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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第10章 新銀河帝国編

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第98話 経済戦争

 数日後。


 帝都ノルド・ステーションは、建国とロイヤルベビー懐妊という二重の慶事に沸き立っていた。


 街角のモニターには、連日のように『ロイヤルベビーお名前募集キャンペーン』の速報ランキングが表示されている。


 上位の候補はほぼ固まりつつある。


 男の子なら、『シャルル』。


 女の子なら、『クローディア』。


 国民たちが自分たち夫婦を深く愛し、その繋がりを祝福してくれていることが伝わってくる、温かい名前だった。


 執務室の窓際で、クロウはその賑わいを満足げに眺めていたが、すぐにその瞳から「父親」の色を消し、「皇帝」としての冷徹な光を宿した。


 平和ボケしている場合ではない。


 守るべき家族が増えるからこそ、盤石な地盤を固めなければならないのだ。


 彼はデスクに戻ると、ドカッと椅子に腰を下ろした。


「さて、シズ。準備はどうだ?」


 虚空に声をかけると、即座に傍らに控えていた――ドロイドのシズが一礼した。


「はい、マスター。準備は整っております」


 クロウはニヤリと笑い、デスクの上のメインモニターを指で弾いた。


 そこに表示されている数字は、天文学的数値を叩き出している。


『残高:1,178,495,631,772,059,420 Credits』


 117京。


 国家予算数百年分にも相当する、非常識な桁の数字だ。


「……ふん。改めて見ても、笑える数字だな」


 クロウはグラスを傾けながら、その数字を見つめた。


 この莫大な資金は、単なる税収や貿易黒字ではない。


 これは、クロウがかつて引き起こした「ある事件」によって得られたものだ。


「あの時は、銀河中が大パニックでしたね」


 シズが涼しい顔で、しかし懐かしむように補足する。


「マスターが溜めていたレアメタル――その膨大な備蓄を、市場へ一気に放出された時のことです」


「ああ。まさかあそこまで相場が壊れるとは思わなかったがな」


 当時、クロウは資金調達のために、倉庫を圧迫していたレアメタルを売り払った。


 だが、その量が尋常ではなかった。


 帝国の過去千年分の総採掘量を上回る量が一度に売却され、供給過多により、取引価格は大暴落。


 一時期は、『普通の鉄くずよりも、レアメタルの方が安い』という、経済学の教科書を書き換えるほどの異常な相場逆転現象を引き起こしたのだ。


「あの数日間、宇宙船の装甲材にレアメタルをそのまま貼り付けた方が安上がりだなんて冗談が飛び交ったほどです」


「おかげで旧帝国の鉱山会社は軒並み倒産しかけたらしいが……まあ、俺の知ったことじゃない」


 現在は相場も回復し、落ち着きを取り戻しているが、その時に底値で叩き売って換金した結果が、この117京クレジットだ。


 いわば、銀河経済を一度破壊して吸い上げた、力の結晶である。


「この金、ただ眠らせておくには惜しいだろう?」


「マスター、次なる一手とは?」


 シズが小首を傾げる。


「ああ、この莫大な117京クレジットを有効活用する為の策さ」


 クロウは指を組み、獲物を狙う猛獣の目で言った。


「投資ですか?」


「ある意味投資かもな。……正確には、『会社の買収』をするぞ」


「……買収、ですか?」


「TOB――株式公開買付だ。ターゲットは、帝国のあらゆる大企業全てだ」


 その言葉に、シズの演算回路が一瞬だけ停止したかのように静止した。


 特定の一社ではない。


「全て」だ。


「重工業、エネルギー、食料、物流、メディア……。旧帝国の経済を支えている主要な上場企業、その全ての株式を買い占める」


 普通の人間なら狂気を疑うだろう。


 だが、シズは即座に理解した。


 この117京という資金があれば、それが可能であることを。


「……了解しました。では、こちらでターゲットとなる企業をリストアップします」


 シズの目が青白く発光する。


 彼女は今この瞬間も、新帝国の内政運営――インフラ整備、物流調整、国民からの請願処理――をリアルタイムで行っている。


 数億のタスクを並列処理しながら、同時に旧帝国経済を瞬時に分析する。


 相変わらず、彼女の底が見えない。


「……完了しました」


 わずか十秒。


 シズが瞬きをすると、モニターに膨大なリストが表示された。


 インペリアル・インダストリー、ロイヤル・フーズ……誰もが知る巨大企業の名前が並ぶ中に、クロウと懇意にしている『ギャラクティカ・ムービー』の名前もあった。


「ほう、ローレンスの所も入ってるか。まあ、あそこは半分身内みたいなもんだが、資本関係をはっきりさせておいた方が向こうも動きやすいだろう」


 クロウは満足げに頷いた。


「よし、政庁からTOBの通知を出せ」


「了解しました。……ですがマスター、このような大規模な買収を、旧帝国は許すでしょうか?これは実質的な経済侵略です」


 もっともな指摘だ。


 一国の主要産業を外国に買い占められるなど、国家としては死活問題である。


 だが、クロウは鼻で笑った。


「帝国には『軍事的には』手を出すなと約束した。……だが、民間企業を買収してはいけないとは約束してないからな」


 彼は窓の外、ドックに鎮座する白銀の巨艦『フェンリル』を一瞥した。


「あと法律があっても、俺の力にビビって有名無実になるだろう。……結局、力こそ正義だからな」


 レアメタル相場を破壊した時と同じく、クロウは再び「力」でルールを書き換えようとしていた。


「では通知を出します。公開買付は明日から始めましょう」


「ああ。これで銀河最強の『フライハイト財閥』が誕生するな」


 クロウは深く背もたれに身を預けた。


「軍事で脅威を与え、経済でも手綱を握る。……奴らも大人しくなるだろう」


 ***


 翌日。


 旧帝国の証券取引所は、再び「クロウ・ショック」に見舞われることとなった。


『――速報です!新銀河帝国政府より、帝国主要企業への無制限TOBが宣言されました!買付価格は市場価格の三倍です!』


 かつてレアメタル暴落で経済を混乱させた男が、今度はその売却益を使って、帝国の産業そのものを飲み込もうとしている。


 だが、投資家たちに迷いはなかった。


「売れ売れぇ!!株券が紙屑になる前にクロウ様に売るんだ!」


「三倍だぞ!?一生遊んで暮らせる!」


 マーケット・ブレイカーと呼ばれた男の再来に、帝国経済は歓喜と悲鳴の入り混じるカオスへと叩き落とされたのだった。

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