部活動
今回で治安維持部員は全員出揃います。
未成年の喫煙描写がありますが、あくまでフィクションですのであしからず。
「今日はこれで終わり! 施錠するから早く出て行けよー」
22HRの担任、アベル・ゼプター(32歳独身)の声と共に本日の授業が終了した。
各々が席を立つ中で、レイだけは机に倒れ伏したままだった。
「はあ……何であんな事したんだろ」
「そんなに落ち込むなって……くくく」
「フェーゴだって笑ってるじゃないか」
陽気に笑みを浮かべながらレイの肩を軽く叩いたのは、レイと同じく治安維持部に所属するフェーゴ・フラムベル・フェルヘイズ。これでもこの国の第三王子だ。緋色の髪と瞳がフェルヘイズ王家に連なる者の証である。
庶民的な装いだが、これは彼の王位継承の序列が最も低い為、ある程度の自由を許されているからだ。
レイとは中等部からの友人であり、そこからクラスが分かれた事がない。
「だってよぉ、これが笑わずにいられるかっての。遅刻しそうになったからってあの曲がれない技使って、校門前の銅像にぶち当たった挙句、銅像の口から頭が抜けなくなったんだぜ?」
あの時レイが加速魔術で疾走した先には、竜を象った銅像が口を開けて待ち構えていた。レイは丁度その竜に食われる形で頭が嵌ってしまったのだ。
結局レイとセシリアは両名とも遅刻し、朝から騒動を起こしたとして生徒指導室に連行された。
「そんで生徒指導の先公にこっぴどく叱られた後のあの顔、最高じゃねぇか! はっはっは!」
「……先に部活行くぞ」
「あ、おい待てって!」
足早に教室を出たレイは隣のクラスを覗き込む。
そちらはまだ帰りのホームルームの最中だったが、生徒が一人欠席している。
「今日もクオンは来てないのか……」
クオンは日々修行に明け暮れているので学校には来ない事が多い。
その為友人と呼べる存在もレイしかいない。
因みにクオンの事を他の友人たちに話した事はない。隠している訳ではなく、話す機会を逸しているだけだ。
「どうしたレイ、置いてっちまうぞ」
「ああ、すぐ行くよ」
気が付くと前を歩いていたフェーゴを追いかけ、レイは部室へ急いだ。
「こんにちは」
「うぃーす」
レイとフェーゴが治安維持部の部室に入った時、他の部員は既に出揃っていた。
部室中央には会議用の大きな机が置かれ、それを取り囲むように椅子が並んでいる。ロッカーの横の壁には一枚の油絵が飾られており、作品名は『宵越しの椎茸』である。ベルリッツ曰く、名画との事だ。
「部長、お菓子買って来ましたよ」
「あら、ありがとう。早速お菓子ボックスに入れておくわね」
“お菓子ボックス”とはその名の通りお菓子を入れる箱である。
ベルリッツが設置し、そこに入っているお菓子は誰でも食べていいというルールだ。
レイが持ってきたお菓子を箱に放り込んだベルリッツは、また別のお菓子を開封し、口に運び始める。
「姉さんは本当によく食うな……太るぞ?」
「年を取ってからが心配ですね……」
筋骨隆々とした、プレートメイルを着た男子生徒と、小柄な男子生徒が各々口を開く。
「うるさいわね、ジオス、イーノ」
筋骨隆々な方はベルリッツの一つ下の弟ジオス・ノヴァ。
騎士を目指しており、それに見合った肉体と精神を併せ持つ青年。特徴は短く刈り込んだ金髪と、ベルリッツと同じ緑色の瞳だ。
対する小柄な方は生産職志望の1年生、イーノ・プラッツ。
頭髪は珍しい灰色の髪。その体格の所為か温厚な性格故か、ベルリッツの小間使いにされる事が多い。
「ところでレイ君とセシリア、朝にひと悶着あったそうじゃない」
「それは……」
「私たちは治安維持部よ、常に品行方正を心がけなさい」
「すみません……」
レイとセシリアは肩を落とすがベルリッツはすぐに切り替えるべく、両手を軽く叩いた。
「わかれば結構。さ、今日も部活を始めるわよ」
夜明けの団……治安維持部の活動は他の部活とは一味違う。
まずは校内の見回り、生徒が学生として相応しい行動をしているかどうかを随時チェックする。
見回りの後は部室でお菓子を食べる。
次に、校内で暴力沙汰や揉め事が発生した場合、現場に駆け付けて仲裁や鎮圧を行うのもこの部活の役目だ。
その後もお菓子を食べる。
休日は部員たちの見回りの結果を纏めて、問題があれば会議を行う。
会議中でもお菓子を食べる。
そんな運動部とも文化部とも知れぬ部活だが、いわば風紀委員を部活にしたようなものである。
そしてもう一つ、お菓子ボックスの補充を行う事。尤も、これは現段階では殆どベルリッツの担当なのだが……
そもそも部活中にお菓子を食べるのも殆どがベルリッツだ。
当の彼女は今もお菓子を食べている。
ともかく、今日も部員達は校内を見回るべく、各々に定められた担当場所へと散って行った。
「俺にも一本くれよ」
放課後の校舎裏に生徒が二人。立ち上る紫煙。
こうして態々人気のない所まで来て、こそこそと隠れた学生がする事は一つ。
「ほれ、持ってけ」
片方の生徒が、もう一方の生徒に小箱を差し出し、中から一本受け取った生徒は、オイルライターでそれに火を付ける。
旨そうに吸った煙を、溜息のように吐き出す。それ自体に面白みはないが、彼にとっては自分を飾るアクセサリーの一つのようなものだった。
「俺は全部貰おうか。今、口に咥えている分もだ」
そこに割って入ったのは、突如として現れた巨大な人影と、それに似合わぬ少々高めの声の持ち主だった。
「校内は禁煙の筈だ。それにお前達はどう見ても未成年だが?」
「あんだテメェ」
「治安維持部所属、ジオス・ノヴァ。いい加減止めて貰おうか……その煙の臭いは嫌いだ」
完全下校時刻が迫り、部活は終了となる。
部員たちは部室に集合し、各々の活動を報告する。
「ジオス先輩が二人摘発っと……」
イーノが資料に今日の活動結果を記録する。
あの後、二人の生徒は逆上してジオスに襲いかかったが、粋がった不良気どりなど彼の相手ではなかった。
今回のような件は、当校では決して珍しい事ではない。生徒の自主性を名目とした規制の緩い校則は、時として若者達に自由の皮を被った無秩序を生む。それを生徒の手で正そうというのがこの部の活動目的だ。
「みんな、お疲れ様。我が部の活躍で校内での問題や非行は激減、学校側からも高い評価を得ているわ。これからもその調子で頑張って頂戴」
日が長くなってきてはいるものの、夕暮れ時の時間にはいつも通り、レイはどことなく寂しさを覚えていた。そのまま帰路に就こうとしたが、例の如くその足取りは重たかった。
イスルギさんの出番はもう少し先になります。