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2人の課長

都内某所にあるバー「カフェ・ブリュ」。

カウンター席が8席と2人がけのテーブル席が2席。10人もはいらない小さな店だ。

昼間はオーナーである妙齢の女性如月が喫茶店として店を切り盛りし、夜の部はバーテンダーの一葉がマスターを務める。夜はおいしい水割りをだしてくれる知るひとぞ知る店になる。一葉がこの店に勤めるようになってから、3年が経つ。

店の名前は、如月がお気に入りのCDからとったもので、その名のとおり、内装はコバルトブルーに塗られている。


「それじゃあ、一葉君、よろしくね」


いつものように、如月が一葉に店の営業をバトンタッチして、自宅へと帰っていく。かつてはやり手のキャリアウーマンだったらしいが、引退し、街角の小さなこの店を営んでいる。夜の部を営業するつもりはなかったが、たまたま人手を募集したところ、一葉がやってきて、彼の風貌や見た目から、彼に夜の部を任せることにしたという。はじめの頃は如月も夜店に顔を出していたが、一葉に任せても大丈夫だと判断し、2年ほど前から夜は一葉が一人で店をまかなう。

夜9時、一葉が店のプレートを「Open」に変えると、ほどなくして数名の常連客が入ってくる。

おつまみ程度の料理しかださないこの店に立ち寄る人々は、たいていが2軒目、3軒目だ。


「水割りね」

「俺も」


この店で水割り、といえばダブルフィンガーの水割り。ウイスキーの銘柄はマスターの気分次第。

本日のウィスキーはジャックダニエル。言わずと知れたテネシーウィスキーの代表的な銘柄である。

常連の2人は、中年の男性で、同じ会社に勤める同僚だ。

一葉は、無口な男で、客に根掘り葉掘り情報を聞くことはないが、会話は聞こえてくるため、その話に耳を傾け、疲れているようであればすこし薄めに水割りを作り、逆に滑舌よく強い酒を求めていそうなときには、すこし濃いめに作る。

一葉のそんな気遣いを客が知る由もなく、独りよがりと思われるだろうが、常連の客が常にいることから、その気遣いが何らかの影響を与え、無意識のうちに感じられているのかもしれない。

店では基本的にひとりで料理も酒も作る。かつてホテルの厨房で働いた経験もあるので、手慣れたものだ。

上背があり、何かスポーツでもやっていたのではないかというガタイのよさ、その割に顔は年齢の割に童顔で、まだ20代はじめくらいにも見える。髪は黒のストレートで、シャギーが入った髪型は、よりいっそう彼の顔を若く見せた。鼻筋が通り、切れ長の大きめの目は、時折獲物を捕らえるような鋭い目線を見せることもあるが、さすがに商売中はそんな素振りを見せることはない。

パリのギャルソンを意識して如月が発注したという白いシャツと黒いベスト、首元には黒の蝶ネクタイ。颯爽と歩く様に惚れる客も多いという。


「ほんっとに営業課の坂木課長には参るよ」

「こっちの意見なんて聞いちゃいねしな」


2人は仕事の愚痴を始めた。一葉が聞いた範囲では、2人はイベント関連会社にいるらしい。イベントといっても、コンピュータなどの電子機器の展示即売などを行う会社だ。決して華やかな仕事ではないのであろう、毎回苦労に満ちたエピソードを聞かせてくれる。


「まあ、それでさ、うちの企画の石田課長と仲が悪いじゃん?だからオレが間にたって仲介したんだけどさ、どうにもうまくいかなくて」


そう話しながら、眼鏡をはずして目頭を押さえているのは30代後半と思われる男性、後藤で、大抵左端、奥の席に座ることが多い。短髪で彫りの深い顔立ちで、太ることを気にしているのか、スリムな体型だ。

一方、その右に座る男性、渡部は、すこし小太りで、左手薬指にはめた指輪を動かすが、指の肉が食い込んでしまい、動かせそうになさそうだ。それを見て、後藤が、「オマエは浮気できないように嫁に太らされたんだよ」とからかった。太ったことを気にしているようで、そのことに触れられないように、渡部がさっきの話を始めた。


「間に立たされた身にもなってほしいよな」

「でもムカつくのはさ、あの2人、2人でいるときには仲がいいらしい」

「まさか」

「ほんとだって。俺の同僚が目撃した。2人でたのしそうに密談してたって」

「ありえないでしょ、そんなこと、ねえ?一葉さん?」


話を振られて、冷静に一葉が答える。


「それって、今どきの女の子だったら、あの2人できてるの?って話になりますよね」

「やっぱりそう思います?オレもそう思うんですよね」

「おい、後藤までそんな」

渡部はうそだといわんばかりに否定しようとしたが、後藤が話を続けた。

「だってさ、この話してたのはみんな女の子なんだけど、彼女たちの話によると、朝一緒に来ることがあるって」

「まったく、いまどきはやりのボーイズラブじゃないんだから。あんなのほんとにあったらこわいだろ」

「本当のゲイの方々の生活とはずいぶんと違う気がしますよね」

「一葉さんの友だちでそういうひといる?」

「ええ、まあ」

「そういう人みたらすぐにわかるもの?」

「うーん、そうですね、たぶん、ピンとくるんじゃないでしょうかね」


実はそういう一葉自身も同性愛者だ。

ここでは、客の手前、あまり自分の素性を話すことはない。聞かれてもうまく受け流すのが通例だ。バーテンダーの知り合いにはゲイが多そうだ、という2人の話にうまく合わせているだけだ。


「一葉さんみたいにかっこいいならいいけど、ふつうのおっさんなの。どこにでもいるような」

「それが気持ち悪いっていうか、リアルすぎるところはある。なんで女子はそういう話が好きなんだろうかね」


グラスを傾けながら、ぶつくさと渡部がつぶやく。


「よかったら、これ」


間をつなぐように、一葉が皿を差し出す。


「今日、ちょっと面白いチーズが手に入ったので」


薄いピザ生地の上にシェーブルチーズ、それにとろりとしたはちみつがかかっている。


「ふつうシェーブルって、フランスものが多いんですが、これはイギリスのウェールズ地方のものだそうです。食べたら、案外イケたので。みなさんが思っているよりくさくないですよ」


「シェーブルって山羊?あ、ほんとだ。意外とくさくないし、おいしい」

「へえ、名前でダメってことあるけど、これは平気」


満足げな客の顔を見て一葉の表情も自然と和らぐ。

もともと接客に慣れているわけでもなかったが、この店で働くようになって3年。だいぶ板についてきた。


「いや、というのもさ」

渡部が手についたはちみつを舐めながら、話を続ける。

「ほら、新人の女の子で牧田って子いるだろ」

「ああ、あのちょっといまどきのかわいい子な」

「あの子と坂木課長、つき合ってるって噂があってさ。もしそれで石田課長ともってなったら、もうわけわかんねえじゃん」

「そりゃわけわかんねえ。っていうか、坂木課長のどこがいいわけ?そりゃ確かに顔はそんなに悪くねえかもしれねえけど、神経質そうだしさあ。眼鏡萌えとかなわけ?」

「オレらにはわかんねえよなあ」


入口のドアがカランと鳴る。


「いらっしゃいませ」


「あれ?中村?」

「なんだ、お前もここ来るの?」

「まあな」


長身のすらっとした男性は、どうやらこの2人の同僚らしい。

同じ店に通っていたことを知らなかったようで、驚きの声を上げた。


「水割り」


注文の仕方も郷に入っており、何度も通っていることがうかがえる。一葉もこの客には見覚えがあった。


「なんの話?」

「下世話な話」

「え、なになに?」

「営業の坂木課長と石田課長ができてる話と坂木課長が牧田ちゃんとつき合ってるって話。どっちが本当かって」


差し出された水割りを飲みながら、あとから来た男性、中村が、微笑をうかべる。


「その話なら、真相をしっているよ」

「え、なんだよ、それ」


「まあまあ、あわてずに」


逸る2人を制止して、水割りで口をうるおす。


「牧野ちゃんは、今年はいったばかりの新人ちゃんだろ。課のおとこどもが大騒ぎするほどに人気の子だよな。彼女を巡って、実はストーカー事件があったんだ。相手はここでは言えないけど、もしかしたら2人も知っている人物かもしれない。それで、牧野ちゃんがそのストーカーと押し問答しているところに偶然、営業の坂木課長が通りかかった。あの人ああみえて案外正義感の強い人だから、彼を罵倒したんだってさ。そしたら、そいつの矛先が今度は課長に向かって、殴りかかってきた。ほら、いつだったか、こめかみに絆創膏を貼っていた時期があっただろ?あのときさ。幸いなことに傷は深くなかったけれど、牧野ちゃんもさすがに責任を感じて、彼の病院通いにつき添ってあげたらしいんだな。それがまずは2人がつき合ってるんじゃないかっていう噂の元」


へえ、と2人は感嘆の声をあげる。

次に湧く疑問は、その情報はどこから?

中村は、まあまあと2人をなだめすかして、話をすすめた。


「それで石田課長と坂木課長、この2人が実は仲がいい説のほうだけど。これは黒でもあり白でもある」


「どういうことだよ?」

一葉のだしたプレッツェルをくわえながら渡部が彼の顔を覗き込む。


「あの2人はかつての大学のサークル仲間。坂木課長と石田課長はテニスサークルに所属していて、ダブルスを組むほどの仲だった。会社も同期入社で、特に問題なくやっていたはずが、あるとき坂木課長に香港転勤の話が浮上。そのとき奥さんのおなかに子どもがいた課長は、その申し出を断ったんだけれど、それになぜか石田課長が激怒。転勤後は出世できるのだから1人でも行くべきだって。それでも坂木課長は答えを覆さず、結局転勤に行ったのは石田課長のほう。2人の間に溝ができたのはその頃で。とはいえ、長いつき合いの2人は、仲が悪いときばかりでなく、昔話に花が咲くときには昔の顔に戻る。そんなからくり。まあ、そんなに期待するような話でもなかったと思うけど」


聞いていた2人は、中村の饒舌ぶりに驚いた。彼は職場ではどちらかというと無口なほうで、これほど巧みな会話をするタイプとは思えなかったからだ。


「すげえな、中村」

「そんな情報いったいどこで仕入れたんだよ?」

「いや、風の噂だよ」

「オレ、坂木課長と石田課長が大学の同期ってことすらしらなかった。すごいな」

「転勤の話も」

「ほら、オレ、前に庶務課にいたから。情報整理してたときにたまたま。でも個人情報だから、黙っていてくれよな」

「まあ、それは確かに言っちゃダメだよな」


一通り話が終わると、中村は水割りを飲みほして、先約があるからといって、さっさと店をでる。

会計の際、一葉は、彼の腕に無数の切り傷があるのが見えた。


「ありがとうございました」


先客の2人は、会社の愚痴をいいながら、ああでもないこうでもないと長々話をしている。


一葉は、彼らの会話を聞いていて、恐ろしいことが浮かんだ。


腕の無数の傷はどう見てもリストカットの跡だ。何か精神的に病んだ部分があるのかもしれない。

実はさっきの中村という客がストーカーなんじゃないか。しかも、牧野という女性のほうではなく、坂木課長の。偶然見えてしまったのだが、口の中にピアスをして、胸元にはネックレスが光っていた。普通のサラリーマンにはあまり見られないものだし、雰囲気といい、話し方といい、彼のしぐさといい、同業のにおいがぷんぷんする。

押し問答の現場に偶然居合わせてしまった彼女をかばって、中村が殴ろうとしたのを制止したのは坂木課長で、彼の過去を執拗に追い回していたのも、恋心から?


そんな雑念にも似た考えがよぎったが、あいにく彼は探偵でも刑事でもない。ただ来た客をもてなす一介のバーテンダーにすぎない。


「マスター、もう一杯」


のん気に先ほどの2人が空いたグラスを頭上にかかげている。


「はい、ただいま」


一葉はまた青く塗られた小さな自分の定位置へと戻っていった。


一応ボーイズラブにしておきましたが、ずっとこの調子だと思います。分類的にそうしなくてもいいのかもしれませんが、万一苦情がきても困るなという小心からつけました^^;ずいぶんと昔に書いたもので、文体などがぎごちないのですが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

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