隣にいる少女の名前だ。歳は雪奈の一つ上。つまり俺の一つ下の十七。

 現在の肩書きは霧ケ峰家当主補佐。雪奈の決定、指示を各所に伝えることや各所からの伝達、情報を雪奈に伝えることが主な仕事だ。その権限は意外と大きく、軍務の最上位である僑下昌幸殿と同じ序列二位。霧ケ峰家の重臣だ。

 序列は読んで字のごとく、霧ケ峰家内での地位をそのまま示している。一番上が序列零位これは当主だけだ。次いで序列一位、これは前当主虎綱と上級武士である有朋殿のみだ。次いで序列二位に昌幸殿と澪、そして三位以下が並び一番下が序列十位。基本的に兵が最低でも序列九位なので、十位は女中などの下働きだ。

 因みに俺が序列六位で奏詩が七位。正直、新参者として破格の待遇だが、一門衆(当主の血縁)が序列四位のことも考えると澪の年齢で序列二位と言うのは一種異常とも言える。

 さて、これだけ聞けば他国の人間は違和感を覚える。何故二十にもならない小娘が霧ケ峰家の重臣、それも軍務の最上位と肩を並べる地位にいるのかと。

 そしてその名を知っている人間は驚愕する。


 ()()()()()()()()()()()()()()、と。


 雪代の国…………それは藤和の北に位置する名の通り雪の良く振る国だ。一年の半分近い期間、国に雪が降っている。そして、代々支配してきた大家の名が、風嶺。

 つまり風嶺澪は、雪代国風嶺家八代目当主…………いや、元当主だ。

 現在雪代を支配しているのは霧ケ峰家だ。つまりそれが全てを示している。

 五年前の戦争で風嶺家は霧ケ峰家に敗北し、雪代は霧ケ峰家の支配下に置かれた。

 風嶺の旧臣は半数近くがその戦争で戦死し、残った半数を雪奈は解放、誰も殺すことなく道中の旅費すら持たせた。これにより生き残った半分が霧ケ峰家に臣従し、残り半分が雪代各地に離散した。

 風嶺澪はその時、家臣共々雪奈に臣従した。当初、敵国の国主と言うこともあって危険視されていたが、雪奈がこれを諌め澪を庇う発言をしたことにより、雪代に散った風嶺の旧臣の間で雪奈に従う者が増えた。

 だが同時に雪奈に反感を持つ霧ケ峰家の家臣が出たことも確かだった。それら家臣が結託して風嶺澪を殺害しようと企んだが雪奈はこれをすぐ様察知し家臣たちを罰した。

 曰く、臣従した以上は彼女も霧ケ峰の家臣、これを私心で害すことはまかりならない。

 これが良かったのか悪かったのかは分からない。だがこの一件で良く言えば雪奈の公正さを広く知らしめた。

 だが逆を言えば、元敵軍の将と味方を同列に扱った、と言うことでさらに不満を滾らせる人間がいたことは事実だ。霧ケ峰の家臣を罰したのもそれに拍車をかけた。

 組織である以上、どうあっても一枚岩になれないのは確かだが、それでもこの城内には雪奈を是とする派閥を否とする派閥が存在することが後々問題にならなければ良いのだが。


 話を戻すが、霧ケ峰家に臣従した風嶺澪が戦場に出ることはこれまで一度も無かった。

 何故なら能力が使えないからだ。

 能力者と言う存在がいる以上、その能力を封じるための方法があるのは必然だ。そのため澪は現在能力が使えない…………正確には使えるのは使えるが、その強さは大幅に制限されている。精々そよ風を起こす程度しかできないはずだ。

 だがその澪を戦場を出す、と言うことはつまり。


「封を外す心算ですか!!!?」

 一人の家臣がそう叫ぶ。雪奈がその問いに頷くと、あちこちから反対の言葉が飛び交った。

 まあ無理も無いだろう…………風嶺は四神家の一つ、その力も容易に想像できる。

 四神家とは火の紅月家、風の風嶺家、水の夜城家、地の土御門家の四つの家を指し、現在の日和で最も初代から凡そ十代にも渡ってその血統の濃さを守ってきた天帝の分家のことだ。

 血の濃さはそのまま能力の強さに直結しやすい。となれば、四神家は天帝に次いで初代に近しい血統を持つ。

 俺は知らないが、この中の大半が雪代での戦争の時にその脅威を知っているのだろう、だからこそこれほどまでに恐れる。


 だからと言ってこれは無いのではないだろうか?


 雪奈の隣に座る澪は自身へ向けられた反感の声に黙したまま俯くだけだ。

 雪奈は反感の声を抑えようと必死に弁明する。

 だが声は止まない。それどころか、風嶺の旧臣の賛成派と霧ケ峰の家臣の反対派に別れて口論する始末。

 珍しくやって来ている奏詩が俺の隣でうるさそうに顔を顰めている。

 ふむ……………………。


「ごちゃごちゃと…………ガキの喧嘩か」


 瞬間、ピタリと喧騒が止む。次いで視線が俺に集まる。

 だがそれに臆することも無く不敵に笑う。

「今何て言った? お前」

 一人の若い男…………良く見れば悠木尚虎が怒りで顔を赤くし、歯をギリギリと鳴らしながらそう尋ねてくるので答えてやる。

「ごちゃごちゃとうるさい、ガキの喧嘩か…………と言ったのですよ」

「無礼者が!! 切り捨ててくれようか!!」

 腰から刀を抜き放ち、いきり立つ尚虎に周囲がどよめき、尚虎から遠ざかる。

「だってそうではないですか…………当主様はあくまで水城家の当主が出てきた時は、と言ったのです。だったら構わないでしょう」

「貴様はあの戦を知らんからそう言えるのだ!! この女は危険過ぎる!」

 因みに、尚虎は有朋殿の功績もあって、元服した時点で序列七位。現座では序列五位だ。当然澪のほうが序列は三つも上だ。

 何故この男は自分で自分の首を絞める発言しかしないのだろうか。

「序列三つも上の人間に向かってこの女とは…………尚虎殿こそ無礼者と言われるべきでしょう」

「なんだと!!!」

 俺の嗜めるような言葉にさらに怒り、いよいよこちらに向かうか、と言うその時。

「尚虎」

 一瞬で尚虎の怒りが冷える。次いで感じたのは寒さ。

「…………いい加減にしなさい」

 背後でこちらを見る雪奈の視線に凍りつき、言葉も出せず、ただ頷き座る。

「斎殿もあまり嗾けないでください」

 当主直々の言葉に俺も御意、と短く返す。

「斎殿も言った通り、あくまで水城家当主が出てきた時の最終手段です。そうせざるを得ない状況まで追い込まれていることを各々自覚してください」

 静まった場に雪奈の声が響く。頷いたり、まだ不満気だったり反応はそれぞれだったが、反論は無かった。

「ではこれで解散します」

 雪奈がそう言って話を切り、ざわめきながら皆が部屋を出て行く中、俺はそっと澪の様子を見ると偶然にもこちらを見ていた澪を視線が合う。

「……………………っ」

 どことなく悔しそうな表情を一瞬見せたが、すぐに平常心を取り戻し、さっさと行け、と目配せしてくる。

「………………ふむ」

 これ以上は澪を怒らせるだけか、と思い、すぐに視線を逸らし、立ち上がって部屋を出る。

兄様(あにさま)…………戻ろ」

 部屋の外に立っていた奏詩が俺を見つけると駆け寄ってくる。

「ああ、そうだな」

 それから一つ頷き、二人で部屋へと戻った。




5900字って…………字数統一しろ、と言われそうだけど、区切る部分が微妙に無かった。

とりあえず全部の話を壱~捨までの10話構成にしたいところ。

地名に関しては設定のところの地図見てください。

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