藤和動乱 参
「調子に乗るなよ」
雪奈との話し合いを終え、部屋を出た俺をじっと睨みつけ、そう言うのは悠木尚虎。有朋殿の息子だった。
「下級武士風情が、当主様に気に入られているからと図に乗るなよ、ここは本来貴様らのような下賤な輩がいていい場所では無い」
こいつは、何かと俺を目の仇にする。あの補佐殿も中々に批判的だが、それとは別の理由で、だが。
俺がこの霧ケ峰家に仕えるようになったのはここ半年くらいのことだったが、そのさらに半年ほど前にこの尚虎と雪奈の婚姻の話があったらしい。
有朋殿は歴代霧ケ峰家に忠節を尽くして来た悠木家の人間。そして現在では最古参の家臣で、当主である雪奈が最も信頼を置く人間の一人。その息子を当主に宛がうことにより、その結びつきをより強固にしよう、と言う話だったのだが。
結局この話は流れた。
その理由が何なのか、俺ごとき知る由も無いが。
けれど、この男は未だそのことに納得できず、雪奈との婚姻を諦めていない。
霧ケ峰家に来たばかり頃、その辺りのことでいざこざがあり、俺は蛇蝎のごとく嫌われることとなった。
尚虎は俺のことを下級武士だ何だと罵るが、霧ケ峰家の家臣の中で下級武士はその大半を占めているし、そもそも上級武士など大抵は大家として名を挙げているものが大半だ。つまり、上級武士が他の家に仕えていること事態が珍しいのだ。
下級武士と上級武士の違いは偏に領地だ。持っているのが上級武士で持っていないのが下級武士。
つまり、領土が領主の手に余るほどに無い場合を除き、大抵は領主自身かその親族が統治する。
他の家の人間に任せるなど、よほど信頼されているか、はたまた領地が有り余っていているかのどちらかでしかない。
悠木家は上級武士だ。それは過去の悠木家の当主が霧ケ峰家当主に信頼された証であり、故にこそ藤和において悠木家の発言力は霧ケ峰家に次ぐ。
けれども。
「下賤……ねえ。少なくとも、俺は女の尻ばかり追いかけてるお前よりは高潔なつもりだがな」
ニィ、と口元を吊り上げて呟いた俺の言葉に、顔面を真っ赤にして…………。
「何をなさっているのですか」
その背後から聞こえた凜とした声に尚虎が硬直する。
「おや、当主様」
わざとらしくそんな風に雪奈に声をかけると、尚虎が振り返る。
「せ……当主様」
「もう一度聞きます、何をなさっているのですか?」
目を細め、見透かすように俺たちを見てくるその視線に、尚虎の顔面が蒼くなっていって……。
「いえ、何でもありません。ご心配なさられるな」
笑顔を作り、そう言い放つと、雪奈が一瞬、表情を崩し……すぐさま元に戻す。
「そうですか…………朝とは言え、みな働きに励んでいるのですから、あまり大声を出して邪魔などしないようにお願いします」
「はい、申し訳ありません。私共もすぐさま戻りますので」
そう言って、一つ頭を下げると俺は雪奈の横を抜けて歩いていく。
「…………っ」
また一瞬、雪奈がこちらを向いて…………すぐに前を向いて歩き始める。
「…………………………くそっ」
後には一人、取り残された尚虎だけが残った。
「兄様…………また喧嘩?」
萬処に当てられた部屋に戻ると、奏詩が無表情に尋ねる。
「…………くく、そんなたいそうなもんじゃねえよ」
あれはただの男の惨めな嫉妬だ。
「兄様、あれが嫌い?」
尚虎のことをあれ呼ばわりな奏詩に苦笑しながら、考えてみる。
「実を言えばそんなに嫌いじゃない……………………ただ上ばかり見て、足元の大事なものに気づいて無いのが見ていてもどかしい、と言うのはあるかもな」
ああ、嫉妬しているのは俺のほうか?
などと考え、また苦笑する。
と、その時。
「榊木斎!!!」
バンッ! と音を立てて障子が開き、風嶺澪……補佐殿が入ってくる。
「あんたまた悠木殿のところのドラ息子と喧嘩したらしいわね!!」
バンッ、と机を叩いて、物凄い剣幕で俺を睨んでくる。
「さすが補佐殿……耳が早い」
「アホか!! あれほど接触は控えろと言ったでしょうが!」
バンッバンッ、と再度机を叩く。
「そんなこと言われても、向こうから接触してくるんだから、仕方ないないでしょう」
「だったらもっと穏便な言葉で済ませなさい!! あんなのでも一応は悠木家の次期当主なんだから!!」
その次期当主をあんなの呼ばわりしていることには触れてはいけないのだろう。
「不本意だけど、非常に不本意だけど、腹立たしいほどに不本意ながら、この萬処という部署は雪奈様の負担の軽減にも繋がっている、そして雪奈様自身も発足したばかりのこの部署を気にかけられているわ。それをあんたのくだらない喧嘩のせいで悠木殿を敵に回してしまえば、雪奈様でもかばいきれない!!! それを分かってるの!?」
そこまで不本意なのに、それでも存続させようとするあたり、補佐殿の雪奈への忠誠が見え隠れしていて、思わず笑ってします。
「笑うなああああああああああああああ!!!」
バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッ!!!
何度も何度も机を叩いていると、ふと近くで奏詩が迷惑そうな表情でこちらを見ていることに気づく。
補佐殿もそれに気づいたか、怒声を止め、なりをひそめる。
「とにかく、以後気をつけないさい。今は子供同士の喧嘩ということで悠木殿も笑っているけれど、もし悠木殿がその気になればあんたなんかすぐに追放よ、例え…………前当主様の推薦でもね」
以前言っていたのだが、この補佐殿は俺のことが嫌いらしい。
なのにこうして俺の心配をするあたり、人が良い。
だから、少しだけ本当のことでも語ろうか。
「大丈夫だ…………悠木殿が俺の敵に回ることは絶対にあり得ないからな」
「…………はぁ?」
怪訝な目で俺を見つめる補佐殿。まあそうだろうな、俺は新参の一家臣。向こうは最古参の重鎮、普通なら繋がりなど見出せないだろうが。
「有朋殿は俺に負い目がある。だからこそ有朋は俺に背けない」
「………………あんた……」
目を見開く補佐殿、そして俺は。
「なんてな…………冗談だよ」
「…………は?」
「普通に考えて俺みたいな下っ端に有朋殿と接点があるわけないだろ」
騙されたな、と暗に言ってやると。
「アホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
怒声を上げて、怒って部屋から出て行った。
「…………やれやれ」
後に残された俺は肩をすくめて。
「兄様……うるさい」
奏詩の絶対零度の視線に凍りついた。
活動報告の土下座Lv.99はちょっと連載考え中だったりする。
さて、そろそろ主人公の伏線が見えてきたでしょうかね。