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藤和兄妹物語  作者: 雪代
5/8

藤和動乱 肆




「…………様…………雪奈様!」

 耳元で聞こえた呼び声に、霧ケ峰雪奈がはっとなる。

 振り向くとそこに、呆れた様子の風嶺澪がいた。

「…………澪。何かありましたか?」

 勤めて冷静に、そう尋ねるものの、澪の視線は相変わらず自身を射抜いたままだ。

「…………雪奈様…………いえ、今は良いでしょう。樹峡より書簡が届きました」

 その言葉にどこかぼんやりとしていた頭がはっきりと覚醒する。

「楢狗が動きましたか」

 自身のそんな言葉に、澪がはっきりと頷く。

「戦線布告と共に神和泉幸比良率いる一万八千が樹峡を越境したとの報せです」

 その報せに思わず歯を噛み締める。

 一万八千…………自身が国、藤和も列強などと呼ばれているが、領国二つで用意できる兵の数などおよそ決まっている。藤和は他よりも潤った国だと言う自負もあるが、それでも掻き集めても一万五千用意できるかどうか、と言ったところ。

「わかってはいましたが…………戦力差がありすぎますね」

 (いくさ)において、初っ端から全力をぶつけ合うことなどは無い。まずは小競り合いから始め、緊張が高まっていき、そして本隊同士の決戦と言う手順を踏む。

 つまりは、だ。楢狗…………武条家と言う存在は、我が国が動員できる全戦力以上を先遣隊として出せる。

 本隊に至っては恐らくその数倍はいることは確実だろう。

「はい…………現在樹峡は国境沿いの城で守りを固めていますがその数は精々五千、まともに攻められてはひとたまりもありません」

 五千…………と言うと少ないように感じるが、けれどたった一国しか領国を持たない樹峡にとって五千と言うのは動かせる戦力の大半だろう。本拠を空にできない以上、必要最低限の兵士以外は全てそこに回していると言っても良い。

 だが、それでも。

「他国からの援軍は?」

「ありません…………武条家と隣接している国はほぼ全てが一万を超える大軍に押し入られています」

 それでも…………楢狗は、武条家はそれを超越する。

 さすがに唖然とした。さすがに呆然とした。

 だって、それが意味することはつまり。

「武条家に隣接する国は十を越えますが、その全てに…………ですか?」

 目算するに、武条家の戦力が現状で十万以上、本隊がまだいるとするなら下手すれば二十万を越える可能性もあると言うこと。

「ええ…………唯一の例外が、銀呉と臥郷です」

 堅い表情の澪だったが、自身もそんな表情をしているだろう。

 銀呉、と言う名前を聞いた時点で先日の一件を思い出していた。

「やはり銀呉はすでに水城家に…………」

「私もあれから草の者を動かして調べましたが、婚姻があったことは事実のようです。そしてその日を皮切りに次々と銀呉の者が変死しているのも」

「と、言う事は…………藤和の西側は水城家に抑えられましたね」

 と、同時に対武条家連合の一角が崩れ、武条家の同盟者が最西端を抑えたことになる。

 そして、もし樹峡が落ちれば武条家と水城家の両家が藤和を狙うだろうことも予想できる。

「不味い…………ですね」

 自身の呟きに澪が頷く。それから懐から一つの書状を出し、こちらに差し出してくる。

「報せと共に来ました」

 受け取り、中を改める。書いてあることは予想通り。

「援軍の要請ですね」

 予想はしていたのだろう澪は特に驚く様子も無く、淡々と聞いている。

 今こそ約定を果たし…………云々と書いてあるが、要するに負けそうだから援軍寄越せ、とそれだけの話だ。

 さて、どうするか、と考え壁にもたれかかる。


 援軍を出す場合の利益は樹峡が生き残る確率が高まること。つまり藤和が武条家と隣接する危険性が低くなること。

 不利益は藤和の守りが薄くなること。援軍を出しても勝てるかどうか分からないこと。


 援軍を出さない場合の利益は藤和の守りが堅くなること。樹峡が落ちるまで軍備を充実させることができること。

 不利益は確実に樹峡が落ちること。そうなれば武条家と水城家に挟まれること。


「……………………澪。皆を集めてください、至急話すことがあります」

 考えを纏め、通達するため澪にそう呼びかけると、すぐに頷き部屋を出て行く。

 それから自身もすぐに一同が揃う場所へ向かうため部屋を出る。

 部屋を出た瞬間突き刺さる日差しに、思わず目元を腕で覆う。

 高く聳える天月城の上にある自室からの景色はいつも見事と言わざるを得ないが、今日ばかりはそうも言っていられない。

 考えることが多すぎて、どうにもそんな余裕が無い。

 こんな苦労は数年前まで無かったのに、とも思ったが、数年前は別の意味で苦労していたと思い出し、溜め息を吐く。

 そして、そんな時。

「おやおや…………こんな気持ちの良い朝から溜め息なんて吐くと、気持ちまで暗くなりますよ、当主様?」

 聞こえた声に、ドキリとした。




「あ………………斎殿。どうかなされましたか?」

 振り返った雪奈が俺を見てそう尋ねる。

「いえいえ、こんな日差しの気持ちよい朝から随分と暗い様子だったので気になったまでですよ」

 そうですか、と冷静な声で返すが、瞳が揺れているのにすぐ気づく。

「何かありましたか?」

 その言葉に顔は無表情だったが目から動揺が感じられた。

 けれどすぐさまそれも収まり。

「…………今皆を集めてもらっています。その時話しますので」

 そう言って歩いていく。


「ま…………あんまり無理すんなよ、()()




 これ以上彼の顔を見ていたらきっと自身を抑えきれないから。

 だからこそ有無を言わさず去ろうとしたのに。

 聞こえたその優しい声が。

 抑えていたその懐かしさを呼び起こして。

 けれど。

 バッ、と振り返ったその時にはすでに彼はいなくて。


「…………………………バカ」


 誰も居なくなった廊下で、一人そう呟いた。



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