《落書きこそ200》
200を芸術的に見る事もあれば、武器として考える事もあり、小説としての実験や研究に利用させて頂く事もある。
一部を使い、膨らませるか、全体を見通し、入れ込んで作るかは個人、そして、作品としての色合いでしかない。
新しいアイデアがあればドンドン前に出してゆけば良く、スプレーで壁に色を塗る様に文字を打ち付ければ良い。
200の中に理屈や喜びを見付けながら、まだ、知らない世界があるのでは無いか?―と、1つ、は、ジャンルのつまみ食いの様に思われ、やはり、ココも、これまで懸命に小説を書いていた者から、知らぬ反感を抱かれやすい部分だったりはする。
一時的にSF200をやりたくなった。
ガッチリしたものが良いと考えたりしたが、そう思い出し、そういった物は作れてはおらず、俺自信、星新一や筒井康隆に憧れ、小説家という意味では、SF作家的ポジションに憧れていたりはするのだが、コメディーや、200のとーよーと定着し、それだけでは無いと見せたい気持ちと共に、200に関しては率先して書く立場になった事が嬉しくもあり、やはり、ウザくもあり、ココが広がったのは俺だけの力では無く、書く人間が増えた事自体に意味があり、最近では、200に関しても好きにやらせてもらい、そういった意味では、とーよーという人物自体は、全くリーダーや、人の上に立つ素質は無い人間なのである。
推理200も面白そうに感じている。これまでに2つ、3つは作ったが、全て推理の形式を借りたパロディーであり、普通パロディーというものに関しては、原型があり、また、その原型も、浸透したものが望ましいのだが、推理200という物自体が、確立する以前からパロディーとして作ってしまい、良いのか、悪いのかは分かっていないが、形としては1つ残せた様に思ってはいるが、ココも過去ならハセガワハルカというユーザーや、最近ではアイトというユーザーが頑張っている。
200を作る1つの利点が編集作業の面白さで有り、俺自信は、ココが楽しみであり醍醐味の様にさえ思える。
200を作る以前の俺の作品は、1、2、3、4といきたいと思い、その時はソレで満足もしていたが、今見返すと、順番がバラバラである様に感じ、ココら辺を1度整理しよう等と思いながら、新しい作品の方を優先してしまう。
作品のイジリ直しといった所で、多少の言葉や、文字の入れ替えのみで、あとは自由に遊ばせる事が出来、初めはともかく、最近では、どの程度の話なら200に入れ込めるか、また、向いているか、と、何処と無くだが分かってしまい、これは才能やセンス関係無く、大量に200を書き続けた事からの経験であって、イラシイ計算が組み込める様にもなったのだが、そういう部分が固まり出すと、一気に面白くなくなってしまうので、俺の場合いは固まり出すと一気に壊し、また、作り直すといった意識で200のバリエーションを楽しんでいる。
とーよー200というものをやった理由の1つに【成りきり200】というものを流行らせたいといった想いがあった。
無論、俺とでは無く、誰彼構わず、互いに成りきり、200を書いてみれば良く、簡単に話を纏めると、とーよー200のやり方で、とーよーの部分を他のユーザー名にすれば良いのである。
落書きの延長で200になるというより、俺は何処にでも、意味のある文字しか打たない。
別で書いたものが発展し、そのままアイデアに成る事もあれば、読み返した後、インスピレーションとして200や、他の小説に反映される事もある。
昔はこれを一切やらなかった。カッコ悪いといった意識があったからである。
しかし、そこは、違うのだ。
落書きと作品は別であり、ココが同じ様なユーザーを見ると随分楽に見え、そこは、誰に対しても同じ様な感想を返しているユーザーを見ても思えてしまう。
200は縛られる―と、いう部分は書くまでも無く当たり前の部分であり、縛りや規定が多ければやりにくいといった意見が普通ではあるが、敢えてソッチの方に行く事も面白く、考え方によってはコッチの方が楽であり、また、たしかに、具体的な部分の話であれば、文字数やジャンルを縛られれば、やりにくくはなるのだろうが、俺自信の話をすれば「よーし、200文字ピッタリ以外はダメなんですねー」「同じタイトルで作品を書くのですねー」と、勝負気質や挑戦というよりも、それこそが書くエネルギーになっていたりし、こういった部分は俺1人の楽しみであり、誰からも変な意識を持たれれば困り、また、そう思いつつも、そこを喜ばれれば嬉しいものでもある。
久しぶりに200連打をしてみたが、ガチガチだった物が多かった様に思い、ほぐす様なものの方が笑いにはなるのだろうが、気持ちを優先し、コメディー200を3本出した。
まだ、解説は出来ない。
マイ作品の分析や解説は、作って1日、2日経ち、やり出す事が多い。その過程で理論を固める。作る段階では、あまりアレコレ考えない方が良い。
もちろんネタの土台は決めていた方が良いのだろうが、頭の中で細かく決め込んでしまうと、ストーリーを優先し、イマイチな良い物にならない様には1つには思っており、なにより書く楽しみが無くなるとも感じている。
落書きこそ200…と、いうのは極論かも知れないが、そういった気持ちも、1つには必要な様には思ったりしている。
P.S
周りの200が、深い方向、重い方向に進み出した今だからこそ、敢えて、この時期に、コレを書いておきたいと思った…。
良いのか…悪いのか…。
By/200帝王