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銀河戦記フライハイト 〜廃棄惑星から始まる銀河帝国滅亡史〜【祝40万PV】  作者: 廣瀬誠人
第10章 新銀河帝国編

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第97話 新たな命

 数週間後。


 新銀河帝国の建国宣言からしばらく経ち、ノルド・ステーションが「帝都」としての機能を本格的に稼働させ始めた頃のことだ。


 政務室で書類の山――そのほとんどは、シズとオーディンが処理したものの最終決裁――と格闘していたクロウのもとに、緊急の通信が入ったのは午後三時のことだった。


『マスター!緊急事態です!』


 シズの切迫した声が響く。


 普段、冷静沈着な彼女が声を荒らげることは滅多にない。


「どうした!?帝国軍の襲撃か!?」


 クロウは弾かれたように立ち上がった。


『いいえ、違います。シャルロット様のバイタルに異常を検知しました。現在、ステーションのドックに停泊中の戦艦フェンリルの医療区画へ搬送中です!』


「なんだと……ッ!?」


 クロウの顔から血の気が引いた。


 シャルロット、最愛の妻。


 彼女は、かつて帝国によって全てを奪われ、身体改造を受け、心身ともに深い傷を負っていた。俺が救い出し、ようやく幸せな日々を取り戻したばかりだというのに。


「すぐに行く!エアカーを回せ!」


 クロウは政務を放り出し、執務室を飛び出した。


 専用通路を駆け抜け、政庁にある発着場へと躍り出る。


 そこには既に、専用エアカーが待機していた。


「フェンリルへ!最短ルートでぶっ飛ばせ!」


 クロウが後部座席に滑り込むや否や、エアカーは猛スピードで空へと舞い上がった。


 窓の外には、建設ラッシュに沸くノルド・ステーションの摩天楼が、光の帯となって後方へ流れていく。


 エアカーは一般航路を無視し、軍事区画へと突っ込む。


 前方には、巨大なドックを埋め尽くすように鎮座する、白銀の巨艦『フェンリル』の威容が迫ってきた。


 その船体は、旧来の無骨な装甲板ではなく、『流体金属装甲』に覆われている。


 滑らかな表面は、ドックの照明を鏡のように反射し、まるでそれ自体が一個の生命体であるかのように、神秘的かつ神々しい輝きを放っていた。


 周囲に停泊する通常の艦船とは、明らかにレベルの異なる美しさと威圧感。


 だが、今のクロウにはその頼もしい姿さえ目に入らない。


 ただひたすらに、愛する妻の安否だけが気掛かりだった。


 エアカーがドックの甲板に滑り込み、白銀に輝くフェンリルの昇降口近くに急停止するまでの数分が、永遠のように長く感じられた。


 ***


 戦艦フェンリル、医療区画。


 そこは、銀河最高峰の医療技術が集約された場所だ。


 エアロックを抜け、長い廊下を全速力で走り抜け、その最奥にある特別個室に、クロウは息を切らせて飛び込んだ。


「シャルロット!!」


 自動ドアが開くのと同時に叫ぶ。


 清潔な白いベッドの上、彼女が横たわっていた。


 傍らには、専属の医療ドロイドたちと、心配そうにデータモニターを見つめるシズの姿がある。


「体調は大丈夫か!?どこが痛いんだ!?」


 クロウはベッドサイドに駆け寄り、シャルロットの手を握り締めた。


 彼女の顔色は少し青白い。


 額にはうっすらと脂汗が滲んでいるように見える。


 最悪の想像がクロウの脳裏をよぎり、心臓が早鐘を打つ。


 だが。


 シャルロットは、ゆっくりと目を開けると――意外なほど明るい、花が咲くような笑みを浮かべたのだ。


「……はい!今、とっても嬉しいです!」


「……は?」


 クロウは動きを止めた。


 今、なんと?


 嬉しい?


 体調が悪くて倒れ、緊急搬送されたのではなかったのか?


 混乱するクロウをよそに、シャルロットは握られたクロウの手を、自身の腹部へと導いた。


 そこはまだ平坦で、いつもの華奢な彼女の身体だ。


 だが、彼女はその場所を愛おしそうに撫でた。


「マスター……」


 隣に控えていたシズが、静かに、しかしどこか誇らしげな声で告げた。


「検査の結果が出ました。……シャルロット様は、ご懐妊なされました」


「――!」


 時が、止まったようだった。


「シャルロット様は、妊娠したのです」


 シズの言葉が、ゆっくりと脳に染み渡っていく。


 妊娠。


 懐妊。


 子供が、できた。


「つ、ついにか……!?」


 クロウの声が震えた。


 問いかけるようにシャルロットを見ると、彼女は瞳に涙を浮かべながら、力強く頷いた。


「はい!クロウ様との子供が……私のお腹の中に居ます!私たちの、赤ちゃんです!」


「……っ!!」


 クロウは言葉にならなかった。


 喜びと言うにはあまりに大きく、衝撃と言うにはあまりに温かい感情が、胸の奥底から込み上げてくる。


「よかったな……!本当によかった……!俺も嬉しいよ!」


 クロウはシャルロットを抱きしめようとして、慌てて力を緩めた。


 壊れ物を扱うように、優しく、その肩を抱く。


 シャルロットの温もりが伝わってくる。


 そして、そのお腹の中には、小さな命が息づいているのだ。


(ルルも、ついに本当のお姉さんになるのか……)


 養女として迎えたルル。


 彼女も大切な家族だが、今度は俺と血の繋がった弟か妹ができる。


 あの無邪気なルルが、張り切って「おねーちゃん」として世話を焼く姿が目に浮かんだ。


 そして。


 クロウの脳裏に、かつての暗い記憶が蘇る。


 ――5等民だった時代の、絶望的な日々。


 旧帝国の階級社会において、5等民は人間ではなかった。


 労働力であり、消耗品であり、そして「家畜」だった。


 そこには、恋愛も、結婚も、家庭を持つ自由など存在しなかった。


 子供を作ることでさえ、管理されていたのだ。


 優れた労働者の遺伝子を持つ者は、主人の命令で強制的に遺伝子を採取される。


 愛のない行為、あるいは機械的な採取。


 そうして集められた遺伝子は、工場のラインのような無機質な培養槽へ送られ、人工子宮の中で管理され、培養される。


 生まれた瞬間から、その赤ん坊には「5等民」の焼印が押され、新たな奴隷として、死ぬまで労働に従事する運命が決定づけられている。


 それが、クロウが生きてきた世界だった。


 命の誕生ですら、絶望の再生産でしかなかった世界。


(だが、今は違う)


 クロウは、自分の手を見つめた。


 この手は今、愛する女性の手を握っている。


 誰に命じられたわけでもない。


 強制されたわけでもない。


 俺たちの意思で愛し合い、俺たちの望みで授かった命だ。


 この子は、奴隷として生まれるのではない。


 祝福され、愛され、無限の自由と未来を持って生まれてくるのだ。


 その事実に、クロウは身震いするほどの感動を覚えた。


 これこそが「勝利」だ。


 皇帝になったことよりも、戦艦を手に入れたことよりも。


 愛する人との間に子供を授かるという、人間として当たり前の幸せを手にしたことこそが、旧帝国に対する最大の勝利なのだ。


 しかし――同時に、懸念もあった。


 クロウの表情がわずかに曇る。


「……だが、シャルロット」


「はい?」


「お前の体だ。……大丈夫なのか?」


 シャルロットは、かつて貴族学校の監獄棟(プリズン)で永遠の責苦を味わい、拷問ショーの備品として扱われていた。


 その際、肉体にあらゆる改造を施されている。


 その最たるものが、『感度3000倍』という異常な神経過敏化だ。


 風が肌を撫でるだけで快感を感じ、わずかな刺激が脳を焼き尽くすほどの悦楽、あるいは激痛へと変換される呪われた肉体。


 普段は特殊なスーツで抑え込んでいるが、出産となれば話は別だ。


 出産は、通常の女性であっても命がけの激痛を伴う。


 それを、感度が3000倍に増幅された状態で迎えるのだ。


 その苦痛と衝撃は、想像を絶する。


 文字通り、ショック死してもおかしくないレベルだ。


「出産も……その体の状態では、筆舌に尽くしがたい苦痛を伴うだろう。耐え難い痛みになるはずだ。……俺は、それが怖い」


 クロウは正直に吐露した。


 子供は嬉しい。


 だが、そのためにシャルロットを失うことになれば、本末転倒だ。


 しかし。


 シャルロットは、クロウの手を両手で包み込み、真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返した。


 その瞳には、一点の曇りも、恐怖もなかった。


「平気です」


「シャルロット……」


「だって、クロウ様との結晶なんですよ?愛する貴方との赤ちゃんに会えるなら……どんな痛みだって、私にとっては喜びに変わります」


 彼女は微笑んだ。


 聖母のような、強く、優しい笑みだった。


「それに、一緒についていてくださるんでしょう?」


「……あ、ああ。もちろんだ。片時も離れない」


「なら、安心です!クロウ様と一緒なら、私、なんでもできます!3000倍の痛みも、3000倍の幸せで乗り越えてみせます!」


 その言葉に、クロウの迷いは吹き飛んだ。


 なんて強い女性なんだろう。


 彼女はもう、怯えるだけの悲劇のヒロインではない。


 一人の母として、前を向いて生きている。


(俺がウジウジしてどうする。……俺も、前を向いて歩き続けなければ)


 クロウは強く手を握り返した。


「わかった。……俺が絶対に守る。約束だ」


「はい!」


 二人の間に、温かな空気が流れる。


 シズも、もらい泣きしそうな顔で見守っていた。


 一息ついたところで、クロウはふと尋ねた。


「それで、名前はどうするんだ?何か希望はあるか?」


「名前、ですか……」


 シャルロットは少し考え込むように首を傾げた。


「男の子か女の子かもまだ分かりませんし……それに、私なんかのセンスで決めていいのかどうか……」


「何を言う。母親の特権だぞ」


「でも……」


 シャルロットは少し躊躇った後、輝くような瞳で提案した。


「まだ思いつきません。それに、この子は私たちの子であると同時に、新帝国の希望でもあります。……もしよろしければ、名前の候補を国民の皆さんから募集するというのはどうでしょうか?」


「国民から……募集だと?」


 クロウは目を丸くした。


 皇帝の子供の名前を、公募で決める。


 旧帝国の常識では考えられないことだ。


 皇族の名前は、伝統と格式に則って厳格に決められるものであり、下々の民が口出しするなど不敬極まりない。


 だが――ここは「フライハイト朝新銀河帝国」だ。


 自由を愛し、民と共に歩む国だ。


「……なるほど。面白い」


 クロウの顔に笑みが戻った。


「俺たちの幸せを、国民みんなにお裾分けするわけか。それに、みんなで決めた名前なら、この子は銀河中の人々に愛されて育つだろう」


「はい!皆さんに愛される子になってほしいんです」


「ああ、シャルロットがそうしたいなら、そうするべきだ。最高のアイデアだよ」


 クロウはシズに向き直った。


「聞いたな、シズ。直ちに広報部へ通達だ」


「了解しました、マスター。……これは、建国宣言以上に盛り上がるイベントになりますよ」


 シズが嬉しそうに端末を操作し始めた。


 ***


 翌日。


 新銀河帝国の全通信網を通じて、驚くべきニュースが流れた。


『――祝報です!皇帝陛下とシャルロット皇后陛下の間に、第一子が授かりました!』


 そのニュースは、瞬く間に銀河を駆け巡った。


 帝都ノルド・ステーションはお祭り騒ぎとなり、配給された祝賀用の酒と食料で、街中が宴会場と化した。


 そして、同時に発表された『ロイヤルベビーお名前募集キャンペーン』は、サーバーをダウンさせるほどの熱狂を巻き起こした。


「俺たちの皇帝に子供ができたぞ!」


「すげえ!俺が考えた名前がつくかもしれないのか!?」


「『クロウ二世』はどうだ?」


「いや、『シャルル』がいい!」


「ルル様に合わせて『ララ』も可愛いぞ!」


 人々は希望に満ちた未来を語り合い、新しい命の誕生を心から祝福した。


 それは、恐怖と支配で統治されていた旧帝国では決して見られない、温かく、力強い光景だった。


 白銀に輝くフェンリルの窓から、祝砲の花火を見上げながら、クロウはシャルロットの肩を抱いた。


 新しい命。


 新しい家族。


 そして新しい国。


 守るべきものが増えるたび、クロウは強くなれる気がした。


「……生まれてくるのが楽しみだな」


「はい、あなた」


 二人の影が重なり、未来への希望が、銀河の星々のように輝き始めていた。

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