藤和動乱 壱
ずっと前に暖めてたネタ。気分が乗ったので書いてみた。
眉間を指で揉み解し、目を開く。
「奏詩…………これで終わりか?」
俺、榊木斎の問いに、少女、榊木奏詩が頷く。
「やれやれ…………新設されたばかりの部署にこれだけ仕事を回してくるとはな。御当主様も随分と人使いが荒い」
「…………兄様、嬉しい?」
奏詩の問いに、俺はポカンとして。
「…………くく、さて、どうだろうな」
ニィと笑って答えを濁した。
霧ケ峰家はこの日和の大家たちの中でも列強と呼ばれる家柄の一つだ。
霧ケ峰家が治める藤和国、そして隣国雪代を併呑したことにより領国二国の一大勢力となった。
日和67ヶ国のうちのたった二カ国で列強と呼ばれることに何も知らない連中は違和感を覚えるかもしれない。
だが考えてみればすぐに分かる、二カ国を手に入れるためには必ずどこか一勢力を倒さなければいけない。
つまり、自身と同等の力を持つ相手を降さなければならないのだ。
だが互いに消耗しすぎれば漁夫の利を狙う連中に狙われる。つまり、相手に攻め込ませることを躊躇わせる程度の戦力を残しながら同等の力を降す。これが如何に難しいことか。
それをなし得た勢力はまだ10と無い。そしてそれをなし得ることができたのが、霧ケ峰家現当主霧ケ峰雪奈、通称西の雷帝と呼ばれるたった一人の少女の力のお陰などと、一体誰が信じれるのだろうか…………。
まだ十六の娘が戦場でその采配を振るわなければならない、この国の、いやこの世界の人間はそれを何故異常と思えないのか…………。
けれど、結局異端なのは俺のほうであって…………。
「奏詩…………これをあの補佐殿のところに持っていけ」
「…………うん、分かった、兄様」
未だ何も言えない、否、そもそも俺に言う資格なんて俺には無いのかもしれない。
「………………侭ならんなあ、この世界は」
天より昇る月のごときより高きを見届く、その名を天月の城。
その名に恥じぬ高所より、俺は窓より差す月の光にそっと障子窓を開き、空を見上げる。
「…………さて、どうしたもんかな」
呟きは夜空に消え、そして窓が閉められた。
「追加を持って参りました」
襖の前で一人の少女、風嶺澪が座り部屋の中へと声をかける。
「…………入って。こっちももうすぐ終わるから」
中から聞こえた声に、澪が襖を開き部屋へと入る。
十畳はほどの部屋に机がぽつんと置かれている。
「こちらが追加の資料、それとこちらが萬処からです、雪奈様」
澪の言葉に少女、霧ケ峰雪奈が一つ頷き机に置かれた用紙を一枚手に取る。
「…………仔細問題無いようですね」
「確認は済ませてあります、たしかに優秀ではあります…………が正直あの部署が本当に必要なのか私には些か疑問です」
胡乱気な表情の澪に、雪奈が苦笑する。
「しかし、こうやって仕事を分けることができるのはありがたいですよ?」
「…………それは認めましょう。実際、雪奈様の負担が大きく減っているのは事実ではありますし」
「信用できませんか?」
「…………虎綱様が何故あのような者たちを雇い入れたのか、国政に関わらせているのか…………私個人としては信用できませんし、反対です」
それもまた仕方無し、と黙する雪奈。そして澪は一礼して出て行く。
「やれやれ…………」
一つため息をつき、仕様が無いと言わんばかりに苦笑して首を振る。
「…………侭なりませんね、この世界は」
手を止め、立ち上がり襖を開く。
縁側から見える高く高く空高く昇った月を見上げ。
「…………さて、どうしたものでしょうか」
呟きは月夜の空へと消えていき、誰の耳にも届かぬままそして襖が閉められた。
翌日。朝から家臣団の召集があった。
「隣国雪代の一部地域に盗賊の出現の報告が出ました。早急に事態を収めなければ領内の治安の悪化、並びに霧ケ峰家への領民の不信も招きかねません」
領主には様々な権力と特権が与えられる。けれど、それは領民の生活を守ることの報酬である。
俺から言わせれば、領内を治めない領主など、ロクデナシ以外の何者でも無い
けれど、特権だけ振りかざし、ろくに領地を治めない凡暗はどこにでもいるもので。
そう言ったやつらが国を破綻させた呷りで盗賊となった者たちは日和に多いのも事実である。
だからと言って同情できる話でも無いが。
やつらは領民を襲う。田畑を荒らし、民を殺す。
そんな状態が続けば治安も荒れるし、領民も領主の力に疑問を覚える。
そして何より…………。
「藤和は山に囲まれていながらその立地の良さから交通が盛んな商業国…………治安の低下は商人の不信を招き、ひいては税の収支にも影響しかねません」
そう呟くのは悠木有朋。五代に渡り霧ヶ峰家に仕えている悠木家の者で、現霧ヶ峰家の家臣団の中でも最古参と称される武将の一人だ。霧ヶ峰の政壁などと呼ばれており、その政治手腕は家中でも深く信頼されている。
当主である霧ケ峰雪奈、その補佐である風嶺澪に次いで権力の大きい人物だ。
余計なことだが、まだ四十そこらのはずだが髪に白髪が混じり、その老練された雰囲気から他国の人間に六十代だと間違えられたのを気にしているらしい。と言っても、この国の内政のほぼ頂点と言っても過言ではない方だ。その苦悩は計り知れないものがある。特に当主の雪奈様がまだ二十にも満たないこともその一端としてあるかもしれない。
「なれば俺が行って来よう。なに、所詮賊。吹けば飛ぶような木っ端共に過ぎん」
そう言って不適に笑うのは僑下昌幸。現霧ヶ峰家家臣団の中でも悠木有朋と並び最古参と称される武将だ。霧ヶ峰の戦壁などと呼ばれ、戦においては無類の強さを誇る。能力者の一人で【切断】系統の能力を持つ。
さて、能力者と言う存在について、一体どういう説明をすれば最も的確であろうか。
ああ、こういう表現はどうだろう。
能力者は全てその祖先を辿れば一人の人間に辿りつく。
始まりの能力者、神門氏神。
通称……神龍。