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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第10章 新銀河帝国編

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第99話 フライハイト財閥

 数日後。


 銀河経済史における最大の事件――後に『クロウ・ショック』と呼ばれることになる、新銀河帝国による旧帝国主要企業への無制限TOB(株式公開買付)は、驚くべき短期間で完了した。


 結果は、クロウの完全勝利だった。


 市場価格の三倍という破格の提示額に、帝国の投資家たちは雪崩を打って応じ、主要企業の流通株式全てがフライハイト家の手に渡ったのである。


 帝都ノルド・ステーション、執務室。


 クロウは、壁一面のモニターに表示された新生『フライハイト財閥』の組織図を見上げ、満足げにコーヒーを啜った。


「壮観だな。帝国の重工業、食品、エネルギー、物流……基幹産業の全てが、今や俺の手の中だ」


「買収完了率は100%です。これにより、旧帝国の経済的な命脈は、実質的にマスターが握ったことになります」


 傍らに控えるシズが淡々と報告する。


 だが、クロウの本当の狙いは、単に企業のオーナーになることではなかった。


 真の恐怖は、ここから始まるのだ。


「さて、シズ。次のフェーズだ。買収した全企業の経営陣に、第一号指令を出せ」


 クロウは氷のように冷たい声で命じた。


「『旧帝国内にある全ての資産――工場、設備、土地、棚卸資産に至るまで――を即座に売却し、現金化せよ』。そして、『その資金を持って本社機能を新帝国へ移転し、新たなビジネスを開始せよ』とな」


 それは、いわば経済的な焦土作戦だった。


 旧帝国から、生産能力という「富を生み出す力」そのものを根こそぎ引き剥がすのだ。


「了解しました。……ですがマスター、彼らは素直に従うでしょうか?長年慣れ親しんだ土地を離れることに、抵抗感を持つ者もいるのでは?」


「抵抗?するわけがないさ」


 クロウはニヤリと笑った。


「今の旧帝国を見てみろ。重税に次ぐ重税、貴族による不当な介入、暴落する通貨……ビジネスをする環境としては最悪だ。そこに、俺が最高の餌をぶら下げるんだ」


 彼は指を一本立てた。


「『新銀河帝国は、法人税、所得税、固定資産税、あらゆる税金がゼロである』とな」


 ***


 その通達が出された瞬間、買収された企業の経営陣たちは、狂喜乱舞した。


 彼らは長年、帝国の吸血鬼のような徴税システムに苦しめられてきた。


 利益を出せば貴族に搾取され、赤字になれば補填を強要される。従業員の給料を上げる余裕などなく、設備投資もままならない。


 それが、新帝国では「税金ゼロ」だというのだ。


 なぜなら、新銀河帝国には「税収」が必要ないからだ。


 国家運営に必要な資源やエネルギーは、万能物質(マター)製造工場が賄っている。インフラ整備もシズとオーディンが制御するドロイドが行うため、コストは極限まで低い。


 クロウにとって、企業からの税金など、端金にもならないのだ。


「営利を追求していいのか!?本当に、稼いだ金をすべて自分たちのために使っていいのか!?」


「ああ、好きにしろ。その代わり、世界一の商品を作れ。そして、従業員には最高の待遇を与えてやれ」


 クロウの言葉は、経営者たちにとって福音だった。


 大移動が始まった。


 旧帝国の工業地帯では、奇妙な光景が繰り広げられた。


 工場内の最新鋭のマザーマシンが次々と搬出され、輸送船に積み込まれていく。


 データサーバーは抜き取られ、特許や設計図といった知的財産もすべて新帝国へと送信される。


 そして何より、そこで働いていた従業員たちだ。


 彼らは「新帝国への移住希望者は、給与三倍、住居完全保証、食費無料」という条件を提示され、涙を流して喜んだ。


 旧帝国では奴隷同然に扱われていた、5等民の技術者や熟練工たちが、家族を連れて次々と移民船に乗り込んでいく。


 残されたのは、空っぽになった工場の建屋と、荒れ果てた土地だけ。


 企業側は、それらの不動産を「格安」で売りに出した。


 それに飛びついたのが、何も知らない旧帝国の貴族たちだった。


「おのれクロウめ!帝国の資産を売り払うとは何事か!」


「だが好機だ!工場がこんな安値で手に入るとは!」


「これで儂も工場主だ!明日からバンバン生産させて大儲けしてやる!」


 彼らはこぞって資産を買い漁った。


 だが、彼らは致命的な勘違いをしていた。


「箱」があっても、中身の「機械」と、それを動かす「人間」と、何を作るかという「ノウハウ」がなければ、工場はただの巨大なゴミだということを、彼らは知らなかったのだ。


 ***


 数週間後。


 旧帝国の経済は、完全なる沈黙――そして壊滅を迎えた。


 とある貴族が買い取った有機食品の生産工場。


 彼は高笑いしながら工場へ乗り込んだが、そこで見たのは、配線がぶち切られ、機械が全て持ち去られた広大な空間だけだった。


「な、なんだこれは!? 機械はどうした!」


「は、はい……前の持ち主が『資産売却』の一環として、全て新帝国へ持ち去ったようです……」


「なら、新しい機械を買え!職人を集めて動かせ!」


「それが……機械メーカーも、熟練工たちも、みんな新帝国へ移住してしまいまして……」


「なんだと!?」


 貴族は呆然とした。


 彼らに残されたのは、固定資産税だけがかさむコンクリートの塊だけ。


 自分たちで何かを作ろうにも、貴族たちは労働を「下賤なこと」として忌避してきたため、ネジ一本の締め方すら知らない。


 その結果、帝国全土で物流が止まった。


 スーパーマーケットの棚からは食料が消えた。


 家電量販店からは製品が消えた。


 エネルギー供給会社の発電所も、メンテナンス要員がいなくなったことで次々と停止し、頻繁に停電が起きるようになった。


 モノがない。


 作れない。


 直せない。


 プライドばかり高い旧帝国は、ついに「何も生産できない国」へと成り下がったのだ。


 生きるためには、どうすればいいか?


 答えは一つしかなかった。


 ――「輸入」である。


 ***


 新銀河帝国、帝都ノルド・ステーション。


 そこは今や、銀河中の富と技術が集まる「タックスヘイブン(租税回避地)」であり、巨大なビジネス街となっていた。


 移転してきた企業たちは、税金の呪縛から解き放たれ、水を得た魚のように活動していた。


 潤沢な資金で挑戦的な研究開発を行い、高待遇でやる気に満ちた従業員たちが最高品質の製品を生み出す。


 それらの製品には、『Made in Freiheit(フライハイト製)』の刻印が誇らしげに打たれている。


 執務室で、クロウは貿易データを眺めていた。


「すごい数字ですね、マスター。旧帝国からの輸入注文が殺到しています」


 シズが報告する。


「食料、医薬品、衣類、家電、通信機器……生活必需品の99%を、我が国からの輸入に依存している状態です」


「だろうな。向こうにはもう、作る力がないんだから」


 クロウは冷ややかに笑った。


 旧帝国の貴族たちは、生きるために、プライドを捨てて新帝国の製品を買わなくてはならなかった。


 クロウが買収のために支払った117京クレジット。


 それは一時的に資産家でもある帝国の貴族たちの手に渡ったが、彼らはその金で、新帝国の製品を買うしかないのだ。


 つまり、金は再びクロウの元へと還流してくる。


「結局、俺が払った金は、全部俺の所に戻ってくるってわけだ」


「はい。しかも、製品価格には『輸出関税』と『ブランド料』が上乗せされていますので、マスターの資産は買収前よりも増えています」


「ハッ!笑いが止まらんな」


 完全なる経済支配。


 旧帝国は今や、新帝国の単なる「消費地」へと堕ちていた。


 彼らが生殺与奪の権を握られていることに気づいた時には、もう手遅れだったのだ。


「それにしても、こっちに来た連中の顔つき、見違えたな」


 クロウは窓の外、活気に満ちた商業区を見下ろした。


 そこでは、かつて旧帝国で疲れ果てていたサラリーマンや工員たちが、家族と共に笑顔で歩いている。


 彼らは高給を得て、豊かな生活を送り、そして何より「自分の仕事が正当に評価される」喜びを噛み締めていた。


「人間、環境が変わればここまで変わる。……俺が作りたかったのは、こういう国だ」


「はい。彼らは純粋に営利を追求し、その結果として新帝国を豊かにしています。理想的な循環です」


 シズが同意する。


 新帝国は、強制も徴税もない。


 ただ「自由」があるだけだ。


 だが、その自由こそが、最も強力な経済エンジンであることを、クロウは証明してみせた。


「さて……」


 クロウはモニターの向こう、遠く離れた旧帝国の帝国首都星(セントラル)の方角を睨んだ。


「経済は握った。国民の心も、技術も奪った。……残るは、あのプライドの高い女帝と、時代遅れの貴族どもだけだ」


 彼の目には、確固たる勝利の道筋が見えていた。


 武力を使わずとも、国は滅ぼせる。


 そして、武力を使わずとも、人は救える。


 フライハイト財閥の誕生は、旧時代の終わりを告げる決定的な一撃となったのである。

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