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06 今も過去も大好きです

 びしょ濡れで病院に戻ると看護師さんに怒られた。でもその後に見せられたのは、曇った表情だった。雨が降っていたのに戻って来なかったことを記憶のせいだとおもっているのかもしれない。悪化した、と。

 いつまで俺は入院していればいいのか。多分、最近必ず朝は早くに病院を抜け出して、言っても聞かないから、一見すると異常な行動だと思われて帰してはもらえないんだろう。

 本当はそんなことないし記憶だって戻り始めてる。でも今はまだ帰れない。

 彼に会って、全てを確かめるまでは、記憶が戻ったことにはしたくない。


「くしゅ…っ。さむ…」


 病室に戻り、急いで濡れた体を拭いて着替える。

 わしゃわしゃと髪を拭いていると、懐かしい思い出として流れる映像がある。

 これは確実に自分が取り戻した確実な記憶。





『森くんさー、自分の職業ちゃんと分かってる? 風邪なんか洒落にならないんだよ?』


 傘を持っていないときに雨が降り、雨宿りをしていてもやみそうにないなーと諦めて雨の中を走って帰宅していたとき、偶然傘を持った上地さんに会い、乾かしてあげるから、とそのまま彼の家にお邪魔したことがある。


『どうして近くのコンビニで傘を買うとか考えなかったの? 本当、森くんって抜けてるよね』


 彼はソファに座って、俺はその前に座らされて、彼は俺の髪を拭いてくれる。表情は見えないけれど、後ろから聞こえる声音は少し不満そう。


『全然思い付きませんでしたね』

『ふーん…。僕に連絡することも?』

『いや、だって…。上地さんの仕事がいつ終わるかなんて、分からないじゃないですか』

『いっつもウザい!って思うくらいなのに、どうしてこういうときは連絡しないんだろうね』


 そう言って俺の髪を拭く手を早める。


『うわっ、上地さん荒いですっ!』

『森くんにはこれくらいがちょうどいいのー』


 でもだんだんとガシガシと荒っぽい手の動きが心地好いくらいになって、幸せだなーと唐突に思った。


『へへっ』

『何にやけてんのさ、気持ち悪いな』

『ひどっ! でも上地さんが可愛いんで許します』

『はぁ?』

『俺のこと心配してくれてありがとうございます』


 あなたは自分自身の感情表現が苦手だから。でもこういう些細な気遣いとか、何も言わずに伝えようとする可愛い仕草が俺は大好きなんです。…そう言ったらあなたはまた照れるんでしょう?


『森くんのくせに』


 ぷいっと視線を逸らす彼が可愛くて仕方ない。俺は髪を拭いてくれる彼の手をとって正面を向くと彼をぎゅうっと抱きしめた。


『な、何…』

『んー? ぎゅーってしたくなったから』


 俺より一回り以上小さな体は女性のようで、俺の腕の中にはすっぽりと収まってしまう。


『男に抱きしめられるなんて、想像もつかなかったなぁ。恋人、なんてさ』

『それは俺もです。でもそれは上地さんだからですよ。他の人だったら絶対に有り得ません』





 思えば、付き合いだしてからあぁやって思い返してはいなかった。

 雨に濡れた俺を怒ってそこから俺は彼が愛おしくなって、きちんと本音を伝えた。不安もあったはずだ。同性の恋愛なんて、理解しがたいものだったから。


「何か疲れたなぁ、寝よう」


 冷えた体を暖めようとベッドに潜り込むと眠気が襲ってきた。




 眠るとまた夢を見た。

―――また明日、あの公園で会おう


 たったそれだけ、彼の姿も見えない、ただそれだけが聞こえた夢。

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