台本と配役
あれから元の人格に戻ったセシリアは何も言わない。
再びギルドから服屋まで行った治安維持部は、無言で天使(?)から剥ぎ取った翼を手渡した。
「これは……羽根というよりは翼と言っていいサイズじゃないかしら」
服屋店主は想定外の展開に目を丸くする。
「まあ、これでしばらくは素材に困らないわね……ちょっと血が付いてるけど……」
そこに関してはレイも苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それで、アータ達への報酬だけど……上乗せした報酬に更に上乗せして……こんなのはどうかしら?」
店主が提示した金額は、学生の身分ではとても手に出来ないような大金だった。
「そ、そんな大金……」
「それなら、お金はいらないのでちょっとお願いしてもいいですか?」
レイが少しだけ躊躇う素振りを見せると、すかさずベルリッツが口を挟んだ。
「実は私たち、文化祭で演劇をする事になったんですけど、その衣装を報酬代わりに提供しては頂けませんか?」
「あら、そんな事でいいならいくらでも作ってあげるわよ」
服屋はあっさりと了承し、レイ達は手にする筈だった大金を取り逃してしまった。
「配役はまだ決まっていないので、決まり次第また伺います」
そこでレイは気が付いた。ベルリッツは、この部長は……最初からこれを狙って今回の依頼を受けたのだ、と。
「あら、どうかしたかしら? 報酬は結果により変動って話だったでしょ。契約違反にはならないはずよ」
「まあ、そうだが……」
「イスルギさん、姉さんには何を言っても無駄だ」
結局レイ達は、金銭的な報酬が無いに等しい状態で部室へ戻る事となった。
イーノの手際は良く、既に大まかなストーリーは出来上がっていた。
「待ってたぜ、早速主役を決めようじゃねぇか」
どうやらフェーゴは主役を演じたくて仕方がないようだった。
しかし、それに反してギルドから帰った者達の気分は、曇り空の最中だった。
「待って若くん。今日はギルドの依頼で疲れたから、それはまた明日ね」
「は? 何だそれ」
「まあ、そこは察してあげてくれ」
フェーゴは未だ納得のいかない様子だったが、どこか生気の抜けた様な部員達の姿に渋々と妥協した。
「……ったく仕方ねぇな、わぁったよ」
配役は明日へと持ち越しになり、台本の続きを書くイーノを残して部員達は部室を後にした。
日が長くなり、夕焼け空の下をレイとクオンは共に帰路についていた。
「演劇か……やるからには本気でいかないとな」
レイは拳を左手に打ち付け、文化祭への決意を新たに自らを鼓舞した。
「私は一応名誉顧問だからな、極力手を貸していこう」
「クオンがいるなら心強いよ」
夕陽を受けてクオンの髪が紅く煌めいた。とても絵になる姿だ。
暫く見惚れていたレイは、クオンが何か役をやってもいいかもしれない、と思った。
「明日は配役か、変な役じゃなければいいけど」
「そういえば、東洋の舞台では女形といって男が女を演じる事もあるらしいぞ」
「だから何だよ……」
翌日、配役を決める前にイーノから部員達に台本が配られた。
ここは、人と魔物が二つの国に分かれる世界、その世界で彼らはいつ終わるとも知れぬ戦争に明け暮れていた。
だがある時、魔物の王……魔王が死に、魔王の息子が新たに即位する。
戦況を劣勢に感じた若き魔王サタニエルは人の国に和平を持ちかけるも人の王はこれを拒否。
やむなく魔物の国に帰ろうとした折に、彼を呼び止める者がいた。それは人の国の姫君、イーリスだった。彼女はサタニエルに魔物の国に連れて行くよう懇願した。初めこそ首を横に振った魔王だったが、急に態度を一変させて姫を連れ去っていった。
「これは使えるかもしれんな……」
ある思惑を胸に秘めながら……
これが冒頭だ。
その後は魔王の部下や勇者などが登場し、物語は思わぬ展開を迎えていった。
全員が台本を読み終わると、早速ベルリッツが両手に紙で出来たくじを持って立ち上がった。
「男子は右、女子は左から引いて頂戴」
「ついにこの時が来たか……主役は俺が頂きだ!」
「私も引くのか?」
ベルリッツの左手には三人分のくじが用意されていた。
「当り前でしょ、しっかり働いて貰わなくちゃ」
もはや彼女は、クオンに対する苦手意識など完全に頭から消し飛んでいた。
クオンを含めた全員がくじを引くと、一斉に中身を開く。
レイがくじを開くとそこには……
『魔王』の文字が書かれていた。




