第96話 閣僚任命
数日後。
独立宣言の興奮と熱狂が、少しずつ日常の業務へと変わり始めた頃。
フライハイト勇爵領――いや、今は「フライハイト朝新銀河帝国」の帝都となったノルド・ステーション。
その政庁中枢にある、最上階の会議室。
銀河を見下ろすパノラマウィンドウの前には、この新国家を動かす中核メンバーたちが集まっていた。
円卓の上座には、皇帝となったクロウ・フォン・フライハイト。
その隣には、皇后となったシャルロットと、愛娘のルル。
そして、ドロイドのシズ、執事のギリアム、フライハイト軍最高司令官のヴォルフ。
さらには――なぜか末席に、要塞惑星アイリスの指揮官、クロエが、所在なさげにちょこんと座っていた。
「……ふあ」
クロエは退屈そうに欠伸を噛み殺した。
(なんでアタシ、ここにいるんだろ……?たまたま廊下ですれ違った時に『お、クロエ暇か?ちょっと来い』って言われたからついて来たけど……これ、めちゃくちゃ重い会議じゃない?)
彼女の目の前には、高級そうな茶菓子が積まれているが、周囲の空気が真剣すぎて手を伸ばせない。
ルルだけが「パパ、これおいしー!」と無邪気にマカロンを頬張っているのが救いだった。
クロウが重々しく口を開く。
「さて、みんな集まってもらったのは他でもない。今後の方針についてだ」
彼は指先でテーブルをトントンと叩いた。
「建国宣言は上手くいった。民衆の支持も得たし、寄子たちも大人しい。だが……うちも『帝国』を名乗る以上、国としての最低限の体裁が必要だろう?」
クロウの言葉に、シズが静かに頷いた。
「はい、マスター。仰る通りです。現在は暫定的にフライハイト家の家政機関がそのまま行政を行っていますが、対外的にも、国内統治のためにも、正式な政府組織を樹立し、閣僚を任命すべきかと」
「だよな。皇帝一人で全部決めてたら、独裁者と変わらんし、何より俺が面倒くさい」
クロウは本音を漏らして肩をすくめた。
彼は優秀な経営者だが、事務仕事は大嫌いだった。
「というわけで、主要なポストを決めてしまいたい。……閣僚か。誰がいいと思う?」
クロウが円卓を見渡す。
最初に手を挙げたのは、執事のギリアムだった。
彼は恭しく一礼し、隣に座る強面の男に視線を向けた。
「軍務関係に関しては、やはりヴォルフ殿に全権を委任するべきかと思います」
名指しされたヴォルフが、腕組みをしたまま片眉を上げた。
歴戦の傷跡が残る顔には、いつもの皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。
「俺か?俺は軍隊上がりのゴロツキだぞ。上品な『大臣』なんぞ似合わん」
「謙遜は不要だ、ヴォルフ」
クロウが笑って否定した。
「確かに。お前には今まで、我が軍の実質的な司令官として現場を支えてもらった。お前の指揮能力と、荒くれ者たちをまとめ上げるカリスマ性は、誰よりも信頼している」
クロウはヴォルフの目を真っ直ぐに見つめた。
「それに、いい加減旧帝国の『大佐』という肩書きにも飽きただろう?あれは軍に所属していた当時の階級そのままだからな」
ヴォルフは元々、旧帝国軍のエリート部隊を率いていたが、腐敗した軍部に愛想を尽かして脱走した経緯がある。
以来、便宜上「大佐」と呼ばれていたが、今のフライハイト軍の規模を考えれば、その階級はあまりに低すぎた。
「……まあ、確かに今さら大佐と呼ばれるのもこそばゆい」
「だろう?だから特進だ。……ヴォルフ、お前を『元帥』に任命する。そして同時に、新帝国の軍務省大臣のポストを与える」
「げ、元帥……?」
ヴォルフが目を丸くした。
元帥。
それは軍人にとっての頂点であり、名誉職ではない実質的な最高司令官を意味する。
「軍の編成、訓練、作戦立案、人事……全部お前に任せる。俺はいちいち口出しせん。好きに最強の軍隊を作ってくれ」
「俺が元帥か……。しかも大臣までとはな。責任重大すぎて胃に穴が空きそうだ」
ヴォルフは頭をガシガシと掻いたが、その表情は満更でもなかった。むしろ、武人としての血が騒いでいるのが見て取れる。
「謹んでお受けしよう、陛下。……最強の軍隊、作ってみせるさ」
「頼んだぞ。それと、もう一つ重要な頼みがある」
クロウは少し身を乗り出し、真剣な口調で続けた。
「軍務の一環として、『士官学校』を創設してほしい」
「士官学校、だと?」
「ああ。今は無人艦隊が主力だが、いずれ大規模な有人艦隊を運用する時が必ず来る。その時、現場で兵の命を預かり、的確な判断を下せる優秀な将校が山ほど必要になるんだ」
クロウはヴォルフの目を見据えた。
「お前の培ってきた戦術、経験、そして覚悟。それらを次世代の若者たちに叩き込んでやってくれ。新帝国の防衛を永遠の盤石にするための、人材の苗床を作ってほしいんだ」
「……なるほどな。俺の戦のやり方を、一からヒヨッコ共に仕込めってわけか」
ヴォルフは獰猛な笑みを浮かべ、拳をポキリと鳴らした。
「悪くねぇ。ただの駒じゃなく、自ら考えて牙を剥く狼を育ててやるよ。ただし、俺のしごきは地獄より厳しいぜ?」
「大いに期待している。頼んだぞ、ヴォルフ」
クロウが満足げに頷くと、シズが次の議題を提示する。
「次は内政面、特に教育についてです。我が国の教育水準を上げる必要があります。旧帝国では教育は貴族や富裕層の特権であり、多くの5等民は読み書きすら満足にできませんでした」
新帝国の領民の多くは、5等民として扱われ、知識を奪われることで支配されていた。
「旧5等民の教育も急務でしょう。高度な機械を扱うにも、社会を発展させるにも、民衆の知レベルの底上げが不可欠です。ヴォルフ様が創設される士官学校にも、基礎学力を持った人材を供給しなければなりません。……教育関係に実績のある者が適任ですが」
シズの視線が、自然とギリアムに向く。
クロウもポンと手を叩いた。
「なら、ギリアムだな。適任すぎる」
「私、でございますか?」
ギリアムは少し驚いたように目を瞬かせた。
「ああ。お前、執事になる前は帝国の最高学府で教授をしていた実績もあるだろう?歴史学と政治学の権威だったって聞いてるぞ」
そう、この老紳士はただの執事ではない。
かつては帝国大学で教鞭を執り、そのあまりに革新的な思想ゆえに学会を追放された過去を持つ、知の巨人なのだ。
「あれは……遠い昔の話ですよ。今はただの、クロウ様の忠実な下僕です」
「その知恵を、今こそ国のために使ってくれ。……教育省の大臣に任命する。学校を作り、教科書を作り、子供たちに未来を教えてやってくれ」
ギリアムは一瞬、遠い目をした。
かつて彼が夢見ながらも、旧帝国の硬直した体制の中で挫折した「万人のための教育」。
それが今、この新しい国でなら実現できるかもしれない。
彼は立ち上がり、優雅に最敬礼をした。
「……旦那様が、いえ、陛下がそう仰るのでしたら。この老骨、粉骨砕身の覚悟でお引き受けさせていただきます」
「うむ、期待している」
これで軍事と教育、二つの柱が決まった。
クロウは満足げに頷いたが、ふと疑問を口にした。
「閣僚といえば、それだけじゃないだろう?普通はもっとこう、ズラズラっといるもんじゃないのか?」
「はい、マスター」
シズが空中にホログラムウィンドウを展開する。
そこには旧帝国の行政組織図が表示されたが、あまりに複雑怪奇で、見ているだけで頭が痛くなるような代物だった。
「旧帝国の例では、宰相、副宰相にはじまり、経済大臣、司法大臣、科学技術大臣、厚生大臣、食糧大臣、建設大臣……さらには宮内大臣や式部職、細かい局長や長官職も含めると、主要なポストだけで10000以上存在します」
「……10000だと?」
クロウは顔をしかめた。
「多すぎだ。そんなに役人を置いたら、行政効率が悪い」
「はい。旧帝国の官僚機構は肥大化しすぎており、それが腐敗と非効率の温床となっています。……私の計算では、現状の我が国において、そのような巨大な組織は不要かと」
シズはウィンドウを消し、代わりにシンプルな図を表示した。
「現状、我が国は『連邦制』に近い形を取っています。各惑星やコロニーを治める寄子領主たちの独立性は高く、地域行政は彼らに任せています。フライハイト本家の役割は、圧倒的な軍事力による安全保障と、万能物質による経済基盤の提供のみです」
「ふむ……」
「いわば『小さな政府』というべきでしょう。現状で問題は発生していないため、わざわざ役職を増やして権限を分散させるよりも、最低限の閣僚を任命し、迅速な意思決定を行う方が効率的です」
「なるほどな。俺の考えとも合致する。……じゃあ、残りの必要な機能――経済の調整とか、法律の運用とか、科学開発とかはどうする?」
クロウの問いに、シズは涼しい顔で答えた。
「私がやります」
「……は?」
全員の動きが止まった。
ヴォルフが呆れたように口を開く。
「おいおい、シズ。お前がいかに優秀なドロイドだからって、一国の行政を全部一人でやる気か?パンクするぞ」
「問題ありません。通常の事務処理ならば、私の並列処理能力の60パーセント程度でこなせます。……それに、もしキャパオーバーするようであれば」
シズはチラリと天井――その遥か上空に浮かぶ惑星エンドの方角を見上げた。
「マスター。ラグナロクの『オーディン』を使えばよろしいかと。あの演算能力を持ってすれば、行政処理の代行など、造作もありません」
クロウは目を見開いた後、ニヤリと笑った。
「そうか、その手があったか!最強の戦艦のAIを、最強の官僚として使うわけか」
「はい。AIならば賄賂も受け取らず、疲労もせず、公平かつ正確に業務を遂行できます」
「決まりだ!」
クロウは即決した。
人間がやれば腐敗する。
ならば、信頼できる身内と、絶対的な機械知性で固めてしまえばいい。
これこそが、技術立国である新帝国の強みだ。
「わかった。とりあえず、残りの役職はシズが兼任してくれ。実務はオーディンとリンクして処理だ。……肩書きは『国務尚書』とでもしておくか」
「了解しました、マスター」
これで、内政と軍事の大枠は固まった。
極めてシンプルかつ、強固な体制だ。
「あとは……今後の対旧帝国の対策だが」
クロウの声のトーンが、一段低くなった。
場の空気がピリリと引き締まる。
「一応、あの女帝――アーデルハイトとは、不可侵のような形で話はつけてきた。向こうも、うちが居なくなった手前、経済がガタガタで、すぐに戦争を仕掛けられる状態じゃないからな」
「だが、いずれは破られるだろうな」
ヴォルフが低い声で補足する。
「ああ。奴らはプライドの塊だ。必ず、失地回復のために攻めてくる。あるいは、暗殺の刺客を送り込んでくるか……。だから、今のうちに手は打っておきたい」
クロウは鋭い視線を巡らせ、そして――末席でマカロンに手を伸ばしかけていた人物にビシッと指を突きつけた。
「そこでだ、クロエ!」
「ひゃいっ!?」
完全に油断していたクロエは、素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。
口に入れていたマカロンが喉に詰まりかけ、慌ててお茶で流し込む。
「い、いや……はい!なんでしょう、へ、陛下!」
彼女は直立不動の姿勢をとった。
会議に呼ばれたものの、自分はただの賑やかしだと思っていたのだ。
まさか、この重厚なメンツの中で自分に役目が回ってくるとは夢にも思っていなかった。
「お前には、『諜報省』を率いてもらいたい」
「……は?ちょうほう……しょう?」
クロエは目をパチクリさせた。
「そうだ。ヴォルフが表の軍隊なら、お前は裏の軍隊だ。……旧帝国内に潜入し、レジスタンス部隊を組織・展開してくれ」
クロウは意地の悪い、しかし楽しげな笑みを浮かべた。
「奴らの足元を崩すんだ。補給線を断ち、通信を攪乱し、民衆を扇動してサボタージュ行為を行う。……正面切って戦争をする前に、向こうの社会を内部からガタガタにしてやるのさ」
それは、まさにクロエが得意とする分野だった。
彼女は元々、帝国の圧政に抗うレジスタンスの一員だったのだ。
だが、資金不足や装備の貧弱さゆえに、散発的な活動しかできていなかった。
「そ、それって……」
「装備はなんでも用意するぞ。最新の熱光学迷彩スーツ、ハッキングツール、高性能爆薬、なんでもくれてやる。資金も無制限だ」
クロウの言葉に、クロエの目が輝き始めた。
無制限の資金と装備。
それは、全ての工作員が夢見る最強の環境だ。
「つ、つまり、私も……大臣ですか!?」
「ああ、そうだ。『諜報大臣』兼『対外特殊工作部隊の司令官』だ。レジスタンスの幹部として、思う存分暴れてくれ。お前の活躍を期待しているぞ」
クロエは震えた。
武者震いと、そして大きな役目を与えられた歓喜で。
彼女はずっと、日陰者として生きてきた。
けれど、この人は自分を表舞台に引き上げ、あろうことか一国の要職に据えようとしている。
「や、やります!やらせてください!」
クロエはテーブルに身を乗り出した。
「アタシ……いえ、私に任せてください!帝国の連中が夜も眠れないくらい、盛大に引っ掻き回してやりますから!」
「ははは、その意気だ!」
クロウは満足げに頷いた。
「よし、これで役者は揃ったな」
軍事のヴォルフ。
教育のギリアム。
内政のシズ。
諜報のクロエ。
そして、象徴としてのシャルロットとルル。
人数は少ない。
だが、いずれも一騎当千のスペシャリストたちだ。
この小さな円卓から、銀河の歴史が大きく動こうとしていた。
「パパ、パパ!」
ルルがクロウの袖を引っ張った。
「ルルは?ルルは何の大臣?」
きょとんとした瞳で見上げられ、クロウは表情を崩した。
「おっと、一番大事な役職を忘れていたな」
彼はルルを抱き上げ、膝の上に乗せた。
「ルルは、『笑顔大臣』だ。みんなが疲れた時に、その笑顔で元気をあげる。……できるか?」
「うん!任せて!」
ルルが敬礼の真似事をすると、張り詰めていた会議室の空気が一気に和んだ。
シャルロットも、ギリアムも、ヴォルフも、優しい眼差しを向けている。
この笑顔を守るため。
そして、全ての民がこのように笑える国を作るため。
「よし、解散!各自、直ちに任務に取り掛かれ!」
クロウの号令とともに、新帝国の最初の閣議は終了した。
それぞれの胸に、新たな決意と野望を抱いて、彼らは動き出す。
フライハイト朝新銀河帝国。
その本格的な進撃が、今ここから始まるのだった。




