05 あなたは今、どこですか
あれから毎日、夢として過去の俺が出てくるようになった。
内容としては、一緒に仕事をしたりすることが多くて、意外と共に過ごす時間が多かった。
彼は照れ屋で素直じゃなくて、俺に対して罵倒する場面も多々あって、それでも俺は彼が大好きだった。彼に対して抱いた“可愛い”という感想は、記憶を失った俺が血迷って持ったものではなく、元々だということも分かった。
過去の俺と一緒にいる彼は、最近出会った彼よりも笑顔が素敵で、色々な表情を持っていた。彼が本当に笑えていないのは自分が原因ではないのか、と自惚れにも思う。恋人が自分のことを綺麗さっぱり忘れているなんて事実、俺だったらショック以外の何物でもなくて、きっと何にも手がつかないかもしれない。
日に日に過去は現在に近付いているような気がして、俺は携帯を手にしていつもの公園へ出た。会えなくても良いから声を聞きたい。
あなたはいつまでも記憶が戻らない俺が見ていられなくなったんですか? だから会いに来てくれないんですか?
医者よりも誰よりも、俺はあなたに“記憶が戻り始めているんです”と知らせたくて、あなたのアドレス帳を引き出す。
フルネームではなく、俺がいつもあなたを呼んでいたそのままで登録されている名前。他の登録とは違う、俺の小さなこだわり。
〔おかけになった電話は、現在、使われておりません〕
電源が切られている訳でも何でもなく、聞こえてきたのは“使われていない”という無機質な声。
彼が俺との連絡を遮断するがためにわざわざ番号を変えることなど、するはずがないと思う。
どうしてだろうと思うといっきに心の中はもやもやがいっぱいになる。
(…あれ、そういえば)
夢でみた記憶を全て自分のものにすると一つ、矛盾がある。
彼が実際飼っているのは猫の“きゃん”で、犬の“ダイスケ”まで飼っているという話は全く出てこない。そしてここまでくると先の記憶も、あやふやだが何となく、思い出すことができ始めていた。その記憶を必死に探っても、“ダイスケ”は出てこない。
(…どういうことなんだろう?)
ただの俺の記憶違い…? そう思って、携帯を一旦ポケットにしまう。
もやもやが溜まって、ただ何となく公園内を歩いていると病院から離れた一般者用の出入口に出た。
悩みすぎだと戻ろうとしたとき、視界の隅にボールを追い掛けて道路に飛び出す子供を見つけた。それに突っ込みそうな車も。
一か八か、俺も飛び出して、子供の飛び出した勢いを殺さないように俺はその子の手を引っ張った。ボールは残念ながらぺしゃんこだけど、命には代えられない。
「息子を助けてくださって、ありがとうございます!」
母親らしき人が駆け寄ってきて、子供を抱きしめる。
「いいえ」
「この道は気をつけなきゃダメよ。数週間前にも事故があったんだから」
「え?」
子供に対して言った言葉なんだろうけど、思わず食いつく。
「知りませんか? ほらここってカーブで見にくいでしょう? それでバイクとトラックの衝突事故が。確かバイクに乗っていた方はお亡くなりになったはずで…」
その言葉を聞いたとき、何かがフラッシュバックした。
「では、失礼します」
「あぁ、はい…」
大した返答もできないで、次々と一枚ずつの絵が荒い駒送りのように脳裏に現れる。
トラックと衝突して投げ出される体。でも飛んでいるので自分ではなくて、もっと小柄な人。ぐしゃり、とあってはならない音と共に落ちる体。たった一度の衝撃だったのに、血まみれのその人を見ることはうまくできない。どんどんとその人から焦点は遠ざかっていき、当事者ではないことを何となく悟る。
(…あ、そうか)
その場で立ちすくんで考えて、出てきた記憶は最悪だった。
その人と同じように、俺はいつから降り始めたか分からない雨によって、体が冷え始めていた。