08 またね
「どうしたんですか」
「…僕、もっと素直になってればよかったかなぁ。もっと、森くんと一緒にいたかったよ」
素直になれない彼も、一生懸命気持ちを伝えようとしている彼も、もちろんそれ以外のどんな彼でも大好きで、たまに俺だけに見せる頬を赤らめる表情が可愛くて。そして今は必死に顔を上げて俺を見てくれる彼の小さめの瞳には溢れまいとする涙が溜まり、感情が珍しく高ぶったのか頬が赤くて、今まで以上に可愛い。
「上地さん、ほんとかわい…」
「森くん、僕…やだよ。もっと森、くんと仕事したかったし、もっといっぱ、い話ししたかったし、もっといっぱい、過ごしたかったよ…っ」
「なん、であなたのほうがそんなに、泣いているんですか…、俺の記憶を無かったことにしようとしてたくせに…、ほんと上地さんはズルイですよ」
「ずるくなんか…」
「ズルイですよ、こんなに俺のこと夢中にさせておいて、もう上地さん以外、女性でだって好きになれませんよ」
二人とも、役者だなんて言えないほどに涙で顔はぐしゃぐしゃだった。こんな顔、絶対に世間にも友人にだって曝せない。それができるのは、すべてを曝け出すことができるのはあなただからです。それに、あなたの泣き顔は誰にも見せたくはありません。それは俺だけの特権。いつでも強くて、真っすぐで特に仕事にかけるプライドは人一倍高くて、そんなあなたを素顔にさせることができるのは俺だけだって。だからいくらあなたに触れられなくたって、俺はそれでもいいです。あなたが今流す涙が俺のためだって自惚れていいんだとすれば、俺はあなたの涙を拭う必要がなくなるんですから。
「俺、上地さんのことずっとずっと覚えています。絶対に忘れません」
「随分な自信だね」
「当たり前でしょう?」
「もし森くんが僕のことを忘れようものなら、僕は君を迎えに来るから」
「はい」
「ありがとう」
「はい」
「さよなら」
「またね」
「森くん、会話が成り立ってない」
「絶対また会います。絶対に会いに行きます。だから待っててください」
「…うん」
「「またね」」
最後まで彼の涙は何よりも美しくて、必死に見せてくれた笑顔が忘れられないくらいに可愛かった。
お別れの挨拶は『さよなら』でも『バイバイ』でもなく、『またね』だってそれが絶対の約束だって二人で決めたじゃないですか。死ぬことが終わりじゃない。あの世とか、天国とかそんな大層なものがあるかなんて俺には分からない。だけどあなたは死んでもなお、俺に会いに来てくれたんだから、あなたはどこかへ行ったんだから俺を待つべき場所くらいあるでしょう。だからそこで待っててください。俺がそこへ必ず行きます。そしてもし、俺が道を間違えそうになったら、呼んでください。あなたの所へ行けるように。まずはこれから一歩を踏み出しますから。
「森さん! また病室を抜け出して」
「すみません。今日、ドクターにお話をすることは出来ますか?」
気持ちのいい朝の散歩も一旦これで習慣化終了。きっとすぐに看護士さんに怒られることもなくなるはずだ。
「おーい、森ー! 次の現場行くぞ」
「はい!」
「お前もよく働くな。またぶっ倒れるなよ」
「大丈夫です! 俺は上地さんの分まで、彼がやりたかったことと自分がやりたいことを演じたいんです!」
Dear 上地さん
あなたと俺が目指していたものは違ったけれど、あなたのおかげで俺は今まで以上のたくさんのことを知れました。ありがとうございます。これからも見守っていてください。大好きです。
「行ってきます、上地さん」
いつか『おかえり』と迎えてくれるその日まで。