帰宅
今回で序章は終了です。
レイが寝泊まりしている部屋は2部屋に加えダイニングとキッチンが備え付けられており、ルームメイトもいないため一人で広々と使う事が出来る。
当然、自宅通いの生徒ばかりではないため、一人一人にこんな部屋を与えていては学校の敷地だけでは足りなくなるので、学校から離れた位置にもいくつか分散して寮が建てられている。レイが住んでいるのもその内の一つだ。
生活の水準を落とす事なく多くの生徒を受け入れるという、大陸最大級の国立学校だからこそ成せる力技である。
「ただいま」
レイが自分の部屋に戻ると、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。
「ああ、戻ったか」
「美味しそうだね」
クオンがテーブルに料理を並べ、食卓につくとレイも腰を下ろす。
テーブルには作り立ての東洋料理が並び、湯気が立ち上る。
「お前の料理は兵器だからな」
「酷い」
クオンの台詞は、あながち間違いでもない。
レイは料理が下手だ、と言うよりは完全にその手の才能から見放されている。
幼い頃からレイを見てきたクオンだからこそ、その恐ろしさがわかる。
彼がこの寮に入ってから今年で二年目。捨て子だったレイは十五歳までをヴェナブルズ孤児院で過ごした。この苗字もその孤児院の院長のものだ。高等部への進学と共に孤児院を出て、寮での生活を続けている。
「途中で、また魔物に襲われたよ」
「何、それは真か?」
魔物、という単語を耳にしてクオンが目を見開く。
「うん、でも幸い大した相手じゃなかったから、魔術は使ってないよ」
それを聞いたクオンは安堵の息をつく。彼女は表には出さないが、よく見るとレイの身を案じているのがわかる。
「そうか、怪我も無い様で安心した」
「でも最近、どうも魔物が増えてきてるような気がしない?」
「うむ、“ギルド”でも奴らの討伐依頼が後を絶たないからな」
暫く二人とも黙って箸を進める。
いつもならばクオンの東洋風料理は美味しく感じられるのだが、どういう訳か今日は喉を通らなかった。
「お前が遭遇した敵は偶々弱かったから良いものの、大型の敵に襲撃されたらどう対処するつもりだ?」
「大型の?」
聞くところによると、警備が行き届いていない辺境の村などは、強力な魔物に襲われればなす術もなく壊滅させられる事もあるという。それほどの敵が自分の目の前に……考えたくもなかった。
巨大な敵を前にしたら、自分は動く事すら儘ならないかもしれない。
「じゃあその時は、クオンが俺を守ってよ」
「全く、お前という奴は……呆れ果てた奴だ。全く情けない」
「そこまで言わなくてもいいのに……」
恥も外聞もないレイの返答に、クオンは肩を竦める。彼はクオンを救世主か何かと勘違いしているのではないかと思えてしまう。
「まあ、最近は多少なりともマシにはなってきたが」
「そう? やっぱり見てる人は見てるんだなぁ」
「ヘタレなのは変わらんがな」
「ひどい……」
とは言え、クオンがこうしてレイをからかうのはいつもの事。守ってくれ、というのもほんの冗談のつもりで、本気で言った訳ではない。
「安心せよ、お前だけは必ず守って見せよう」
「えっと……頼もしいよ」
剣の達人とはいえ年端もゆかぬ少女であるクオンに守られる自分を、情けないと思わなくもなかった。しかし安心感からか、無意識の内に彼の箸は進むようになっていた。
「では、私は帰るぞ」
夕食を食べ終えて暫く談笑した後に、帰宅するクオンをレイは玄関口で見送る。外は大分暗いが、魔物であろうと邪な輩であろうと、彼女の剣の前にはさしたる脅威ではないだろう。
「ああ、おやすみクオン」
「うむ、早く寝ろよ」
短い挨拶を交わした後、クオンは自宅へと戻っていった。
この学校は全寮制ではないため、自宅通いの生徒も少なくはない。
「さてと、俺ももう寝るか」
レイは少しでも早く体力を回復させる為、少しばかり早めに床に就いた。
夜の帳は少年を包み、やがてはこの国すべてを包み込んでゆく。
人は明日を夢見て眠りに就く。
この少年もまた、明日の平穏を願う。
夜が明ければ日は昇る。
暗い闇を切り裂き、新たな一日の始まりを告げながら……
デイブレイクス〜Daybreaks〜 序章 放課後の出来事 終